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001 東京へ

 走る自動車の後席に収まっていたあたしは、ふと身体を起こした。隣に座っていたトワさんが、あたしの様子に気付く。

「ミキ、どったの?」

「前方約二キロ、野犬四」

 あたしは前席で運転しているエイコさんにも聞こえるように言った。あたしの隣でトワさんが剣を握り締める。


「野犬? 襲って来そう?」

 助手席に座っている、今回の仕事を持ち込んで来た伊来(いらい)さんという小父さんが、あたしを振り返った。ちょっと驚いた顔をしている。確かに、二キロメートルもの索敵範囲を持つ人は、あたしの他にはアデレードさんくらいしか知らないし。先生も、自分の限界は一・五キロメートルくらいって言っていたかな。


「うーん、道からは外れていて、まだこっちには気付いてなさそうです。でも、近付いたら判らないです」

 異変前から残っている本によると、犬は何十キロメートルもの先の臭いを嗅ぎとるというから、もしかすると気付いている可能性もある。野犬の嗅覚がどれくらいかはまだ未知数だけど、同じくらいとするともう気付いているかも。でも、今のところは襲ってくる様子は見られない。


「こっちに向かって来たら教えて」

「うん、わかった」

 ハンドルを握るエイコさんに、あたしは返事をした。今回の依頼は野犬の駆除じゃないから、あっちから襲って来なければ無視だろうね。襲って来たら、今夜のおかずかな。四頭もいると、一食じゃ食べ切れないかな。でも、そんなに太っていないから、あまりお肉を取れないかも。


 そんなことを考えている内にも自動車は石で舗装された道を進み、野犬との距離が縮まった。

「野犬がこっちに来る。〇時三〇分方向、距離九〇〇メートル」

「了解。わたしとトワで仕留める。ミキは車に残って周囲を警戒」

 あたしの警告でエイコさんは自動車を止めて指示を出した。トワさんが喜び勇んで自動車から飛び降りる。エイコさんも続いて降りた。


「二人だけで大丈夫なの?」

 伊来さんが聞いた。

「野犬四頭なら、二人でも多いです」

 自動車に残ったあたしは答えた。もちろん魔力を広げたまま、警戒を怠らない。伊来さんは、やや胡乱そう、と言うよりは心配そうに、自動車から離れて行く二人を見ていた。


 この辺りは開けているから、こちらに向かって走って来る野犬はもう見えている。エイコさんは自動車から五メートルくらい離れて片手に魔銃を持ち、トワさんはその隣で剣を抜いて立っている。

 野犬が五十メートルほどに近付いたところで、トワさんが前に出た。やや右にずれているのは、エイコさんの射線を遮らないためだね。

 野犬は二頭ずつに分かれ、二人に向かう。


 勝負は一瞬で終わった。っていうか、勝負にもならなかった。

 エイコさんが魔銃を構え、二十メートルにまで迫った野犬に向けて二回ずつ引金を引く。音もなく発射された弾丸は、どちらも野犬の身体に吸い込まれるように当たり、野犬は地に伏した。エイコさんはすかさず倒れた二頭の野犬に駆け寄り、至近距離から頭を撃ち抜く。

 トワさんは、二頭同時に飛びかかって来た野犬を、咬みつかれる直前にその場から消え、野犬の左に避けた。知らない人には、どう避けたか解らないだろう。それは野犬も同じようで、見失ったトワさんに気付く前に、一頭の野犬の頭が胴体から離れる。その間にもう一頭はトワさんに気付いたけど、トワさんが踏み込んで剣を振るう方が速かった。


「……」

 伊来さんが口をあんぐりと開けている。どうせ、あたしたちを小娘と侮っていたんだろう。その意味では、この野犬の襲撃はちょうど良かったかも知れないね。あたしたちの実力を見せつけるのに。

〈ミキ、自動車の傍に運んでくれる?〉

 あたしが展開している魔力を使って、エイコさんが念話で言った。

〈いいよ。獲物を瞬間移動するね。血抜きもしちゃうね〉

〈それって面倒なんだろ?〉

 二人にまとめて返事したら、トワさんにあたしの苦手な部分を指摘された。

〈うん、だから練習〉

 これはトワさんにだけ答える。


 それから精神集中。広げていた魔力を野犬の死体に染み込ませる。『染み込ませる』ってイメージがあたしには合ってるのよね。今は血抜きをするから、液体には染み込ませない。これで血液だけでなく、髄液とか尿とか、体内の液体を除外できる。さらに、消化器官の中身も除外。胃壁や腸壁までで魔力の侵食を止める。これが結構難しいと言うか、気力を必要とする。

