前編 出会い、そして別れ
世の中はあまりにも理不尽だ。
他人は勝手なことばかり言ってくるし、言う通りにしていたら今度は別の人から「そんなことするな!」と怒られる。
あるいは慣れない事を押しつけられて、色々と時間を掛けていたら「遅い!」と怒られる。
なんでこんなに人は理不尽なんだ。
夢は九割り叶わない。
なんて理不尽な世界だ。
だけど、そんな世界でも俺はこの世の中が好きだ。
好きな人を救けたいから、好きな人と理不尽な世界を楽しもう。
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『異能力』って知ってるか?
異能力が世間に知られるようになって約二十年。
異能力を持つ者は異能者と呼ばれ、学園で異能力を磨く。
今の世の中、異能力が世間を騒がせてるのさ。
俺? もちろん異能者さ、世間は騒がせてないけどな。
「なあ、聞いてるか?」
「ん? ああ、聞いてるよ」
朝の登校中にそんなことを考えながら親友と話す。
親友の名前は智博。
ちなみに俺の名前は蓮也だ、よろしくな。
「でな、今日どうやら転校生が来るらしいんだよ」
「それで? お前のことだからその転校生のこと知ってるんだろ?」
情報通な智博のことだ、と俺は聞いてみる。
「バレた? へへっ」
ニヤけた面で鼻を擦って言ってくる。
智博が言うにはどうやらその転校生は人形姫と呼ばれてるらしい。
表情があまり動かず、スポーツも完璧で勉強も完璧だとか。
「へー」
まあ、俺は興味ないがな。
「やれやれ、そんなんだから彼女もできねえんだぞ?」
「るっせ! 関係ねえだろが!」
「そうかぁ? ま、いいけどよ」
余計なお世話だっつの。
くだらない話をしながら、俺たちは学校に向かう。
いつもどおりに下駄箱で靴を履き替える。
階段を上がり教室のドアを開ける。
「おはよー」
教室に入って一番に挨拶してきたのは田島凛桜。
学校の制服を着て、ヒョウ柄のスカーフを首に巻いている。
「おう、おはよう」
「今日も智博と学校に来たんか?」
「ああ、まあな」
関西弁で聞いてくる凛桜に答える。
「お熱いですな」
ニヤニヤして凛桜は茶化す。
「まあな」
俺も笑って返す。
「おっと、そろそろ時間やな。うちは席に戻るで」
「おう」
凛桜は教室に置いてある時計を見てそう言った。
後ろの席に戻っていく凛桜。
『キーンコーンカーンコーン』
学校の鐘の音が鳴り、教室のドアが開く。
「よし、みんな座ってるな」
担任の高田先生が教室に入ってきて、俺たちを見渡す。
すると、ドアの方を見て言った。
「入ってきていいぞ」
「はい」
先生の声で入ってきたのは白雪姫のような少女。
こいつが噂の人形姫か。
「彼女は転校生。ほら、自己紹介な」
「私は風夏。空山風夏と言います」
先生が後ろの黒板に名前を書いていく。
「転校してきたばかりなので、分からないこともありますが仲良くしてください」
クラスのみんなが拍手をする中、席を見渡して会釈する少女。
少女から目が離せない。
名前が一緒、ってことは……。
そんなことを考える。
俺は聞こえてきた名前と黒板に書かれた名前に覚えがあった。
何故ならばその名前は昔の幼なじみの名前だっから。
幼い頃に一緒に遊んでいた幼なじみは、いつもショートヘアで少しお転婆だった。
だけど、目の前の少女はメガネを掛けてロングヘアーだ。
それでもどこかに昔の彼女を感じる。
「それじゃ……そうだな。凛桜の隣の席に座れ。凛桜、空山さんを頼んだぞ」
「りょーかい!」
敬礼ポーズをして、元気な声で返事をする凛桜。
「なんですか?」
いつの間にか席にまで近付いていた風夏に問われる。
どうやら俺は無意識に見つめていたらしい。
「あ、いや。えっと、小さい頃の思い出とかってあるか?」
「ふむ……、思い出……ですか」
「あ、すまん。変なこと聞いて」
「いえ、お気になさらず」
そう言ってそのまま席を過ぎていく。
「よし、それでは授業を始める」
先生の声で我に返る。
授業に集中しないと。
俺は机の上に教科書と筆記用具を出す。
「なあ、蓮也。なんであんなこと聞いたん?」
授業が終わり、クラスのみんなは昼飯を食う。
一足先に食べ終わった凛桜が後ろから言ってくる。
「別に。なんでもねえよ」
誤魔化すように、投げやりに返事をする。
「あ、そう」
「なんだよ?」
「いや〜?」
ニヤニヤしながら含みがある言い方で言ってくる。
「すみません、凛桜さん」
「ん、なんや?」
不意に風夏が凛桜に話しかけた。
「学校の案内をお願いしたいんですが」
少し自信なさげに聞いてくる様子はどこか見覚えがあった。
「ああ、全然ええで。んじゃ、行ってくる」
安請け合いをする凛桜。
二人は一緒に教室を出ていった。
「はあ……」
机に肘を立てて、ため息をつく。
「どうしたんだ?」
隣の教室から来た智博が聞いてきた。
「なんでもねえ」
「ふーん? ……なるほどねぇ」
そう言いながらさり気なく俺の額を触る。
「何がだよ」
「転校生、幼馴染だったんだろ?」
額を触ったまま俺に目を合わせてくる。
「おまえっ! ったく、こんなことで能力使うんじゃねえよ」
額に触る手を振り払って言う。
「やっだねー、能力は使ってなんぼでしょ」
ニシシ、と変な笑い方をする。
智博の能力は記憶。
人の記憶を読んだり、覚えてないことを思い出させたりできる。
そして、どうやら産まれてから今までの記憶があるらしい。
瞬間記憶もあるらしいけど、なんだかうさんくさい。
「智博ってさあ……」
うさんくさいよなあ、と言いかけるのを止める。
「ん?」
「いや、なんでもない」
そう言って誤魔化す。
「そうか? じゃ、そろそろ教室戻るわ。また放課後な」
時計を流し見て、教室に帰ろうとする。
「はいはい」
智博が教室を出ると、入れ替わりで凛桜と風夏が教室に帰ってきた。
「おう、おかえり。どうだった?」
「え? ああ。ちゃんと案内したで!」
一瞬、眉間にシワが寄ったような?
