ティアラナさんの日常 ~エルメルリアで過ごすクリスマスは~
「ティアラナさんティアラナさん!!」
バタン!!
例によって乱雑に、パミュちゃんが、ギルドフルーレの扉を開ける。この子はもうちょっと静かに扉を開けれないものかと、あたしは少しコメカミをぴくつかせた。
それでも笑顔で振り返り、パミュちゃんを見た。今は冬。十二月である。いつもはラフなパミュちゃんの格好も、この季節ばかりは、長袖、長ズボンになっている。それにガッカリする街の男性を見て、パミュちゃんはクスクスと、嬉しそうに笑うのだった。
「あれ? ティアラナさん。それ、何をしているんですか?」
目を丸くしながら、パミュちゃんが言う。それとはつまり、あたしが今現在、部屋の中に飾っている、木のことだろう。
もちろんただの木ではなく、雪を思わせる紙や神性を宿す鈴など、様々な飾りつけをしてあった。
「んー? これはねー、クリスマスツリーって言うのよ、パミュちゃん」
「へー、クリスマス……」
「北頭の神様と呼ばれてた人が亡くなった日なんだけどね。まあどういうわけか、お祭りの日になっちゃってね」
「ティアラナさんって、北頭出身なんですか?」
「んー?」
目を上向ける。特に隠す意味もないのだが、あまり自分を語るのは好きではなかった。だから、しばらく考えた後、あたしは言った。
「内緒」
「むーっ」
パミュちゃんが頬を膨らまして、怒る。それを見て、あたしは笑った。
クリスマスの日、眠って起きると、欲しいものが手に入るという。自分が欲しいものは何だろうかと考える。
綺麗なものを見たくて家を飛び出した。世界にはもっともっと、素的なモノがあるはずだと。実際それは数多あった。
東尾の近隣の島のオーロラや、爪島の森の中にある、神性を感じさせる滝。北翼の砂漠には圧倒されたし、古の建造物などを見ると『昔の人はどうしてこんなものを建てたのだろう』と心が躍った。
色々なものを見た。あらゆる土地で、名産の食べ物も食べた。十五から十八というのは、女が一番自分を高く売れる時代らしいが、自分の一生に悔いはなかった。
しかし、やっぱり自分も女だからか、十八になってようやっと、恋、というものをしたくなった。
素敵なものを見るのは、今も好きだ。魔術事件なんかも、合理的ではなく、ついついひねった方法をとってしまう。
だってその方が、おとぎ話みたいな、光った世界を、見せてくれるような気がするから。
けれど今は、素敵なものより――素敵な人と、出会いたい。なんて、十八でこんなこと言ったらきついかな、なんてことを、考えてしまうのだった。
「ティアラナさんは、何か欲しいものとか、あったりするんですか?」
「呪を語れる人、かな」
思わずポロリと、本音が口に出る。
「呪を語れる人、ですか……」
パミュちゃんがつぶやく。
あたしと呪を語れる人は、そうはいない。自画自賛かと思われるかもしれないが、事実だ。あたしの見鬼は人の心を見透かしてしまう。九情ではない。一言一句、正確にわかってしまうのだ。あたしの前で、欲望を隠して立てる魔術師は、そうはいない。だから誰も立たない。皆、あたしのことが、恐いのだ。
あるいはクジャ国王陛下ならとも思うが、性格が合わなすぎるし、籠の中に閉じ込められるのはゴメンだった。
あたしは、自由な鳥のままでいたいのだ。
それで、呪まで語りたいと思うのは、やはり贅沢にすぎる、ということか。
十二月二十四日。
夜の海を一人で見つめる。また一人かと思う。でもまあ、しょうがないか、とも思う。椅子の上に座りながら、うんと、手と足を伸ばした。
「お酒でも飲んで、とっとと寝ようかなー」
本当はお酒は好きではない。子供舌のようで、ジュースの方が好きなのだ。それでも、早く眠りたいと思うなら、やっぱりお酒の方がいいだろう。
男のような独り言を言いながら、立ち上がる。その時。
ガンガン。
扉を叩く音がした。
誰だろう? 思いながら「はーい」と、声を上げた。
「ティアラナさーん!! あたしです!! パミュです!!」