 準備が整ったら、自動車の近くの魔力と交換。野犬の死体が自動車の隣に出現する。


「ふぁっ!?」

 伊来さんが変な声を出した。

「平気ですよ。もう死んでますから」

「いや、それは見ていたから判るけれど、今の、瞬間移動?」

 あ、驚いたのはそっちね。

「そうですよ。ミキは魔法使いですから」

 戻って来たエイコさんが伊来さんに答えた。


「トワ。野犬を後ろに積んで。ミキはそのまま警戒」

「はいよ」

「うん」

 そうだ。野犬の血液とか埋めておこう。疫病が流行ったりしたら困るし。

 エイコさんとトワさんが野犬の死体を自動車の後ろに載せて紐で縛り付けている間に、あたしは地面に撒かれた野犬の血液や胃の内容物を、そこに展開している魔力を炎に変えて焼き、その上で瞬間移動で地下に埋めた。これで大丈夫だよね。


「あれ? 今あの辺、燃えてなかった?」

 伊来さんが、あたしの汚物処理を見ていたみたい。魔力を集中させて温度を高くした代わりに、炎は小さかったんだけどね。

「あの辺りに野犬の血液とか残したから、焼いたんです。疫病とか怖いから」

 隠すことでもないので、素直に答えた。


「ああ、なるほど……。いやちょっと待って。さっき瞬間移動させたよね? 血液だけ残したの?」

「はい、そうです」

 凝固して固体になっちゃうと面倒だけれど、凝固する前ならそれほど難しくない。魔力を固体にだけ染み込ませればいいから。

 でも、固体になっちゃうと気力をすごく必要とする。胃腸の内容物を残すのと同じくらい……ううん、毛細血管なんかを考えると、ずっと大変。


「は、あ、そ、そう……」

 伊来さんは呆気に取られたような顔をしている。二人が野犬を倒した時から、どれだけ驚いてるの? 伊来さんも東京から本条王国まで馬で単騎で来るくらいだから、結構な実力者だとう思うんだけどな。


 エイコさんとトワさんが作業を終えて自動車に乗った。

「ミキ、無理じゃなければでいいけれど、野犬を冷やしておいてくれる?」

「うん、大丈夫」

 どうせ、周囲二キロメートルに魔力を張り巡らせているもんね。その一部を冷気に変え続けるだけだから、大したことはない。


 エイコさんが前に向き直り、自動車が走り出した。しばらくして、伊来さんが口を開いた。

「いやぁ……冒険者としての活動は初めてと聞いていましたが、すごいですね。野犬四頭を瞬殺とは」

「初めてと言っても、この三人の正式な冒険者パーティーとしては、ですから。わたしと剣士のトワは以前から冒険者として活ていますし、魔法使いのミキも、見習いとして以前から簡単な仕事はしていましたから」


「はあ、そうですか……本条王国の冒険者は優秀なのですね。東京に集まっているトレジャーハンターたちには、あなた方ほどの人はいませんよ」

 なんだか、伊来さんの言葉遣いが丁寧になったような。

「そりゃあねぇ。トレジャーハンターで太刀打ちできないから、ウチの冒険者組合までわざわざ依頼に来たわけっしょ? なら、トレジャーハンターより強くなくっちゃ、どうしようもないっしょ」

 あたしの隣でトワさんが言った。


「おっしゃる通りです。けれどあなた方なら、奴を退治できるでしょう。いや、あなた方に無理なら他の誰にも無理でしょうね」

「そんなことないです」

 伊来さんの賛辞に、あたしは言った。

「あたしなんて魔法使いとしてまだまだだし、もっと強い人はいっぱいいます」

「だよなぁ。剣だけの勝負ならアタシもいいとこまで行けるけど、総合力で見りゃ駆け出しもいいとこだもんな」

「そうよね。わたしの射撃もいくらでも上がいるし」

 あたしたちの言葉に、伊来さんは目を白黒させている。そんなに、トレジャーハンターって弱い人たちの集まりなのかな。


 もっとも、あたしたち冒険者はなんでも屋さん、必要とあらば猛獣の駆除なんかも仕事になるけど、トレジャーハンターは旧世代の遺物の収集が目的だもんね。戦闘能力はそこまで求められないから、冒険者より弱くても当たり前かも。遺物収集の過程で獣に遭遇することもあるだろうから、ある程度の戦闘能力は必要なんだろうけど。