そんな疑問は高田先生の声で途切れてしまった。
「ほら、そろそろ授業だぞー」
そう言いながら教室に入ってくる先生。
『キーンコーンカーンコーン』
「お、丁度だな。ほらみんな、席に戻れー」
「はーい」
「へーい」
教室でぺちゃくちゃ喋っていたクラスのみんなが返事をして席に座る。
「今日はなんと、英語の先生がきたぞー」
その言葉と同時に、教室に跳んで入ってきた外国人。
「ドーモデース! ルイス=ローデラスと言いマース! ヨロシクデース!」
ノリが良さそうな陽気な声で挨拶をする。
なかなかにクセのあるやつが来たな。
「んじゃ、先生は職員室にいるからなんかあったら呼びに来い。ルイスさんよろしくおねがいします」
そう言って、返事を待つ暇なく教室を出ていく。
「分かりマシータ! それでは授業を始めマース!」
カタコトなその号令で授業が始まった。
『キーンコーンカーンコーン』
英語の授業が終わって放課後になった。
「お疲れ様デース! 授業は終わりデース! サヨナーラ!」
授業が終わって早々、ルイス先生は教室を出ていく。
それと入れ替わりに先生が帰ってきた。
「はい、お疲れ様。帰る前に言っときたいことがある。最近ここらで不審者を見かけるという。で、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰れよ。んじゃ、さよなら」
棒読みな声で長々とそんな注意を促し、教室を出ていく先生。
「不審者だってさ、どうするよ」
いつの間にか教室に来ていた智博が言ってきた。
「どうするもなにもないだろ。はやく帰ればいいだけだ」
「あ? そう?」
そりゃ残念、と言いたげな顔で返事をする。
「今日も二人で帰るんか?」
帰る準備をした凛桜が聞いてきた。
「ああ。凛桜はどうすんだ?」
「ん? 転校してきた風夏さんと一緒に帰るで」
後ろにいる風夏に手を振りながら言ってきた。
「んじゃ、ここでお別れだな」
「そやな、うちと風夏は先に帰るとするで」
じゃあの、と教室を出ていく。
「ああ、またな」
二人の後ろ姿を見ながら、俺は帰る準備をする。
「まだ帰る準備してなかったのか」
凛桜と喋っている間、影が薄くなっていた智博がツッコミを入れてきた。
「るっせ。トイレでも行っとけ」
せめてもの時間稼ぎでトイレに行かせる。
俺はその間に帰る準備を進める。
「わかった、じゃ行ってくる」
「おう、行って来い」
帰る準備ができ、少し暇になった。
「ん? なんだこれ?」
不意に机の下を見てみるとそこには紙切れが落ちていた。
拾ってその紙を見てみると、紙は内側に折られていた。
開いて見るとそこには『タスケテ』と乱れた字で書かれていた。
「ただいま。ん? どうした?」
トイレから帰ってきた智博が手に持っていた紙切れについて聞いてきた。
「わからん。あ、そうだ智博」
「なんだ?」
「この紙切れの記憶、見てくれよ」
紙切れのことが少し気になってしまった俺は智博に頼み込む。
「はあ? めんどくせえな」
「頼むよ、気になるんだ」
はあ、とため息をついて言う。
「無生物の記憶を見るのは苦手なんだよなあ」
誰もいない教室に夕陽が差し込む中、智博が紙切れを握って目を瞑る。
「…………どうだ?」
紙切れが鈍く光って智博の額を照らす。
「これは……、はあ……めんど」
「なんだよ? 何が見えたんだ?」
はあ、とため息をついて言ってきた。
「明日の登校中に教えてやるよ。ああ……めんど」
「めんど、ってなんだよ?」
「気にすんな。明日教えてやるから待っとけ」
誤魔化すような返事に俺は眉を寄せる。
はあ、と頻繁にため息をつく智博。
なんだよ、智博のやつ。
おかしいやつめ。
そんなことを思いながら、俺たちは教室を出る。
下駄箱で靴に履き替え、帰り道につく。
「じゃ、俺はここで」
俺の家の前で智博が言ってきた。
「ああ、また明日な。ちゃんと教えてくれよ?」
紙切れのこと、と言外に言う。
「分かってるって」
「じゃあな」
俺は玄関のドアを開けて家に上がる。
「ただいまー。誰もいないけど」
靴を脱ぎながら、誰に言うでもなく声をかける。
階段を上がって自分の部屋に入り、鞄を放り投げてベッドに倒れる。
「にしても……」
風夏……俺のこと覚えてなさそうだったな。
空山風夏は俺の幼なじみだった。
幼い頃にはよく一緒に遊んでいた。
『れーくん! あそぼ!』
『おう、どこいくんだ?』
『公園! はやくいこ! ボクまちきれない!』
『まてって』
ベッドの上で目を瞑る。
頭の中で、昔の記憶が蘇ってくる。
『えーんえーん!』
『おいおい。だいじょうぶか?』
『えーん! ひっくひっく……』
『ほら、もう泣くなよ』
『う、うん』
『よし、いいこだ!』
この頃の風夏は泣き虫だったな。
でも、俺が声をかけるとすぐ泣き止むんだよな。
『ボク、れーくんよりかっこよくなる!』
『えー? オレは風夏が可愛い方がいいけどなあ』
『なんでぇ?』
『そりゃ、その。風夏のことが好きだから……だよ』
『えっ? えっと……じゃあ』
『な、なんだよ?』
『やくそく! やくそくする!』
『なにを?』
『しょーらい、可愛くなるからボクお嫁さんにしてね!』
『えっ、な……』
『やくそく! ほら、小指出して!』
『お、おう』
『ゆーびきーりげんまんっ!』
『うそついたらはりせんぼん、のます……』
『よし!』
ああ、こんな約束もしてたな……。
でも……風香は覚えてないんだな……。
くそっ……うう……!!
ん……ああ……?
