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それぞれの恋物語

あなたの背中

作者: 崎先 サキ



今日は半月ぶりの婚約者と会える日。

なのに青い蝶がひらひらと飛んでくるのを見つめる…。

今日もなのね。

蝶は向かいに座ってる私の婚約者、ヒルデブランド様の肩に舞い降りるのを見てこっそりため息をつく。


「わたくしの事は気になさらず、お急ぎ下さい」


本当に言いたい事とは全く違う言葉を笑顔で言い切る。


「すまない、次こそはゆっくり出来るように時間を調整するよ」


少し急ぎ足の背中を見つめて、何度聞いたかわからない最後の言葉を流す。



「お嬢様、よろしかったのですか?今日はデビュタントのエスコートのお話をする予定でしたよね」


侍女のアンナが心配そうに聞いてくる。


「んー、あの蝶が来てしまったら仕方ないわ。あのまま会話しても気もそぞろになって聞いていただけないでしょうし。エスコートはお父様にお願いするわ」


冷めてしまった紅茶を飲みきって


「少し肌寒くなったから部屋へ戻るわ」


アンナはまだなにか言いたそうにしている。

わかってるのだ。


今日はシャロンにとっては大切な話をする日だった。

デビュタントの日に、婚約者にエスコートしてもらえないなんて不名誉なこと望んでるはずが無い。手紙で聞いても良かったが直接お願いしたくて、もしかしたらヒルデブランド様から言ってくださるかと期待してのお茶会だった。

結果は惨敗。


お願いすることも出来ず、デビュタントの話すら出来ずお茶会は終わってしまった。

わかっていたけど勝てないのだ。

あの蝶の主である王太子妃様には。


非番の日に、こうして約束をしててもいつも途中で蝶が来る。

来てしまえば後は、どんな会話も成り立たない。

だったらさっさと諦めてこっちから送り出してしまえばいいと気づいたのは何回目のことだっただろう。


後日、デビュタントのエスコート出来ない代わりにとヒルデブランド様の瞳の色のアクセサリーが花束と一緒に届いた。

こうした心配りしてもらえるぐらいには婚約者として蔑ろにされてるわけではないが、一生に一度きりのデビュタントを王太子妃様の護衛より優先しては貰えない。


非番の日のデートも大事なイベントも、今日のように途中で蝶に呼び出され婚約者は私ではない人の側に駆けつける。

いつになれば自分のことを考えてくれるのだろう。

結婚すれば?それともこのままずっと…?







ヒルデブランド様に初めてお会いしたのは、彼が12歳私が7歳の時だった。

母親同士が仲良しで派閥も家格も丁度良く、歳こそ少し離れてるが結婚する頃にはそんなに気にならないだろうと結ばれた縁だった。


元々騎士家系で行く行くは王太子か王太子の婚約者の護衛騎士になる予定だったヒルデブランド様は、その頃から訓練のため無表情でいることが多かった。

その無表情の彼にニコニコと笑いかけ懐くことからも相性も大丈夫と話が進んだらしい。


実際、初めて会ったときからシャロンはヒルデブランド様のことが大好きなのだ。


婚約してすぐは関係をあまり良くわかって居なくて、それこそ顔を合わせる度に花束やお菓子を持ってきてくれる優しいお兄さんとして大好きになった。


そこから会うたびに好きが大きくなっていき、完全に自分がヒルデブランド様に恋しているのだと自覚したのは皮肉にも会える時間が少なくなってからだった。


シャロンがお茶会デビューをするまではヒルデブランド様も、騎士団の試験の準備と王太子殿下の御学友として城に通うぐらいで今より頻繁にお茶をしたり時には景色のいい場所に、私は馬車ヒルデブランド様は訓練がてら馬で遠出などもしていた。


