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003 タイマン勝負

「私が首都防衛軍を預かっている東城(とうじょう)だ」

 名乗った人は、指揮官だか司令官だかに当たる人みたいね。続けてもう一人を紹介したけど、その人は参謀とか。結構上の人が出てきたね。それだけ、大事(おおごと)なのかな。

 こっちはエイコさんが名乗って、トワさんとあたしを紹介する。トワさんもあたしも子供にしか見えないから、対応はエイコさんにお任せ。エイコさんも、まだ十七歳だから相手から見れば子供だろうけど、十四歳のトワさんや十二歳のあたしよりは、幾分かはマシだろう。


「また随分と可愛らしいお嬢さんが来たもんだな」

 台詞の内容はアレだけど、東城さんの口調に含まれているのは、あたしたちを莫迦にしていると言うよりは、戸惑っているみたい。まさか、あたしたちみたいな若いのが来るとは思ってなかったんだろうね。


「お気になさらず。それで、ご依頼は大蛇の討伐と聞いていますが」

 エイコさんが先を促した。

「そうだ。もう一年近く前から、地下鉄トンネルに巨大な蛇が現れるようになり、トレジャーハンターに被害が出ている。地上に出ることはあまりないが、ビルの地下街には頻繁に現れている。防衛軍からも部隊を出したが、討伐には至っていない」

 昔、大都市には、地下鉄なる地下を走る電車があったんだそう。目標の大蛇はその軌道に巣食っているらしい。


「防衛軍やトレジャーハンターの武装は?」

「銃と剣、槍、槌などだな。銃は小銃と拳銃がほとんど。榴弾もあるが、地下が崩れると不味いので使ってはいない。しかし、鱗が非常に硬く、銃弾も剣も通らない」

「大きさはどれくらいですか?」

「地上に出た時の目測で、全長は二〇メートルほど、太さは二メートル弱だな。攻撃手段は噛み付きと体当たりのほかに、口から石片や氷を撃ち出す」

 二〇メートル。それは大きいなぁ。狩れたら食べ出がありそう。蛇の肉って美味しいのかな? それに、石はともかく氷を出すということは、魔法を使っている可能性がある。


 それから、これまでに行なった大蛇討伐作戦の概要を聞く。一通り聞いた後、エイコさんが問いかけた。

「これまではどの作戦も、数人から十数人程度で行なっていますね。地下が主な狩り場なので解らなくはないのですが、それでも地上に追い立てる作戦でもそれほど多くありません。数で押さないのは何故でしょう?」

 そうだよね。どんな巨体を持っていてもたかが蛇、知恵と数で押せば退治できそうなもんだけど。


「それも考えたんだがね、魔王軍に襲われるわけにもいかないんでね」

「あぁー」

 エイコさんが唸った。確かに、それは気にするよね。


 魔王と魔王軍。最初に歴史に現れたのは五年前かな? 六年前だったかな? 西の方で二つの国の大軍が軍事衝突を起こした時、忽然と現れた魔王は、魔王軍と呼ばれる猛獣の群れを召喚して、双方の軍を一瞬で蹂躙したと言う。

 その後も数回、人間同士の大規模な暴力的衝突があると、どこからともなく現れた魔王が魔王軍を召喚して暴れたことがある。らしい。

 大軍を動かすと現れると言っても何千何万というわけでなく、数百人程度。どれくらいの数になると出てくるのかは判明していないので、警戒して人数を絞るのも解らなくはない。


 でも、魔王が出座するのは人間同士の衝突の時じゃないのかな? 動物退治なら出てこないんじゃないかと思うけど……今度、先生に聞いてみようかな。先生も知らないかも知れない。

「……ですが、魔王軍は人間同士の軍事衝突にしか出てこないのでは?」

 エイコさんもあたしと同じことを考えたらしく、そのことを聞いた。

「今までに聞いた事例ではそうだがね、そうだという確信が持てない以上、警戒するに越したことはない」

 そうだよね。蛇一匹を退治するのに何十人何百人の人間が犠牲になってしまっては、割に合わない。被害が出ているといっても、そこまで多いわけじゃないそうだし。怪我人は多いみたいだけど。


