鷺ノ宮鏡花Ⅱ 2
車を走らせ向かった先はどこかにある事務所だった。
どこか、とは車内では目隠しをされていたからだ。
事務所内にいる今は目隠しは外され、代わりに縄で手を縛られている。
そこまで広くない事務所内では4人ほどの男性と奥の机に強面の中年男性が座っていた。
「嬢ちゃん、悪ぃな。危害は加えねぇからよ。ちょっと座っておとなしくしててくんな」
強面の男性が言う。
この方達は恐らくヤクザ、極道なのだろう。
今時、ヤクザの方達がただ誘拐をするとは思えない。
考えるに父の会社に何かしらの打撃を与える為に一つの手段として私を誘拐したのではないだろうか。
他にもいくつか何かやっているのでしょうね。
競合している大企業に雇われたのかもしれません。
そこまで考えてひどく冷静な自分に気付いた。
周りはヤクザの方に囲まれて手は縛られている。危害は加えないというがその保証も無い。
なのに恐怖や不安が薄いのはやはり自分の感情が薄いから?
この状況よりも、自分の心の方に絶望を覚えますね……。
自嘲と共に状況によってより突きつけられた事実に涙を零しそうになる。
その時、部屋のドアの外から怒号と大きな音が響いた。
「何だぁおい?」
部屋の中にいた男性の一人がドアに向かう。
開けようとしたその時、ドアが吹っ飛び近付いていた男性も一緒になって吹っ飛んだ。
ドアの先から現れたのは一人の男性だった。
男性は部屋の中を見渡し、息を吸い込むと大声で叫んだ。
「息子さんを俺に下さい!」
私を含め、全員がきょとんとする中で男性はまた叫ぶ。
「息子さんを俺に下さい!」
そこで正気に戻ったヤクザの方々が声を上げる。
「てめぇ! 何やったか解ってんのか!」
「ぶっ殺される覚悟は出来てるんだろうな!」
「っていうか息子さんを下さいって意味わかんねぇんだよ!」
「ああそれはだな、シゲさんが」
「おい! ポン刀持って来い!」
「あのな、だから――」
「チャカもだ!」
「聞けよ! 意味わかんねぇつったのそっちだろ!」
その言葉と共に男性は近くにいたヤクザを一人、蹴り飛ばす。
「もういい! そもそも組長以外に用は無いんだからな!」
そこから男性の大立ち回りが始まった。
複数人を相手にしながら、殴り飛ばし蹴り飛ばす。
ただの一度も、相手の蹴りや拳は当たらない。
「くそっ!」
予想外の苦戦にしびれを切らしたのかヤクザの一人が日本刀を持ち出す。
「バカ野郎、殺すな!」
奥に座る強面のヤクザが叫ぶも、日本刀はそのまま突き出される。
しかし男性は余裕を持って躱す――
「え?」
が、躱された日本刀は勢いをそのままに縛られ座る私の方へ向かってきた。
今からでは避ける事も出来ない。
死――目を瞑り身を固くする……が一向に痛みは襲ってこない。
ゆっくりと眼を開けると、そこには信じられない光景があった。
男性が日本刀を鷲掴みにして、私の眼前で止めていた。
大量の血が手を伝ってボタボタと地面に落ちる。
「あ……あ、の……」
震える体を抑え、言葉にならない声を絞り出す。
男性は日本刀を鷲掴んだままヤクザを蹴り飛ばした。
そして日本刀をくるりと回し柄の部分に持ち変えると――
「痛った! マジ痛い! 何これ本当意味分かんないくらい痛い!」
涙目になって、地団太を踏みながら叫んだ。
「あの……大丈夫……ですか?」
やっとの事で出したその言葉に、男性は手を振りながら私の方を見ると、手に持った日本刀で私の手を縛っていた縄を切った。
「ほら逃げな」
おー痛て、と呟きつつ私の側を離れる男性。
その後ろ姿に声を掛けようと口を開くも何も言葉は出てこず、後ろ髪を引かれながらも私は出口へ走った。
「……なぁ…………シゲさん……恋人がいる……組を抜け……」
後ろから聞こえる男性の声がなぜか私の頭から離れなかった。
小ネタ
ギャグなくてごめんね。
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