九条朔夜Ⅱ 1
私が在籍していた剣道部を引退してから5カ月ほどが過ぎた。
引退した者がまた練習に参加しても迷惑になるだろう。
そう考え、距離を置いていたのだが……。
「九条先輩! 大会が近いんです! ぜひ指導をお願いします!」
後輩から頭を下げられそう頼まれれば断る理由も無い。
放課後、帰宅する者も居れば部活動に汗を流す者も居る。
最近は日も短く、気温も下がって寒くなった。
久しぶりに剣道着に袖を通し、私は頭の中に一本の糸を張る様に集中する。
「よしでは皆、私はただ受ける。一人ずつ好きに打ち込んで来い」
「えっ! 私達全員でですか? 結構人数いますよ?」
確かに20人弱はいる。普通に考えれば一人でこなす量ではないが。
「問題ない。もちろん防具はしっかりと着けるし、ただ打たれ放題という訳でもない」
「ですが……」
「……例えばだ、絶対に勝たねばならない試合で相手は遥かに格上だとする。その場合、勝手に相手をより強大に想像してしまい委縮してしまう事が多々ある」
「はい……解ります」
「ならばどうするか? まずは気持ちとそして自分の動きを言語化出来るまでに理解する事だ」
私は竹刀を構えた。
「皆が私を敬ってくれている事は解っている。だが今はそれを利用するんだ。敬う相手を容赦なく打ちのめす事が出来たなら格上の相手にだって気持ちで負けずに戦えるさ」
「九条先輩……」
「さぁ打ち込んで来い!」
「はい!」
パン!
「まだだ! もっと強く!」
パァンッ!
「もっとだ! 全くもって響かないぞ!」
パァアアアンッ!
「ありが――あ、いやもっとえぐり込むようにお願――あ、いや打ち込むんだ!」
※ ※ ※
その後、二時間ほどで稽古は終わった。
もう外は暗く、夜と言っても差し支えない。
私も含め剣道部員の皆は制服に着替え帰路に就こうとしていた。
「今日はありがとうございました!!」
武道場の出入り口に立つ私に部員の皆が頭を下げてくる。
「いや礼を言われるような事はしていない。散々偉そうに言っておいてなんだが本当に皆の力になれたのか自信がないんだ」
「そんな! 本当に勉強になりました!」
「そうか……そう言ってくれて救われたよ、ありがとう。最近はとても寒くなってきた……皆、身体を冷やさないよう気を付けるんだぞ」
「はい!!」
部員の返事を背に、私は武道場を後にした。
外に出ると一気に寒さが沁みてくる。
少し熱を持っていた頬が冷たい風に当たって涼しさを感じ、そしてすぐに寒さに変わった。
ハァと吐いた息は白くなり消える。
もうすっかり冬だ。
攻一と出会ってもう何か月にもなるのか……早いものだな。
「朔夜さん」
ふと名前を呼ばれ、声のした方を向くと鏡花が車の中から軽く手を振っていた。
「鏡花、先に帰ったのではなかったのか?」
「少し、朔夜さんと話がしたくて残っていました」
私は鏡花に促されるまま車に乗り込んだ。
車の中は暖房が効いていてほっとする暖かさだった。
やがて走り出した車内から何とは無しに外を眺める。
学校の敷地から下っていく坂の途中でふと思い出した。
「……そういえば、ここで攻一と初めて出会ったんだったな」
ぽつりと声が出て、そこで初めて思った事を言葉にした事に気付いた。
「攻一さんと朔夜さんの出会いの話ですか。とても興味がありますね」
「ん、話した事なかったか?」
「大まかには聞いています。詳細を是非朔夜さんから直接聞きたいです」
「少し恥ずかしいな」
出会いか……。
「そうだな、詳細となると私の昔の事を少し話さなくてはいけないか」
小ネタ
大事なお話2
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