007 エピローグ
首都防衛軍の宿舎までは、あたしの連続瞬間移動で帰って来た。海竜の死骸が大きいので、歩いて持ち帰るのは無理だったから。自動車を止めた代々木公園脇に魔鉱石を埋めたけど、魔鉱石から展開できる魔力が半径六メートル程度なので、海竜の巨体を瞬間移動させるには魔力の占める空間的に無理があったので、自前の魔力の届く範囲で連続して瞬間移動せざるを得なかったのよね。
訓練場が空いていたので、取り敢えずそこに移動したけど、隅の方で剣の打ち合いをしていた隊員が、手を止めて目を丸くしていた。突然、目の前に海竜の巨体が現れたら驚くよね。それがすでに息をしていなくても。
すぐに依頼達成の報告と依頼料の受け取りに行きたかったけれど、生憎と責任者の東城さんが多忙とのことで、割り当てられている宿舎の部屋で待つことになった。
海竜の死骸は、あたしが魔力を訓練場に伸ばして冷やしている。野犬と比べると遥かに巨大なので魔力消費も激しいけど、数時間程度は楽勝だね。
呼ばれるまでは、三人で海竜討伐の反省会。すんなりとはいったけど、旧地下鉄の軌道を盛大に崩したりしたからね。地面に大穴も開けたし。
「人が住んでいる土地だったら使えなかったよな」
とトワさん。
江東区の埋立地は、土地があまり肥えていないらしく、野菜の生育が悪くて、異世界転移の後は早々に人がいなくなったらしい。だから、人はトレジャーハンターくらいしかいないので、乱暴な手段を使えた。
「最初の時に魔道具を使えていればもっと楽だったんだけどなぁ」
返す返すも、それが惜しい。もっとも、そうなったら海竜があまり動くことなく、退治に時間がかかったかも知れない。
多分だけど、あの海竜、鱗を強化していたから身体を地下道に擦り付けながらも、痛みを軽減して移動できていたと思うんだよね。身体強化ができなくなったら、動きが鈍って、地下を崩しても動かず我慢してしまったかも。今となっては確認のしようもないけど。
「それは今後の反省ね。その場の状況に応じて最適な手段を選ぶってこと。今回は、魔鉱石を撃ち込めて海竜の位置をトレースできたんだから、最善でなくても次善の手段は取れていたわよ」
エイコさんがあたしをフォローしてくれた。
「でも、常に最善手を取らないと足元を掬われるかも知れないし……」
「そう思うなら、今回のことを反省して次に活かせばいいのよ」
うーん、そんなものかな。
「次って言えば、あの海竜みたいな魔法を上手に使う動物って、ほかにいるのかな?」
あたしは疑問を口にした。
「今までには会ったことはないよな。たまに身体強化を使ってるんじゃないかって硬い奴はいるけど」
「それと、運動エネルギーに変えて速度を上げてるっぽいのもいるね」
「ふうん、そうなんだ」
冒険者見習いとしての仕事では、そういう動物に会ったことはないなぁ。
「それでも、個体差レベルだけどね。ある種の動物が全部似た魔法を使う、なんてのは知らないなぁ」
「種で魔法を使うっていうと、飛竜と地竜くらい?」
これも、先生に聞いたことだけどね。先生は、本条王国で唯一、複数の飛竜や地竜を相手にした経験がある人だからね。その時は、防衛隊──当時は自衛隊──の隊員が三人、同行したそうだけど。
「飛竜と地竜がみんなある程度の魔法を使うとすると、海竜も使いそうだよね」
「だな。でも、あの海竜は特別だったんだろ?」
エイコさんとトワさんがあたしを見る。
「うん。魔力障壁を張ってたし、それに体内の魔力が全部魔力になってたよ」
あたしは、エイコさんに魔鉱石を撃ち込んでもらったことで判ったことを披露した。
「先生も、海竜と対決したって聞いたけど、魔力障壁を張ってたなんて話は言ってなかったし」
「あの個体特有の能力だったのかな」
「固有の能力って言えば、海竜がなんで地上で行動できるか、もあるよね。すべての海竜がそうなのか、あれが特別だったのか」
「海竜に共通した能力だったら、この先も現れる可能性はあるわね。二つの離れた地下鉄の路線で目撃されているってことは、その両方ともに、海に繋がっているということだから」
