姫野リリーⅡ 3
助けられて数日。
学校の昼休みに、私は一人で廊下を歩いていた。
ストーカーに襲われた事は何となく誰にも言えていなかった。
本当だったら両親に伝えて、警察に通報して、斉藤さんにも言った方が良いんだと思う。
でも何でか言えなかった。
襲われた事よりも、あの男性の人にありがとうと感謝の言葉すら出なかった事の方が私にとってショックなのかもしれない。
あの男性が頭から離れない……いやきっと私はあの人に好意を抱いているんだと思う。
でも、あの時一瞬だけすれ違っただけで手がかりも何も無い。
これじゃあとても見つける事なんて……。
下を向いて足取りも重く歩く。
周りは昼休みという事もあって多くの生徒でごった返していた。
「―――――え?」
勢いよく顔を上げる。
今……何か、声が……。
「イケ、今日は何を食うんだ?」
「そうだなー。肉うどんかなー」
え……ウソ? 本当? 本当に?!
耳に残っていたその声が聞こえたと思ったらそこには探し求めていた彼が居た。
同じ学校だったの?!
彼は友人と二人で歩いていく。
私は急いで二人の後を追った。
※ ※ ※
「イケ、うどんだけじゃなくてもっと色々栄養とった方が良いんじゃないか? 野球部的にはさ」
「いやー他の時に栄養バランスとか考えられたメニュー食べてるからさー。昼くらいは好きなやつ食べたいんだよねー」
間違いなく彼だった。
彼は食堂で友人と昼食を食べている。
私はそれを離れた席に座って見つめていた。
声を、掛けた方が良いよね?
な、な、何て声を掛けたらいいんだろう?
この前はありがとうございました?
お久しぶりです……かな?
何か違う気がする。
……いや違うのはここで考えすぎて動かない事だ。
何でもいいからまずは声を掛けよう。
私はゆっくりと腰を上げた。
――誰だっけって顔をされたらどうしよう。
一瞬過ぎった考えで体が動かなくなる。
――迷惑そうな表情で見られたらどうする?
また別の考えが浮かんできた。
私は上げかけていた腰をまた椅子へ下ろす。
悪い結果になるなんて限らないのに、どうしても一歩目を出す事が出来ない。
どうしよう……どうする……?
私は彼をちらりと見た。
「なぁ、君」
「ひゃ、ひゃい!」
突然、後ろから声を掛けられ変な声が出る。
「すまない、驚かせてしまったな」
「え……? あ……」
「少し話があるんだが、いいか?」
そこに居たのは生徒会長の九条先輩だった。
※ ※ ※
九条先輩に場所を変えようと言われ、連れられて行ったのは生徒会室だった。
「突然すまないな」
長机と一緒に置いてあるパイプ椅子に二人で座ったところで、九条先輩がそう口火を切った。
「いえ……あの何の御用でしょう? 私、特に校則を破ったりとかはしていないと思うんですけど……」
「ん? ああ、別に姫野さんを怒るために呼んだとか、そういう事じゃないんだ」
まぁもう少し待ってくれ、九条先輩は微笑みながら言う。
言われるまましばらく待っていると、生徒会室の扉がゆっくりと開き一人の生徒が入ってきた。
「お待たせいたしました」
「あ! さ、鷺ノ宮先輩?」
入ってきたのは先日転校してきて話題になっていた鷺ノ宮先輩だった。
「私の事、知っていて下さっているんですね」
「は、はい」
いつも和服で目立ってるから、っていう理由は言わない方が良いよね……?
「さて・・・」
鷺ノ宮先輩も空いているパイプ椅子の一つに座る。
「早速だが本題に入ろう。さっき食堂である男子生徒を見ていなかったか?」
「え?」
「この方です」
鷺ノ宮先輩が一枚の写真を取り出す。
その写真には私を助けてくれた彼が写っていた。
「そ、そうです」
「やはりそうだったか。実はな私とここにいる鏡花は彼に好意を持っているんだが――ああ別に手を引けとかそういう話ではない。安心してくれ」
私が不安そうに見えたのか九条先輩が言葉を付け足す。
「それでだな、単刀直入に聞くが、姫野さんは彼――攻一に好意を持っているか?」
「……はい」
私はゆっくりと頷いた。
「やはりそうか……実は色々と事情があってな――」
「あ、あの! えっと、私……」
九条先輩の言葉を遮り、必死に言葉を選びながら私は言った。
「私、この前襲われそうになってるところ、助けてもらって……今日偶然再会して……な、名前も知らなかったけど、でも好きなんです。諦めたりとかはしたくないです……」
話の脈絡も何もない。
自分でも結局何が言いたいのかが解らない。
でもそんな私の言葉を鷺ノ宮先輩は最後までしっかりと聞いてから答えてくれた。
「私も同じです。諦めたくありません」
九条先輩は頷き、再び話し始める。
「攻一本人からは話して構わないと言われているが……これから話す事はあまり他言しないように頼む」
そう言って九条先輩は彼――攻一先輩が同性愛者である事や協力して振り向かせようとしている事を教えてくれた。
攻一先輩が同性愛者である事には驚いたが、それでも私の気持ちは一切変わらない。
「それで、よろしければ姫野さんにもご協力をお願いしたいのです」
「もちろんです……けど、私なんかが力になれるでしょうか?」
「そんな可憐な容姿をしているのに何を言っているんだ。姫野さん――いやリリーと呼んで構わないか?」
「は、はい」
「私達も名前を呼び捨てで構わない。敬語も使わなくて良い。鏡花も良いだろう?」
「はい、もちろんです」
「よし、話を戻すがリリーはもっと自分に自信を持って良いと思うぞ?」
「で、でも……私は、この髪が目立つだけで朔夜さんみたいにスタイルも良くないし鏡花さんみたいに綺麗でもないです……ないよ」
「「え?」」
二人は本当に理解できないというような声を出した。
「本気で言っているのか?」
「う、うん」
「その庇護欲を掻き立てる小さな体に可憐な顔、綺麗な薄い金髪。どこに不安があるんだ?」
「ど、どこって……胸とか?」
「胸なんてものはただの重りだ」
「朔夜さん、その言葉は私にも被害が及んでいます」
「え?!」
まさかの方向から来た返答に朔夜さんは、そんなつもりは無かったと必死に弁明する。
「朔夜さん」
「あ、ああ、何だ?」
「冗談ですよ」
にっこりと微笑む鏡花さん。
でも決して目は笑っていなかった。
……鏡花さんを怒らせないようにしよう。そう心に誓った。
「ああそうだ、リリーさん」
「は、はい!」
「攻一さんのクラスや通学に使用している駅をお教えしますよ。伝えたいけど、伝えられていない事があるのではありませんか?」
「あ……ありがとう」
中々話し掛けられない私の心情を察してくれたんだろう。
その心遣いが本当に嬉しかった。
「あ、でも攻一が女の人も好きになるようにって……私は何をしたらいいんだろう?」
「いや、別に無理に行動しなくてもいいんだぞ?」
でも、そうだな……そう前置きして朔夜さんは言った。
「やはり、エロい事じゃないか?」
「……な、なるほど」
「じょ、冗談だぞ? 本気にしなくていいからな?」
エロい事・・・でも私のスタイルは貧相だから……。
普通のやり方じゃダメだよね……。