「状況は解りました。では明日から大蛇の捜索を始めます」

「引き受けてくれるのか?」

 エイコさんの言葉に、東城さんが驚いたような声を出す。

「はい。依頼内容に問題は見られませんし、すでに前金を戴いていますからね」

「そ、そうか。よろしく頼む。どうだろう、駆除できそうか?」

「実物を見ていませんのでなんとも。でも、仕留めますよ」

 エイコさんは自信たっぷりに言った。三割くらいはハッタリかな。


「しかし、本当に大丈夫なのかね? 見たところ、まだ子供じゃないか」

 これまであまり喋らなかった参謀さんが言った。

「実力が心配なら、依頼を取り下げますか? わたしたちは構いませんが。その場合、依頼者側からの一方的な契約の破棄ということで、前金の返還はしかねますが」

「今更、取り下げはしない。しかし、完遂出来なければ残金は払わない」

「当然ですね」

 エイコさんは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「失礼ですが」伊来さんが口を開いた。ってか、いたんだよね。空気になってたから忘れてたよ。「三人はかなりの実力の持ち主です」

「ほう? それほどかね?」

「はい。帰途に野犬の群れに遭遇しましたが、何キロも前から察知し、襲って来た野犬は瞬殺していました」

「ふん。少しはやるようだな。だが、そのくらいの者は防衛軍にもごまんといる」

 それなら、その人たちに退治させればいいのに、と思うけど、もちろん口にはしない。わざわざ東京くんだりまで来て、せっかくの成功報酬をふいにする気はないもんね。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 その後、女性の兵士が部屋に呼ばれて、あたしたちはこの建物の中の一室に案内された。東京にいる間、自由に使っていいとのこと。本当は、代々木公園内に張った天幕の一つを割り当てられるはずだったらしいけど、女の子三人ということで急遽部屋を用意したらしい。

 部屋に荷物を置き、野犬の遺体を取って来るために外に出る。ついでにトレジャーハンターたちに紹介する、と瀬田(せた)さん──案内の女性兵士──に言われて、代々木公園の中へ。遺物探しに行っている人たちもいるけど、陽が傾いてきているので、公園には多くのトレジャーハンターがいる。


 トレジャーハンターたちを集めるまでもなく、何箇所かでその辺りに固まっているトレジャーハンターたちに、あたしたちを紹介していく。あたしたちが大蛇退治に呼ばれた冒険者だと聞くと、驚く者、呆れる者、粘っこい目を向ける者、いろいろ。

 女の人もいるね。あたしたちも、ここでも別に良かったんじゃないかな。ちゃんとした壁と屋根があった方がいいから、わざわざ『こっちでもいい』なんて言わないけどね。


「おいおい、こんな嬢ちゃんたちがあの化け物を退治するって? どういう冗談だよ」

 何度目かの挨拶で、トレジャーハンターの一人が因縁を付けて来た。えっと、これがお母さんの持ってる小説にちょこちょこ出て来る、テンプレって奴だね。


「冗談ではありませんよ。防衛軍の出した依頼を、引き受けてくれた冒険者で間違いありません」

「はっ。こんな嬢ちゃんに倒せるくらいなら、とっくに俺が退治してるさっ」

 威勢だけはいいみたいね。大蛇を倒せる力がないことは自覚しているようだけど。

「それなら勝負してみます? 何人でも相手になりますよ?」

 エイコさんが挑発するように言った。トワさんが腕を回す。やる気十分。


「エイコさんっ、無茶はしないでくださいっ」

 瀬田さんが慌てて間に入る。

「大丈夫ですよ。問題はありませんから」

 エイコさんが、ちょっと意地悪げな笑みで言う。

 エイコさんの言う通りだよね。ここに着いてから、魔力は自動車の後ろに載せた野犬を冷やすことにしか使ってないけど、エイコさんの『勝負してみます?』の言葉と同時に、辺り一帯に張り巡らせた。その結果、ここにいるトレジャーハンターたちは、あたしたちの敵ではない、と判断した。実力を隠していたら、解らないけど。