「寝てた……のか」
そうか……泣いてたら寝ちゃったんだ。
よいしょ、とベッドから起き上がろうとすると腹が鳴る。
「そいや腹減ってんな。なんか食べないと」
部屋を出て階段を降りる。
リビングに入って冷蔵庫を調べる。
「しまった……、なんもねえや」
食べる物、買いに行かなきゃ。
冷蔵庫を閉じ、リビングを出る。
玄関で靴を履いて、スーパーまで歩いていく。
「蓮也さん……でしたね」
スーパーに行く道で幼なじみの風夏に会ってしまった。
気まずいのを隠して話す。
「ああ、空山さん。こんなとこでどうしたの?」
幼なじみだったなんてことを忘れて、腹に力を入れて平静を保つ。
「いえ、見かけたので声をかけただけです」
「そう? 俺は今から買い物に行くんだけど……一緒に行く?」
平然な顔で風夏を誘う。
「いいんですか?」
「ああ、もちろん」
「では、ついていきます」
少し、間が空く。
会話が飛び交わない空間。
そんな気まずい空気の中、風夏が聞いてきた。
「なにを作るんですか?」
その内容に俺は声に出してしまう。
「あ、決めてなかった」
なんの料理にするか考えてなかったな。
そんなことを考えていると不意に言ってきた。
「私、夕飯ご一緒していいですか?」
「え? ああ、別にいいけど……」
「では、カレーを作りましょう」
「カレー? 分かった。んじゃ、材料買うか」
そんな感じでトントン拍子に決まってしまった。
「はい、行きましょう」
カレーか……。
そういや、ちっちゃい頃にも作ったな。
風夏のお母さんの手伝いで、だったけど。
そんなことを思いながら、カレーの材料を買いにスーパーに入る。
「ここが俺の家」
スーパーから帰って、家を紹介する。
「ここ、ですか」
どこか歯に何か挟まった言い方。
「ん? なんだ?」
「いえ、何でもありません」
「そうか?」
不審に思いながら家に一緒に上がる。
リビングに入ってキッチンに行く。
「俺は野菜と肉を切るから、火加減とか見といてくれ」
「わかりました」
「あ、あと皿とか用意してくれると助かる。皿はそっちの棚にあるから」
俺は図々しいように色々言う。
「こんな感じでいいですか?」
具材を鍋に入れて、火加減を見ながらルーを混ぜていた風夏が聞いてきた。
「ん、良い感じ」
俺はお玉で皿にすくい、味見をして言う。
「そうですか。なら良かったです」
家にあった俺の予備のエプロンをつけた風夏が微笑む。
「そ、そうか」
少しドキッとしてしまい、言葉が詰まった。
「そういえば、ご飯って炊けてます?」
確認するかのように聞いてくる。
「え? あ、やべ!」
一瞬なんのことだ? と思って炊飯器を見る。
その瞬間、すぐに炊飯器に近寄り中身を見て言った。
「どうしました?」
炊飯器に近寄っていった俺にカレーを混ぜながら聞いてくる。
俺は頭を抱えながら振り返り、風夏に言う。
「すまん、炊いてなかった」
「そう、ですか。どうしましょう?」
「えっと。レンジご飯ならあるんだけど……それでいいかな……?」
申し訳なく思いながら俺は聞く。
「仕方ありませんよ、それでいきましょう」
「ああ、すまんかった」
「気にしないでください」
レンジご飯をレンジに入れて、できるまで椅子に座る。
「そういえば、家に連絡しなくて大丈夫? 親とか心配したり……」
「大丈夫です。親はいないので」
親がいない……? 一人で転校してきたのか?
「そうなんだ。じゃあ一人でこっちにきたの?」
「はい」
「親とは一緒に来なかったんだ……」
「いえ、親はいないです」
「そ、そうなんだ」
「すみません、暗い話をして」
「いいよいいよ! あ、ご飯できてる。取ってくるね」
「私も手伝います」
「大丈夫! 座ってて!」
レンジに近寄りご飯を取り出す。
それにしても……おかしいな? 親がいないって……。
風夏にはちゃんと親はいたはずだぞ?
風夏が俺のことを忘れてんのはいいとして、親のことを忘れたりするか?
なにか、おかしい。
違和感があるのに霧のように掴めないような……そんな感じだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、悪い。ちょっとボーッとしてた」
少し考えてたから動きが止まってた。
「よし、できた。じゃ、食べようか」
「はい、いただきます」
「いただきます」
ご飯とカレーを皿に盛って一緒に食べ始める。
「これは……!どう?」
「そうですね。おいしいですよ?」
だよな……。
風夏がそう言うと俺は再び口に運ぶ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
食べ終わり、俺は食器を洗う。
「美味しかったです。ありがとうございました」
「そうか、良かった」
「私も手伝いましょうか?」
「ん、そうだな。皿を拭いてってくれないか?」
「わかりました」
誰もいない家の中、二人きりの俺たち。
静かな空間の中で食器を洗う水の音だけが響く。
「なつかしいな……」
「何がですか?」
「あ、いや。何でもない」
ヤベ、口に出てたか。
小さい頃にも皿を拭いたり、野菜とか切ったりしてたな。
まあ、子供だったから少しだけだったけどな。
そんときの風夏は火が怖いって言ってたし、結構怖がりだったんだよな。
あれから成長したんだな、なんて。
「そろそろ帰りますね」
「そうだな。遅い時間だし送ろうか?」
外を見ると月の明かりで照らされる暗闇。
「いえ、大丈夫です。では」
玄関で話す。
「ああ、また明日な」
帰っていく風夏の後ろ姿に、俺は無意識に手を伸ばそうとしていた。
「……」
伸ばそうとした手を降ろして、階段を登る。
自分の部屋に戻ってベッドに倒れ伏す。。
「また明日……か」
いつの日かの別れを思い出す。
その頃の記憶は心に、体に残っていた。
『ボク、引っ越すことになったんだ』
『……』
『だから……その』
『行くなよ……行くなよ……!』