目を丸くした。どうして突然。夜も遅いというのに。立ち上がって、扉を開く。そこにいたのは、確かにパミュちゃんだった。肩から重そうな鞄を下げている。
「えーっと、どうしたの? パミュちゃん」
「呪を語りに来ました!!」
「え?」
「えへへー、任せてください、ティアラナさん!! この不肖パミュが、ティアラナさんの願いを叶えるため、たっくさん勉強してきましたから!! 今のあたしなら、どんな話でもついていけますよー!! とんどこいです!!」
瞬きした。
そして思わず、笑った。
素敵だなと思う。どんな景色よりも、この子の行動は光って見える。幸せの青い鳥という話があるけれど、同じことなのかもしれない。
本当に素敵なものは、世界にではなく、日常そのものに、あったのかも。
貴女を見ていると、少し、自分の行動や、自分の考えが、ぐらついちゃうな。
「お母さんには言ってきた?」
「大丈夫です!! ちゃんとその――大丈夫なように、してきましたから!!」
「ふふふ。まあいいか。でもパミュちゃんが来るんだったら、もっと色々考えておくんだったなー。とりあえず、ジュースでいいよね、パミュちゃんも」
「はい!! じゃあじゃあ、ティアラナさん!! 何でも語ってくれていいですよ!? あたし、いーっぱい覚えてきましたから!!」
パミュちゃんの盛り上がっている声を背中で聞きながら、あたしは氷庫の扉を開き、ジュースを二つ取り出した。
冷えたジュースの一つを、ピトリとパミュちゃんのほっぺに押し当てた。
「うひゃあ!!」
パミュちゃんが飛び跳ねる。
「あたしと呪を語るには、パミュちゃんじゃ百年早いかなー。はい、どう――」
「え?」
パミュちゃんがシュンとした、申し訳なさそうな顔を作る。
どうしたのかと、あたしは小首を傾げる。
「じゃあじゃあ、ティアラナさんのお願いは、叶わなかったですか?」
少し目を開いてから、笑った。
自然と笑顔になっていた。
「ううん。そんなことない。叶ったよ」
「本当ですか?」
「ほんと。今日は誰かと、いたかったからね」
パミュちゃんがジッと、あたしのことを見つめる。
見鬼も使えないだろうってことはわかっていても、そうやって見つめられると、どうしても整纏を強固にしてしまう。
それにパミュちゃんは――
しばらく間を置いて、パミュちゃんが笑った。
「……えへへー。じゃあ、よかった!!」
――妙に鋭いところ、あるからね。
それから。
ご飯を食べて。
話をして。
外に出て、マジックアイテムである、火花が走る棒を、パミュちゃんがそこいらで振るう。振り返って笑うパミュちゃんを見て、あたしもまた、笑った。
家に帰り、パミュちゃんが一人眠りにつく。
あたしは客室に置いていた毛布をパミュちゃんにかけて、明かりを消す。
そしてあたしは――
『パミュちゃんは何が欲しいの?』
『あたしはねー、猫ちゃんが欲しい―!!』
『え、猫!?』
『そう、猫!! あの、耳がペタンってなってる猫が、すっごい可愛いのー!? 知ってますか、ティアラナさん!!』
『うーん、知ってるかどうかはともかく、生き物かー。ってよく考えたらあたしも人か』
『えへへー。あたし猫ちゃんが一杯載ってる写真集持ってるので、今度それ見せてあげますね?』
「ある程度作っておいてよかった」
波の音。
寄せては引いてを繰り返す。
窓を見ると、朝日が昇っていた。
うんと伸びをする。
道具もそのままに、一階の居間にまで足を運んだ。
パミュちゃんは今も毛布を被って眠っていた。それを見て、またあたしは笑う。
「ありがとね、パミュちゃん。素敵なメリークリスマスを」
波の音。
寄せては引いた。
パミュちゃんの寝息が、その所々に挟まれる。
そんなパミュちゃんを見つめるように、猫のぬいぐるみを置いた。もちろん、耳はペタンとさせておいた。
起きたらどんな反応をするのかな、なんて、考えると、あたしはついつい、笑ってしまうのだった。
《エルメルリアで過ごすクリスマスは 了》




