中編 友への想い
気づいたら俺はベッドに寝ていた。
俺たちは異能力保全取締機関ability keep control、通称AKCの人たちによって保護された。
あの日の朝、学校は崩壊し瓦礫の山になってしまって。その時、先生は偶然にも生き残っていた。
風夏を見つけ、声をかけようと近づくとどこか様子がおかしいことに気がついた。風夏は先生へ振り返るとすぐさま先生から逃げるように走った。
そんな風夏に吃驚したが、先生は風夏を追いながらAKCに連絡をして結界を張ったらしい。
風夏を追って戦っていたら俺と会ってしまった、と。
それが事の顛末らしい。
早く起きて学校に着いていた生徒たちや先生は瓦礫に下敷きになって……。俺はその人たちに向け黙祷をしたんだ。
学校の崩壊から逃れた生徒たちはAKCによって保護された。俺もその一部だ。
「もう大丈夫か?」
松葉杖をつきながら、包帯を巻いた先生がやってきた。
AKCの専用病院で治療されている俺はベッドの上で安静にしていた。
「はい。俺は大丈夫です、先生は?」
痛みを我慢して上半身を起こし、俺は笑顔を浮かべて言った。
「ああ。皮膚が爛れていたり、赤くなったりしていたから包帯に薬を浸して巻いているんだ」
火傷が中心なんだろうか? 先生はベッドの近くにあったイスに座り、俺へと語りかける。
「そうなんですね」
少しの間が空いて、先生が口を開いた。
「……すまなかった」
「……え?」
先生が唐突に言ったその言葉の意味が俺にはよくわからなかった。
「巻き込んでしまって……。あれは……俺だけでやらなきゃ、いけなかったのに……」
暗い表情で俯く先生を見て、俺は何も言えなかった。
「そんなこと言わないでくださいよ、せんせー」
そんな中、不意に聞こえた声。周りを見渡しても誰もいない病室で、人影だけが床に落ちていた。
「影? あ、もしかして影夜か?」
誰もいないのに影だけがある。そんな状況に見覚えがあった俺は声を出す。
俺が知っている影を使える能力者は桑田影夜だけだ。ちなみに影夜ってヤツは同じクラスの友達だ。
「お、よくわかったな」
俺の言葉に反応して影から声が響いた。
「当たり前だろ。クラスメイトなんだからさ」
その言葉を受けた影夜は何故か失笑したような声を上げる。
「ははっ……。せんせー、そんなに落ち込まないでください。俺たちは大丈夫ですから」
先生に対し影夜はフォローするように言った。けれど。
「だが……」
先生はまだ何かを気にしている様子。
そんな先生に対して影夜は影から体を出す。
「よっと。じゃ、こうしましょう! せんせーは罰が欲しいんでしょう? だったら俺たちから罰を言い渡しましょう」
全身を影から出し終わって病室の床に立つ影夜はそこで言葉を止めた。
「罰?」
「ああ、そうだ。こうでもしないとせんせーがいつまでもうじうじ悩むだろうからな」
先生にかけた言葉とは違ってタメ語で俺と話す影夜。
「……それで、罰とは?」
「うーん……そっすねぇ……。じゃ、俺たちを鍛えてください」
「それが罰……か?」
先生は不思議そうに声を上げた。
その先生の言葉でそれまで軽薄そうにニヤニヤしていた影夜の顔が変わる。
その顔はいつになく真剣な顔で、決意を持った顔だった。
「俺は何もできなかった。影から見てるだけで誰も助けれなかった。助けたくても助けられない、自分の無力さを実感しました。
もう、嫌なんすよ。見るだけは……。だから、俺は先生の入っている組織に入ります」
影夜は悲痛な声で、心から出る本音をぶちまける。
「それは……」
そんな影夜に先生は言葉に詰まる。
「これは、俺たちの決意です」
後ろにあった病室のドアがガラガラと開く。開いたドアから入ってきたのは俺と同じくAKCに保護されていたクラスメイト達。
「お前たちは……!」
先生はクラスメイト達を見て目を見開く。不安そうな顔で、でも決意を持っている顔をした皆が言った。
「先生……! お願いします……!」
影夜のその一言で、一斉に礼をする影夜とクラスメイト達。
「…………分かった」
考え込んだ後、先生が言った。
「俺の……罰だから、な」
それから数年後。
「うっし! 今日も訓練するぞ!」
数年前は茶色に染めていた髪を黒くした影夜が言ってきた。
「おう! そうだな!」
AKCの訓練施設の中で俺と影夜は訓練を始める。
「じゃあ……いくぞ!」
「来いよ!」
影夜は拳を構え、俺へと走ってくる。瞬間、影夜が消えた。
やっぱり来るか……!
「そこかっ!」
音もなく後ろから蹴りに来た影夜の足を腕で防ぐ。
「やっぱ気づくよな……!」
俺に蹴りを防がれた影夜は反撃を警戒して後ろへ跳んだ。
「そりゃあな! 何回もやられたしな!」
それを追うように俺も跳んで拳を振るう。
「ぐっ! やっぱつえぇな……!」
拳を振るう際、俺は火によって筋力を一時的に増強した。そんな俺の攻撃に影夜は両手を交差して防いでいた。
「たりめぇだろ! 次いくぞ!」
更に俺は攻撃を続け、反対の手で拳を振るった。
「ぐぅ……!」
連続する俺の攻撃を防御し続ける影夜。
「ほら! ジリ貧だぞ! 反撃しろよ!」
「分かってるよ!」
その直後、俺の足が引っ張られた。
な、なんだ!? 新技か!?
「これで反撃できるぜ……! おらよ!」
しまった! 影夜に隙を与えちった!
