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八百年生きた俺が十代の女に恋をするのはやはり罪ですか?  作者: 松岡弓意
最終章 誰よりも大きなお帰りなさいを貴女へ
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それはこっちが聞きたいよ

 見ると、パミュの頭の上に、もう一つの頭が重なっている。 



 パミュが目を上向ける。

 パミュの頭にアゴを乗せていた女は、ニコニコ笑顔で返した。


 

 怖いぐらいの笑顔とパミュの苦笑が、ダルマ落としの円柱のように、上下に並んでいる。



「セ、セレン……」



 隠していた答案が見つかった時のような声音で、パミュが言った。



「やっほー、パミュ。随分と楽しそうね。こーんなにも可愛い格好までしちゃって!!」

「キャッ!!」



 パミュがカーテンの中からピョンと飛び出した。着地した後、守るようにお尻を押さえているところから、多分尻でも撫でられたのだろうと思われる。


  

 無礼にも、サザーランド第四王姫、パミュことハルモニカ=ロキフェラトゥのお尻を触った女が、姿を現す。



 武に携わらせるにはもったいないぐらいの体躯。

 しかし、武に携わっていなければ、このような体躯にはならなかっただろうと思わせる、黒タイツに包まれた長い足と、引き締まった体躯。



 第四王姫親衛隊長、セイレーン。



「さてっと」



 ポキポキと指を鳴らしながら、セイレーンがパミュに近づいていく。



「パミュ。これから何されるか、わかってる?」



 コメカミに十字路を浮かべたニコニコ笑顔で、セイレーンが言った。



「え、えーと……」



 視線をフラフラさせて迷った結果、パミュが片手を持ち上げた。



「おはようの挨拶……とか。いえーい」

「ふっ」



 セイレーンが、額に指先を置いて、苦笑する。

 そして……。



「何がいえーいよあんたは!! 出ていくなら出ていくって、あたしに声かけろって何度も何度も何度も言ってるでしょうがああ!! あんたにとったらすぐでも、こっちにしたらどれだけ時間かかると思ってんのよおおお!!」

「いたたたたた!! 痛い痛い痛い痛い!! それほんと痛いから~~!!」

 


 パミュのコメカミに拳を置いて、グリグリする、一昔前に流行ったグリグリ攻撃を護衛対象にかますセイレーン。



 膝を崩すパミュ。

 


 ついで、セイレーンが俺たちに目を向けてきた。



 マリオンが見鬼でセイレーンを見据えているが、まあ読み切れないだろうと思った。セイレーンは武の達人だが、最低限の魔術も習得している。

 つまり、ロゼッタ程度の整纏せいてんは使える、ということだ。



 ロゼッタは確かに一流の魔術師だが、マリオンの天才と同じで、あくまでもエルメルリアの中での話。



 セイレーンの天賦は、エルメルリアだけでなく、世界を相手取っても十二分に通用する。

 畑違いの魔術であっても、セイレーンを上回ることは、この街出身者の魔術師では誰もできまい。そしてそれが、俺達世界レベルで競える魔術師の、最低限だ。

 


 まあ一言で言うなら、才能の格が、マリオンやロゼッタとは違うのだった。


 

 マリオンの見鬼に気がつき、ニコリと笑うセイレーン。

 腰に手を当て、身体を半分に折った。マリオンに顔を近寄せる。



「こんにちわ、マリオン」

「……どうも。コホコホ」

「体調悪いんだー。あたー。のど飴の一つでも持ってくればよかったかなー」



 自分のお尻を触りながら、セイレーンが言った。セイレーンは腰に洒落た布を巻いていて、多分その下に、ポシェット的なものをつけているのだろう。



「いえ、喉は痛くないので」

「あ、そうなんだ。まあ可愛い声は健在だもんねー。うんうん。マリオンのだみ声は、あんまり聞きたくないかなー」

「……あの」

「あぁ、この手の腹の探り合いは、マリオンは嫌いだったかな。じゃあ単刀直入に聞くけど――マリオンは、どこまでこいつのこと知ってるの?」



 見鬼を発動させながら、セイレーンが言った。

 


 こいつ……。

 


