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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キスキル

作者: 石原健司

キスをしたあと、約束通り、彼女を殺した。


彼女の心臓を刺し通した包丁の感触が、まだ手に残っている。


彼女の血で汚れた手で、自らの顔をおおった。


悲痛な声が、自らの口からもれる。


彼女を恨んだ。


こんな気持にさせた彼女との約束を悔やんだ。


でも、取り返しはつかない。


あとは、彼女を追って、自らの命を断つだけ。


包丁を握り直し、刃先を自分に向けた。


これで心中が成立する。


私たちの愛を否定した連中も、ここまで私たちを追い詰めた罪深さに、悔恨の念を抱くだろう。


そうだ、連中に教えてやるのだ。


私たちの愛の深さを。


その真実の愛の至るところを。


ふと、部屋の中を見回した。彼女との楽しい思い出がつまった、彼女の部屋を。


もし自分が死ねば、この思い出も消えてしまうことになる。


なんという切なさだろう。まるで自分で自分の記憶を否定してしまうみたいで。


死にたくない。死んだらすべてがそれこそ終わってしまう。


しかし……。


彼女の死体は、両目を見開いて、仰向けに横たわっていた。


まるで後を追う、私のことを見張っているように。


死んだ彼女は、ひどく忌まわしいものに感じられた。


彼女に呪われているように思えた。


選択肢はすでに一つしかない。彼女を殺したことで他の選択はなくなった。


私は、ひざが血で汚れるのも構わずに、彼女の前に跪いた。


「勇気を……頂戴」


私はテーブルの上にある遺書を見た。これがあれば私たちの心中の理由が誤解なく伝わるはず。遺書がなければこの心中にどのような理由があったか警察がわからなくて困ってしまうかもしれない。


そう思うと、少し笑えた。


彼女と違い、私は生まれ変わりも、あの世も、信じてはいない。


だから来世で彼女と再会というようなロマンチックな想像はできない。


死んだらそれまで。


それでも心中をすることにしたのは、彼女があまりにも、この世で苦しんでいたからだ。


その苦しみを断ち切ってやりたい。その一念からだ。


彼女を殺すしか方法が思いつかなかった。彼女の自責の念はそれほど強かった。


もし可能なら、彼女だけでも生まれ変わって欲しい。そして私と二度と出会わない人生を送って欲しい。


私自身は彼女と出会えて幸せだった。それだけで世間のことなんてどうってことはなかった。


ふと、自分はこのまま生き残るという選択肢を思いついた。


このまま自分が死んでしまえば、本当の彼女のことを理解し、受け入れている人間がいなくなってしまう。


これは裏切りだろうか?


私は頭を振った。


やはり駄目だ。


彼女は私が後を追うのを信じて死んでいったのだ。


その想いを裏切れるはずがない。


私の決意が固まった。


包丁を持ち直す。


ふと姿見に映る自分の姿が目に入った。


ひどく緊張している自分の姿が滑稽だった。彼女を刺したとき、どんな顔をしていたんだろう?


鏡の中の自分に微笑んでやった。


ふっ、いい女じゃないか。彼女が惚れるのも当然だ。


女同士の恋愛なんて、どうかと思ったが、思い返せば楽しいことばかりだった。


けれども、偏見の目はどこまでもついて回って来た。


その重みに彼女は耐えられなかった。刺される前の彼女の安らかな顔を思い出す。


苦しかったんだなぁ、と改めて嘆息する。


さて、自分もこの世からお暇しよう。


この偏見と差別に満ち満ちた、この世から。


何もない世界へと。


死という虚無だけが彼女を救った世界よ、さらば。


私は包丁を自らに突き立てた。



END

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