「くっそ! 邪魔くせぇ! ぐぅ……!」
俺の手足に纏わりつく弾力のある黒いモノ。影夜の能力で具現化した影だ。
手足の動きが制限された状態で俺は影夜の蹴りを受ける。
「さっきの仕返しだ! ふんっ!」
「ってぇな! くそっ! お前の能力やっぱ面倒くせぇわ!」
俺は影夜に対して悪態をつく。
「だろー? ほら! 早くしないと負けるぜ!」
くそが……! こいつ結構、力強いんだよな……!
仕方ねぇ……、まだ実験中の技だがやるっきゃねぇ!
「『暴風炎舞』! ウゥ……!」
体から熱い焔を出し熱風を出す。その熱風を操作して影夜の影を取っ払う。
「あっつ! やるな!」
「そっちこそ!」
そんな掛け合いをしながら俺たちは互いに殴りかかる。
「そこまで!」
互いの顔の前で拳が止まる。
「おっ……と。すみません。熱くなりました」
「先輩、ありがとうございます」
俺たちは礼をする。その相手は俺たちを指導してくれている人だった。名前は仏谷 留流、クラスメイトの姉でもある。
日焼けをしていて筋肉もある、その姿はまるで戦乙女のようで。
「はあ……。影夜、挑発しすぎだ。相手の思考を誘導するのはいいが、やりすぎに注意しろ」
「はーい。すみません、先輩」
そう言って影夜は謝った。
「気にするな。それから蓮也、実験中の技を友人に試すんじゃない。怪我をしたらどうするんだ」
「なんで知って……やべ」
俺は咄嗟に口に手をやる。
「おい、蓮也! 何してくれてんの!?」
どうやら影夜にバレたようだ。
「べ、別にいいじゃねぇか! 怪我してねぇんだからよ!」
誤魔化せるか? いや、無理だな。
「そういう話じゃねぇだろぉ!?」
ほらな、怒ってやがる。
「ほら。二人とも、落ち着け」
同時に頭が痛くなる。
「いっ!?」
「ぬわぁ!?」
げんこつをされたらしい。
「何するんですか……留流さん」
「痛いです、先輩」
「早く行くぞ、そろそろトーナメントだぞ」
トーナメント……、あっ。
「忘れてた忘れてた、影夜行くぞ!」
「いてぇ……、はいよ! 先輩、教えてくださりありがとうございます! では失礼します!」
「おう、行ってこい」
俺は足に火を纏わせ推進力を得る。走るその速度は陸上選手よりも早かった。
ふと、横を見てみると影夜が着いてきていた。影の触手をバネのようにして跳ねて、俺と同じような速度で走っていた。
「あっぶね!時間ギリギリじゃねえか」
トーナメント会場に着いたのは結構ギリギリだった。
「ま、参戦するのは遅いけどな」
俺たち二人もトーナメントに参加するが、戦うのは少し遅い。
というより、俺たちの前に戦うやつがいるから遅いのは当然だ。
俺たちが急いだのはクラスメイトたちの戦う姿を見たかったからだからな。
「おっ、最初は……石井小多と砂馬鉄哉か」
石井小多の能力は小石を操るものだ。それに対し、相手である砂馬鉄哉の能力は砂鉄を操るもの。
同じような二人の能力……はてさて、どんな攻撃をするんだろうか。
「よろしくおねがいします! 砂馬くん!」
「よろしくなー、小多」
小学生のように背が低い小多は声変わり前のような高い声で、律儀に腰を曲げて礼儀正しく言った。
ゴーン、と開始の鐘が鳴る。
「前方の敵を穿て! 『千岩』!」
地面に落ちている周囲の小石が勢いよく一箇所に集まり、相手の方へ勢いよく飛んでいく。
しかし砂馬は異能力を使わずに容易く避けてしまう。それを読んでいたかのように小多は続けて異能力を放つ。
「『石鞭』!」
小石がまるで鞭のように連なり撓る。避けた砂馬へ当てるよう鞭を操作する小多だったが砂馬はそれを右手で受け止めた。
「へへっ! これぐらいの痛みなら平気だぜぇ!」
「チッ! ダメですか!」
「『鉄剣』! 行けっ!」
砂馬は反撃をする。そこらへんに落ちていた砂鉄を短剣にして空中に浮かせ、小多へと向かわせた。
「包め! 『千岩』!」
小多は向かってくる短剣を小石で包んだ。これで一安心、というふうに息を吐く小多。しかし……。
「『赤振』……」
ボソッ、と砂馬が呟くのが聞こえた。数秒後、短剣を包んでいた小石は砕かれたような音を出すと熔けていった。
中から出てきたのは紅くなった砂鉄の短剣。どういう原理かは分からないが恐らく異能力の力ではあるだろう。
そんな短剣が勢いよく小多へ飛んでいく。予想だにしない攻撃に動けない小多。
「え……!? あっ……」
「そこまで!」
どこからか審判の声が響く。直後、小多へ向かう短剣は止まっていた。
紅くなっていた短剣は元の黒い色の砂鉄へと戻っていき、塵のように崩れて地面へと落ちていく。
「よっ、と。危ない危ない」
どうやら鉄哉が異能力を解いたようだ。
「はぁ……。負けちゃったかぁ」
残念……とでも言いたげな顔をする小多。
「おーい! 鉄哉! 小多!」
「ふたりともこっち来いよー!」
俺と影夜が声をかけると二人はこっちに気がついた。
「あ、谷口さんと桑田くんだ」
「お、かげっちとれんれんじゃん」
先ほどとは違う真剣味は無くなり、いつも感じる二人の対象的なその態度はとても安心感を与えてくれた。
「次の試合、一緒に見ようぜ?」
