ロゼッタさんの日常 ~大晦日でもやはりこの狼は小生意気で~
「ダムライト石が五十三、飛竜の角が十八ー」
「ロゼッタ、何やってるの?」
魔導師ギルドに貯蔵している、品数チェックをしていた時、背中から声をかけてきたものがいた。
この小生意気な狼の声は、蜂蜜でも溶かしてるんじゃないかってぐらい甘いので、話しかけられるとすぐにわかってしまう。
「何って、品数チェック。もう年末だからね。いまのうちにやっておかないと」
「へー、副支部長ともなると大変なんだー」
「そういうことよ」
言って、あたしは品数チェックの続きを続ける。
ジ~~~~~~~~~~~~~~~~~。
その間、感じ続けるのは、後ろからあたしを見つめる、マリオンの視線。
ああもう、鬱陶しい!!
「いや、えっと、なに?」
「え、見てるだけ」
口の前で指先を広げながら、マリオンが笑う。
ロリコンから見ると、マリオンのこの仕草一つとってみても可愛いいらしいが、あたしからすれば、心底腹立たしい。掌で笑顔を隠す気があるのなら、指先を広げるなって話だ。と言うか元々こいつには、隠す気がないのだ。
相手を小バカにするのが趣味のような娘である。相手を小バカにするときは、嘲笑を見せねばなるまいという気持ちが、マリオンの小さく綺麗な指先を、広げさせているに違いなかった。
こいつのこの性根を治すには、ブッ叩くしかないと思っていて、あたしも誰かを傷つけているのを見かけた時には、本気でぶん殴ってもいるのだが、こいつのこの性根は半年経っても治らない。
筋金入りの小生意気。それがこのマリオンという狼なのだった。当たり前だが、誉めてはいない。一ミリたりとも。
「あのっさー、鬱陶しいから、見てるだけなら、どっか別のとこ行ってくれない?」
「え、やだ」
相変わらずニヤニヤ笑いながら、マリオンが言う。
この狼だきゃあほんと……っ。
「じゃあちょっとは手伝ってよ。それぐらいしてくれたっていいでしょ?」
「えー」
「えーじゃない。師匠命令」
「でもでも、マリオン未成年だしー。残業するの、禁止されてるしー」
ほっぺを両手で押さえながら、頭を振るマリオン。後ろでマリオンの蒼い尻尾がフサフサと揺れていた。
可愛い。なんて思うわけない。マジで腹立つこいつ。
どうして一年も終わろうかという時に、こんな腹立たしい思いをしなくちゃならないのか。
ただまあマリオンが言っているのは、正論でもある。マリオンは、ドラゴンルーラーの制服に身を通しているとは言っても、十三歳である。
十三歳で、A級魔術師。これはすごいかすごくないかで言うと、すごい。あたしもA級魔術師になったのは十五の時だったけれど、この二年の違いが結構でかい。
A級魔術師というのは、一人で仕事を任せられるレベル、ということなのだが、同時に十五歳以下に一人で仕事をさせてはならない、という規約もあって、マリオンはプロと半人前の二足の草鞋を履いている。その二足の草鞋を小狡く利用してくるのが、この狼のやり口なのだ。
そういうのもあって、マリオンにはサー残はもちろん、残業自体がない。させてはならないのだ。ドラゴンルーラーの制服を着ている限り。
「しょうがないなー」
「え?」
マリオンが横に置いていたジャケットを、羽織り、あたしの横に立つ。
「ちょっとだけだよ?」
え~~~~~~~~~~!!
今日は落雷、いや、隕石でも降ってくるのではなかろうか!!
あのマリオンが、誰かに手を差し伸べるだなんて!!
いや待て待て。すぐに信じるなあたし。この小生意気な狼を。どこかに罠があるのかもしれない。考えろ。考えるんだ……っ。
はっ!!
まさか、ここで手伝うことによって、あたしに無理矢理サー残させられました、みたいなオチをつけるつもりか。
ありうる。
年末に、そんな酷い仕打ち、ありえない。なんて誰しもが思う。あたしだってそう思う。しかしあたし。いい加減気づけよ。
あたしは何度、この蒼い狼に苦しめられてきたのか? 一度や二度じゃないはずだぞ? この蒼い狼は、何の得もなしに、人に手を差し伸べるような、そんな娘ではないのである。
「あんたさー」
「なに?」
「もしものことがあるから、一応制服着替えてきてくれない? それだったら手伝いで逃げられるし」
「おばあちゃんはそんなことで怒るようなタイプじゃないじゃん。何よりマリオン今、コート着てるし」
「いや、そうだけど」
「え、なに? もしかしてマリオンのこと疑ってるの? 手伝ってほしいって言っておいて」
マリオンが目を半目にして睨んでくる。それでも可愛いのがさすがマリオンと言ったところ。背中の尻尾が、時を刻むかのように、ふっさふっさと揺れている。
あたしはちょっと、気圧された。こいつに嫌われるのは、別にいい。むしろさっさと違う師匠を見つけてくださいと、心の底から思っている。
しかしこれは、そういう問題ではないだろう。
手伝ってくれと言ったのは、あたしだ。マリオンはそれを受け入れてくれた。
それで疑うのは、あまりにも失礼というものではないか。それにここの支部長は、そういうので怒るタイプではない、というのもまた、正しい。
あたしは頭を振った。最低だ、あたしは。マリオンの好意を素直に受け止められなかった。この子は狼だが、悪魔ではない。
ちゃんとした人間なのだ。人、ましてや自分の弟子――マリオンの態度から信じられないと思うかもだが、マジでそうだ――を信じられないなんて、大人失格だな、あたしは。
「じゃあその……手伝ってくれる?」
「くださいは?」
このガキ~~~~~~~~~!!
