004 遭遇戦
トレジャーハンターの大男が負けを認めたので、あたしは力で押さえつけるのをやめて大男の背中から足を離した。
のっそりと立ち上がった大男に、あたしは頭を下げる。
「踏み付けにしちゃってごめんなさい」
うん、踏ん付ける必要はなかったんだよね。力に変換した魔力で押さえるだけで。でも、ギャラリーがいたので『あたしがこの大男を実力で下した』という事実を見せつけるために、あえて踏ん付けた。倒れた大男の隣でほけーっと立ってるだけより、威圧効果が高いと思って。
「……勝負なんだから謝る必要はない。俺の方こそ、嬢ちゃんたちの実力にケチを付けて悪かった」
エイコさんに因縁を付けていた姿は“嫌な大人”だったけど、思ったよりはさっぱりした性格みたい。『なんで俺がこんな小娘に』とか思ってそうだけど、それを表には出さずに素直に負けを認めるくらいの度量はあるみたいだから。
大男が右手を差し出してきたので、あたしもその手を握った。途端に、静まり返っていた周囲から歓声が上がった。
「嬢ちゃん、凄いな」「そいつはオレたちの中でも戦闘派なのによ」「今の、魔法? 何したの?」「何したのか全然わからねぇっ」「私にも教えてっ」「一緒にパーティー組まない?」「おれも踏んでくれっ」「妹になってっ」「むしろ嫁にっ」「このロリコンっ」
いやちょっと、大の大人が小娘にそんな興奮しないでよ。
「はいはい、そこまでにして。三人とも、挨拶はだいたい済んだから、宿舎に戻りましょう」
瀬田さんが、騒ぐトレジャーハンターたちを宥め、その輪からあたしを連れ出してくれた。
「因縁つけられた時は嫌な奴かと思ったけど、そこまででもなかったな」
トワさんが言った。
「トレジャーハンターは互いが競争相手ですからね、新参者には厳しいですよ。『俺の獲物を取るなよ』というところですかね。けれど、実力を示すと、逆に擦り寄って来る人もいますね。特に稼ぎの少ない人は」
瀬田さんが、トレジャーハンターの反応を解説してくれた。
「それであの掌返しね」
「そう言わないの。わたしたちが宝探しに来たんじゃないことが解れば、これ以上の干渉もないだろうし」
辛辣な言葉を吐いたトワさんを、エイコさんが宥めた。
「夕食はどうされます? こちらでご用意しましょうか?」
トレジャーハンターのことはここまで、と言うように、瀬田さんが話題を変えた。
「いえ、来る途中で獲った野犬がいますので。あ、でも、野菜や果物があったら野犬と交換していただけませんか?」
食料は保存食を持って来ているけど、現地調達できるならその方がいい。
「はい、大丈夫ですよ。案内します」
「じゃ、野犬持って、行こうか」
あたしたちは、代々木公園の駐車場に置いた自動車から、野犬や、自動車にまだ積んだままの荷物を降ろし、雨や夜露に備えて防水シートをかけてから、宿舎(って瀬田さんが言ってたね)に戻った。
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翌日、朝食を摂ってから早速、大蛇の捜索へと向かった。大蛇は、あたしたちの訪れた場所から南東、えっと、江東区に主に出るらしい。埋め立て地が多く、地下鉄の軌道も二本あるみたいね。地図によると。埋め立て地ってことは、大蛇って海蛇なのかな?