とりあえず、首都防衛軍の依頼は達成したけど、この問題が解決したかどうかは判らない、ということになる。そもそも、今まで同時に見られなかっただけで、現時点でも複数いるのかも知れない。
その辺は、あたしたちには関係ないけどね。あたしたちは、“大蛇”一匹の討伐を請け負って、それを達成したんだから。もう一匹いて、それも、ってことになったら追加依頼だね。
「でもなぁ、あれ一匹って思いたいよな」
トワさんが言った。
「どうして?」
エイコさんが聞く。
「だってさぁ、ウチだって海岸線があるだろ? あそこの漁村にあんなデカイのが襲って来たら、壊滅だよ」
「ああ、そうだね」
今、あそこに短時間で行けるのは、先生くらいかな。あたしも、正式に冒険者となったお祝いに魔鉱石を分けてもらったけど、今までは持っていなかったから、瞬間移動のスポットとして埋めたのも、本条王国の家の前と、ここの代々木公園の駐車場と、その間の三ヶ所だけだからね。アデレードさんは、あまり遠くに行かないからって、魔鉱石の瞬間移動スポットを作っていないし。
それにもう一つ、海竜って今まで日本近海では見られなかったんだよね。少なくとも、陸地から十キロメートルくらいの近場には出たことがない、と思う。情報が届いていないだけかも知れないけど。
それが今回は、陸地にまで上がって来ているんだから、帰ったらみんなにも注意を促さないと。
そんなことを話していたら、瀬田さんがあたしたちを呼びに来た。東城さんの時間が空いたらしい。あたしたちは部屋を出て彼女の後について行った。
案内されたのは、一昨日の会議室っぽい部屋とは別の部屋。ここは司令官室とかかな? 奥に大きい机があって、椅子に東城さんが座って何かの書類を見ている。机の傍に、この前もいた参謀さんが立ち、この人も手にした書類を読んでいる。机の手前には応接セット。
「ああ、ご苦労だった。座ってくれ」
あたしたちが部屋に入ると、東城さんは読んでいた書類を持ったまま立ち上がって、あたしたちに応接セットのソファーを勧めた。あたしたちは遠慮なく座った。
向かい側には、東城さんと参謀さんが座った。瀬田さんは、応接セットのテーブルの横に立っている。
「報告は受けた。良くやってくれた。礼を言う」
東城さんは頭を下げた。報告というのは、さっきの書類らしい。瀬田さんが書いたのだろう。
「わたしたちは依頼をこなしただけですから。ただ、地下鉄の軌道が海と繋がっていることは確実です。対処しないと、また海竜が入り込むかも知れません」
「うむ。報告を読んだ。まさか海竜とはね。穴はなんとか対処しよう」
あたしたちに要求せず、自分たちでやるらしい。最大の障害だった“大蛇”がいなくなったんだから、それくらいはそこまで大変じゃないよね。
「ところで、海竜を討伐するために地下鉄の軌道を埋めたと報告にあるが」
参謀さんが言った。
「はい。だいたい三キロくらいですね」
「困るね。こちらが依頼したこととはいえ、東京の土地を勝手に崩されては」
この人、何を言いたいんだろう?
「仰る意味が解りませんが」
エイコさんも、あたしと同じ疑問を持ったみたいね。
「つまりだ、東京の資産を不当に壊したのだから、その補填として、依頼料から差し引かせてもらう」
「はあっ!?」
トワさんがガラの悪い声を出した。エイコさんはちらりとトワさんを見て、制する。
「依頼では、土地建物を壊さないこと、という条件はありませんでしたが。むしろ、“大蛇”討伐のためなら破壊も厭わない、という条件でしたね」
「それは、あくまでも建っている建物だよ。土地そのものを壊すとは誰も思わない」
それならそうと、以来の時に条件に明記するべきじゃん。だいたい、地下鉄の軌道を埋めたのも、かなり控えめなんだけど。『海竜の周囲の地面を瞬間移動で遠方に移して、海竜を丸裸にする』なんて案もあったんだから。
「……それで、減額はいかほど?」
エイコさんが静かに聞いた。あー、怒ってるな、これ。
「前金のみで、追加の支払いはなし、だな」
「……そういうことでしたら、それで構いません」
へ? エイコさん何言い出すの?
