最後は決めてね
「ふふふ」
軽やかな笑い声で、応えるティアラナ。
『別にいいよ』と、声音が語っていた。
こいつの声音は、罪も罰も包み込むような、そんなところがあった。
「後……さっきは……」
間が空いた。
マリオンが何を言いたいのか、恐らく全員が読めていた。
この場にいる全員の目が『頑張れ』と、そう語っている。
ロゼッタなんかは、唇を噛みながら見つめていて、完璧親の顔だ。
まあ実際親みたいなものなんだろうけど。
師弟ってのは、そういうものだし。
だが。
「マリオン」
マリオンが口を開く前に、ティアラナが言って、何か光る物を放った。
マリオンが危なげなくキャッチしたそれは、輪にジャラジャラと束ねた鍵だった。
「一流の魔術師なら、言葉でも、態度でもなく、対価で返さないとね」
「あ……」
「だから、これから二人に任務を申し渡します!! 二階の部屋を、ちゃんと寝れるように綺麗にしてくること!
まあ並んでるの服ばっかりだから、適当に廊下に並べてホコリ叩いてくれてたらいいから。
わかったら、ダッシュダッシュ!!」
ティアラナがその場で何度も膝を持ち上げる。
赤い顔をしていた。
照れくさかったのかもしれない。
子供みたいなその仕草と――
面と向かって、謝られることが。
バッ。
パミュが、マリオンの手の中の鍵を奪い取り、敬礼した。
マリオンは、そんなパミュを、呆れ顔で見上げている。
「わかりました!! 不肖ながらパミュ隊員が、その任務しかと果たしてみせます!!」
「ふふふ」
「ほら、行こ、マリオン!!」
言って、パミュが階段を駆け上がっていく。
マリオンは――
行くか行くまいか、やや迷ってから。
ニコニコ笑顔の、ティアラナを見て――
ティアラナが目を見開く。
そして、また笑った。
マリオンは、素早く一礼してから、逃げるように、パミュの後を追いかけていったのだった。
「白亜様」
声をかけてきたのは、セイレーンだった。
「申し訳ないですが、その任務とやらにはあたしも随行させてもらいますよ。親衛隊長なので」
「そうですね。見守って上げてください。二人とも子供ですから」
「後……」
セイレーンが、顔を赤く染め上げて、そっぽを向いた。
その顔は、女優かってぐらい、整っている。
顔とスタイルだけはいいんだよ。それだけは俺も認める。
「あ――」
「ティアラナさん」
そんな時、空気を読まず割って入ってきたのはロゼッタだった。
多分セイレーンの声がよく聞こえなかったんだろうな。
文字通り蚊の鳴くような声だったからよ。
俺が聞いたのも、セイレーンの声というより、唇の動きだった。
「ちょ、ちょっと待った!! あたし!! あたしが先に言うから!!」
セイレーンは赤くなっていた顔を更に真っ赤に染め上げて、二人の接近を両手で防ぐ。
二人から目を向けられ、セイレーンは逃げるように目を逸らし、プルプルと口を震わせて、目をつぶった。
「マスク」
「え?」
「マリオンが風邪引いてるんでしょ? だからマスクはあるのかって聞いてるんですよ。ハル……じゃなくて、あの子にうつされても、困りますからね!!」
唾が飛ぶほどの勢いで、セイレーンが言った。鼻息を荒くして、腕を組む。
クールな見目のまま、こいつはこういう言葉が苦手なようだ。
「ふふふ。あっちの棚の二番目の引き出し」
茶化すように笑って、客間を指差すティアラナ。セイレーンが、ガリガリと頭をかきながら、指された方向へと足を回す。
「あーと、こっちいいですか、ティアラナさん」
「あ、はいはい」
いつぞや自分でも言ってたけど、ほんと引く手数多だな、こいつは。
「えーとその、あたしも一応は魔術師ですので、もしかしたら、対価で返さないといけないのかもしれませんが――」
「ふふふ。あれはただの理由付けで、本気でそう思っていたわけじゃないんですよ?」
「ですよね!? あーっとその、そうじゃなくて、あの――
今日のこと、先程のこと、本当にありがとうございました。
本当なら、師でありあなたよりも年上のあたしが、あの子の面倒見ないといけないのに……そのいつも、あなたにばかり、背負わせて……」