 何にしろ、あたしたちは冒険者として、依頼された仕事をこなすだけ。前金は貰っちゃったし。


「あ、エイコさん、ちょっと止めて」

 あたしが言うと、エイコさんは静かに自動車を止めてくれた。

「どうかされましたか? また野犬が?」

 伊来さんが振り返った。

「いえ、そうじゃないです」

 えっと、ここは見せた方が手っ取り早いかな。あたしは右手を掌を上にして差し出すと、荷物の中にある魔鉱石を瞬間移動で取り出した。一辺三センチメートルの立方体の木のケースに納めてあるから、直接は見えない。魔鉱石にあたしの魔力を目一杯染み込ませて、地下に瞬間移動させる。手に土を載せるのはちょっと嫌だったので、地上の何もない場所との三点瞬間移動で。


「今のは?」

「えっと、何て言えばいいかな、瞬間移動の中継地点を作ったんです」

「瞬間移動の中継地点?」

「はい。今の、この地下に埋めたんですけど、置いとくと魔力の直接届かない遠くにも移動できるんです。せいぜい、五〇キロ弱ですけど」

「はぁ、すごいですね」

「そんなでもないんですよ。一度その場に行かないといけないですし、さっきの道具も必要ですし」

 魔鉱石を使った瞬間移動をできる人は少ないけどね。あたしの他には、先生とアデレードさんくらいしか知らない。


「じゃ、車出しますよ」

「ああ、はい、お願いします」

 エイコさんが言って、自動車が再び走り出す。


 前方に、高い建物が見えて来た。ほとんど廃墟らしいけれど、あたしが見るのは初めて。どんなところかな、東京宝物庫(トレジャーハウス)。あたしの正式な冒険者としてのデビュー戦の場だ。



==登場人物==


■ミキ(主人公)

 十二歳。魔法使い。冒険者。この春に冒険者になったばかり。エイコ・トワと共にパーティーとしえ活動。冒険者になる前から、冒険者見習いとしてある程度の経験は積んでいる。

 「異世界転移~」にも登場している。


■エイコ

 十七歳。魔銃使い。冒険者。冒険者としてある程度の経験がある。ミキ・トワと共にパーティーとして活動。三人組のリーダー格。


■トワ

 十四歳。剣士。冒険者。冒険者としてある程度の経験がある。ミキ・エイコと共にパーティとして活動。


伊来(いらい)

 東京から本条王国の冒険者組合へ、ある依頼を持ってやって来た人物。


■アデレード

 名前のみ登場。誰?

 実は、「異世界転移~」に登場済みの人物。


■先生

 名前(……って言うのか?)のみ登場。ってか、誰か判るよね(^^)

 「異世界転移~」に登場。



==用語解説==


■異変

 十数年前、日本を襲った現象。

 異世界の理が転移してきたことにより、石油・天然ガスと、それに由来する製品が一夜にして消滅し、さらに通信が不可能になった。

 最初は日本と朝鮮半島で発生したが、時間をおいて、欧州西部、豪州東部でも発生。本作時点では、世界のほとんどが異変に呑まれている。


■魔法

 異変の後、人間の使用できるようになった能力。動物も使えるはずだが、使っている例は少ない。

 体内に発生する魔力を使って、さまざまな現象を起こす。


■魔鉱石

 魔力を高密度に蓄えることのできる石。

 魔力は、普通の石や金属に蓄えられるが、概ね物質の比重と魔力密度が正比例する。しかし、魔鉱石は金属よりも比重が小さいにも拘らず、金属の何倍もの高密度で魔力を蓄積できる。


■冒険者

 依頼を受けて仕事を行う、いわゆるなんでも屋さん。


■トレジャーハンター

 旧世代の遺物を収集し、それを売って生計を立てている人。


■旧世代

 異変前の時代をこう呼ぶようになった。


■遺物

 電子部品や建造物の構造材、その他もろもろの過去の製品や部品。貿易が不可能になったので資源として重宝されている。


■本条王国

 「異世界転移~」の主な舞台となったコミュニティは、本作時点では「本条王国」とか「本条魔法王国」とか呼ばれている。ここの代表者は、こう呼ばれることを苦々しく思っているとかなんとか……


■東京/東京宝物庫(トレジャーハウス)

 かつての日本の首都。東京23区を指す。かつての大都市だけあって遺物が大量にあり、しかも住人が少ないので、いつしか宝物庫(トレジャーハウス)と呼ばれるようになった。

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