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姫野リリーⅡ 4

 夕方、混雑する電車の中。


 私は少し距離を置いた場所から攻一先輩をじっと見つめていた。


 鏡花さんにクラスも教えてもらっていたが結局声を掛けられずにここまで来てしまった。


 情けない……がもうそんな事を考えている場合じゃない。


 電車を降りたら声を掛けられる機会がほとんど無くなってしまう。


 今日声を掛けられなかったら明日も声を掛けられない気がする。


 決意を込めた眼差しで攻一先輩を見た。


 そこで初めて攻一先輩もこちらをちらちらと見ている事に気付く。


 え?! き、気付かれた?


 私の事を覚えていて話し掛けてくれるかも、と思ったがそこで朔夜さんの話を思い出した。


 10億ものお金を渡して全く朔夜さんの事を覚えていなかったらしい。


 え、そんな事ある?


 そう思ったけれどヤクザの事務所から助け出した鏡花さんの事も覚えていなかったらしい。


 つまりあっちから声を掛けてくれる事は無い。


 こちらから行くしかないんだ。


 と、そこで電車が駅に到着した。


 攻一先輩が一緒に居る友人の手を掴み電車を降りようとしている。


 え、ここで降りるの?!


 どどどどうしよう。


 いや今こそ声を掛けるんだ!


 慌てて攻一先輩に向かって駆け出す。


 だが何故か小走りで攻一先輩は駅の構内を進んでいく。


 このままでは見失っちゃう!


 大声で名前を! 攻一先輩って!


 大声! 大声で――!


「キャアアアアアアア!」


 大声は出た。悲鳴が。何で? 自分でも解らない。


 構内に居た人たちは何事だろうとざわつく。


 攻一先輩も足を止めていた。


 良かった……後はこの勢いのまま本人に声を掛けよう。


 この間はありがとうございました……この間はありがとうございました……。


「この人痴漢です!」


 攻一先輩の手を掴んで私は叫んでいた。


 何でそう叫んだのか解らない。


「まだ何もしとらん!」


 そして攻一先輩の言葉の意味も解らなかった。


※ ※  ※


 内気もこじらせるとああなるんだろうな。


 駅での一幕を思い出し落ち込む。


 今私は攻一先輩に連れられ駅の近くの公園に来ていた。


「……えっと、それで?」


 攻一先輩の声にビクッと反応してしまう。


「俺に何か用があるんじゃないの? ……別に怒ってないから怖がらなくていいって」


 その優しさを感じる言葉に助けてもらったあの時を思い出す。


「えっと」


 私はずっと伝えたかった事を言葉にしていく。


 やっぱり攻一先輩は覚えていなかったけれど、それでも伝えたかった事だったから……。


 ひとしきり話した後で攻一先輩は言いづらそうに切り出した。


「えっと、リリー? ちょっときつい言い方だけど、別にリリーを助けようと思って取った行動じゃないんだよ。だから――」


「ま、待って! お願いこれだけは受け取ってほしいの!」


 最後まで聞いたら攻一先輩とはそれっきりになってしまいそうで私は慌てて鞄から一つの紙袋を取り出した。


「私、色んな人から話聞いて、攻一が同性愛者って事知ってる。でも、こういうのが良いだろうってアドバイスもらって!」


 思わず先輩を付けるのを忘れるほどに、私は言葉を捲し立てる。


 エロい事と程遠い私が必死に考えてたどり着いた結論。


「ちなみに中身は?」


「私が履いてたパンツ」


 恥ずかしい……でも男の人はそう言うのが好きらしい。


 結子ちゃんに聞いた。


 こんな私でも攻一先輩――いや攻一がこ、興奮してくれたらすごく嬉しい。


「きったね!」


 スパーン!


 私のパンツは紙袋ごと地面に叩き付けられた。


「ちょっとー! 何てことするのー!」


 ひどい、まさかの反応だ。


 私のドキドキと期待を返してほしい。


 その後、鏡花さんと朔夜さんの事を話し、ふと攻一は思い出したように聞いて来た。


「おいリリー、お前いまパンツは……」


「ノーパンだけど?」


 今日攻一に突然再会して、パンツの作戦を思い付いたのだから替えのパンツなんて持っている訳がない。


「あと一歩でも近づいたら叫び声あげるからな」


「ち、違うのっ! お願い話を聞いて!」


「何?」


 えっと……えっと……。


「ただパンツ履いてないと興奮するだけなの!」


 こんな私でも攻一が好きになってくれるんじゃないかって。


「おまわりさーん!」


 警察を呼ばれた。


「やめてー! ――あ! そうよ攻一も一回脱いでみて!」


 混乱の余り、自分でも訳の分からない事を口走る。


「は?」


「脱げば気持ちがわかるわ! そうよ!」


 ドン引いた顔で私を見る攻一。


 ますます混乱する私。


 攻一は背を向け脇目も振らずに走り出した。


「ああ、待ってー!」


 私も後を追いかけるがスカートがひらひらと揺れて落ち着かない。


 攻一にだって見られるのは恥ずかしいのに他の人なんて論外だ。


 すぐに攻一の姿は見えなくなってしまった。


※ ※  ※


 それから多くの事があった。


 皆で攻一を攻略する為の作戦会議を開いたり。


 機械を使って私達の気持ちを知ってもらおうとしたり。


 体育祭を攻一と楽しんだり。


 クルージングに行ったら遭難したり。


 異世界に行って皆で戦ったり。


 クリスマスパーティを開いたり。


 本当に楽しかった。


 友人から言われるくらいに明るく、変わる事が出来た。


 全部、攻一と鏡花と朔夜のお蔭だ。


 でも、攻一に甘え続けるわけにはいかない。


 鏡花にそう言われた。


 私もそう思う。


 多くの人に取って節目になるあの季節に、最後に気持ちを伝えよう。


 変わる事が出来たと、感謝と共に。


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