それがヒルデブランド様が15歳、シャロンが10歳になった頃から、本格的に護衛の仕事が増えてきて徐々に会える日も少なくなり蝶で中断されることも増えてきた。


騎士は大変なんだなと思っていたシャロンもお茶会デビューをして同年代の子たちと交流をして婚約者との関係を理解した。他の同年代の子達と自分たちとの関係が違うなと。

数年は自分たちの年の差があるせいかとも思っていた。

だってヒルデブランド様は騎士なんだもの…と。


だが同じように騎士や同じく護衛の職に付いている婚約者がいる子とも何故か話が合わない。

彼女たちの婚約者は蝶が飛んできて中断されることなく婚約者とお茶会、観劇、ときには遠出も出来るらしい。


でもヒルデブランド様を嫌いにはならなかった。

会える時間は少なくても、誕生日などの特別な日には必ず贈り物をしてくださるし体調を崩したと知ればシャロンの好きな花束。

遠方に王太子妃様のお供で行けばその地方でお菓子や髪飾りなどのお土産も忘れずくださる。


そろそろデビュタントや結婚式などの準備の相談などもしたい。

ゆっくり時間をかけて話をしたいがさあこれから!と話をしようとするとなぜか蝶がくる。


何度目の蝶が飛んできたとき非番なのに、ヒルデブランド様だけに蝶が来るのだろう、次のお茶会で会ったときに聞いてみようかと思っていた矢先、


『ヒルデブランド様が王太子妃殿下に懸想している』


とまことしやかに囁かれだし、もしヒルデブランド様本人からそう聞かされたら…と疑問を呑み込んでしまったのだ。


違う、大事にしてもらってる。

だって婚約者は私だもの。

結婚すればもっと会えるようになる。

あと1年そう1年後、侯爵家に嫁げば今より会える時間も増えるはず。そう信じて。







「シャロン準備は出来たかい?」


「お待たせしましたお父様」


玄関ホールでそわそわと待つお父様の元へ進んで行くと、お父様が嬉しそうに目を細め褒めてくれる。


「あぁ綺麗だね。アクセサリーもドレスもよく似合ってる。今日のデビュタントの主役は間違えなくシャロンだ!会場の何処に居てもきっとシャロンを見つけられるよ」


きっとヒルデブランド様からも見えると言ってくれてるのだろう。


「お父様ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」


お父様からは褒めてもらえたけどヒルデブランド様は褒めてくださるかしら、ファーストダンスの時だけでも護衛外れたり出来ないかな。など考えているといつの間にか王城へ着いていた。


シャロンの入場まではまだ時間があるので、シュヴェリーン家に与えられている控室に入るとそこにはシャロンが大好きな花とお菓子が用意されていた。

ヒルデブランド様のメッセージカードもある。


『シャロン社交界デビューおめでとう、今日はエスコート出来なくてとても残念だ。次の夜会はプレゼントしたドレスの君をエスコートさせて欲しい ヒルデブランド』


両親の前なのに思わずそのメッセージカードを抱きしめてしまうぐらい嬉しかった。

両親と話をしながら寛いでいると、入場の時間になったのでアンナに笑顔で行って来ると告げ会場へ。

お父様のエスコートで緊張しながら進んでいくと周りの声が少しずつ聴こえてくる。


『やっぱり、エスコートも断られたのよ』

『王太子妃様の美しさには…』

『王太子妃様には敵わない…』

『やっぱり一途に思ってらっしゃる…』


あちこちからヒソヒソ飛んでくる言葉に嬉しい気持ちが萎んでいく。


いまだに社交界ではヒルデブランド様は王太子妃様のことを幼なじみ以上に思ってらして、護衛騎士になったのも愛する人とは結ばれないが騎士として御守りするために護衛に付いたと噂されているのだ。

そして家の為に仕方なく婚約している婚約者が私。


あぁ、そうよね。デビュタントにエスコートしてもらえなかったから噂がまた拡がってしまう。

確かに他の護衛騎士の方はパートナーを務めてらっしゃるもの。

でもここで下を向くわけにはいかない。

お腹にグッと力を入れてちゃんと笑顔でいないと。

大丈夫、大丈夫。呪文のように言い聞かせてヒルデブランド様がいる方向へ目を向ける。

アクセサリーも贈っていただいた。

大丈夫、ちゃんと思ってくださってる。


お父様と挨拶周りを熟しながらファーストダンスの時間を待つ。

もしかしたら…と思ってたが、ヒルデブランド様が動く様子もない。

うん、結婚したらずっとダンス出来るんですもの。今日は思い出にお父様と楽しもう。

大丈夫、大丈夫よ。






結婚式まであと半年。

ヒルデブランド様との時間は相変わらず蝶に遮られるが、結婚準備は着々と進みヘルトリング家で私が暮らす部屋の内装もお義母様と一緒に調えている。

段々と結婚する実感が湧いてきて幸せに過ごしている。

そして今日は、王太子殿下直々に余りにも休みの取れないヒルデブランド様を心配して式も近いことだしと、2日の休暇と観劇の席を用意してくださったのだ。


多分私のデビュタント以降益々声が大きくなっている王太子妃様とヒルデブランド様の噂を否定するために、社交場でもある劇場。それもロイヤルボックスに招待して噂を静める狙いも含まれているんだろう。


そんな思惑あってもなくても、ヒルデブランド様のエスコートでお出掛け!観劇!