『れーくん……』
『お前まで……オレを……!』
『ちゅっ』
『なっ……お前』
『置いてかないよ!』
『……』
『必ず……もどってくるから!』
『約束……待ってるから……』
『うん!』
記憶をたどるように心は沈んでいく。
水の中にいるような、どこか心地の良い方に誘われて。
いつの間にか俺は寝てしまっていた。
目を覚ますと、車の走る音や鳥の鳴き声が聞こえる。
心地の良い朝だ。
「んー! よし!」
伸びをしてベッドから起き上がる。
階段を降りてシャワーを浴び、学校の準備をする。
「それじゃ、行ってきます!」
誰もいない家の中、鞄を持って家を出る。
学校に行く道で智博と会う。
「おはよー。あー、ねみ」
「おはよう。眠そうだな、なんかあったのか?」
「お前のせいだろ、ふわぁ」
「は? どういうことだよ?」
あくびをする智博に眉間を寄せて聞こうとすると、空気が一瞬震える。
「うっ!」
「あ、おい! 大丈夫か? なんだよ、今のは?」
ふらつく智博を支える。
「ああ、大丈夫。今のは多分結界だろ、学校で習ったろ?」
「そういや習ったな、確か……」
授業で言われた内容を思い出す。
「異能者の戦闘時、周りへの被害を防ぐために作られるもの」
「そんで……異能者にはとある腕輪を持つことを義務付けられている」
「その腕輪から発せられるものが結界、ってやつだな」
「それから……結界が解除されるまでは結界より外には出られない、だったか?」
交互に言い合うように結界の詳細を口に出す。
「やばいな」
「なあ……それってさ」
「ああ、だろうな」
「俺たちは」
「巻き込まれたってわけだ」
まじか……。
「はあ、最悪だな」
「まあ、大丈夫だろ。動かなかったら安全なはずだし」
智博がそう言うと同時に、後ろから爆風が来た。
「な……」
振り返ると爆風で建物や家がボロボロになっていた。
だけど、俺の目を引いたのは別のことだった。
「なんで! どうして、お前が! 風夏!」
口から出る、心からの叫び。
俺たちに気づかない風夏。
そんな風夏を俺は眺めるだけしかできなかった。
「危ないじゃないですか、先生」
屋根の上で誰かに声をかける。
声をかけた先には爆煙が。
「るっせえ! お前に、お前らに! 先生とは呼ばれたくねえ!」
「はあ……冷静さをなくしたら駄目ですよ?先生」
爆煙の中から出てきたのは高田先生だった。
「どういうこと……だよ」
後ずさりをしながら智博が呟く。
「分かんねえ、俺には何一つ分かんねえよ!」
智博に八つ当たりするように言葉を発する。
「ど、どうすんだよ……。逃げればいいのか?」
「逃げるったってどこに!」
「そ、それは」
智博の見当違いな言葉に、俺は苛つく。
なんだってこんなことに。
それに……どうしてあの二人が戦ってるんだ。
わかんねえ、分かんねえよ!
分かんねえことばっかだ!
「お前らに親を惨殺されて幾数年……。どれほど力のない自分を呪ったか! お前に分かるものか!」
屋根の上で叫ぶ高田先生。
「そうですね、私にはわかりません」
落ち着いた声で言う風夏。
「憎んだよ! ああ、憎んださ! お前らの組織をよ!」
組織ってなんだよ……!
「ふふ。私で憂さ晴らし、ですか」
少し楽しそうに微笑む。
「今こそ……。俺の復讐を果たす時……!」
「かかってきなさい、お相手しましょう」
一方的な自分の想いを叫んだ先生は風夏を襲う。
「王を守り、助ける者! 行けっ! 『騎士のジャック』!」
先生の異能はトランプ。
トランプを操り敵の攻撃を防御したり、攻撃できたりする。
「ふふ。空間を統べ、留める。『キープエリア』」
二人が言い放つ呪文のようなその文言は異能力を効率よく発動させるためのものだ。
風夏を切り裂こうとトランプが勢いよく向かう。
風夏はトランプに向けて手を前に出し、呪文を口にする。
すると、手の前の空間が歪む。
「王の愛しい人よ! 支配し、制す! 『宝石のクイーン』!」
俺の理解が追いつかない間も戦闘は続く。
先生のその呪文で風夏の手が降ろされる。
「う……少しはやるようですね……」
空中を動くトランプが風夏の肩に傷をつけた。
「俺は力を蓄えてきたんだ! やられるわけにはいかない!」
「ふふ、楽しくなってきましたね。今度は私の番ですよ」
高揚をしているような声。
でも、風夏の表情は動かない。
「なにっ!?」
「無の空間よ、泣き喚け! 『エアクライ』!」
その呪文で先生の顔が苦しそうになる。
「グッ。ア、ガハッ……」
喉を抑える先生。
口から出るのは空気のみ。
どうやら呼吸ができなくなっているようだった。
喉を抑えていた手が力をなくし地面に向く。
そして、倒れてしまう先生。
「たわいもないですね……。なっ!」
そう言って去ろうとする風夏の後ろにトランプが迫る。
危機一髪で避けた風夏。
倒れたはずの先生を振り返るとそこには誰もいなかった。
「ハアハア……油断はよく……ないぜ」
声をする方向を向く。
すると、何事もなかったかのような姿で空に浮かぶ先生。
「なぜ! どうやって……」
トランプを魔法の絨毯のようにして飛ぶ先生。
「ハハハ! んなこと教えるかよ!」
そんなことを言いながら、トランプを飛ばしていく。
「なんだよ……! なんなんだよ……! もう、やめてくれよ!」
戦闘をする二人に叫ぶ俺。
「あなたは……」
「お前ら!? どうしてここに!」
戦闘の手を止めて俺らを見つめる。
「そう、ですか。見られたからには始末しなければ」
こちらに手を向ける風夏。
「くっ、お前ら逃げろ!」
先生のその言葉で俺は気付く。
「ちっ!」
嫌な予感がする。
智博を抱えて走る。
俺は走りながら能力を使う。
「焔の始動、迸れ! 『烈火風雷』!」
その呪文で俺の体に炎が巻き付く。
「なっ……速い!」
俺に手を向けていた風夏が手を下ろし言った。
「今だ! 王が命ずる、王冠の如く! 『玉座のキング』!」
その隙を先生が見逃すはずもなく。
