姫野リリーⅡ 2
読者モデルの写真を撮ってから1月ほどが経った。
この間に私は何度か読者モデルの写真を頼まれていた。
一枚目の写真が雑誌に載って、読者や事務所の評判が良かったらしい。
珍しい金髪や、主張しすぎない表情が良かったとか……。
狙って表現していた訳では無いけれど・・・でも都合は良かった。
やってみて解ったけれどモデルという仕事は本当に自分を表現する力を磨くのにぴったりだった。
スカウトしてくれたお姉さん――斉藤さんや現場の人も優しい。
一緒に撮影する事になった人から話を聞く事もすごく参考になる。
このまま続けていけば本当に自分を変えられるかもしれない。
この時の私の毎日はすごく充実していたし、楽しかった。
・・・そんな日々を過ごしている時に事件は起こった。
※ ※ ※
学校からの帰り道。
読者モデルの撮影も無く、家へまっすぐに帰っていた時に突然見知らぬ20代後半くらいの男性から話し掛けられた。
「ねぇ……姫野リリーちゃんだよね?」
「え……あの……誰ですか?」
いきなり話し掛けられた事。相手が自分の名前を知っている事に怖さを感じた。
脳裏にストーカーという言葉が過ぎる。
「雑誌を見て、すごく可愛いなって思ってさ。一緒に写真を撮ってくれない?」
「あの……すみません。ちょっと写真は……」
話しながらも後ずさる。
こちらの言葉が聞こえているはずなのに相手は何も答えない。
無言の男性――ストーカーに怒声や強い言葉を掛けられるものとは違った恐怖を抱いた。
「いいじゃん……ね?」
ストーカーが近付いてくる。
私はストーカーに背を向け走り出した。
怖い……怖い! 怖い! 怖い!
自分がどちらに向かって走っているのかも解らない。
どこに行けばいいの?
ストーカーは追ってきている?
後ろを振り返る事が怖くて出来ない。
「あっ!」
私は足をもつれさせて地面に転んでしまった。
「あー……大丈夫―? いきなり走るからだよ」
「ひっ」
その声でストーカーが後ろから追ってきていた事が解った。
「ほら……僕が起こして上げるね……」
笑いながらゆっくりとこちらへ手を伸ばしてくる。
「嫌……!」
何で……何でこんな事に……。
雑誌にモデルとして載ってしまったから?
私はただ……内気な自分を変えたかっただけなのに……。
自分の事を好きになりたかった……でも私はそんな事しちゃいけなかったのかな……?
目から大粒の涙が溢れた――その時。
「おい」
ストーカーの後ろに若い男性が立っていて、私に触れようとしていたストーカーの髪を鷲掴んでいた。
「痛っ! イタタタッ!! な、何だテメェ!」
ストーカーは鷲掴んでいる手を必死に離そうとするがびくともしない。
私は呆けたようにその光景を見ていた。
「何だテメェだと……? もう完全にこっちのセリフなんだよ……。テメェだろ? ツバサ君のアンチやってんのは……」
怒りがこもった声で呟く若い男性。
「やっと見つけたぞ!! テメェこのヤロウ!!」
――ゴンッッ!!
髪を鷲掴んでいる手をそのままに、ストーカーの顔を思い切り地面に打ち付ける。
辺りに鈍く大きな音が響いた。
「え……? え……?」
狼狽えるばっかりの私を他所に、男性がストーカーを肩に担いだ。
ストーカーは気絶したのか手足が力無くだらんと垂れ下がっている。
そこで初めて男性が私の方へ視線を向けた。
「大丈夫か?」
声を掛けられ、驚きで止まっていた涙がまたぼろぼろと溢れ始める。
ありがとうございますと、感謝の言葉を伝えたいのに声が出てこない。
「怖かったな……もう大丈夫だ」
男性は安心させるように優しく笑いながら言葉を掛けてくれる。
少しして私が泣き止んだのを確認すると男性はストーカーを担ぎ直し言った。
「悪いな、出来たら送ってやりたいところなんだが……こいつもどうにかしないとだからな」
「……だ、大丈夫です」
ようやく出た男性への第一声がそれだった。
話したい。声が出て欲しいと今ほど願った事は無い。
何でも良い。
ありがとうございますとお礼を一言伝えたり……。
名前を教えて欲しいと話したり……。
どんな些細な一言でもいい……なのに、言葉が出てきてくれない。
「じゃあ、人通りのある開けた道を選んで帰るようにな」
「あ……」
言葉を探す内に男性は立ち去って行ってしまう。
結局私は何も言えず、内気な自分は何も変わっていなかった。