笑顔を抑えられるわけがない。

何度も鏡を見て色んなチェックをしている私にアンナは呆れながらも付き合ってくれる。


ヒルデブランド様が迎えに来てくださった知らせが来て、アンナと一緒にホールヘ向かう。

騎士服ではないヒルデブランド様に見とれていると


「そろそろ行こうか」


と言われてやっと動き出す。

玄関から馬車まで私に合わせてエスコートしてくださるヒルデブランド様が素敵すぎる。


「いつもの騎士服も素敵ですが今日のヒルデブランド様はもっと素敵です」


「約束したのにドレス間に合わなくて申し訳ない。でも今日のドレス、シャロンにとても似合ってるよ」


無表情だが声がいつもより優しい気がする。


なんだかいつもより馬車が広い。

アンナと出かけるときなどは護衛もいるが今日はヒルデブランド様が一緒なので居ないのだ。

ヒルデブランド様の隣にはまだ座れないけどゆっくりお顔を見れるチャンスと会話を楽しむ。

普通の婚約者同士なら当たり前のデートなんだろうけど本当に嬉しい。

劇場に着いて席までの道を態とらしく無いギリギリの速度でゆっくり進んで周りに見せつける。


誰が見てもきっと仲のいい婚約者同士に見えているはずだ。

大丈夫、今日こそは蝶は来ない。きっと…。






初めて足を踏み入れるロイヤルボックスは舞台こそ近くはないが、劇場全体が見渡せてゆったりと座れるソファー、サイドテーブルには王太子殿下から紅茶と色とりどりのお菓子が差し入れされていた。

どのお菓子も一口サイズでお花の形のクッキー、キラキラしてるチョコレート、フィナンシェっぽい焼き菓子なんかもある。


「素敵…。ヒルデブランド様ありがとうございます。王太子殿下にも御礼を伝えて下さいませ」


「あぁ、伝えておくよ。どれか気に入ったお菓子があれば今度のお茶会に持っていくから教えてくれるかい?」


幕間にナッツのクッキーが美味しかったと伝えるとヒルデブランド様も1つ口に入れて


「うん、美味しいね。城の料理人なのかお店なのか…」

と考えてらした。


お城の料理人が作ったものなら食べれないのかと、残念に思っていたらその気持ちがバレたのか殿下に聞いて手に入れると約束してくださった。

何時ものお茶会よりもヒルデブランド様が寛いでらして私も自然と笑顔になる。

お芝居の続きをあれこれ予想したり和やかな雰囲気で2幕目を迎えた。


お芝居の内容は笑いあり、涙ありの素敵な恋物語。

終わってまだ泣いてしまっている私に呆れずヒルデブランド様がそっとハンカチを貸してくださった。


まだ夢心地で呆けている私に飲み物を手配してくださりお化粧直しの時間もあったので席を立つのが皆よりも遅れ馬車までの移動もスムーズに出来た。


観劇中にお茶もお菓子も摘んでいたのでカフェに行くよりちょっと買い物でもしようかと話をしているところで、今日は絶対来ないはずの青い蝶がヒラヒラと舞って来た。


何事にも動じることのないヒルデブランド様も固まっていらっしゃった。

が、同僚の騎士が馬車の近くに寄ってきたときにはもう護衛騎士の顔に変わってしまわれた。


「……すまない…」


いつもの言葉を聞きたくなくて


「気をつけて下さいね」


と言葉の途中で言ってしまう。


丁度すぐ先に騎士団の厩舎があるのでそこから馬で向かうそうだ。

迎えに来た騎士と話しながら行ってしまう背中をいつものように見つめる。


「お嬢様…」


アンナが心配そうな顔をしてるが、今日は流石に笑顔を作れない。

御者に行き先をシュヴェリーン家に変更を伝える。


しばらく落ち込んでいたが、家に帰ってこんな顔していたら家族に心配かけるだけだと思いさっきのお芝居の感想でもアンナと話そうと顔を挙げた時ガタン!と馬車が不自然に揺れた。