「ぐ……うう」
「ふん」
トランプが繋がり、帯状になる。
帯状になったトランプで風夏を縛って気絶させる。
「先生! 一体、何がどうなって!」
「お前ら! どうしてここにいるんだ!」
俺が質問をしようとすると、遮るように焦って聞く先生。
「それは……」
「登校してたら急に結界が開いて、閉じ込められたんです!」
何故か言いよどむ智博の代わりに俺が言う。
「なんだと! くっ!」
悔しそうな顔をする先生。
「高田先生! 一体、何なんですか! この状況は!」
戦闘の影響で家や店がボロボロだ。
それに……先生が言っていた復讐ってなんなんだ。
「説明する暇はない! 智博!」
「は、はい!」
「お前の能力は記憶だったな!」
「え、ええ。まあ」
「どのぐらいだ! 記憶を読み取れるのは!」
「えと、先生が思い浮かべる記憶は一通り読めます」
「なら、今すぐやれ! 早く!」
「は、はい」
先生の額を触り目を瞑る。
智博と先生の額が光って繋がる。
どこもかしこもボロボロで、怪我だらけな先生。
一体……なんなんだ。
「…………読めたか!?」
「ま、まあ」
「俺は行く! お前らはここでじっとしていろ! ついでだ! 空山を見張っておけ!」
先生はまくし立てるように俺たちに言って、身体を引きずるようにどこかに行った。
「一体、なんなんだよ……」
「蓮也」
智博が俺に何かを言おうとする。
「なんだよ……」
だけど俺はそんなことには気づかず、投げやりに返事をする。
「あーもう! 俺じゃだめだ! 変わってくれ!」
急に独り言を言う智博が目を瞑る。
「な、なんだ?」
全身が鈍く光り、目を開ける。
「はじめまして、かな? 説明はあとで。とにかく先に記憶を共有するよ」
智博の雰囲気が変わり、流れるように俺の額を合わせる。
「これは……!」
智博の能力で頭に記憶が流れてくる。
「今の状況、分かったかい?」
「ああ、とりあえず分かったよ。けど、お前は一体……」
「僕のことかい? そうだね。能力の管理者、かな」
「なんだそりゃ。……なあ、こいつ風夏の記憶も読んでくれよ」
「どうしてだい?」
「風夏は俺の幼なじみだったんだ」
「ふむ……。変わったほうが良さそうだ」
目を瞑ると全身が鈍く光る。
「んで? 空山さんを見ろって?」
「ああ、頼む」
「……気は進まねえけど、仕方ねえか」
渋い顔をして風夏の額に触れる。
風夏の額が光って智博を照らす。
「なんじゃこりゃ! 記憶がちぐはぐじゃねえか」
「ちぐはぐ?」
「くそっ! 少し時間がかかる!」
「……わかった」
それだけ言って目を瞑る。
「…………ああ、もう! 仕方ねえな! おら!」
独り言を呟く智博。
「ん、んん……」
吐息混じりの声、それは風夏のものだった。
「ここは……うっ!」
「おい、大丈夫か?」
「記憶、治しといた……。はあ……」
疲れたようにため息をつく。
「ボク、は……。そうか……」
「ボク……? 風夏! 俺のこと……覚えてるか……!?」
「もちろん……、覚えてるよ……」
「どういうことなんだ!? 智博」
風夏の記憶が戻ったことを智博に聞く。
すると、智博は自分の能力の一端を話す。
「記憶っていうのはな、記銘,保持,想起という三つの段階からなってるんだ」
指を三つ立てる。
「つまり?」
どういうことなんだ?
「そうだな……簡単に言うと引き出しみたいなもんだ。引き出しに服を入れることを記銘。そして、入れた服を保管していることを保持っていうんだ。」
立てた指を二つ折る。
「じゃあ、想起は?」
「服を出すってこと。……こいつの記憶は保持、記銘ができているのにも関わらず、想起ができていない状態だったんだ」
残った一つの指を折り言ってきた。
「なんで……そんなことに……」
「……それは」
誰に問うでもない俺の問いに言葉が詰まる智博。
「知ってるのか!? なあ!」
問いただす俺。
「断片的な記憶があったんだ……。俺の能力では普通、無防備なやつに使うと全部見れるはずなのに……」
なにかおかしい、そんな顔をする智博。
「断片……的?」
「ああ、薄っすらと映る人影。こちらに手を伸ばしてくる」
「それが、なんの関係が?」
苦々しい顔で重い口を開く。
「……おそらく、異能者だろうな」
「それって……!」
「確証はない。それに……」
そこで言葉を止める。
「それに?」
「まだ、気がかりなことがあるんだ」
「気がかり?」
「ああ、先生の記憶さ」
先生の記憶?
「き、記憶の内容は?」
「こうなってしまった経緯だよ」
「経緯?」
「ああ。ってお前に渡したはず……じゃ……」
言葉の勢いが減っていく。
「おい?」
「くそっ! そうだよな! 俺じゃねえんだから……」
独り言を大きな声で言う智博。
「おい! 何いってんだよ!」
「ぐっ! ウアア!」
言い争っていると、急に風夏が声を上げた。
その声はとても苦しそうで……。
「風夏! どうした!」
「コロシテ……モウ、イヤダ……!」
掠れた声で言う。
「一体、どうしたっていうんだ……!」
「ニゲテ……、ハヤク……! ボクハモウ……! ガアッ!!!」
その声の直後、俺の腹に衝撃が。
「ぐあっ!」
腹を見ると風夏が頭突きをしていた。
「蓮也! クソっ! 何するんだ! 空山!」
「ウウ、アア!」
苦しそうに声を上げる風夏がまた俺たちを襲おうとする。
「風夏……」
「蓮也! どうするんだよ!」
俺は黙ってしまう。
「……」
考えろ……考えるんだ……! 何か、方法は……! ……そうだ!
「蓮也!」
その声で俺は思いついたことを智博に話す。
「智博! お前の能力で風夏を落ち着かせることはできるか!」
「分かんねえよ! けど……、やってみせる!」
そんな強気な発言に俺は安堵する。
「おーけー、わかった。俺が風夏を気絶させる。その間にお前が能力を使うんだ! いいな!」
「おう!」
風夏を気絶させる……。気は進まねえが……覚悟を決めて、やるしかない!