瀬田さんがあたしたちに付き添って、案内役を務めてくれた。どうも、伊来さんがその役に就く予定だったんだけど、あたしたちが女の子三人ということで、首都防衛軍で気を利かせて、女性隊員の瀬田さんに変わったらしい。
そんなわけで、あたしたちは四人で南東へと向かった。最初で討伐できればいいけど、まずは相手がどんな奴か確認だけでもできればいい、くらいのつもりで探索する。
適当なところで地下鉄の駅から地下へと下り、線路を歩いて行く。先頭はトワさん、瀬田さんとあたしが横に並んで続き、殿はエイコさん。
あたしたちパーティーの荷物はあたしがほとんどを持っている。あたしは魔法を使うし、総魔力量も多いから、荷物を持っていてもあまり関係ないんだよね。
それと、東京までの移動の時には着けていなかったヘアバンドを三人とも着けている。それぞれ三個の魔鉱石を嵌め込んであって、三人の魔力を込めてある。近距離なら(あたしは遠距離でも)これで念話での会話が可能だし、他にも色々と使える。
周りをあたしの魔法で照らしているので、地下だけれど先が見えないほどじゃない。明るさは抑えているけど、十分見える。さらに、広範囲に魔力を広げて索敵している。今のところ、オオネズミっぽい生物がいるくらい。
「線路は残っているんですね」
「ええ。レールを地下から持っていくのは大変ですから、トレジャーハンターも敬遠するんですよ。地上の鉄を取り尽くしたら地下にも目を向けるでしょうけれど、しばらくその心配はないでしょうし」
そうだろうねぇ。いくつもの建物がまだまだ残っているんだもん、鉄を始めとして金属もいっぱい残っているのね。本条王国でも、昔の建物を上の方から解体しているけど、まだ終わっていないし。
「おっと、この先は駄目だね。水没してる」
前を行くトワさんが足を止めた。少し前から地面が濡れていたけど、この先は完全に水の中。
「ミキ、この先も大蛇はいない?」
「うーん、いないね。魚が泳いでいるけど」
あたしの索敵範囲は、目一杯広げれば二・五キロメートル。今は二キロメートルまで広げている。この範囲には大きな生物はいない。地上で活動している何人かのトレジャーハンターが一番大きい生物かな。
「それなら戻って、別の路線を調べましょう」
「そうですね」
あたしたちは来た道を戻り、地上に出て近くの別の駅から再び地下へ。けれどやっぱり、軌道は途中で水没していた。さっきの路線よりは、東まで来ているかな。
「後は地上で探るしかないわね。ミキに頼ることになってしまうけれど」
「大丈夫、魔力を広げているだけなら気力もそんなに使わないから」
照らす必要がない分、地上からの方が楽かな。
ただ、地上から見つけても獲物を物理的に捕捉できないよのね。瞬間移動はできるけど、それをできる空間があるかは判らないし。でも、地下の道がないなら仕方がない。
近くの駅まで戻ろうと踵を返しかけた時。
「ちょっと待った」
トワさんが、来た道を戻ろうとしているあたしたちを呼び止めた。
「どうしたの?」
「何か……来る」
む。魔力で索敵しているあたしより先に気付くなんて、これは冒険者としての経験の差? あたしも早く二人に追いつかなきゃ。
って、今はそれどころじゃなくて。
トワさんは、足元の水面を見ている。その水面に波が立っている。奥からあたしたちの足元に向けて。徐々に、波が大きくなって来る。
「あっ。二キロメートル先、巨大生物。こっちに来る。結構……かなり速い。ってか、太過ぎっ」
事前情報の二メートル弱より大きいんじゃない?