影夜が二人に問いかけると乗り気な様子で言ってきた。
「観戦! 観戦!」
「皆さんの戦闘……ちゃんと見て勉強しなきゃ……」
ノリと勢いで生きているような楽しげな鉄哉と、目的のためなら躊躇はしない真面目ちゃんな小多。
「そんじゃ次は……薄羅鋭太と須槍眠人か」
「鋭太くん……。がんばって……!」
小多と鋭太はかなりの仲良しで、中学生からの付き合いらしい。ソリというか、ノリが合うのだろう。
「ミントォォォ! 起きてるかァァ!?」
唐突に大声を上げた鉄哉。どうやら須槍が起きてるか心配らしいな。
「うるさいなぁ……みぃくんは起きてるよぉ。ふぁ……」
「あくびしてんじゃんか!」
浮かぶ槍の上に器用に寝転ぶ須槍が鉄哉の上にいた。
この二人も結構な仲良しだ。まあ、須鎗にとって鉄哉はウザいかもしれないが。
「じゃ、行くから……。ふぁ……」
そういや、鋭太はどこにいるんだ? 須槍はここにいるしな。
「始まりまっせ! お三方!」
「あ、いつの間に……! 鋭太くーん! がんばってー!」
鉄哉は俺たちにそう声をかける。そちらに目を向けると、先に鋭太を見つけていた小多が声を上げて応援をする。
「ボクに任せろ! 負けないぞ!」
胸を張りポンッと胸を叩く。かわいい、げふんげふん。
「勝ち負けなんてどーでもいいし……早くしよーよ」
「ふんっ、言われなくてもそうするよ! 行けっ! 『テシュ』!」
腰に巻かれている箱からティッシュのようなものを出し、空中へと放り投げた。
宙を舞うティッシュ。鋭太が指を動かすと上下左右、自由自在に動き須槍へと突撃させた。
「ふぁ……。『とつ』……」
気怠げに立つ須槍の手に突如として槍が現れた。手を前に向けた途端、ものすごい勢いで鋭太が空中に撒いたティッシュを撃ち抜いていく。
「なっ! チッ! 『ペパ』!」
その様に鋭太は焦って再度箱から何かを出すと、宙へと放り投げる。それは紙、ペーパーだった。
「わかんないかなぁ……ふぁぁ……。無駄だよ……『とつ』……」
また撃ち抜かれてしまう、そう思ったその時。鋭太の顔は焦っていた顔からニィっと口を歪ませ笑う顔へと変貌していた。
「『テシュ』」
鋭太の顔は勝利を確信していた。けれど……。
「だからぁ……無駄なんだってばぁ……。『とつ』……おやすみぃ……」
いつの間にか須槍の後ろに来ていたティッシュを槍で斬り刻み、小指サイズで玩具のような小さい槍が鋭太のうなじへと触れていた。
直後、鋭太は崩れ落ちた。
「ほい……」
須槍は複数の槍を操り、穂先が当たらないよう柄で鋭太を支えた。
「スゥ……スゥ……」
「鋭太くん!」
気持ちよさそうに寝ている鋭太へ近寄り、心配そうに顔を覗き込む小多へ須槍は言った。
「ふ……ふぁぁ。ダイジョブだよぉ……寝てるだけぇ………」
えぇ……。
「そうなの? じゃあいいや」
えぇ……? 仲良いんじゃねえのかよ?
「二人も次の試合、見ませんか?」
「二人っつっても一人寝てるけどなぁ」
須鎗と鋭太を観戦に誘うも砂馬が小多を茶化す。
「もう!」
「ハハハハハ!」
そんな二人が少し羨ましく感じてしまった。
「なぁ……大丈夫か……?」
少しボーッとしていたせいか、影夜の声に一テンポ遅れて気づく。
「あ? あ、わり……。お次は仏谷重斗と土竜念夜だな」
仏谷の異能力は重さを操るんだ。よく漫画やアニメとかで最強の能力とか言われている重力操作。
しかし、仏谷のは少し違う。劣化版という感じで物の重さしか操れないのだ。
物自体の重さを操る。重力は操れないのだ、そもそも重力というのは地球に引っ張られる引力のことなんだから、それは重力を操るというより引力を操ることなんじゃないのか。
重力に指向性をつけて空に落ちるだとか、そういうのもあるらしいがそれはもう重力じゃないんじゃないかね。
おっと、話しが脱線したな。
つまりは物の重さを操るんだ。軽くしたり重くしたり。
重いものを軽くして相手に投げたあと重くする、それが基本の攻撃の仕方だな。
念夜は目で見たものを操作できる、所謂サイコキネシスってやつだ。ちなみにこれも最強の能力とか言われてたりするが目で見たもの限定だ。
一度視界から外れたり、視力を封じられるとダメになるぞ。
「がんばれー! 念夜ー!」
影夜が大声を上げて応援する。どうやら名前に同じ夜が入っているからか、親近感を感じたらしい。
「影夜殿! あっしに任せてくだせぇ!」
「ふん……せいぜい頑張れよ」
仏谷はさっき俺たちを止めてくれた瑠流先輩の弟だ。少し意識が高いため、俺たちを微妙に見下している気がする。
「あっし、頑張りますんで!」
「そうかよ」
「行きますよ! それっ! 『起動』!」
四角いキューブ状のものを取り出しそのキューブを目を見開いて見つめ操る念夜。
「……目視『重くなれ』」
「そう来るよね! もちろん抵抗しまっせ!」
仏谷は積み木のような四角いキューブの重さを操り重くするけれど、念夜はキューブを操作し続けて抵抗する。
「チッ! 『解除』!」
「ちょっ! なにっ!? 重いっ!」
舌打ちをして茶色いようなオレンジ色っぽい丸い鉄球? を念夜へ投げた。