怪我は最小限に、顎に一撃を食らわせれば……!
「炎が集い、波と化す! 『焦熱波』!」
「ウウウウウ!」
その呪文で風夏は怯む。
「焔の胎動、我が身に宿れ! 『猛火嫋々(もうかじょうしょう)』!」
足に炎を巻き付け、一時的な強化を施す。
「アガ! アア……」
手には炎を巻き付けず、顎に一撃を食らわす。
「今だ! 智博!」
「追憶の理論、脳の休止! 『メモリーダウン』!」
智博のその言葉で風夏は倒れた。
「風夏を……、風夏をこんなにしたのは、誰だ!」
「蓮也……」
「なあ、智博! お前は知ってるんだろう!」
「……知ってるさ」
「なら! 教えやがれ!」
そう言うと智博は重い口を開ける。
「……先生が行った方角に行けば、そこにやつはいるはずだ」
先生が行った方向は……、あっちか!
「俺は行く! お前は風夏を守ってくれ!」
「あっ! おい!」
後ろから聞こえる智博の声を無視して走る。
速く……もっと疾く……!
「鴉の導! 疾風の如く! 『熱力渡来』!」
その言葉で俺の身体に炎が宿る。
炎の熱を推進力に変え、速くなる。
「王の征く道を塞ぐものを切り裂け! 『ジャックハート』!」
不意に聞こえてきた先生の声。
「ハーイ! こっちデスヨ!」
声がする方に行くと、先生をおちょくるナニか。
「クソッ! 避けるんじゃねえ!」
「避けるなと言われて避けないバーカはイーマセーン」
あいつは……! 昨日の英語の……!
「先生! 手伝います!」
戦っていた相手を見て、先生の側によりながら俺はそう言った。
「蓮也! 待ってろって言ったろ!」
怒った顔で言ってくる先生に俺は憤怒して返す。
「嫌です! あんなに……! 風夏にあんなことをしたやつを放って置くなんて!」
「風夏……? 一体、どういうことなんだ……」
急な話に怪訝な顔をする先生。
「話は後です! ッ! 先生、後ろ!」
そんな話をしていると、先生の後ろからルイスは襲ってきた。
「シット! 避けられマーシタカ!」
攻撃を避けられてしまって、後ろに跳んで下がるルイス。
「あ、危ねえ……。助かっ、た!? 蓮也、後ろ!」
「なっ! グッ!」
先生の声と同時に、瓦礫が俺の背中に当たる。
「なんだ……!?」
痛みを我慢し、瓦礫が飛んできた方向を見る。
「よっしゃ! 当たったな!」
そんな感じに場違いな調子で話す、ヒョウ柄のスカーフを巻いている女。
「お前……、凛桜!? お前もそっちなのか……!」
凛桜がいる。
俺は目の前の光景を信じられない。
「せやで? うちは偵察のためにあんたらと仲良くしてたんや。滑稽やなあ?」
言葉に出来ないような、愉悦の笑みをする。
「なんなんだよ……! お前らは……一体、何なんだ!」
あてのない苛立ちをぶつけるように喋る。
「うちらか? そやなあ、うちも分からへんわ。まあでも、ナナシの組織って呼ばれてるで?」
ふざけたような返答を顎に指を当て言ってくる。
「くっ! おちょくりやがって……!」
「そこまでデースヨ! 凛桜! 早く始末しますするデスヨ!」
おちょくってくる凛桜を止めて、襲うように言い聞かせる。
「はいはい、分かりましたよ。ルイスセンパイ」
センパイ……?
「蓮也……」
「行きますよ!」
申し訳なさげな先生に俺は励ましの言葉をかける。
「チッ! この際しょうがない! そっちは頼んだぞ!」
舌打ちをして言う先生はルイスを襲いながら離れていく。
「なはは! 襲わんの? なら、こっちから行くで!」
「グゥ!」
よそ見をしていると横っ腹に蹴りが飛んできた。
俺はそれを腕で防御する。
「おっと、防いだか。でもまあ、まだまだやで?」
防がれたのを確認するかのように、もう一度蹴りを仕掛けられる。
「我が道を塞ぐものは糧となれ! 迸れ! 『火炎白雷』!」
その蹴りを防ぐついでに体に纏う炎をムチのように操る。
「おおっと、急に攻めてくるなあ?」
蹴ろうとした足を炎に当たらないように俺の体に当ててくる。
「まだまだ!」
痛みを我慢するように大きな声を上げる。
「なはっ! 楽しなってきたなあ!」
ふざけた様子で楽しそうな凛桜。
俺の攻撃を避けながら言う。
「地に潜む炎よ! 我が身を灼き尽くせ! 『紅蓮風日』!」
体の炎が更に熱くなり赤から青に、青から白に、白から黒に変わっていく。
それは鎧のような形に変化していく。
それと同時に俺は空を飛ぶ。
「よっと! こっちの番や! 『月夜の暗闇』! 静止しや!」
その呪文で空を飛ぼうとした俺は宙に固定されて動けなくなってしまった。
「う、動けない……!? 何をした!」
「ナハハ! 無様やな!」
奇妙な笑い方でこちらを煽ってくる。
「クッ! ざけんな! 俺を舐めるんじゃねえ!」
蹴られ殴られながらも俺は言う。
「ナッハハ、そのざまでどうしてそんな口が聞けるんや?」
そんな煽り文句に俺は苛立ちを放つ。
「るっせえ! こんなもん! 業火の閃影! 『地獄鋭感』!」
動かない体を無理矢理、炎のムチで動かす。
「んな、無茶な! 体壊れるで!?」
予想外な行動に凜桜は驚いたように言う。
「ハッ! 知ったことかよ!」
「ぬぬぬ……」
悔しそうに口籠る。
「おら! 眼前に存在する敵を貫け! 『猛炎槍』!」
苛立ちを当てるかのように、炎で槍を作り凛桜にぶつける。
「グッ!」
間一髪で槍を避ける凛桜。
「チッ! 掠れただけか!」
しかし、避けきれなかった凛桜の肩には掠れ傷ができた。
「……なあ、そっちはどうや? もうええか?」
傷ができていない方の手で、腰に持っていた無線機を手に取り話しかける。
「誰と話してんだ、よっ!」
炎を巻き付けた拳で右ストレートを打つ。
