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姫野リリーⅡ 1

「リリーちゃんて明るくなったよね」


「え?」


 今日の授業が全て消化された放課後。


 浮足立つ生徒が溢れる教室の中で、いきなり友人の一人にそう話しかけられた。


「結子ちゃん、何でそう思ったの?」


「んー……雰囲気とか、後はやっぱ話し方とかかな」


 結子ちゃんは少し考えてそう言った。


 それを聞いてまた何人か友人が集まってくる。


「あーそれ私も前々から思ってた」


「私も私もー」


 私は少し苦笑しながら言葉を返す。


「そうだね……そうかも」


「えー? 何何? 何かあったー?」


「うーん……」


 結子ちゃんが少し考え込んだと思うと、ぼそっと呟いた。


「……男か」


 ザワッと教室がざわつく。


「うっそ?! そんな! とうとうリリーちゃん彼氏できたの?」


「不可侵条約まであった我がクラスの妖精が……とうとう彼氏を」


「不可侵条約って何?! 私知らないんだけど!」


 告白とかされた事なかったけどそれのせいだったの?


「しかしリリーに彼氏か……これは詳しく聞かないといけませんな」


「い、いや彼氏とかはいないよ?」


 実際本当に。


「その言い方で言うと……気になる男はいると?」


「……ノーコメントで」


 ザワザワッと教室が再度ざわつく。


「結子警部、これはクロですな」


「うむ、これは駅前のファミレスで詳しく話を聞かなければなりませんな」


「いや……きょ、今日はちょっと勉強しないとかなー……」


「前回238位だったんだから焼け石に水だよ。もう諦めよう」


「237位だもん! っていうか何で知ってるの?」


 教室のどこかから、237位なんだ、とか、237位……とか聞こえてくる。


 な、何でこんな目に……。


「ちょっと……そう、国語がやっぱりね……ハーフだから難しくて」


「日本生まれの日本育ちが何言ってんの?」


「あああああああああああああ」


 駄目だ! 付き合いの長い友人相手では分が悪い。


「あ、あー! 早く帰って勉強しないとー。じゃ、じゃあねー!」


「あ、逃げた! 237位が逃げたぞー!」


 友人達が237位と連呼しながら追ってくる。


「お願いだから順位を叫ぶのは止めてー!」


※ ※  ※


 帰り道を歩きながら思う。


 あれってもう、イジメだよね……?


 何も人のテストの順位を叫びながら追ってこなくても……。


 ひどい目に遭った。本当に。


 先ほどまでの友人達との一連のやり取りを思い出しながら、結子ちゃんが言った言葉がふと頭を過ぎった。


 ――リリーちゃんて明るくなったよね


 心当たりがある、どころの話じゃなかった。


 私からしたらこの数カ月で別人と言っていいほどに私は変わった。


 全ては攻一と鏡花と朔夜のお蔭だ。


 私は歩きながら少し、昔の事を思い出した。


※ ※  ※


 子供の頃から最近まで、私はすごく内気な子だった。


 相手の顔を見て喋る事も出来ないし、話し掛けられても何て返したらいいのか解らない。


 言葉の頭には、えっと……とか、あ……とか付けて話していた。


 ただ、始めからそうだった訳じゃない。


 小学校の低学年くらいは他の子と普通に話して遊んでいたと思う。


 変わったきっかけは本当に些細な事だ。


 小学校の三年生か四年生くらいの時。


 授業で先生が黒板に書かれている問題が解る人は挙手してくださいと授業を進めていた。


 当時の私は授業で手を上げるなんて何の引っ掛かりもなかった。


 だからその時も迷いも無く手を上げて答えた。だけど……。


 小さな、勘違いとも言っていいような間違いがあって……。


 先生は優しく、こう考えたんだねとか惜しかったねって言ってくれた。


 周りの生徒にも茶化されたり馬鹿にされたりした訳じゃない。


 ただ、私はほんの少し恥ずかしさを感じてしまって、その後も何となく手を上げる事が出来なくなって……。


 気付いたら人の目を見て話す事も出来なくなっていた。


 自分でも何でこうなってしまったのか解らない。


 このままではダメだ。


 こんな自分を変えたいと思った。


 それからの毎日、他人が当たり前に出来る小さな事に挑戦した。


 相手の目を見て話す事。


 授業で問題に答える事。


 友人を自分から遊びに誘う事。


 ……でも結局、目標にした事は一つも達成出来ないまま高校生になってしまった。


 私はずっとこのままなのかな……。


 学校からの帰り道をそんな事を考えながらぼんやりと歩く。


 その時、すごくおしゃれなお姉さんに話しかけられた。


「ねぇあなた、すごく綺麗な髪ね。外人の子かな?」


「え……? いや、えっと、ハーフです」


「へー、顔立ちもすごく可愛らしいし……ねっちょっと読者モデルやってみない?」


「え、えっと……読者モデル、ですか……?」


「ええ! 写真を2、3枚撮らせてもらうだけでいいの! あっこれ名刺ね。雑誌の名前も書いてるんだけど聞いた事ないかな?」


 名刺を見ると友人達との話題に何度か出た雑誌名が載っている。


「それでどうかな?」


「あ、えっと」


「うん!」


「……えっと、1枚だけなら」


「ありがとう~!」


 本当に嬉しそうにお姉さんは笑った。


 ちょっと強引だったけど、でもその強引さは内気な自分にとっては羨ましく思えた。


 読者モデルを引き受けたのもそれが理由だったのかもしれない。


 何にしても良い機会だと思った。


 この経験で内気な自分を変えよう。


 この時、私はほんの少しの希望を感じていた。


大事なお話3

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