「威勢のいい嬢ちゃんだな。いいだろう、胸を貸してやんよ」

「勝負は一対一の一戦。武器使用可。どちらかが負けを認めるか戦闘不能になるまで、でいいかしら?」

「構わんぞ。もちろん俺がやる。そっちはあんたか? それとも、そっちの威勢の良さうな嬢ちゃんか?」

 大男がエイコさんからトワさんへと視線を動かす。


「ミキちゃん、やっちゃって」

 けれど、エイコさんの指名はあたしだった。

「えーっ、アタシは?」

 トワさんがぶーたれる。

「トワちゃんは本番で力を見せて。ミキちゃん、よろしく」

「はーい」

 あたしを指名したのは、あたしが一番弱く見えるからだろう。一番弱く見えるあたしがこの大男をのしちゃえば、それ以上の文句は言うまい。


「ちょっと、なんで話を進めてるんですかっ。大怪我したらどうするんですっ。ああっ、もうっ」

 瀬田さんが何か言ってるけど、誰も聞いちゃいない。周りに騒ぎを聞きつけたトレジャーハンターたちが集まっている。こうなったらもう、止められないだろうね。


「嬢ちゃん、素手でいいのかい?」

 大男がにやにやと聞く。

「あたし、魔法使いですから。棍棒でいいんですか? 銃とか使わなくて」

「嬢ちゃん相手じゃ、弾がもったいないからよ」

 そう言うことね。銃でも棍棒でもあたしには同じだけど。


 それにしても大きいね。身長一九〇センチメートルはあるかな? 筋肉も凄いし。

 対するあたしは、身長一五〇センチもない。身体も小さいし、まさに大人と子供の勝負。あの巨躯から振るわれた棍棒が掠っただけで、大ダメージを受けるだろうね。掠りもするつもりはないけどね。

 さて、どう勝とうかな。


「二人ともいいかしら? それじゃ、始めっ」

 エイコさんの合図と同時に、大男があたしに一跳びで近寄り、棍棒を振り下ろした。あたしは避けることなく、前の魔力を物理障壁にして棍棒を受け止める。


 ガシンッ。


 棍棒が物理障壁に防がれて、空気が震える。ってか思ったより威力が大きい。物理障壁にする魔力の密度を上げてなかったら、あたしの頭まで届いたかも。余裕ぶってちゃ駄目だね。気を引き締めないと。

「なんだっ!?」

 棍棒を防がれた大男は、すぐさま後ろに跳ねて距離を取った。何を驚くことがあるんだろう? あたし、魔法使いって名乗ったのに。魔法使いなら、これくらいは常識だよ。


「どうしたっ、もう終わりか?」

 ギャラリーから大男に野次が飛ぶ。

「うるせえっ、黙って見てろっ」

 言うなり、左に跳ぶ大男。あたしに近付き、棍棒の間合いの直前で右に跳ぶ。大柄な体躯に似合わない素早い動きだけど、あたしには見えている。見えていなくても、この辺り一帯を魔力で包んでいるからバレバレだけどね。


 棍棒を横薙ぎに振るった男の手が空を切った。

「はあっ!?」

 空になった自分の手に目を見張る大男。ガランッと地面に棍棒が転がった。あたしが瞬間移動で奪ったんだけどね。


 大男は、再びあたしから距離を取ると、腰の剣を抜いた。

「おいおい、女の子相手に刃物かよ」

「うるせぇっ」

 大男に、最初の余裕はもうない。そろそろ決めよう。あたしは、腰のベルトに下げた革のポーチから、鋼の板を取り出した。魔力を染み込ませて魔力(コマンド)を与える。


 大男が、三度(みたび)あたしに襲い掛かって来た。振り下ろされる剣が目の前に迫ったところで大男の後ろに瞬間移動、手にした鋼板を大男の腕に押し当てる。身体は服の生地が厚くて大男の魔力に届きそうになかったから、生地の薄い腕にした。

「う、なんだっ」

 あたしが即席で作った魔道具で、身体中の魔力を下向きの力に変えられた大男は、ズデンッと地に伏した。あたしはその背中を踏み付け、自分の魔力を力に変えて、男を押さえつける。足で踏んだだけじゃ、跳ね飛ばされちゃうもんね。


「どう? 参った?」

「ぐ、……くぅ、ま、参った……」

 思い切り地面に押し付けたからか、男はあっさりと負けを認めた。



==登場人物==


瀬田(せた)

 首都防衛軍の女性隊員。ミキたちの案内役としての任をおう。



==用語解説==


■大蛇

 東京の旧地下鉄の軌道に巣食う巨大な蛇のような生物。全長約二〇メートル、太さ二メートル弱。


■魔王と魔王軍

 数年前から、人間同士の大規模な戦闘行為が発生すると、どこからともなく現れ、大群で両軍を蹴散らし、どこへともなく消えていく存在。一説には、富士山の山頂に魔王城があるとかないとか……。

 ……どっから来たんだよ。

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