「クッ……」
しかし念夜は向かってくる鉄球を異能力で跳ね返し、その鉄球は仏谷の元へと落ちていく。暇を与えまいとする仏谷は更に鉄球を投げようとした。
その鉄球の色は先ほどと一緒だったが、大きさは少し小さくなっており、次の鉄球を投げようとしていた仏谷の腕が、空間に縫い付けられたように不自然に止まる。
「あっぶないあっぶない」
念夜の目は不自然に止まった仏谷の腕を見つめていた。
「……フンッ!」
力を込めて念夜の異能力を振り解く。
「やっぱりダメすか……!」
「訓練が足りないんじゃないか?」
普段と変わらない無表情な顔で煽るような言葉を言い出す仏谷。
「そんなこと……! あっしもわかってやすよ!」
「ならもっと頑張れよ」
正論のような言葉を口から出す、そんな仏谷へ念夜は怒るように言い返す。
「そういうアンタはどーなんすか!?」
「……」
その言葉に仏谷は何故か言葉に詰まったかのように黙った。
「ハッ! なんにも言えないんじゃないすかッ!」
そんなふうに念夜から言われていると、今まで無表情だった顔が一変して怒鳴るように言葉を出した。
「る……さい、うるさい!」
「んなっ!」
クラスメイトの前で初めて感情を出した仏谷、腰に巻くかばんのようなものに入っている鉄球が空中へと飛び出し念夜へ向かう。
「そこまで!」
その時、審判の声が響き浮いていた鉄球はかばんへと仕舞われていく。
「チッ! 熱くなりすぎた!」
声をかける暇も無くどこかへ去っていく。
「ん……」
ふと、寝ていた鋭太の声が耳に聞こえた。
「あ、起きた? おはよー、鋭太くん」
欠伸をしながら起きた鋭太に挨拶をかます小多。
「……おはよ。なんか大きな声聞こえたけど……なんかあったの?」
周りを見渡しながら何があったのかを聞く鋭太に小多は戸惑って言葉が出ない。
「あ、いや……」
「んだよ? 言いづらいことなのか?」
そんな小多を見た鋭太はそう聞いた。
「えーと……どう伝えればいいのかな?」
小多は言葉にすることが難しいようだった。どうせだから、代わりに俺が説明する。
「仏谷と念夜が戦いながら茶化し合ってたんだ」
「茶化すってよりかは煽り合いだな。んで、煽ってたら仏谷のやつが急に怒ったんだよ」
と、思っていたら影夜も説明に加わった。
「で? 当の本人はどこに行ったんだよ?」
「さあ? なんかどっか行ったぜぇ?」
そんな軽い感じで鉄哉は言葉を返した。
「ふーん……」
意味ありげに頷く鋭太にどこか違和感を感じたが、そんな考えを遮るように影夜の声が耳に入ってきた。
「おっと……始まるんじゃないか?」
「あ、そうだな。個人戦は確かここまでだったよな」
そんな影夜に確認するように話しかける俺。
「ああ。次からはチーム戦だな。えっと……出るのは誰だ?」
ど忘れでもしたかのようなその言葉にずっこけそうになるが、俺は戦う奴らの名前を上げる。
「特紗姉弟の菊と見戸、玄師瑠海と本田根音だな。チーム分けは……」
確か……。
「特紗見戸と玄師瑠海、特紗菊と本田根音だな」
特紗姉弟の異能力は視覚共有と聴覚共有だ。弟のほうが視覚で姉のほうが聴覚だな。対象の相手に対し、聴覚、視覚を共有し混乱させる。そんな感じの異能力だ。
玄師瑠海の異能力は幻、霧を出してその霧で意図的に蜃気楼を生み出す。その蜃気楼が幻の元なんだ。
んで、本田根音は音を操る。つっても聞いた音しか操れないがな。
リアルタイムで聞く音を操ってしまう、そんな能力だ。
「さて、どんな戦いになるかな?」
影夜がそう言っていると、始まる。四人はもう……戦う準備を終わらせていた。
「よっろしくぅ!」
日焼けした肌が特徴的な瑠海さんは明るい髪を揺らしながら軽く挨拶をした。
「よろしくねっ」
そんなギャルっぽい瑠海さんに対し、あざとく挨拶を返す本田さん。
「姉さん、負けないよ?」
「うちだって……負けないぞ?」
姉と弟、同じような異能力でどんな戦いになるのか楽しみだ。
「開始!」
その審判の声で戦いが始まる。
「まずは攻撃だよねっ! 行くよ、菊ちゃんッ!」
「はいはい根音ちゃん! 『共有開始』!」
先制攻撃を仕掛けようと二人は動く。白いフードから見えるヘッドホン、そのヘッドホンから流れる音を聴覚共有で本田さんの元へと送り、その音を本田さんは操る。
「『殴打』!」
瞬間、鈍い音が広がり俺たちの耳に響いてくる。
「グッ……! やるねぇ……姉さん!」
見戸は耳を抑えてそう言った。どうやら相当な爆音らしい。
観客席にいる俺たちにはそんなに音は響かない、なぜならこの会場には結界が張られているからだ
「ほら、見戸くんっ! 行くよ! 『霧』!」
瑠海さんが霧を出しその霧で互いの姿が隠れてしまい、本田さんと菊さんは少し焦りだした。その隙に二人は攻撃へと移っていく。
「行くよ……『共有開始』」
「ふふふっ! 見えなくても見えるもんっ! 『エコーサーチ』!」
瞬間、キーンと耳鳴りのようなものが耳に響くと本田さんは走り出した。
「なっ……!」
完全に油断していた見戸は本田さんに転がされて場外へと放り出された。
「見戸、脱落!」