「依頼は未達成ということで、海竜の死骸も我々が引き取ります。それから、『首都防衛軍は依頼を終えた後で先に決めた条件を翻し、言い掛かりを付けて依頼料を支払わない』という事実も冒険者組合の正式な記録として残します。きっと、すぐに冒険者たちには広まるでしょうね。そういう情報は冒険者にとっては命ですから。そういう依頼者からの依頼を受ける冒険者は……いるかも知れませんが、少なくとも、本条王国の冒険者たちは避けるでしょうね」
「なっ……」
参謀は口籠った。多分、あたしたちを舐め腐っていたんだろうな。最年長のエイコさんも十七歳だし、参謀さんは四十代……五十代かな? それだけ離れているから、子供扱いしているんだろうね。
首都防衛“軍”というくらいで一応は軍隊だから、猛者もたくさんいるんだろうけど、それでも今回は海竜を駆除することが出来ず、冒険者を頼ったんだから、今後も似たようなことが起きないとも限らない。今、あたしたちに報酬を支払わないと、経費は節約できるけど今後は冒険者の信用を一切無くすことになる。どうするのが利口か、それこそ子供でも解る。
「それくらいにしておけ」
東城さんが言った。
「すまない。可能な限り予算を削るべきだ、と言うのが彼の考えでね。自衛隊時代には会計を担当していたら、どうしても経費節減が染み付いていて。試すようなことをして悪かった。依頼料は満額払わせてもらう」
「それと、海竜のお肉と頭もください」
あたしは付け足した。東城さんは、笑って頷いてくれた。
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報酬を受け取ったあたしたちは、荷物をまとめて訓練場に来た。
「ちょっと待っててくださいね」
あたしたちと一緒に訓練場に来た瀬田さんと伊来さんに言って、長距離瞬間移動、二連続。海竜の身体の一部と頭部を、本条王国の冒険者組合に持って行く。
「ただいま~。これ、依頼の報酬の一部。預かってくれる?」
「ひゃっ!? ミキちゃん?? 何これ?」
家の前に現れてから続けて短距離の瞬間移動を行って冒険者組合のロビーに現れると、受付嬢のお姉さんに驚かれた。
「えっと、海竜の頭と身体の一部。どこかの氷室に入れといて。あとこれ、今回の討伐報酬。帰って来たらちゃんと精算するから預かっといて」
「へ……エイコちゃんとトワちゃんは?」
「まだあっち。後で一緒に帰ってくるよ。それと、この依頼を持って来た人の馬、組合の厩にいる?」
「う、うん、いるよ」
「それ連れてかないといけないから、またね。今日の夕方過ぎにはまた来るから。このお肉、よろしくね」
あたしは組合の建物を出ると、今度は厩番のお兄さんに預かってもらっていた馬を出してもらって、首都防衛軍の訓練場にとんぼ帰り。
「伊来さん、どうぞ、お預かりしていた馬です」
「ああ、ありがとう……」
ちょっと遠い目をしているのはなんでだろう? ま、いっか。
「それでは、わたしたちはこれで失礼します」
エイコさんが言って、頭を下げた。トワさんとあたしもエイコさんに倣う。
「三人とも、どうもありがとう。また困ったことがあったら依頼させていただきます」
「はい、いつでもどうぞ」
伊来さん、瀬田さんはと別れて、あたしたちは代々木公園の自動車へと向かった。
「帰りは別の道でお願いね。瞬間移動のスポットを作っておきたいから」
初めての遠出だからね、できることはしておきたい。
「帰りはアタシが運転するよ。ミキ、魔力の補充はよろしく」
「うん」
あたしの冒険者としての最初の依頼は、無事に熟すことができた。これからも、エイコさんとトワさんと三人で頑張るよっ。
〈あとがき〉も同時投稿しています。
==用語説明==
■飛竜
名前のみ登場。
異世界転移の後に現れた、体長五メートル前後のワイバーンのような生物。口の前に魔力で炎を生み出し、吐息で広範囲に広げるという攻撃をする。
■地竜
名前のみ登場。
異世界転移の後に現れた、巨大なトカゲのような生物。体調約一〇メートル。口から吐息と共に放出した魔力を炎に変えるという攻撃方法を持つ。