東尾疾風禄 ~託していいか。三番隊の御旗をお前に~ 7
あれから数刻。
新月布に包まるようにして、あたし達は床についていた。
何も思いつかなかった。
とりあえず眠って、時計の針を進めて、何かが変わるのを、待つ。
最悪の上官だ。
これに当たったら、命を覚悟するしかない。
あれだけ惣さんの後を継ぎたい継ぎたいと言っておきながら、この体たらく。
風也。
お前の言動、行動は、いつだって正しい。
最期に声をかけた相手が、あたしじゃなかったことも、頷ける。
だけどだったら、何で、なんで、あたしを生かして、お前が死ぬような、そんな苦しい選択したんだよぉ……っ。
お前が生きて、あたしが死ねば、全部、全部……っ。
「姉様。姉様」
身体を揺すられる。
新月布をとって、顔を上げた。
「どうした……? リン」
声の震えを強引に押さえつけて、あたしは言った。
「姉様。兄様が」
振り返る。
そこにヒョウの姿はなかった。
相変わらず、陽の下で伸びる影のように、音もなく、匂いもない動きをする奴だ。
あのヒョウという男は、誰よりも調練に出ないくせに、誰よりも、東尾の動きをする。
そんなふざけた男なのだった。
しかし……。
「どうしてわかった? リン」
「え?」
「あたしでさえ、ヒョウが消えたことには気づけなかった。どうしてお前が気づけた、リン」
「あの……指輪を、ずっと見ていましたから。兄様がくれた、指輪を」
リンはヒョウの直弟子のようなところがあって、お互いの位置がわかる指輪を常に身に付けている。
なるほど。
リンも薄々『それを』感じていたということか。
何より、こんな状況で眠れるはずがない。
当たり前のことだ。
あたしだって、眠れないのだから。
本当嗤っちゃうな。
もう、嗤うことしか、できることなんて何もない……。
「追うぞ、リン。あたしが先行する。お前は方角を教えろ」
「はい、姉様!!」
あたしとリンは、飛脚法で跳躍し、枝の上に立った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
駆ける。
翔ける。
駈ける。
ふと、振り返る。
振り返った先にいるリンは、祈るような顔で指輪を見つめていた。
これ以上誰も失いたくない。
そんな顔だ。
正面。
見つめる。
あたしは今、どんな顔をしてるんだろうな。
鏡がないからわからない。
まさか、子供のリンにそんなことは聞けない。
ただ、今考えていることなら、わかる。
どうでもいい、だ。
何もかもが、どうでもいい。
眠たくて眠たくて、どうしようもないときのように、全てがどうでもいいと、そう考えてしまっている。
枝の上で、足を止めた。
リンが横に並ぶ。
「兄様!!」
リンが隣で、ヒョウのことを呼んだ。
ヒョウが振り返る。
手には、即席の小手を持っていた。
ここは、白頭とあたし達が、一戦交えた場所だった。
五十以上の死体があるが、野犬や野鳥が集まっている、ということもなかった。
魔術師の肉は犬も食わない。格言のまま、野犬や野鳥は魔術師の死体に手をつけない。変獣する可能性を本能的に恐れているからだ。
ちなみに生きている時も同上で、一流の魔術師は獣には好かれない、という格言もある。
魔術師に近づく獣は、バカな人間と、陽気な猫だけなのである。
あたしは思わず、舌打ちしていた。
ヒョウの行動は、百パーセント善行である。
しかし、だからどうした、という気がしてくる。
白々しいマネしやがって。
そんな気持ちが抑えられない。
わかってる。
これは多分、嫉妬だ。
あたしはいつもいつも、男共に、後れをとっている……。
跳躍し、土の上に足を下ろす。
リンが後に続いた。
リンが、あたしのことを心配するような目で、見上げてきている。
知ったことか。
バカなことを思っているとわかっていても、死幻にやられたように、そう思ってしまうのだった。
「ヒョウ。どういうつもりだ? 何故何も言わずに出て行った。何よりこの行動は、あまりに軽率すぎるぞ。我々がしたいと思っていること。それこそが、奴らが垂涎の思いで待っていることなんだ。まあ今回は、あいつらのバカさ加減に救われたようだがな。待ち伏せを食らっても、微塵もおかしくなかった」
ヒョウはジッとあたしのことを見つめてから、まだ穴を掘り始めた。
何なんだ、こいつ……っ。
あたしの言うことは、あたし程度の言うことは、聞けないってのか!!
「ヒョウ!!」
「間違ってなかったよな」
「あ?」
「南尾で怖いのは、魔王と近衛の獣だけだった。魔王の直弟子である影姫も、年の割にはできるが所詮はガキだ。例え神合薬を飲んでいなくても、俺たちの敵じゃなかったはずだ。間違いなく、副長なら秒殺できただろうよ」
「……」
「間違ってなかった。全部。ただ、白頭の強さだけが、誤算だった。大きすぎる、代償だった」
あたしは目を伏せ、視線を外した。
また穴を掘る音が聞こえる。
あたしは、軍人だから、この手の隠語というか、言葉の裏を読むことには慣れている。
だからわかった。
白頭はハルモニカについている。つまりここには来れない。白頭以外の南尾の軍人が来たところで、あんな『バカ』が親衛隊長やっているような軍だ。
リン一人でも十全に戦える。当然リンより上手のあたし達が負けるはずもない。
ヒョウはそう言いたいのである。
そしてもう一つ付け加えるなら、ヒョウはバカじゃない。
こんな、無意味に回り回った言い方をするような奴じゃない。
つまり……。
動揺しているということだ。
あの、ヒョウでさえも。
言葉にならないのだろう。
伝えなければならないことより、言いたいことが、大きすぎて……。
くそっ。
やっぱりあたしが悪者かよ!!
あたしは剣を抜いて、旋回させながら放った。頭上に。
落ちてくる、太い枝と剣。
二つを手に取る。
「お前一人で五十人分の墓は無理がある。あたしも手伝う。いいな? ヒョウ」
「あ、あたしも手伝います!! 兄様!! 姉様!!」
リンがあたしのマネして剣を放り、太めの枝を一本落とした。
リンは嬉しそうだった。
多分リンも『それが』したかったのだろう。
あたしは晴れない気持ちをぶつけるように、そこいらにある岩を斬り出した。




