二人並んでー
「お前らこそ何してんだ? こんな時間に。子供が出ていい時間じゃねぇぞ」
「大丈夫大丈夫。いざとなったら、サクリファイスが護ってくれるもん」
「サクリファイスが、ねー」
紐に繋がれたサクリファイスを見る。サクリファイスは、例によってハァハァ言うばかりだ。
まあ犬ってのはこういうものだと言われれば確かにそうで、またこれで結構高級そうな犬でもあった。
「でかい以外取柄なさそうなんだけどねー」
「むーっ!! そんなことないもん!! サクリファイスは、あたしの子供の頃からの友達なんだからね! あたしに危機があったら、身を挺して護ってくれるもん!! ねー」
サクリファイスに抱き着きながらパミュが言った。しかし、サクリファイスの態度は変わらなかった。想いが伝わっているとは、とてもじゃないが思えない。
「で、そのでっかい犬と執事を連れて、お前らはどこに何を撮りに行くつもりなんだよ」
「星ですよ」
代わりに答えたのは、ピシャスだった。
「星?」
「今日は月食ですからね。星がいつも以上によく映える」
「あー」
気づかなかったな。野良の時と違って、空を見る機会が減ってるから。
ズズズ……。
隣でティアラナが、音を立てながら紅茶を啜っている。
何だ? こいつ……。
「で、星を撮りにどこまで行くつもりだ?」
「ルリアシーク」
「こんな時間だ。門はどこも閉まってるよ」
エルメルリアの西にそびえ立つ山、ルリアシークに繋がる道は二つあるが、どちらも鉄柵と私兵によって護られている。
正論言ったはずだが、パミュとピシャスは、お互い口を隠すようにして、笑った。
「何がおかしい」
「だって……ビュウがおかしなこと言うんだもーん」
「多分知らないのだろうと思うのであえて言いますが、ルリアシークの門を固めるのは自警団ではありません。ルリアシークに住む富豪が私財を出して建設した傭兵党の人間です」
「そんなことは知っている」
「お嬢様のお父様が、そのうちの一人なのですよ。ちなみに出資率も町長を抜いて一位です」
「え……」
「故に、ルリアシークに入るのも容易、ということです」
口元に手を当てて思案した。
パミュが金持ちであることは知っていた。なにせメイドや執事がいるぐらいだからな。ただルリアシークに住む金持ちだとは知らなかっただけだ。だからこそおかしい。
星を撮るためにルリアシークに登るといい、実家はルリアシーク。ならばどうしてここまで下りてきたのか?
答えは簡単だった。犬の散歩のためだ。しかし例によって引っかかるな。こいつの言動や行動はいつもどこかが引っかかる。
不思議に思ったその答えが、そのために置かれたような、そんな気がするからだろう。
「あ、そうだ。ティアラナさん。一つ依頼したいことあるんですけど、いいですか?」
一人静々と紅茶を飲んでいたティアラナが、紫暗の瞳をパミュへと向けた。
「内容によりけりかなー。あたしは清流派魔術師だから」
「これ。なんだかわかりますか?」
パミュが豊満な自分の胸、もとい、首から下げた念写機を、両手の指で指す。
「念写機でしょ? 魔力と神意を紙に念写する道具。昔は魔女狩り目的に使われてたけれど、今では景色や人を記録するために用いられている」
「そうです。だから、魔力や神意の放出が弱いものを撮ると、ぼやけてしまう」
「珍しいな、パミュ」
「え?」
「お前がそんなこと知ってるなんてよ」
「珍しい、じゃなくて、ビュウがあたしのこと知らなすぎるんだよ。また一つ、あたしのことに詳しくなったね」
「……」
「で、ティアラナさん。本題なんですが、ちょっと試し撮りさせてほしいんですよ。最新モデルだから、多分綺麗に撮れているとは思うんですけど。対価はいつものように、何かあったらお仕事を手伝うという方向で」
「なるほど。つまりかこつけで、本命は魔術案件のお手伝いがしたい、ってことかな?」
「えへへー。さっすがティアラナさん。ビュウとは違うなー。バレバレ?」
チロリと舌を出して、パミュが言った。
やや顎を引いて、上目遣いになるようにしている。