 十三歳相手に、俺の友人相手に、見鬼を使って尋問する。



 殴ってもいいかもしれないなと、マジで思った。



 それでフェミニストと戦争になろうが、野蛮人と石を投げられようが、マリオンのためなら一向に構わん、俺は。



「……どこまでって」



 マリオンが答える。

 戸惑っているようだった。

 俺のコメカミがピクピクとひくつく。

 いきなり殴りはしないまでも、さすがに何か言ってやろうと思った、その時。



 マリオンの口が、声を発さず、ただ動く。



 読唇術を極めている俺と、見鬼で見つめているセイレーンにとっては、その動きだけで十分だっただろう。



 マリオン……。



「あ!! この声は! と思ったら、やっぱりー。お久しぶりねー、セイレーンさん」



 場の空気には似つかわしくないが、今一番ほしかった声音が、横手のキッチンからやってきた。



 見つめた先。



 三角巾にエプロン姿のティアラナがいた。

 手には皿を持ち、中には焼き立てのクッキーが詰め込まれている。



 隣にはロゼッタもいて、ややゲッソリした顔をしていた。

 こんな時にこう思うのも何だが、気持ちはわかる。

 苦手な奴にとって、料理ってのは実に苦であり面倒な作業なのである。とにかく神経が磨り減る。

 分量が超重要なお菓子作りなら尚更だろう。

 じゃあ買えばいいじゃんという気持ちを禁じ得ないのが、料理下手の性というもなのである。



「お久しぶりねーじゃありませんよ、白亜様!! 何なんですか、これは!!」



 バッと、チラシをティアラナに向けるセイレーン。

 ティアラナは、目を丸くして、皿の中へと視線を移した。



「いやー焼いておいたら、待っている間にみんなが食べるかなと思って」

「そっちじゃありません!! このチラシの内容のことです!!」



 目を三角にして、セイレーンが敬語でがなり立てる。

 ティアラナが、そんなセイレーンを見て、クスクスと笑った。



「まあまあセイレーンさん。お久しぶりの挨拶に、はいどうぞ」



 ティアラナが、怒るセイレーンの口に、クッキーを放り込む。



「そんなもので誤魔化されま……モグモグモグ」

「あ、いいなー。ティアラナさん!! あたしもあたしも!! あーん、あーん!!」

 


 餌を待つ金魚のように、パミュが大口開けて催促する。

 ティアラナは、クッキーを一口食べてから、それをパミュの口へと放り込んだ。

 一口かじったのは、毒味のためである。

 パミュはこう見えて、サザーランドの第四王姫なのである。 



「モグモグモグ……キュピーン!! おいしーい!!」



 ホッペタを支えながら、ワカメのようにユラユラ揺れるパミュ。

 相変わらずいいリアクションをするやつだ。

 それは性の境を超えてウケがいいようで、ティアラナは唇に手を当て、嬉しそうに笑った。



「美味しいのは認めますけど、それとこれとは話が別です、白亜様。このようなことをなさる時は、あたしに一報いただかなければ困ります。今だってあたしがその気なら、パミュは大変なことになっていたんですよ? わかっているんですか!?」」


「ほらー美味しいってセイレーンさんも言ってくれてるじゃないですかー。頑張ったかいがあったでしょ? ロゼッタさん」


「はぁまあそうかもしれませんけど――」


「あたしの話を聞いてくださいますかねぇ!!! 白亜様ー!!!」



 ティアラナの耳を引っ張って、セイレーンが直接言葉を流し込む。

 いっそ加害とさえ言っていい行為に、ティアラナが皿を持ち上げ、クラクラと震えた。

 いかにも危うい皿を、ロゼッタが支えて、俺たちの前に置く。



 俺はそれを、何とはなしにつかんで、口に入れた。



 うん、うま――



「ん?」



 視線を感じて、目を向けた。

 ロゼッタだった。

 目が合う。

 すると、ロゼッタが、ワタワタと慌てた。



「いや、違うんですよ? その……味の方はどうだったかなって……?」



 指と指を押し合いながら、ロゼッタが言った。

 その顔は真っ赤だ。



 いやまあ、気持ちはわかる。

 料理が下手な奴にとって、人に飯を食わすというのは一大行事だからな。俺だったら絶対ごめんだぜ。

 料理が得意なやつに言わせたら、レシピ通りに作って、味見もキチンとすればどうにかなるだろ(嘲笑)、ってな話なのだろうが、料理下手はズボラ以上に、味音痴だからな。味見したところで、他者の舌に合うかどうかはわからないものなのだ。

 だからまぁ――



「いやまあ、美味かったけど……」


 

 ホッとロゼッタが胸を撫でおろす。

 


 安堵してるところ悪いんだけど、俺も、極度の味音痴なんだよなー、これがさ。菓子なんて、砂糖たらふくぶっ込んどいてくれていれば、それで満足するところがある。

 他のやつがどう思っているかはちょっとわからんぞ。



 他のやつにも意見を求めようと、チラリとマリオンを見つめる。



 マリオンは、形がしっかりしたクッキーと、形が歪なクッキーを比べて、呆れ顔をしていた。



 なるほどー、そっから入っちゃいますか、マリオンは。

 相変わらず辛いな、お前は。

 ちょっと笑ってしまう。



 マリオンが、片方のクッキーを食べて、もう一方のクッキーも口に入れる。



 咀嚼する度、マリオンの唇が動く。

 


 俺はジッと、マリオンの唇の動きを眺めていた。桜色の唇に、お菓子のクズがついている。唇に何か塗っているのか、風邪を引いてるとは思えないほど、その唇はツヤツヤだった。

 


 ――当たり前だが、背伸びした子供の唇に、吸い込まれていたわけでは、断じてない。

 


 ただ、思い出していたのだ。

 先の、マリオンの、心の声を。



『そんなの……マリオンが聞きたいよ』



 ……か。


 

 見鬼で心を覗いたわけじゃない。



 俺は、唇の動きから、相手の言葉を読み切ってしまう癖があった。

 今ほど見鬼が鋭くなかった時代、魔術師の呪を、先読みするためについた癖だ。



 悪いな、マリオン。



 前にも謝ったのにな。



 またお前の心の声を、聞いちまったよ。



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