不穏
「へー。最後そんなことになってたんだー」
隣を歩くパミュが言った。最後というのは、自警団の夜勤の仕事の時の話ではない。前回の乱闘騒ぎ、唇争奪戦の話である。
こいつはかなり早い段階で逃亡していたらしく、あれがどのように収拾ついたのか、まるで知らないらしかった。
まあ考えてみればそりゃそうでもある。
あの乱闘騒ぎから、家に帰って犬連れて散歩しようと思ったら、かなり早い段階で逃げ出していないとおかしい。
そして、だとすれば、こいつは相当忙しなく、日常に戻っていった、ということでもある。
目を細め、隣にいるパミュを見据えた。
何か、おかしくないか?
ずっと違和感を感じていた。
どこからだ?
そう、それは多分――
『あ、うん。な、何でもない。あはは。心配――してくれたんだね。ビュウは本当に優しいな。優しくて……うらやましい』
『どうしてビュウを選んだんだと思う?』
『その答えが見つかったら、きっと今より幸せになれるよ。頑張れ頑張れー』
あの時はテンパっていて、スルーしちまった。
しかしよくよく考えるとこの台詞、そして、あの日の夜、出会ったパミュにしても、どこか。
『ふふふ。じゃあ、ビュウに対価を返して、ティアラナさんに次のお仕事の約束とりつけたところで、あたし達は行きますかね。ほら、行くよ。ピシャス。サクリファイス』
そうどこか、魔術師然と、していたような……。
「剣闘士さん達、可哀想……」
「なんでやねん!!」
かなり核心にまでたどり着いていたような気もするが、あまりと言えばあまりな発言に、俺の考えは明後日の方向にすっ飛んでしまった。
あるいは逃げていたのかもしれない。
知らぬが仏というではないか。
この日常がずっと続けばいいって、そう思っているのは、俺だって同じなんだ。
「なんでやねん!! なんでやねん!! なんでやねん!! えぇい、三回じゃ足らんわ! なんでやねん!! いいか、もう一回よく聞けよ? 俺はグーで殴りかかられてんだぞ? あんなアホらしい大会でだ。何か違和感とか感じんのかお前は」
「そんなのただの冗談じゃん」
「だからグーパン!! ちゃんと話聞いとんのかおどれは!」
「うるっさいなー。耳元でキャンキャンキャンキャン。野良のワンちゃんみたいに。本当にワンちゃんだったらまだ可愛いなーとか、飼いたいなーとか思ったりするけれど、ビュウじゃただうるさいだけなんだからね? 今後は自重するように」
「飼いたいなーってお前、でっかい犬飼ってるじゃねぇかよ。サクリファイスって名前だったっけ? まだ増やすつもりなのか?」
「え? あー飼ってはいるんだけど、ワンちゃん見てたら、また新しく飼いたいなーとか思ったりするの。ほら、あたしってば優しいから」
「ふーん……」
「あ、でもねー、本当は、猫ちゃんの方が好きなのーっ! 耳がねー、こうペタンってなってる猫ちゃんがいるんだけど、それがもうすっごい可愛いのーっ! ビュウってば見たことある!? その猫ちゃん!?」
「いやまあ……ないけど」
『むーっ!! そんなことないもん!! サクリファイスは、あたしの子供の頃からの友達なんだからね! あたしに危機があったら、身を挺して護ってくれるもん!! ねー』
「コチョコチョコチョコチョー」
「え? ちょ、あはは、ちょ、おいやめっ」
いきなり脇をくすぐられ、身をよじってから、距離をとる。
パミュはって言うと、くすぐられたわけでもないのに笑っていて、俺から逃げるように一人駆けてから、振り返った。
「ほらー。早く行かないと、置いていくよー」
そう言ってまた駆けていく。
放って置くと、俺の視界から消えそうだったので、俺も慌てて追いかけた。
その時。
振り返った。
柏手を打つ。
視線の先。
梢が指す先を目指すように、白い鳥が幾羽も飛び立っていった。
気のせい……か。
胸騒ぎがした。
背中で感じた気配にではなく、さきさきと先に進んでいる、パミュに対して。
俺は急いで、パミュの後を追いかけた。