そしてうめき声と悲鳴。


アンナに庇われながら座席の下に潜ろうとするが震えて身体が動かない。

馬車のドアが乱暴に開けられる。


「お嬢様!」


アンナの声が聞こえたと同時に熱いのか痛いのかわからない感覚を腹部に感じそのまま気を失ってしまった。






目を覚ますと自分の部屋のベッドだった。

私は3日寝込んでいたらしい。

お父様、お母様、なんと普段領地でお仕事をしているお兄様まで部屋に来て少し混乱してしまった。


アンナも脇腹を刺されていたが命は助かったと聞き安心した。


私を刺したのは少年で、騎士団の厩舎の近くでたまたま馬車に女2人しか乗ってないのを目撃しお腹を空かせた妹に食べ物を買ってあげたくてナイフで脅して金目の物を取ろうとしたが御者の抵抗が想像以上だったのと悲鳴を聞いて動揺してしまい馬車の中で私に覆い被さってるアンナごと刺してしまったらしい。


ナイフはアンナの脇腹をかすめ私の腹部に刺さってしまったのだ。


御者は殴られて少し気を失っていたが子供の力だったのですぐ気づきアンナと私を刺して動揺してた少年を取り押さえ、発煙筒で周りに知らせ対処してくれたらしい。



それから1ヶ月私はベッドから出して貰えなかった。

やっと傷がふさがって少しなら動いても大丈夫とお医者様に言われたので、少し外を歩きたいと言うと。

お父様が部屋まで迎えに来てくれた。


久しぶりの風や外の匂いを感じながらゆっくり東屋まで歩く。

東屋でお茶を飲みながらお父様が言いづらそうに


「シャロン、お前の婚約が解消になった」

と、教えてくれた。


目が覚めてから一度もヒルデブランド様が来てくださらないし、お見舞いのお花すら届かないことで何となくはわかっていたけど言葉で伝えられると色々な感情が溢れ出す。


「はい、かしこまりました。気持ちの整理をするための時間を下さい」


「そうだね。詳しい事情を話すのはそれからにしようか。落ち着いたら教えてほしい」


そう言ってお父様は軽く抱きしめて屋敷に戻っていった。


ヒルデブランド様とお茶をした温室や庭などをゆっくり周り部屋に戻って今まで大切にしてたプレゼントを眺める。


「アンナ手伝ってもらえる?」


片付けながらヒルデブランド様との会話、手紙に書かれてた言葉など思い出しながらアンナと会話もせず丁寧に1つずつ箱に片付けていく。


部屋の中からすべて無くなった日にお父様から話を聞くことにした。


まず、現状は王太子妃様との噂が今回の事故で益々拡がってしまい、護衛も兼ねていたのに婚約者を途中で放置してしまったことでヒルデブランド様は護衛騎士の職を外された。


今は近衛師団から騎士団に所属が変更になり騎士は続けていけるが、立場はとても悪くなっているらしい。


婚約解消の一番の理由は、私が刺された場所が腹部でもしかしたら子供が望めないかもしれないこと。

子供が望めないという可能性があるので嫡男で1人息子のヒルデブランド様との結婚が難しいこと。


そういった事情で解消せざるを得ない状況だったらしい。


お父様は声も出さず涙を流す私を気遣いながらゆっくり、優しく教えてくれた。

話を聞き終わってはじめに思ったのがもう蝶に怯えることも、我慢もしなくていいのだだった。

心が限界だったのかもしれない。


「事故のあとシャロンがまだ目覚めて居ない時に渡されたものだ。今まで渡せずに申し訳なかったね」


お父様が部屋から出ていく時に手紙を置いていった。


封筒に書かれた文字を見て心がギュッっと締め付けられるようになるが、どうしても開く気になれなくてそのまま鍵のかかる引き出しにしまった。


あぁ。終わってしまった。去っていく背中ばかりを見続けた9年間の恋が。


最後まで読んでもらえて嬉しいです、ありがとうございます。


評価、ブックマーク、感想ありがとうございます。

誤字報告ありがとうございました。


本当にありがとうございます。

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[気になる点] シリーズ通しての感想となります ※空白すみません 大変申し訳ないですが、読了後の不快感を禁じ得ません 最終話も厳密には万人が認めるハッピーエンドとは言えないですよね ヒ…
[気になる点] 青い蝶を飛ばしてるのは王太子妃なのに、なんでヒルデブランドの方が王太子妃に懸想していると噂になったのか……。普通、逆なんじゃないかと思うのですが、流石に王家に連なる方の不名誉になる噂は…
[一言] 王太子妃視点も読んだけど シャロンの元糞婚約者と糞王太子妃に同情できないわ。 いくら王太子妃でも幼馴染なんだから、何とか断る努力もしなさいよ。 シャロンにはぜひ和やかな男性と縁あって結ばれて…
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