一礼を終えた後も、ロゼッタはティアラナに旋毛を向けていた。
ティアラナを見つめる目。上目遣いだ。
前にも言ったが、ティアラナにはどこか、人を畏怖させる雰囲気がある。だから誰しもにティアラナ『さん』と呼ばれている。
そしてもう一つ。
ロゼッタが、ティアラナを面と向かって見られない、決定的な理由がある。
それは――
見鬼。
ティアラナは、人の心の一言一句を読み切れる、S4魔術師だ。
ティアラナが、含んだ笑みを作って、頭上を見上げた。
二階にいるあの二人を見ようとしているのか、あるいは、なにか、別のことを考えているのか……。
「可愛いですよね、あの二人」
「え……?」
ロゼッタにとってその言葉は意外なものだったようで、『思わず』と書いた顔で、ティアラナをまっすぐ見つめた。
ティアラナは今も、二階を、ロゼッタとは違う場所を、見つめたままだった。
「あの二人見てると、本当和みます。自分じゃあんな関係絶対作れませんから。もしも自分が同じことをされたら、逆に喧嘩してたんじゃないかなとさえ思います。
でもあの二人は、あたしにはないものを、たくさん持っている二人だから。だから――」
ティアラナが、改めてロゼッタに目を向ける。
そして、笑った。
「だから、背負うなんて、そんなことは、しませんよ。
だってもったいないじゃないですか。あんなにも、キラキラ輝いている二人を見ないのは」
相変わらず、笑顔こそ十八歳らしくピュアなのに、言っている言葉は十八歳とは思えないぐらい、気障でかつ年寄りくさい。
ロゼッタは、心を射抜かれたように、呆然としていた。
そして、笑いながら困った顔を見せ、また顔を伏せて、《《かしこまった》》上目遣いを向ける。
「……敵いません、あなたには」
「ふふふ」
ティアラナが受け流すように笑う。
そんなとき。
ドンドンドン。
と、階段を駆け下りてくる足音。
「ティアラナさん、ティアラナさん、大変です!! ティアラナさん!!」
「ティアラナさーん、お客さんへの事情説明とお見送り、終わりましたよー」
「うわー、涼しー。ボクもここで働きたかったですよー」
二階と、入り口の方から、声。
パミュとナギ、そしてコルピンの声だった。
居間で会した。
そして。
「お腹すきましたー」
「あー、腹減ったー」
「もうお腹ペコペコですよー。何か食べさせてくださいー」
重なった内容に驚いてか、二人とパミュが視線を合わせる。
ナギは、チラリとパミュを見て、全ての事情を察したような顔で『よっ』と、いつも通り片手を上げる。
パミュもまた、相手の優しさの全てを見抜いた上で『おいーっす』といつも通り片手を上げて返事を返した。
この二人の関係はいつもブレない。
兄妹さながらだ。
「ふふふ」
ティアラナが、いつものように清廉に笑って、意地汚い会話に華を咲かせた。
俺は――
見ているだけで、楽しかった。
当たり前だが、俺がいなくたって、エルメルリアは回っている。
こいつらの、日向みたいに和む関係は続いている。
多分これは、俺だけだと思うのだが、自分がいない場所で、こういう関係が続いているのを見ると、どことなくホッとする。
なんでだろうな?
自分がいない場所でも世界は綺麗だったということは、少なくともその世界は、自分の前だけにある虚構じゃなかった。
そう思いたいからなのか。
あるいは――
これならいつ消えてもいいなって、文字通り次元が違う生き物らしいことを、考えているからなのか。
「じゃあここからどうするかは、ビュウくんに決めてもらおうかな?」
いきなり話を振られ、全員から目を向けられる。
マリオンと、セイレーンも、遅ればせながら、二階から下りてきていた。
やれやれ。
なんつーか、陽キャに気を使われた陰キャ、みたいな感じで、よろしかないね。
ま、間違ってはいないんだけど。
笑って、俺は立ち上がった。
「そうだな」
そして。
俺は。
年も立場も、全てを忘れさせてくれる。
そんな、どこか、懐かしい場所へと向かって――
「それじゃあとりあえず――」
足を回したのだった。