「もう! 何やってんのぉ、見戸くぅん!」
審判が見戸の脱落を宣言し、瑠海さんは愚痴をこぼした。
「ごめんなさいっ! 瑠海さん頑張ってぇ!」
場外からそう告げる見戸。
「多勢に無勢だね、瑠海ちゃん」
そう煽る本田さん。
「あたし一人で何ができると思うのよぉ! ちょっとぐらい油断しちゃってよぉ」
「ムリムリ、『斬撃』!」
そんな瑠海さんの言葉を無視し本田さんは無惨にも攻撃を繰り出した。
「最後の足掻きッ! 『残像』! それからッ!」
耳を塞ぎながら霧で自身の幻を作り出し、本田さんの目を惑わす。そのまま近づいていき、拳を振るう。
「いっ……!」
本田さんのお腹に拳が入り、本田さんは倒れた。その直後、瑠海さんも倒れた。
「そこまで! 特紗菊が生き残っているため、本田特紗チームの勝利!」
一息ついて……。
「だぁぁぁ! 勝てるわけないじゃん!!!」
倒れていた四人は起き上がった。
「ごめんなさい……瑠海さん」
「もう……脱落早すぎだよ、見戸くん! まあ、負けたもんはしょうがないなぁ」
見戸を責めない瑠海さんとそんな瑠海さんに申し訳無さそうにする見戸。
「うちに負けちゃったねぇ? 弟クンよ」
「うるさいよー、姉ちゃーん」
煽ってくる菊さんに対し力なく棒読みで返す見戸。
「ふふっ……お腹痛いけど、勝ったぁぁ!」
「ダイジョブー? 強く殴りすぎた気がするー」
「大丈夫だよっ!」
「そっか!」
そんな感じで接戦だった本田さんと瑠海さんの会話が終わる。
¥¥¥¥¥
仏谷、鋭太
「ボク、面倒事は嫌いなんだよねぇ」
はぁ……と、めんどくさそうに壁によりかかる。
「ケッ……」
「全く……自分に正直なってみたら?」
投げやりにそう問いかけるけれど……。
「出来るもんならしてる」
「あっそ」
そんな具合ですぐに話が終わる。
「……チッ」
気まずい空気を悟ったのか舌打ちをする。
「はぁ……流石にさ、自分を責めすぎるのはどうかしてると思うよ?」
ため息をついたあと、本音混じりの忠告をした。
「……」
続けて喋る。
「みんな未熟だった、それだけじゃない? まあ、割り切れないのは仕方ないけど」
「動けなかった、だから……動けるように……」
暗く後悔している声色で呟いた。
「難儀な性格だねぇ」
「るっせ」
¥¥¥¥¥
眠人、砂馬
「ねむい……」
ふぁ……とあくびをしながら自身の作った槍の上で寝転ぶ。
「寝るなよー? 多分もうすぐだ」
「ん……」
なにが?とでも言いたげに声を漏らす眠人。
「上さんは有能だからな」
砂馬がそう告げると眠人は何かを察して嘲笑うかのように口を開けた。
「何年もかかってるのに?」
「ハハ、それだけしかかかってないってことだよ」
苦笑いしながら砂馬は擁護をする。
「そう、だね」
「忘れちゃいけない」
心に刻むように、心へそう言い聞かせる。
「忘れられないよ」
「それも……そうか」
眠人の返しにそう思った砂馬。
「次こそは」
「やるんだ」
二人の決意が滲むその声はとても虚しかった。
¥¥¥¥¥
影夜、念夜
「あっしは馬鹿だから」
ふと、そんなことを言う。
「それを言ったら俺だって」
心の底から二人はそう言っていた。
「……」
「……」
数秒、間が空く。
「出来ることをして……」
念夜がそう呟き……。
「するべきことをやる」
影夜はそう続けた。
「そう、そのために」
再度、間が空いて。
「……頑張らなきゃ」
「ああ」
二人は逃げずに見つめていた、自身の弱みを。
¥¥¥¥¥
見戸、瑠流
「……」
「はあ……」
沈黙に耐えかねたのか、見戸はため息を吐いた。
「すまないな」
「心配性ですねぇ」
謝る瑠流に対しそう返した。
「仕方ないだろう」
あんなことがあったんだから、と言外に言う。
「まあ、そうですね」
それを察していた見戸は慰めるかのようにそう返した。
「……」
「大丈夫ですよ、今はまだ」
まだ、大丈夫ですよ。続けてそう言った見戸へ瑠流は返す。
「今は、だろう……」
物悲しげに、そう呟いた。
「ほら、そろそろなんでしょう?」
「ああ。今度は逃がさない」
ヤツらを必ず仕留める、殺気を感じるほどに感情が渦巻いていた。
「……僕たちのことも忘れてませんか?」
そんな瑠流に対して見戸は呆れたように声を紡ぐ。
「それは……」
「いつまでも未熟な訳ないんですから」
当たり前でしょう? とでも、言うかのように、自信ありげに声を出した。
「すまない……ありがとう」
¥¥¥¥¥
瑠海、根音、菊
「ねえねえ」
「どうしたの?」
「……(スマホポチポチ)」
暗闇の中でスマホを弄る瑠海。
「もうすぐだよね? 楽しみ」
「あたしに感謝してよね」
今まで黙っていた瑠海がそう言った。
「うちのほうが動いた気がするんだけど……」
そう言って瑠海へとジト目を向ける。
「気にしなーい気にしなーい」
険悪な雰囲気になりそうなのを感じたのか仲裁に入る。
「……」
「あたしは昔のアンタの方が好きだったな」
ボソッと呟くその言葉はどこかに哀愁を感じる。
「ん? なんか言った?」
けれど、その言葉は届かなかった。
「はあ……何も言ってないよ」
「そう?」