「おっとと、危ないなあ。これでも元クラスメイトやで?」
「んなこと知るかよ!」
「生意気やな……、壊したくなるやんか」
おぞましいほどのニヤけた面をさらす凛桜。
「んだと!?」
負けじと俺は言い返す。
「おお、怖い怖い。まあ、壊すのはまた今度にしちゃるわ。じゃあの」
「逃げる気か!」
「目標は達成したしな。『日中の三日月』」
その呪文で凛桜が浮かぶ。
「目標……? てっおい! 待てよ! 『烈火風雷』!」
「ナハ! この速度で追ってくるか!」
宙に浮かんだ状態で逃げようとする。
「どこに行くんだよ!」
「ナハハ! どこやろなあ! 速度上げるでえ! 『夕方の満月』!」
速度を上げてどこかに行く凛桜。
「くっ! 追いつけねえ!」
一方その頃、先生とルイスは……。
風夏と戦ったせいで先生の身体は上手く動かないようだった。
「どうしたんデスカー! ソンナではワタシを倒せませんヨー? 『ラーヴァブロウ』」
ルイスのその呪文で周りの空気が歪むほどのお湯が出る。
そのお湯はハンマーのような形になり、先生に振り下ろされる。
「ぐう……」
痛みで声が出る。
避けるように身体をひねったが、足の一部に当たってしまった。
「ククッ! 当たってマースヨ?」
攻撃が当たり、嘲笑うルイス。
「クソがっ! お前らは一体何が望みだっていうんだ!」
組織に潜入していた先生は目的が分からなかった。
「裏切り者には教えマーセン! 『ラーヴァストライク』」
お湯のハンマーが五つに分裂する。
「なっ! 増えた、だと……!」
「いきマースヨー! 『ストライク』!」
ルイスのその言葉で五つのハンマーが振り下ろされる。
「『クイーンダイヤ』!」
ハンマーを防ぐようにトランプが大きくなり先生を守る。
「ナント!」
感心したような表情で驚くルイス
「あっ、ぶねえな!」
悪態をつく先生。
「結構やるジャーないデースカ!」
「るっせえ! 『サードジャック』!」
トランプが空中に浮き、ルイスに狙いを定めた。
「おっとと、ククッ。外れてマースヨー? 『ヘイルメリー』」
しかし、ルイスは余裕で避ける。
呪文で氷を作成し、不規則に動かす。
「チッ! そこだ! 『ダイヤスレート』!」
トランプを重ねて強度を高める先生。
そのトランプをブーメランのように投げた。
「『ヘイルベール』。ふむ……そろそろいいデースカーネ」
ルイスは氷を薄く自分の周りに張った。
「クソっ! 逃げる気かっ!」
「クククッ、目的は達成したんデスーヨ! グッバァイ! 『ヘイルリムーバル』!」
氷で板を作りその上に乗る。
「おいっ! 待てっ! 『ハートムーブ』!」
追うように先生もトランプを大きくしそれに乗った。
「遅いデースネ!『ウォームスキャター』!」
お湯を先生に向け、ばら撒く。
「グッ! クソッ! 逃げられた!」
俺が凛桜を追っていたら前に先生が立っていた。
「蓮也!」
近づくと先生が俺に気づく。
「先生! どうしてここに!」
ルイスを追っていたはずなのに……。
そう思って俺は聞いた。
「ルイスを追いかけていたらいつの間にかここに……」
よく見ると先生の体はボロボロだ。
足や腕の皮膚は爛れていたり、赤くなっていたりしていた。
背中は土で汚れている。
「そうですか……、とりあえず戻りましょう。ついてきてください」
俺も先生もボロボロだ。
一度、風夏と智博の元へ戻らないと。
「ん、ああ」
返事をする先生。
「ここらへんのハズです。ここにあいつらが……。」
俺は探すようにボロボロの街を見渡す。
「いないぞ……?」
一緒に見渡していた先生が言った。
「えっ! ……いない!? クソっ! 目標ってあいつらのことだったのか!? 早くいかなきゃ!」
そこで俺は気づいた。
目標とは風夏と智博のことだと。
「あ、おい!」
「『疾風火口』!」
先生の声を無視し、呪文を唱え体を強化する。
体の周りに炎を纏い、足の裏にバーナーのように炎を出す。
その炎で推進力が得られ、早く移動できる。
「愛とはなにか……君は知ってるかい?」
高速で移動しながら二人を探す。
そんな中、後ろから声が聞こえた。
「誰だ!」
俺の速度に追いつけるはずがない。
なのに、後ろから声が聞こえたということは……。
「私はエネン、エネン=ローデラスです」
そう言ってエネンは俺の前へと出てくる。
エネンはルイスと瓜二つの男だった。
「邪魔だあ! どけえ!」
俺は手に炎を纏い、振り払うように手を動かす。
「いいえ、どきません。『指の輪』」
エネンはそれを避け、人差し指と親指で輪を作った。
その瞬間、俺の腹に衝撃が走る。
「ぐっ! 何をしたあ!」
腹を手で抑える。
「苦痛に歪む君の顔もかわいいですね」
「んな!」
俺の顔を見て愉悦の笑みを浮かべる。
「智博様の落ち着いた顔もいいですが……やはり活きが良い顔でなければ……ふふふ」
不気味に笑うエネン。
「智博!? いま智博って! お前は!」
耳に入ってきたその名前に俺は驚いた。
「ふふふ、真実を知りたくば私を追ってきなさい」
そう言ってエネンは中指と親指の先っぽを合わせる。
その瞬間、エネンは数メートル先に現れる。
「あ、おい! 待て! 『烈火風雷』!」
俺は呪文を唱え、追う。
エネンを追うと瓦礫の山があった。
瓦礫の山の上まで登ると、空中に座る智博。
「お前……! 智博! お前まで……!」
「うちもおるで!」
「ワタシもいますヨー!」
「ようこそ、愛しい蓮也くん」
俺が驚いていると智博の後ろからルイスとエネン、凛桜が出てきた。
「やあ! 遅かったね? 蓮也」
空中に座っていた智博は立ち上がる。
「智博! どういうことだよ!?」
智博は敵なのか……?