「く……ください」
「しょうがないなー。どこまで数えてるの? どこから数えたらいい?」
マリオンが嬉しそうに尻尾をパタパタと振っている。
腹立つが、言えた。あたしは言ったぞ!! お母さん、見てる!! って、いやいや、何か目的が違っている気もするが。
しかしまあ、これで仕事も早く終わりそう……かな?
それから三時間後。
「ふー、これで最後、かなー」
「ありがとう、マリオン。おかげ様で、日をまたぐ前に終われたわ」
「いえいえ、どういたしまして!!」
尻尾を振りながら、笑顔で言うマリオン。
何だこいつ。
メチャクチャいい子じゃないか。
今の今まで、あたしはこの子の何を見てたんだ。あたしのバカ。
謝ろう。マリオンに。口にこそ出していないが、あたしは今日心の中で、どれだけマリオンのことを罵倒したことだろう。
その全てをとまでは言わないが、少なからず、謝ってしかるべきだろう、これは。
そう思って、マリオンに目を向ける。
マリオンはジッと、あたしのことを見つめていた。相変わらず、蒼い尻尾が背中で揺れている。
「いや、えっとその……」
ゴメン。そう言える空気じゃなかった。というのも、こいつの目は、明らかに何か、形あるものを期待しているように見えたからだ。
余談だが、あたし達清流派魔術師には、世の中のバランスを壊さぬよう、与えられたものには、相応の対価で返せ、というルールがある。
あたしもマリオンもその清流派魔術師であり、あたしはそのマリオンの師だ。というか、これだけ手伝ってくれたのに、タダで帰す、というのも、大人としてダメなのではあるまいか。
今ふと、そう思った。
「ご、ご飯でも、おごろっか?」
「いや、そんな、いいよー。申し訳ないしー。それ目当てだと思われたら、嫌だしー」
「そ、そっか。じゃあ……」
嫌な予感をこれでもかと感じていたあたしは、そそくさとその場を去ろうとしたのだが――
ガシ。
マリオンに、袖をつかまれた。
ゾッと、肌を粟立たせながら、あたしは振り返った。
「えっと、なに?」
「でもでも、マリオンお腹すいちゃったから、マリオンの家で一緒にご飯食べない?」
え~~~~~~~~~~!!
まさかの誘いすぎる!! あたしはラブコメ漫画の主人公かよ!! 嬉しくはないが、驚きしかない!!
そしてまあ、この程度の誘いなら、まあいっか、いや、むしろ行ってみたいかも、とさえ思える。
やっぱ、幾つになっても、人の部屋に入るのって、ドキドキワクワクするもんじゃん? しかもこいつはあたしの弟子とは言っても、結構謎なところも多いのよねー。
言っても、まだ半年程度の付き合いでしかないし。
「いやじゃあまあえっと……呼ばれよ……っかな?」
「やった~~~~~~!!」
マリオンがまた、口元で指先を広げ、笑う。
なんだこいつ。メチャクチャ可愛いじゃないか。バカだなあたしは。こんなにも可愛い弟子のことを、ずっと誤解して。
頭を押さえ、頭を振った。
来年からは、こいつの見方を少し変えよう。そう思って。
「どうぞー」
マリオンがあたしを部屋に案内して言った。さっきも言ったが、あたしは人の部屋に呼ばれるのが結構好きだ。
だから、ちょっとドキドキワクワクしながら入ったのだが――
「あんた……この部屋」
「え、なに?」
あたしの目の前に広がった部屋は、もう何と言うか、男子が抱く、女子の幻想を全てぶち壊すような、とんでもなく汚い部屋であった。
「あんたねー、年末だってのに、何なのよこの部屋。ってか、え? よくこれで人を招こうだなんて考えられたわね――はっ!!」
あたしはふと気が付いてしまった。
まさか、この狼の狙いは――
マリオンは、嬉しそうに笑いながら、握り拳をあごの下に添えている。
「そうなの。マリオンも何回か挑戦したんだけど、どうも気持ちが前に向かないんだよねー。でもでも、マリオンも新年は綺麗な部屋で過ごしたいから――掃除手伝ってくれない?」
「……」
はぁ。
大きなため息を零した。
それとこれとは話は別だろうと叩き切ることもできなくはないが、マリオンの要求している対価は、まあまあ正当性があるかな、とも思える。
何よりまあ、弟子に、新年ぐらい気持ちのいい部屋で過ごさせてやりたいとも、あたしは思っているのだった。
マリオンには、親がいないしね。
「しゃあないなー」
「やったー!! 二人でやれば、きっとすぐに終わるよね!!」
「すぐに終わっても、年末にはまた汚れてそうだわ」
「うーん。その未来もありうるかなー」
「ありうるかなーじゃなくて、そうならないように、毎日ちょっとずつ――」
「あ、じゃあじゃあ、年末もロゼッタがマリオンの部屋に来ればいいんじゃん?」
「はぁ?」
「あ、でもでも、どうせだったらマリオン初日の出とか見たいなー。ついでにバカパミュも呼んであげようかなー」
一人で勝手に話を進めるマリオン。そんなマリオンを見て、あたしは苦笑してしまった。
まああたしも特に大晦日に用事があるわけでもなし?
相手が小生意気な狼というのは不本意だが、スケジュール表の最後ぐらいは、赤い丸で印つけて、終わりたいってのもある。
「あ、ていうか、ロゼッタ大晦日に用事は――」
「ああ、あたしは特に――」
「あ、ゴメンゴメン。聞くまでもなかった。あるわけないよねー。だってロゼッタだもん」
「……」
まあ本っ当に!!
小生意気な狼だけどね、こいつは!!
《ロゼッタさんの日常 ~大晦日でもやはりこの狼は小生意気~ 了》