うん、と肯定して話が途切れる。
「……どうするの?」
「そりゃ、もちろん」
何に対してそう言ったのか、傍から見ればわからないだろう。しかし、彼女たちは分かっていた。
「優しくなんてしない、アイツラが起こしたことを許しはしない」
怒り、哀しみ、憎しみ。その声は色々な感情が混ざっていた。
「だね」
明るい声なのに、寂しく感じてしまう。
¥¥¥¥¥
俺たち以外の試合が終わって……。
「さて、いよいよ俺たちの番だな!」
「おっ、そうだな」
手加減はしねぇぞ? 互いにそういうかのように睨み合う。
「全力を尽くして……」
俺がそう言うと……。
「勝負だっ!」
そう返してくれる影夜に笑みがこぼれた。
「はじめッ!」
俺は迫るように動き出し、反対に影夜は遠ざかるように動いた。
「逃げんなっ!」
足に炎を纏い影夜へ近づく。
「お前と接近戦は無理だからなっ! 『影踏み』!」
ダンッ! と足を地面へと叩きつけると、影から二本の触手が現れる。
そんな触手を避けるように俺は動いたが、それでも邪魔をしてくる黒い触手。
「邪魔くせえ! 『バーニン』!」
「あっつぅ!」
拳を握るその手には炎が纏わりついていた、殴ったのはもちろん触手だ。
「なっ!?」
俺の拳は影へと吸い込まれるように入っていく。
「それは悪手だぜぇ? 『弾けろ』!」
「ぬわぁ!」
身体まで沈む! と思っていたら、俺はいつの間にか空中を舞っていた。
「へへっ! そりゃ! 『潜竜』!」
二本だった触手にもう一本加わり、竜のような形へと変貌する。地面にでも潜っているかのように動くそれは俺を食おうとしていた。
「あっぶね!」
俺は間一髪でその攻撃を避けた。
「チッ! これでも駄目なのかよ! 最高のコンボだったのに!」
「もうネタ切れか? なら、反撃だっ! 『灯星』!」
瞬間、赤く光る大きな炎が空へと浮かんでいた。それはまるで星のような、太陽のような輝きで影夜へと迫っていく。
「ちょっ! まじかよ! こなくそっ! 『バネ』!」
影の触手をバネにして避けようとする。そんな影夜の動きを読んでいた。
「ソッチは囮だっつの! 『炎縛陣』!」
「もう無理っ! ギブギブッ!」
影夜の着地した先で俺はトラップを仕込んでいた。そのおかげで影夜は俺の炎に巻かれていた。
「そこまで!」
「だぁぁぁぁッ! なんだよあれ!?」
俺の炎から開放された影夜は開口一番にそう言った。
「よしゃっ! 勝った!」
俺はガッツポーズをして喜ぶ。
「はぁ……まじか……はぁ」
「うっしゃぁぁぁ!」
俺が喜ぶ傍ら、影夜は膝を抱えて息を整えていた。
「あーあ……あのコンボは最高だったのによ……」
「もっと精進しろ!」
俺は茶化すように笑いながらそう言った。
「へいへい」
はあ……と溜め息を吐いて憂鬱な顔をする影夜。
「一応、みんなのトーナメントは終わったか?」
「そうだな。じゃ、解散だな」
クラスメイトたちはその言葉で各々自身の部屋へと戻っていった。
「じゃあな」
「おう!」
影夜にそう返して、俺は自分の部屋へと戻った。
¥¥¥¥¥
ベッドに倒れ込んで寝転がり、考え込む。
「……」
何気なく部屋の照明に手を伸ばして、意識を沈めていく。沈む先はやはり数年前の悲惨な出来事だ。
親友を失くして、騙されていて。
幼なじみの女の子も騙されて記憶を無くされて、何もできなくて。何もできない俺とそんな俺を騙した親友。
あいつはどうして……いや、考えても仕方ない。
「あぁ……もう!」
部屋に一人でいると暗くなってしまう。嫌なことを、考えがグチャグチャになるような……。
何もかもが、もう嫌なんだ。
復讐をしなければ……この気持ちは収まらない。
「……そうだ」
ふと、ベッドから立ち上がる。思い立ったが吉日、俺は部屋から出てある場所へと行く。
その場所は俺にとって一番大事な場所だ。
この命に変えても、お前は俺が守る。そう誓った。
「風夏……」
真っ白の部屋が見えるガラス張りに手を当てる。
「早く……起きろよな……」
数年前のあの惨劇から、風夏は目を覚ましていなかった。俺の炎で命は取り留めたけれど……だけど、それでも起きてはくれない。
この命をキミにあげられたのなら……良かったのに。そう思いながら、俺は無意識に胸のあたりを握りしめていた。
「じゃ……また来るよ」
部屋を出る、廊下を歩く。色のついていないような景色で、俺は生きていくんだ。
ああ、俺の異能力とは反対のように心は冷えていく。はやく、大切なものを取り戻さないと。
¥¥¥¥¥
「第四二番隊! 至急会議室へと招集!」
とある朝、備え付けのスピーカーから流れてきた。食堂で朝ごはんを食べていた俺は口に詰め込んで会議室へと急ぐ。
「すみません! 遅れましたか?」
ドアを開け、中に入って早々そう訊く。
「いや、まだ大丈夫だ」
そう告げたのは先生だった。数年前の悲惨な出来事から先生はヤツらを追っていた。
部屋を見渡すと先に着いていたクラスメイトたち。まだ来ていないヤツもいるな。
「よし、揃ったな」
部屋を見渡しそう告げる瑠流さん。俺たちを椅子に座らせて後ろのプロジェクターを開く。