「でもそれなら、ビュウくんを撮った方がいいと思うよ。こう言ったらなんだけど、ビュウくんは魔力量が低いから。試し撮りには丁度いいと思うな。仕事の方はまあ、パミュちゃんにあったの見つけたら、伝書で教えるし」
「なるほど。では、二人セットということでどうでしょう」
「「え?」」
二人して顔を見合わせた。
ティアラナの唇が恥ずかしそうに尖っている。
多分俺もそうだった。
「はーい。じゃあもっと詰めてください、二人ともー。このままじゃ入りませんよ入りませんよー」
右肩上がりに調子こいてきたパミュが言った。
俺はできる限りティアラナを見ないようにしながら、尻を少し横に動かした。
ピトリ。
肩が当たった。
二の腕も。
「いいよいいよー。じゃあ今度は腕を組んでみましょうかー」
おいおいおいおい。
思っていると――
腕が、抱かれた。
「え……」
ティアラナを見つめた。
ティアラナは、俺の腕を抱きながら、やはりそっぽを向いたままだった。
「だって……依頼だし?」
唇を尖らせながら、ティアラナが言う。
心臓が早鐘のように鳴っている。
俺もまた、視線を逸らした。
「ちょっとちょっとー。二人ともー。ダメですよー? ニッコリしなきゃー。ニーって。はい、笑って笑ってー」
こいつマジで鰻登りに調子こいてるな……。
ティアラナを見つめる。
ティアラナも俺を見つめていた。
さすがにこれはやらねぇよな? 俺達ってそういうキャラじゃねぇし。
目で同意を促した。
しかしティアラナは、より強く、俺の腕を引いてから、はにかんだ、年相応の笑顔を、俺に向けてくるのだった。
おいおいおいおい。却下はなしってことですか?
動揺している俺を見もせずに、ティアラナが、念写機に向かってピースサインを向ける。
「はーい。後はビュウだけですよー。ここで我慢しても損するだけですよー。その無意味なかっこつけの殻を、今こそ打ち破りましょー」
こいつら……っ。
勘弁してほしいぜ。俺はこういうおままごとみたいな展開は嫌いなんだよ。背中がかゆくなってくるじゃないか。
しかしこういうのは、時間が経てば経つほどやりづらくなり、しかも決して回避することはできない場合が多い。
――あーもう! こうなったらやけくそだ。どうとでもなれ!
俺はピースサインを作って、歯は見せず、口端だけ横に伸ばした笑顔をパミュに向けた。多分目は笑っていない。
パミュが念写機を構えたまま笑っている。ティアラナも、そんな俺に目を向けて、クスクスと笑った。
笑う度に身体が揺れて、抱かれた手に色々なものが当たる。
くそ。何で俺がこんなわけわからん展開で、マウントとられにゃいかんのだ。
火を噴きそうなほど、顔が熱い。
「はーい。それじゃあいきますよー。一二の三、はいチーズでいきますからねー」
またティアラナと目を合わせる。
今度はティアラナが、ちゃんと笑ってよねと、同意を促す目を向けてくる。
却下する術を、俺は持っていなかった。
「それじゃあいきますよー。一二の三。はい、チーズ」
光がたかれる。
念写機から出てきた紙を、パミュがパタパタと振っていた。
やっと終わったか。
今一番の気持ちはそれである。
胸に手を置いて、高鳴る心臓の鼓動を鎮めた。
そんな俺の前に、紙が向けられた。
見上げると、パミュが念写した紙を俺に向けていた。
「はい。ビュウにこれ。あげる」
「え? 俺? ティアラナじゃなくて?」
「うん。前に、あたしのこと心配して探しに来てくれたでしょ? そのお礼。綺麗に撮れてるでしょ?」
「あ……まあ、そうだな」
納得して、受け取った。
改めて見ると、確かにいい一枚だった。
正直嬉しい……ん?
横を見る。
覗き込むようにして見ていたティアラナが、目を背けた。
くわえるようにして、指を下唇にあてている。
俺の視線に気がつくと、プイと、ティアラナが視線をそらした。
「ふふふ。じゃあ、ビュウに対価を返して、ティアラナさんに次のお仕事の約束とりつけたところで、あたし達は行きますかね。ほら、行くよ。ピシャス。サクリファイス」
そして、二人と一匹は去っていった。
「どうするの? それ」




