佐藤攻一 それぞれ
「終わりにする?」
俺は鏡花の言葉をそのまま聞き返した。
「はい」
鏡花が答える。
「……理由くらいは聞いても良いか?」
三人を見るにおそらくこの話はかなり前から決めていた事なのだろう。
正直……三人がこういう事を言ってくるとは全く予想していなかった。
「攻一は否定するだろうが、私達は本当に攻一に救われたんだ」
朔夜が答え、そして続ける。
「そんなお前を私達が好意を持っているという理由でいつまでも私達と共に居させるというのは本意ではない」
次にリリーが口を開いた。
「攻一・・・私達はね、本当に攻一が好きなんだよ。だからね幸せになって欲しいの」
「……………………………………」
「本当に本当に攻一が幸せになれたら私達も幸せだから……だから攻一には幸せになれる場所に居てもらいたいの」
幸せになれる場所……。
そんなの、考えた事も無かったな。
「……明日の昼前にまた攻一さんの部屋に伺います。そこで攻一さんの気持ちを教えてください」
最後にそう言い残し、三人は部屋を出て行った。
※ ※ ※
三人が出て行って数時間。
俺はベッドに横になりぼんやりと考えていた。
幸せになれる場所に居てほしい?
三人への気持ちを改めて答えてもらいたい?
……本当に勝手な事を言うな。
まぁ、それは今までもそうだったか。
――今まで色々な事があった。
今日見た夢で思ったことを思い出す。
俺は今まで、良いなと思った男性と出会っては'結果的に'助けてきた。
助けようと思って話しかけたことなんて一度もない。
たまたま相手が困っていて、たまたま俺が助けられただけなんだ。
だから、助けた後に俺の隣に誰も居なくても傷付いたりなんかしない。
一緒に居て欲しくて助けた訳じゃないんだから。
……きっとあいつらもこれと似たような気持ちなんだろうな。
好きだから幸せになって欲しいって言ってたもんな。
改めて、少し、考えよう。
今まで深く考えてこなかった。
あいつら三人への気持ちを。
※ ※ ※
「リリー」
「ん? ああ朔夜」
屋敷の庭の一角でぼんやりと空を眺めていたら声を掛けられた。
「すまない、中から偶然姿が見えてな。一人にした方が良かったか?」
「ううん、別に良いよー。……鏡花は一人になりたそうだったけど」
「そうだな・・・」
「………………………………」
会話が途切れて静けさが広がる。
私はなんとなくまた空を見上げた。
空には満月がきれいに上っていて、雲一つ無いように見える。
明日は晴れかな? ……晴れだったら嬉しいんだけどな。
「………………リリーは」
「ん?」
「リリーは今後、新しく誰かを好きになれるか?」
ぼんやりとしてるような真剣なような、そんな口調だった。
「……えー、そうだなー……」
だから私もほんの少しだけ真剣に考えてみる。
「まぁ……無理じゃないかなぁ。攻一はもちろん好きなんだけどさ。でもそれとは別に鏡花も朔夜も好きでさ、全部まとめたこの生活が大好きだから」
私は朔夜を見て最後に答えた。
「だからその全部を超えるような出会いはもう無いんじゃないかなぁって思ってる」
「……………………ああ、私もそう思う」
朔夜は薄く微笑んでそう言った。
だから私も笑って返した。
「だよねっ」
その後も朔夜とぽつりぽつりと今までの事を話した。
本当に楽しかった思い出しかない。
願わくば……。
この生活が続いていって欲しいな。
※ ※ ※
朝日が部屋に差し込み始めると同時に目を覚ました。
昨夜はリリーと遅くまで話し込んだが眠気は無い。
体を起こし毎朝のルーティーンをこなした。
シャワーを浴び、歯を磨き、衣服を整える。
攻一との約束の時間は昼前だったな。
全ての準備を整えた今、時間に大分余裕がある。
「……まぁリリーに倣って少しぼんやりするか」
何しろこの後辛いことがあるのだろうからな。
何もせずに、少し気持ちを落ち着けよう。
「………………ふっ」
そこまで考えたところで思わず笑ってしまった。
私が辛いことがあるだろうから気持ちを落ち着けようだって?
辛いことはむしろ望むところだったはずなのにな……。
こんな私でも避けたい辛さがあるとは……。
「まったく……攻一め」
罪な男だ……まぁ、だからこそ愛しい奴なんだがな……。
※ ※ ※
もう少しで約束の時間になろうとしていた。
廊下を歩き、攻一さんの部屋へ向かう。
――笑え。
昨日から何度も念じるように考えていた事を再び思い出す。
今から私達は攻一さんに、もう攻一さんが居なくても大丈夫だと示さないといけない。
攻一さんは全く考えてすらいないだろうけど。
自分がフッた相手を見捨てる事が出来ずに一緒に過ごしてくれる、あの人に。
もう私達は一人でも生きていけると、そう思って欲しい。
だから笑え。
この先、笑えなくなったとしても。
今だけは笑え。
涙だけは絶対にこぼさずに、最後まであの人と話し切れ。
生涯で最後になるかもしれないからこそ胸を張れ。
あの時は立派に話し切ったとこの先生きていく為に。
「鏡花」
「朔夜さん……リリーさんも」
声を掛けられた先には二人が居た。
この生活に二人が居て良かったと、なぜか唐突にそう思った。
「眠れたか?」
「まぁ……少しは」
「私もちょっとは眠れたよ」
「クマがある顔で攻一さんと話したくないですしね」
「ほんとそれだよー」
「確かにな」
三人で話しつつ歩く。
ゆっくりと歩いていたつもりだったけど、すぐに攻一さんの部屋に着いてしまった。
「……さて、行くか?」
朔夜さんが言う。
「私はオッケーだよ」
リリーさんがいつもと変わらない調子で答えた。
本当に強い人だと思った。
「行きましょう」
その強さに倣い、微笑みを張り付かせて私も応える。
そして攻一さんの部屋のドアをゆっくりと開いた。
※ ※ ※
「攻一さん、おはようございます」
昨日のように微笑んでいる鏡花と朔夜とリリーが入ってくる。
俺は椅子に座りながらそれを迎えた。
「ああ、おはよう」
三人が部屋の中に入りドアを閉めると、俺の方へ向き直った。
「では、攻一さん……返答を頂いてもよろしいですか?」
いきなりだな、とそう思ったが談笑するような時間でもない。
俺は少し間を置き、口を開いた。
「俺は――」