波がさらに大きくなってくる。
「みんな、戻るわよ。ここじゃ狭くて十分に戦えない」
「わかった」
「うん」
「はい」
エイコさんの言葉に、トワさんとあたしだけでなく瀬田さんも頷き、すぐに来た道を戻る。
大蛇らしき生物は、ものすごい速さで迫ってくる。走りにくい地下鉄の軌道では、すぐに追いつかれそう。
「エイコさん、トワさん、瞬間移動するっ」
「わかった。やって」
「瀬田さん、手をっ」
「え?」
瀬田さんの手首を握り締め、魔力を彼女の身体に染み込ませる。エイコさんとトワさんにも、ヘアバンドの魔鉱石から魔力を染み込ませる。
準備が終わったら、すぐに瞬間移動。手前の駅のプラットホーム、地上というか、改札口へと続く階段の手前にあたしたちは出現した。
「……今のが……瞬間移動……」
瀬田さんが瞬間移動を体験したのは初めてのことだったみたい。ちょっと酔っている様子。けれど、のんびりはしていられない。
この辺の線路は水没していなかったのに、水が押し寄せて来た。地響きが聞こえてくる。
「瀬田さん、階段の前にいてください」
「はい」
瀬田さんはあたしに言われた通り、階段を背にして立ち、腰から拳銃を抜いて構える。トワさんが剣を抜いて軌道近くで待ち構え、エイコさんはトワさんとあたしの間で魔銃を抜いて構えている。
水がどんどん流れて来て、地響きも大きくなってゆく。
そして。
地下鉄のトンネルからプラットホームへ、大蛇がドバッと出現した。頭を持ち上げ、あたしたちを睥睨する。魔力に引っかかった感じでは直径四メートルはありそうだったけど、そこまで太くない。事前情報の二メートルくらい。
「キシャアアアアアアアアアアアッ」
大蛇は叫ぶと同時に、左右のヒレを翼のように広げた。
(えっ!? これって……)
いや、考えるのは後。あたしたち三人はすぐに行動に出る。
エイコさんが弾丸を連続発射。トワさんは一気に距離を詰めて斬りつける。が。
カンッカンッカンッカンッ。
キンッキンッ。
エイコさんの弾丸も、トワさんの剣も、ソイツの鱗に弾かれた。
「うそっ!?」
「硬っ!!」
そしてあたしは。
「ふぇっ!?」
うそん。
「あいつ、魔力障壁張ってるっ」
道理で、大きさを誤認したわけだよ。魔力障壁があると、魔力を浸透させられないから、それを身体の大きさと勘違いしちゃった。まさか、魔力障壁を張る生物がいるなんて。
ソイツが口を開き、水を吐き出した。あたしとエイコさんに迫るそれは、途中で硬く凍りつく。あたしは物理障壁を展開して防ぎ、エイコさんは魔銃を撃ちながら横っ跳びに避けた。
トワさんが、目では絶対に終えない動きでソイツの右や左、前や後ろ、果ては上からも斬りかかる。けれどソイツは堪えた様子もない。大きく振った首に当たる前に、トワさんは避ける。
あたしも手をこまねいているだけじゃない。鋼板を取り出し、即座にヤツの魔力を魔素(魔力)変換する魔道具にして、ソイツに向けて投げる。これがソイツの魔力障壁に触れるだけで、魔力を霧散させられる。
けれど。
確かに、鋼板はソイツの魔力障壁に当たった。その途端、ソイツは魔道具に向けて口を開き、大声で叫ぶ。
「キシャアアアアアアアアアアアッ」
その吐息で鋼板は吹き飛ばされ、地面に落ちた。さらに、自らの魔力を切り離し、それが魔素に分散されてから魔力障壁を貼り直す。
「うっそん」
たかだか爬虫類ごときがこんな魔法に長けているなんて、有り得ない。ううん、有り得なかった。今までは。その上、身体が大きいから総魔力量も多いはず。
「トワっ。ミキっ。一旦引くっ」
ぶんっと振られた長い首を飛び跳ねて避けたエイコさんが言った。地下鉄のプラットホームは狭いし、有効打を与える術がないので、出直すのも止むなし。でも、また探すのは面倒。
「エイコさんっ、これっ」
あたしは荷物の中の魔鉱石を弾丸の形に瞬間移動で削り出した。魔力を込めたそれをエイコさんに投げる。
「それ、口の中に撃ち込んでっ」
「了解」
エイコさんは魔銃を折って回転式弾倉を露出、あたしから受け取った魔鉱石弾を込めて弾倉を閉じる。
あたしは鋼板をもう一枚魔道具にして、ソイツに向けて投げた。今度はソイツは、魔力障壁に当たる前に、大きな口を開けて叫ぶ。
その吐息が弱まった瞬間、エイコさんの撃った魔鉱石弾はソイツの口に飛び込んだ。
「よし、離脱っ」
「瀬田さんっ」
「は、はいっ」
あたしは瀬田さんの手首を握り締め、地下のプラットホームから地上へと瞬間移動した。
==用語解説==
■大蛇
東京の旧地下鉄の軌道に救う巨大な蛇のような生物。全長約二〇メートル、太さ二メートル弱。人間の魔法使い並みに魔法を使う。その姿は……