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ターリアのユメのセカイ  作者: ハル
第1章 マッチ売りの少女(Den lille Pige med Svovlstikkerne)
6/6

荻野 陽奈

 図書室を出て階段を降り、教室に入ろうとした所で教室の中に陽奈が居る事に気付いた。中に入って声をかけようと思ったところで、その手元にあるものに気づいて戸惑った。…さっきのアンデルセン童話の本を開いている。

 「…ひどく寒い大晦日の事でした。あたりはもう真っ暗で、しんしんと雪は降り続け、街は白く染められていきます。そんな中、みすぼらしい少女が一人歩いて行きます。帽子も被らずに…」

 陽奈が朗読してる。というかこれってマッチ売りの少女じゃないか?

「少女の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。その小さな手にもマッチ箱が一つ握られています。少女はマッチを売っているのです…」

 ドアにある小窓から覗いてみると、教室には西陽が差し込んでいる。夕陽に染まった陽奈の顔横顔はとても綺麗で、ついつい見惚れてしまった。だけどそれ以上に心惹かれてしまうのはその声。聴いているだけで物語の情景が眼の前に浮かんでくる。

 そうして聴き入っていると、なんだか眠くなって来た。こんなとこで寝るわけにもいかないが、だんだんと瞬きの回数が増えて、目を閉じている時間も長くなって。やがて陽奈の声で彩る19世紀のヨーロッパの情景が眼の前に広がって…。


 「痛っ」

 肩を壁にぶつけて我に帰る。どうやら一瞬眠ってしまったみたいだ。

 しかしやたらとぶつけた肩が痛い、釘でもあったのかと壁に目を向けて仰天した。

 「ここ、どこ?」

 肩をぶつけた壁はレンガ造りの家の外壁だった。

 さらに周りを見渡すと雪の降り積もる西洋の街並み、正についさっき陽奈の声で思い描いていた街並みそのままだ。

 実はまだ夢の中なのか?

 いや、それにしては現実感ありすぎる。まさか今度は異世界転生した!?

 そんな風に考えを逡巡させていると通りの向こうからフードを深く被った女性が慌ててこっちに向かってくる。

 「ちょっとこっちへ」

 と、かなり強引に路地裏に連れ込まれる。一瞬強盗にでも遭うのかと身構えたが、その女性の顔を見て安心した。

 「陽奈?」

 「うん、そうだよ。…なんで先生がここに居るかなぁ」

 「それはこっちが聞きたいよ。さっきまで教室の前の廊下に居たのに、気づけばこんなところに居るとか」

 「てか寒い」

 あたりは雪が降っている。オレの服装も西洋風のものに変わっていたが、上着とかはなかったからしんどい寒さだった。それを見て陽奈が持っていた外套を渡してくれた。ありがたい。

 「もしかして、ボクが本を読んでるの聴いてた?」

 ちなみに陽奈はがっつり厚着している。

 「あ、うん。ごめん、カバンが教室にありから取りに来たんだけど、声かけづらくてさ」

 「なるほど。そうか、そういう事もあるのか」

 陽奈は頭を抱えながらそう言った。

 「すまない、これは多分先生を巻き込んでしまったんだと思う」

 「どういう事?」

 「実はね…」


 「ここが本の中の世界!?」

 陽奈の話しを要約するとこうだった。

 まずこの世界はやはりマッチ売りの少女の話の中らしい、なるほど確かに本の設定通り真冬のヨーロッパの都市だ。

 次にこうなった理由だけど、これは陽奈の能力によるものらしい。なんでも、陽奈が物語を本気で朗読すると、その本の中の世界に入り込めるらしい。そしてオレが巻き込まれてしまったのは「陽奈の朗読をオレが聴いていたからだと思う」との事。陽奈自身、まだ自分の力の全容が分かっておらず「多分そうだろう」としか言えないらしい。

 最後に、ここから脱出する方法。それはこの物語を完結させる事だと。

 「完結って?」

 「いわゆる起承転結の結に達したらいいんだと思う」

 「ハッピーエンドを迎えるって事か」

 「いや、バッドエンドや、ちょっともやっとする終わり方でも。とにかく物語として完結するといいみたいなんだ」

 「ボクが目指すのはハッピーエンドだけどね」

 「ハッピーエンド?」

 「そう、ハッピーエンド」

 そこで陽奈は少し真剣な面持ちになる。

 「世の中には理不尽な事や悲しい事が多すぎると思わないかい?」

 「そりゃそうだ」

 ある意味じゃオレの死に方もそんな理不尽の一つかも知れない。

 「しかもそれは物語の中でまで展開される。ボクら読書がどんなに登場人物に同情して、彼ら彼女らの幸せを願っても、作者という身勝手な神のさじ加減一つで悲しい結末を迎える事が多々ある。ボクはその理不尽が大嫌いなんだ。」

 陽奈は自身の胸に手を当て、何かに誓うようにして続ける。

 「そしてある時ボクはこの力に気付いた。今まで手の届かなかったその理不尽に対抗する術を手に入れたんだ」

 「それが、陽奈がこの世界に入る目的って事か」

 「そういう事」

 前の人生では思いも寄らなかったな。陽奈に、こんな風に何かを熱く語るような一面があるなんて。

 「ただ、これはボクの我儘なんだ。だから誰かを巻き込みたくはなかったんだけど」

 それであまり詮索しないで欲しいって言ってたのか。自分でもよく分からない能力で入った世界で、何が起こるかわからないし、他人を巻き込みたく無かったわけだ。

 だけど知ってしまった以上ほっとけない。

 「陽奈、君のその願い、オレにも手伝わせて欲しい」

 「え!?」

 陽奈はオレの提案を受けて目をパチクリさせる。

 「い、いや、でも絶対に安全とは言えないんだよ?この世界でも普通に怪我とかするし、多分病気とかもあると思う」

 「それならなおさらほっとけないな。せっかく仲良くなったのに、知らないウチに大怪我してたりとか、やだぜ?」

 「う、で、でもこれは完全にボクの我儘だからさ。自己満だから。どこかで大人しくしててくれれば安全に元の世界に帰れるハズだから」

 「いや、むしろその我儘を聞いて手伝いたいと思ったんだ。アンハッピーエンドをハッピーエンドに。面白そうじゃないか。オレもハッピーエンドになったマッチ売りの少女の物語、見てみたい」

 これは本音だ。陽奈のさっきの話はオレも共感できる内容だった。いいじゃんか、作者の身勝手をぶっ壊すなんて面白そうだ。

 「…もしかして先生って」

 「ん?」

 「…いや、なんでもない」

 そう言うと陽奈は考えをまとめるためか手をヒラヒラさせた。

 「危ない事は避けてもらえるかな?」

 「陽奈もそうしてくれるなら」

 「そっか。じゃあありがとう!!これからよろしく頼むよ」

 そう言って陽奈は右手を差し出してきた。オレは「おぅ!!」と力強く返事をしてその手を握り返す。初めて触れた好きな子の手は暖かかった。

 「じゃ、まずはどうしようか?」

 「そうだね、まずは少女に会いに行こう」

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