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東尾疾風禄 ~託していいか。三番隊の御旗をお前に~ 9

 朝日が昇る。



 あたしの右隣にはヒョウ。

 左隣にはリン。



 死装束を着ていれば、口元の防護布を縛っているところだが、今は三人とも私服である。



 あれから一月経っている。



 無論、漫然と一月待っていたわけではない。



 衣食住の生活基盤を整えていたのは当然のこととして。



 白頭の動向。



 ハルモニカの動向。



 エルメルリアの街の動き。



 全て監視し続けた。



 あるいはハルモニカはもう街には来ないのではないか、とも思ったが、そんなことはなかったようだ。



 まださらうチャンス。



 否。



 説得する機会はある。



「ヒョウ。リン。今一度目的を確認しておく」



 尾の事情に疎い者が聞けば『最初から説得しとけよ』と思うだろう。

 


 しかし当たり前な話、それができるならやっている。

 


 ただ惣さんは、説得という手を、講じられなかったのだ。



「目的地はエルメルリア。最終目的はハルモニカ『様』との接触」



 これは論じるまでもないが、クジャ自身の手でハルモニカを亡命させることはできない。

 それは自国が近いうちに火の海になると予言するようなものだし、一国の王がその選択をするのはあり得ない。何より、あいつは魔眼所持者だ。滅ぼせし存在もののあいつは、誰かのために、何かをする、ということが、魔術理論的に絶対にできないのだ。

 


 そして南尾五か国のうち四か国は、魔王クジャのことを憎んでいる。

 クジャは上級国民が長い時間をかけて作り上げてきた既得権益ものを、滅ぼせし存在ものの異名のまま、滅ぼしてきたからだ。



 南尾の上級国民はクジャが死ぬのを垂涎の思いで待っている。

 一族郎党皆殺しにしようと考えていても不思議じゃない。



 だから、クジャの娘を連れて、南尾から脱出するためには、東尾われらにさらわれる、という前提が必要だったのだ。

 あの魔王クジャが、東尾に足元をすくわれた。

 そう他国に嗤わせる必要があった。



 そうしないと、他国の協力を得られない。自国の協力、というより、クジャが自身の権力で、ハルモニカをどうこうするのは、魔眼所持者である、という魔術理論から不可能。



 付け加えて言うならば、ハルモニカは整纏せいてんさえ満足に使えないので、ソラリスの真偽官を突破するために、口裏を合わす、なんてこともできない。



「観光都市エルメルリア、か。観察のためにリンとはちょくちょく行ったが、三人で行くのは初めてだなー。へへへ。楽しみだぜ」

「遊びに行くんじゃないんだぞ、ヒョウ」

「大丈夫大丈夫。俺は遊びながら仕事も完璧にこなすタイプの男なんで」



 本当にそうだから困る。

 しかしここでこいつを否定せねば、組長代理としての威厳にかかわる。



「ヒョウ!!」

「おーこわ。でもさ、リンだってやるからには遊びたいよなー? 人生楽しまないと、産まされ損だもんなー」

「いやえっとその……」



 リンがあたふたとしながら、周囲に目をやる。



 リンにとってヒョウとは、義兄で上官で師である。



 そんなリンにとって、ヒョウの命令は絶対である。


 

 エルメルリアのロゼッタなどを見ていると、やりすぎな上下関係だと思うだろうが、実際ヒョウは、戦場ではいつもリンのことを考えているし、何よりリンの出来は、エルメルリアの天才マリオンを全ての分野で圧倒する。



 つまり、本人のげん通り、ヒョウという男は、やることはやっている男なのだった。



 チラチラと、リンが困った顔であたしのことを見上げてくる。

 