「あの、何かあったんですか?」
誰かが訊いた。その言葉を受けた瑠流さんと先生は真剣な顔をして俺たちを見つめた。
ゆっくりと、口を開く。
「ヤツらが見つかった」
直後、みんなの顔が変わった。もちろん俺もだ。
ヤツら、その言葉が指すのは数年前俺たちを襲った組織『ナナシの組織』だ。
「それで……?」
「お前ら第四二番隊に『ナナシの組織』の相手をさせる」
「それって!」
俺は椅子から立ち訊く。
「ああ。暴れていい、とさ。思う存分、感情をぶちまけるといいさ」
「決行は三日後、よく準備をしておけ」
そう言うと先生は顔を隠すように後ろを向いた。少しだけ、先生の顔がちらりと見えた。
憎しみ、哀しみ、恨み……色々なものが混ざりに混ざったような顔だった。
そうだよな……先生は家族を殺され、生徒を殺され、同僚も殺された。
俺たちより数倍は酷いはずだ……それなのに俺たちは自分のことばっかだったな。それでも、俺たちはやることをやる。
¥¥¥¥¥
『ナナシの組織』それは異能力の崩壊を望む者たちが属している組織だ。情報があまりなく不明瞭で、唯一分かったのはその異能力の崩壊だけだった。
組織の名称や属している者たちは分からず、そして数年前のあの惨劇を引き起こした理由すらわからない。仮に理由があったとしても、俺は許すことはできないだろう。
「あと……二日」
自分の部屋の中で呟いた。
「ヤツらにあったら、どうするよ?」
食堂に行くと、一部のクラスメイトたちがそう話していた。昨日からみんなはピリピリとした雰囲気を纏っていた。
それを崩すかのように声を上げていた砂馬もやはりというべきか、少しピリついた雰囲気を纏っていた。
「殺す」
「いや、そんなんじゃ足りないよ」
そんな砂馬に眠人はそう言った。
「じゃあどうすんだよ?」
少し、間が空いて眠人は告げる。
「生きていることを後悔させるほどに痛めつける」
「なるほど……」
¥¥¥¥¥
「あと一日……」
ふと窓を見ると、外は雨が降っていた。ああ……俺たちのこの気持ちも、雨のように流せたらいいのに……。
そんなくだらない事を俺は考えていた。
「はあ……」
ため息が出る、やる気が起きない……体に力が入らなかった。憂鬱で……俺は一体何をすればよかったんだ。
¥¥¥¥¥
そして……当日。
俺は会議室に行く前に風夏へ会いに行った。
真っ白な部屋にガラス張りの壁、手を当てて俺は言った。
「風夏……行ってくる」
階段を降りて廊下を曲がる、前に俺は立ち止まった。誰かの声が聞こえたからだ。
「ねねはね……アンタのこと、嫌いだよ」
「……」
どうやら本田さんが誰かと話しているようだ。
「あの日からアンタは変わりもしない……いつもいつも威張ってたくせに、大事なときには動きもしない! そんなアンタが一番嫌いだ!」
「それ……は……」
声を荒げる本田さん、少し聞こえたその声は仏谷だった。
「ねぇ! なんで……!? どうして……あの時……動けなかったの?」
本田さんのその声は、どんどん悲痛な声に変わっていった。その言葉は自分に向けているようで……哀しそうでもあった。
俺は、その場を後にした。
¥¥¥¥¥
会議室に入り席へと座る。続々と集まるクラスメイトたち。
皆が席に座り、それを見渡すようにプロジェクターの前に居る先生と瑠流さん。
「今から作戦を決行する! 作戦の内容はこうだ!」
まず遊撃部隊は、ヤツらと接触し戦闘を仕掛ける。これによってヤツらの意識を遊撃部隊に向ける。
次に守衛部隊、守衛部隊は街や人を守るため、各地に結界を張り巡らせる。
そして結界を張ったあと、街に残っていた遊撃部隊が突撃する。そこで猛攻撃だ。
瑠流さんの口から、そう説明された。ちなみに俺は遊撃部隊だ、街には残らない方だな。
「俺が遊撃部隊を率いる高田拓哉だ。ヤツらとは色々と因縁がある……ヤツらをぶっ殺すぞ!」
直後、皆の声が上がる。どうやら士気を上げる為にこんな言い方をしたようだ。
けれど、その言葉は本当のものだった。
俺は街から出る、ヤツらをぶっ殺すために……!
ヤツらは木々が茂る山の中にいるようだった。俺たちはヤツらがいる場所を目指し、進軍する。
ガサッ。
ふと、そんな音が聞こえた。多分、誰かが草に当たったんだろう。
俺は気にせずに歩き続けた。
ガサガサッ。
まただ。草の音がする。けれど俺は気にせず進む。
……なんだ?
ガサッ!
なんか……違和感が……?
ガサガサッ!!!
俺はハッとした。おかしい、俺以外の呼吸の音が聞こえない。
それどころか前にいた人もいなくなっていた。どうして気が付かなかったんだ!?
後ろを振り返ると大きな穴が空いていた。そして、草むらの中に立つ一人の男。
「む、気づかれたか」
俺に気づかれたことに気づいた男はそう言った。
「だっ! 誰だお前! みんなをどこにやった!?」
「はぁ……」
やれやれ、とでも言うようにため息を吐く男。
「教えろよッ!」
「どうして教えなければならないんだ? まったく……これだから」
眼の前が真っ赤に染まる。俺は男に殴りかかっていた。
しかし、思うように体が動かない。何故……?