分からない……!
「これは僕が望んだシナリオ通りさ」
智博がそういった瞬間、空間が歪んだ。
ふと、ルイスに目を向けると親指と小指で輪を作っている。
歪んだ場所は穴のようになり、その穴から風夏が出てきた。
「あ、アア。わた、ワタシ、ハ」
カタコトで喋る風夏。
「風夏! 智博! 何をしたんだ!」
俺の声を無視して、智博は風夏の髪をつかむ。
「なあ、知ってるか? お前はただの人形だったってことを」
焦点があわない風夏に目を合わせた。
「ソンナ、ワタ……し……ハ……う、グアア!」
智博はそう言って、風夏の髪を離し俺の方に投げた。
「風夏! くそっ! どうすれば!」
「レー……クン……イ、ヤア……」
嫌がるように首を横に振る。
「こうなれば……封印していたあの技を出すしか……!」
「何をするんだい? 蓮也? 君のあがきを見せてくれよ!」
智博は心底楽しそうに俺を眺める。
「『煉獄の蒼炎』」
俺の手からとても綺麗な蒼い炎が出た。
白い光と青い炎、幻想的な炎を風夏に当てる。
「れー……くん。あ、りがとう……」
そう言って目を閉じていく。
「風夏! ……お前ら! 許さねえ! なっ! 先生!?」
「すまない……体が勝手に……」
俺が智博たちに向かおうとした瞬間、横から先生が邪魔をしてきた。
「ふふふ、僕たちはその間に逃げるよ……」
先生が防ぐ向こう、空中へと逃げるヤツら。
「ナハッ! またね! 蓮也くん!」
「では、愛しい人よ。また会う日まで」
「デーハ! サーヨナラデース!」
先生を越えようとするが、先生は操られたように邪魔をして俺は行けなかった。
「クソッ! お前ら! 先生どいて! アイツラ倒せない!」
「すまない……俺の、せいで……」
申し訳無さそうな顔をする先生。
「先生……! ちょっと痛いですよ……! 『猛火嫋々』!」
「グッ……」
そんな先生の顎に一撃を当て気絶させる。
空中に浮かぶヤツらを追いかける。
「やるねぇ! 蓮也くん! 『新月の晴天』!」
「よっと! 『烈火風雷』! そんでもって、『焦熱波』!」
俺を邪魔するかのように攻撃を仕掛ける。
凛桜の攻撃を避け、俺は呪文を唱えた。
炎を纏い、熱の波を発生させる。
「意外とつよいんやな……、くっ……」
倒れる凛桜、地面へと落ちていく。
そして、次に邪魔をするエネン。
「では、いきますよ? 『指の輪』」
「『熱力渡来』! 『紅蓮風日』!」
「なかなかやりますね……! うっ……」
エネンは人差し指と親指をくっつけようとする。
それを見た俺はそうはさせまいと攻撃を仕掛けた。
エネンも倒れ、地面へと落ちていく。
「ワタシの番デスーネ! いきマースヨー! 『ウォームサラサ』!」
薄い布のような水が俺に向けられる。
「そんな見え見えのやつに引っかかるかよ!」
「なント……! シマッ……」
その攻撃に俺は避けた。
そして、倒れたはずの風夏が空中に浮かび俺の前へと出てきた。
「ワ、タシハ……。『キープエリア』」
「すまねえ……、『地獄鋭感』!」
炎の触手で縛り上げる。
風夏を越え、智博の方へと向かう。
「フハハ! 我が四天王を倒して満足かい?」
「智博! ふざけるのもいい加減にしろよ……!」
目の前のことが信じれず、苛立ちをぶつけるかのように智博に言った。
「ふざけてなんかないさ。僕は飽きてしまったんだ、だから愉しむためにこんなことするのさ……。ほら、みんなそろそろ起きてよ」
俺を見て嘲笑う。
智博は倒れたはずのヤツらに声をかける。
すると、後ろから声が聞こえた。
「もう、ボス! ネタバラシが早いでえ?」
「わかりました、智博様」
「ハハハ! やられたフリは楽しいデシターヨ!」
後ろを振り返ると、倒したはずのヤツらがいた。
「そうだ、凛桜。念力、解除して」
「ボスが言うならー。えい!」
「んじゃねー。また会う日には僕を倒してみてね」
その瞬間、いつの間にか空中に浮かんでいた風夏が俺の前を通り落ちていく。
落ちていく風夏をお姫様抱っこして浮く。
「くそっ! 逃げられた……!」
そう俺は言った。
「なあ、風夏……これでよかったのかな……?」
地上に戻り、風夏を地面に置く。
朝の光が流れる中、倒れ伏す風夏に語りかける。
「……」
風夏は返事をしない。
「……」
屍のように眠る先生。
「俺は一体……どうすればよかったんだ……」
それは誰にも答えられない。
いつの間にか結界は解除されていた。
元に戻った町の姿に俺は安堵する。
「これで、良かったんだ……。なあ風夏、起きてくれよ……」
「……」
何も言わぬ屍のように風夏の脈の音は聞こえず、静かになっていった。
「風夏……俺の炎を分けるから……、目を覚ましてくれよ……『浄化の蒼炎』」
青い炎と白い火花、中心には赤い炎が灯っていた。
その瞬間、俺の体からなにかが抜け落ちた。
「んん、う……」
それは魂の欠片、生命の灯火の欠片が抜け落ちてしまう。
「れーくん……」
「ふ、風夏! よかった……」
目が覚める風夏。
俺は抱きしめて実感する。
「れーくん……、ボク……」
「よかった……ほんとに良かった……!」
抱きしめながら、俺は言う。
「ボク……れーくんのこと好きだから……!」
「ああ、俺もだよ……! 風夏……!」
耳元で告げられたその言葉に、俺は反応するかのように言う。