 やれやれ。



 あたしは、ため息一つ。



「やめろ、リンが困ってる」



 助け船を出すと、リンがホッと胸をなでおろした。

 しかし、ヒョウに睨みつけられると、すぐに両の手を後ろで組んで、背筋を正した。



「いい加減にしろヒョウ。大体お前も報告は聞いて知っているはずだ。エルメルリアの裏の顔を」



 エルメルリアは、クジャの息子であり副王ジャファルの元側近、ハンスが育て上げた街だが、さすがに最高級にきな臭い。



 我々の調べでは、あの街では一月に一人、多いときで三人、外から『連れてこられた』人間が消されている。



 調べ上げたわけじゃないが、ここまで情報が揃えば自然と絵は見える。



 恐らくハンスは、あの街で『ショー』を行っている。

 そしてそれは、ハンスの悪行の一角でしかないのだった。



「消されてるつっても、理央りおう鳶目とびめの調べじゃ剣闘士や借金苦のやつばかりって言うじゃないすか」

「だからどうした」

「腕で生きている人間が消されるのは自業自得。借金苦のやつは言うまでもないでしょ」

「ま、その通りだな」

「姉様……」

「ここで否定しないでこその姉さんだ。リンもよく見習えよー」

「しかし、危ない街には違いない。ハルモニカ様はそんな街のことを、美しく、優しい街だと思っているんだ。

 早く状況認識を改めさせないと、大変なことになる」


 

 そう。



 亡命させた方が、東尾にとっても、ハルモニカにとってもいいはずだ。



 しかし、その方法が見つからない。



 説得、すなわち、事情を話すのであれば、どうやってソラリス、その他の真偽官を突破するのか。



 突破しないのであれば、どうやって一万キロ以上ある海を渡るのか。



 どう考えても答えは闇の中。



 それでもだ。



「話が逸れたが、当面の目的はハルモニカ様への接触。接触が叶ったのち、ハルモニカ様には全ての事情をお話しする」



 惣さんの計画は、いつだって完璧だった。



 それでも負けた。



 白頭と敵対したこと。

 それが敗因の全てだが、本当にそれだけだろうか、という気がしてならない。



 あたし達は、東尾の誇り高き狼だ。

 だけどあたし達はそれが極まって、いつしかただの鬼になっていたのではあるまいか。



 ハルモニカの幸せは、あの子自身で決めること。

 

 

『そんなもの当たり前だろ』って、百人がいれば百人が言うことだろう。



 しかしあたし達は、そんなことさえ、理解していなかった。



「そして、ハルモニカ様があたし達と共に来る、という決断をして下さったならば」



 まずは、事情を知ってもらう。

 あたし達を知ってもらう。



 安全は、あたし達が必ず確保する、ということを知ってもらう。

 南尾に負けず劣らず、幸せになる道がある場所だということを、知ってもらう。



 ただしこの場合、ソラリス、その他の真偽官は突破できないという問題が残る。



 繰り言になるが、『だから』惣さんも、話し合い、という手を取らなかったのだから。

 惣さんが仮に鬼だったとしても、ただの鬼でないことは間違いない。惣さんは、鬼になるしか、なかったんだ。



 しかしそれがわかった上で、あたしは思う。



 ここから始めるべきだと。



 ここからが、始まりなんだと。



「我々を許すと、言っていただけるのであれば」



 これを通過して、初めて続きというものがある。

 これが――



「十狼刀決死組三番隊は今後、ハルモニカ様に忠誠を誓う!!」



 十狼刀決死組三番隊組長代理、エルシエ=有火の決断だ。



「りょーかーい」

「了解」



 二人が対照的でありながら、同じ返事をよこす。



 あたしは土の上で、風を踏む。

 あたしの身体が軽く浮く。



 それを何度も繰り返し、風の踏み心地を確かめる。



「私情を捨てろ。東尾の誇りを胸に抱け。しかし決して忘れるな。あの街は白頭だけじゃない。悪鬼がひしめいている」



 白頭こと、神と魔の力を併せ持つ男、ビュウ=フェナリス。


 史上最年少のS4魔術師、白亜のティアラナ。


 魔王唯一の直弟子で、ハルモニカの影姫カーヤ。

 

 妖顧の相を持つエルメルリア市長、ハンス。

 


 そして、数百キロ離れた場所からでも、圧倒的存在感を放ってくる、交鳥暦最強の魔術師にして、最高の魔導師。



 魔王クジャ=ロキフェラトゥ。



「「了解」」



 二人の声。

 重なる。


 

 よし!!

 


「展開する!!」



 足元の草。



 宙を舞う。



 それは音もなく匂いもなく。



 初めから風に流されたかのように、消えていく。



<東尾疾風禄 ~託していいか、三番隊の御旗をお前に~ 了>



 

  

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