「マッタク。ウラナスクンのセイで気付かれたではナイデスカ」
ふと、何処からかそんな声が聞こえた。どこか片言で、樹の上から出てきたのはいつか見たルイスのようで。
「ウラナスではないッ! 我は天空の神、ウラノスなりッ!」
「ン? オォウ失敬失敬。ウラノスクン、アナタのセイで気付かれたではナイデスカ?」
どうやらこの二人は仲間らしい。俺は全く動けないままだ。
「わっ、我のせいなのかッ!?」
「違うのデスカ? アンナにガサガサ音をたててイタではナイデスカ」
「ぬ、ヌゥ……。そうか、我のせいなのか……」
そんな茶番劇を俺は見せられていた。動けない……どうすれば。
「トリアエズ、コイツも穴に落としマスネ」
「ん、ああ。……いや、ちょっとまて」
自身を天空の神、ウラノスと言う中二病な男は腰にあったトランシーバのような物を手に持った。
耳に当て、相槌を打っていた。用が終わったのか腰に戻す。
「ドウシタノデス?」
「ああ。ムネモシュネ様、いや智博様からだ」
智博!? 何故お前らからその名前が……!
「ナント! 一体どのヨウナ用件だったノでショウカ?」
「ソイツは智博様のところに送るように、だとよ」
俺が智博のところに……? いったいお前らは……誰なんだ。
「ナルほど、畏まりマシタ」
「ああ、そうだ。解かなきゃだな」
その瞬間、俺の身体は動くようになった。しかし重力には逆らえない、真下に出来ていた真っ黒の穴に吸い込まれるように俺は落ちていく。
このままじゃッ!
「っぶね!」
穴に落ちる前に俺は足から炎を出した。急に出た炎を推進力に変えて穴じゃない地面へと叩きつけられた。
「ナント! アノ状態カラ落ちないトハ」
「んだよ、落ちねぇのかよ」
そんな二人の声で俺は息を整えながら構える。
「お前らは一体誰なんだ!」
情報がない……集めないと、死ぬッ!
「めんどくせぇヤツだな。まあいい。我はウラノス! 天空の神なり!」
「種族としては人間デハ? ワタシはエネンです、ヨロシクはしないデいいデスヨ?」
は? よろしく? そんなこと……。
「誰がするか!」
「まあ、とりあえず落ちろ」
親指を下に向ける中二病な男、再度殴ろうと脚に炎を巻き付けた。
「ソンなコトしても無駄ですヨ」
「なッ!」
んだと! と、言う前に俺は穴に落ちていた。そして意識は薄れていく。
「やあ。久しぶり、かな?」
ハッとする。完全に意識が無くなる直前だった。
かけられた声に俺は既視感を覚えた。聞き覚えのある……声だった。
「智博! お前!」
そこで俺は気づいた、体が動かない。いや、体を動かそうとすると何故か耳がキーンとなった。
「動けないだろう? 僕の自慢の仲間の異能力さ」
「お前ッ!」
「なんや、反抗的やなぁ? 自分の状況わかっとんかぁ?」
また聞き覚えのある声だった。凛桜、いつかのクラスメイト。
お前……!
「分かってなさそうよ? どうすんのよ?」
今度は知らない声だ。けれど……。
口が動かない、何も動けない。頭がぐるぐるする。
多分、こいつの異能力だろう。俺はそう直感していた。
眼の前が真っ赤に染まる、心にあった思いが燃える。
「はぁ……期待外れだよ、影夜」
その言葉に違和感を覚えた、俺は蓮也だ。
「ドうしマス?」
「んー……そうだな、ここに放っておこう」
「オーケーでース! リョーカイしまシタ!」
いつの間にかいたエネンとウラノス、そこで気づいた。ここは四方がコンクリートに囲まれた部屋だと。
そして、一つの壁には扉があった。智博たちはそこから出ていく。
ぴら……。
扉を閉める前、智博のポケットから紙が落ちた。俺は動けるようになっていた。
追いかけないとッ! その気持ちを抑えつけて、焦る気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
「すー……はー……」
よくわからないが……助かったのか?
わからない。どこか不自然だった。
それに……。俺は智博が落とした紙を見る。
「これはッ!」
¥¥¥¥¥
一方その頃……街に残った遊撃部隊は。
「終わったか?」
「あ、はい!」
影夜は結界を張る非戦闘員にそう声をかけていた。
「遊撃部隊! 行くぞッ!」
そう告げる瑠流さんの後ろにみんなが付いていく。そして、森の中へと入っていく。
¥¥¥¥¥
『にげろ』
落ちていた紙にはそう書かれていた。裏を見ると……そこには地図? がかかれていた。
「逃げろって、どこにだよ……」
俺は攻めてきたっていうのに……。地図をよく見るとバッテン印がかいてある場所があった。
俺は、そこに向かうことにした。
「めんどくせぇなあ……」
曲がり角の先から声が聞こえる。気づかれないように曲がり角を覗くと……コツコツ、と階段を降りていくウラノスがいた。
「マアマア、後二日ほどデあの計画が始まるノですカラ」
宙に浮く不自然な真っ黒の穴。そこからはエネンの声が聞こえていた。
計画……? 俺は足音をたてないよう二人の後を追っていく。
「そーだな! 後二日かあ……」
なんの計画だ……? わからない……情報が足りない。
「先程、捕まえた者共を見に行くだけですよ」
「は……? ガパッ……!!!」
瞬間、俺の後ろから声が聞こえた。同時に俺は水の中に閉じ込められていた。
「全く、油断も隙もない。智博様たちは一体どうしたんでしょう? こんな雑魚、逃がすはずないのですが……」
「オヤ? 弟者ではナいでスか! こンなトコろでドーしたンでス?」
弟者……?
どういうことなんだ……もう、訳が分からない!!!
「兄者、それにウラノスくん。コイツがあなた達の後ろにいましたよ?」
息が……意識が……。
「ナント!?」
お前ら……!
ヤツらに手を伸ばす……俺の手が最後の光景だった。