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得たもの失ったもの

 わけがわからん。

 絶対に俺は悪くない、はずだ。 

 もしかして、俺を困らせようとしてやってるんじゃあるまいな?

 女はいつでも、好きな時に泣けると聞いたことがあるぞ。

 思って、青空を見て現実逃避していた俺は、現実パミュへと視線を戻す。



「ひっく、えっく、ひっく……」


 

 現実は非常である……。



 いやマジで何なの、原因?

 謝るから、それだけでも教えてくんね?



「……はぁ」



 ため息ついでに突然だが、ここで一つおさらいさせてもらう。



『この世界の魔力とは、死者の情念である死念と、自分の感情、思念が混じり合ったものを指す』

 

『この論理は、魔力=感情という式が成立することを意味し、その論理が成立するならば、魔力をまとう=感情をさらけ出すという式もまた、成立するということになる』


『魔術師は、奇跡を起こせる術と引き換えに、自分の心の声を、声高らかに吹聴しているのと同義』


『それらの法則、式をねじ伏せるのが、魔術師としての格、技量というものであるのだが、見せぬように積み重ねた技量を突破するのもまた技量』



 これが、この世界の魔術の原理の一つ。

 


 ま、要するにだ。



 俺がその気になれば、こいつが考えていることなんて丸わかりってことだ。

 


 見鬼。

 魔術師の技法の一つ。死念が思念を喰らう時の動きから、相手の思考を読み切る技法。本来の用途は魔力の流れを読む技法であり、魔術師の心を読むのはその派生技である。

 


 パミュは一流の魔術師じゃない。見鬼を流す整纏せいてんはまず使えまい。仮に使えたとしても、魔術師歴八百年の俺の見鬼は、確実にパミュの整纏を射抜く。



 メソメソと泣くパミュ。

 俺はジッと見つめた。



『重要なのは、人の心を見透かすことではなく、人の心に寄り添うことではないでしょうか?』

『いいえ? ルビィ様が何となく知りたがっているような気がしたので、御提言させていただきました。

 必要ないと思うようでしたら、この場で忘れてください』

 


 女の声。

 この世のものとは思えないほど、透き通っていた。



 忘れらんねぇよと、俺は笑った。



 エメラルドグリーンの海に、膝までつけた。


 パミュと、人として、視線を合わせるためだ。


 つっても、パミュの身長もそこまで低くなくて、こうすると、俺の方がやや下になるけど、まあこの場合は、この方が好都合かもしれん。



 そして――

 


 両手を合わせて、犬を模す。

 それをパミュの顔近くまで持っていき――



「バウワウ!! バウワウ!!」



 パミュがハッと面を上げた。

 目尻にたまっていた涙が、エメラルドグリーンの海に、落ちた。


 

「やっと頭上げたか、お前は」

「……」

「何で泣いてるのかわかんねぇけど、辛いんだったら誰かに言えよ? 年頃の娘は、いつも笑ってなきゃいけないなんて、そんなルールはないんだからよ」

 


 膝を上げた。腰に手をつける。黒のスラックスはビショビショになっていたが、別段どうこう思うことはない。



「いけそうか? 結論から言って、無理しなくていいんだぞ? 人の字の一件にしたって、いざとなりゃ俺が一人で片付けてやるしさ。多分ぶっちゃけその方が早いからな」



 もっともその場合、観光案内してもらうこと、という依頼は失敗になるが――まあ、別にいいさ。

 金に困っているわけでもない。その気になれば、金なんぞいくらでも稼げる。

 


 異世界に来た時、俺にとって便利な能力は何一つなかった。しかし今の俺には、八百年を生き抜いた俺には、両手に余るほど、ある。



 代償としてなくしたのは、人の証明。食い扶持を稼ぐ分には、何ら重石にならない、楽な代償だ。



 尋ねると、パミュは顔をゴシゴシと吹いて、飛び切りの笑顔を見せた。

 両手で今度は、よくわからないものを模す。



「ヘビさん!! ギャオー!!」

「蛇はそんな泣き声しねぇだろうに」

「あはは、あははは……」


 

 蛇らしきものを模した両手で、人の腕に噛みつきながら、パミュが笑う。

 


 やはりどこか、意味深な笑顔だった。

 もしかしたら、ただただ幸せな女、という俺の見立ては、間違っていたのかもしれない。



 それでも、俺には関係のないことだった。

 


『代償としてなくしたのは、人の証明』



 この言葉の通りさ。



 人じゃない俺に関係することなんて、関係して『いい』ことなんて、この世界のどこにも、ありはしないのだから。



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