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君の願い事、俺の願い事

 恥ずかしさで、頬が震える。

 いや本当にそうか?

 止めてくれて、嬉しかったんじゃないのか?

 


 考えたくなくて、俺はその考えを、忘れることにした。



 パミュは両手でメガホンを作り、上体を曲げていた。

 その笑顔は、一片の闇も感じさせないほどの、光。



「願い事ーっ」

「え?」

「願い事あったのに、書くの忘れてたー」

「あー」



 そういやそういう主旨だっけ?

 こっちも完全に忘れてたよ。



「だから、ここで言うことにするーっ」

「えっ」

「あのね!!」

「いやちょっと待っ――」



 人の願い事なんて、おいそれと聞いてしまっていいものなのか? 

 ってか、こんなところでぶちまけていいものなのか?

 お前は乙女なんちゃうんかい?

 


 様々な気持ちが錯綜して、俺は慌てた。 

 


 慌てた甲斐あってか、パミュは唇を閉じていた。

 地面をジッと見つめている。

 夜でもわかるほどの赤い顔で。 



 照れくさそうな、顔で。

 嬉しそうな、顔で。

 


 幸せそうな、顔で…… 



 パミュが顔を向けてくる。



 俺は――



 正直やや失礼な話かもだが、俺は、こいつの表情は、全部コンプリートしていた気がしていた。

 出会って一日、というか、半日しか経っていないにもかかわらずだ。

 だってお前って、表情コロコロ変えるんだもんよ。今の一瞬でも三つは見たぜ?



 でもさ。

 まだあったんだなって、そう思ったよ。

 こんな顔もできるんだなって、そう思ったよ。



 俺の中の、パミュって額縁に入れておくのに、丁度いい。



 パミュは――



 今日一番の、女の子らしい顔で、笑っていた。


 

「あのね!! さっき、家まで送るって言ってくれたでしょ?」

「え? あ、うん……」

「あれね? 本当はちょっと、嬉しかった!」

「へ……?」

「まるで、短冊に書いた願い事が、叶ったみたいで……」

 


 パミュの瞳が、地面と俺を往復する。

 


 俺は、地蔵になったみたいに、何も言えない。

 胸の鼓動だけが、俺が生きてることを、俺が確かに、何かを感じていることを、教えてくれる。


 

 パミュが今一度頭を上げた。

 


 唇が震えている。

 いっそ辛いんじゃないかってぐらい。

 しかしパミュは、その恥ずかしささえも楽しむような、そんな顔で、小首を傾げた。



「だから、ちゃんと残っててよね? いなくなってたら、あたし、泣いちゃうから! それが、今一番の、あたしの願い事。えへへ。言いたかったのは、お願いしたかったことは、それだけ。それじゃあ、バイバーイ! あ、じゃなくて、またねー!」



 パミュがその場でジャンプして諸手を振る。



 駆けて、メイドらしき女と合流してから、今一度手を振ってきた。

 あるいは俺ではなく、エルメルリアの町並みに対して振っていたのかもしれないが、俺はついつい手を振り返してしまった。

 何つっても、これで、最後なのだ。



 キッと、メイドらしき女に睨まれる。

 俺の年齢は約八百歳だが、外見年齢は二十二三。

 それでも、パミュと仲良くするには怪しすぎた。

 何より、この街にとっての部外者でもある。

 メイドがとった対応は、非の打ち所もなく、正しい。



 俺は振っていた手を押さえ、借りてきた猫のように俯いた。



 何やってんだか、俺は……。



 思いながら、面を上げた時、二人はいずこかへと消えていた。



「はぁ」

 


 ため息一つ。

 やいのやいのと、喧騒がやかましい。



 俺は……どうし――



「「「ええからはよそこどけや」」」



 言われて俺は、後ろから蹴られ、両脇から殴られ、散々な目にあった。どうやら俺――もとい俺たちは、祭りを楽しもうとしている人間にとってかなり邪魔だったらしい。



「だからって殴るこたあねえだろ! 背中蹴ったやついるしよー。足型ついてたら許さねえぞ」

「いつまでもグチグチとやってるからだよ。あーもう、あっついあっつい」



 手で扇ぐことで涼をとり、屋台の人間が店の中に戻っていく。

 見物人が、クスクスと笑って俺を見ていた。



 ったく――うお!!



 一段落ついたと思ったら、今度は強面男三人組が、俺を囲むようにして現れた。



 頭には『パミュちゃん親衛隊』という痛鉢巻を巻いていて、例えて言うなら、アイドルの追っかけをしているヤクザ、みたいな。いかにもフールギルドに勤めていそうな、痛い連中だった。



「言っておくがなあ!! パミュちゃんを泣かしたら、俺たち親衛隊が許さねえぞ!!」

「パミュちゃんがこの街でまた会おうって言ってるんだから、残っていけばいいだろうが!!」

「だからってパミュちゃんに手を出したら、鼻の穴繋げて中で美味い豚汁作ったるけえのー」

「フールギルドのメンバー全てが、パミュちゃん親衛隊だってことをわかった上でパミュちゃんの願い叶えたれや!!」


「「「「わかったか!!!」」」」



 うるさくて仕方ねえな全く。

 


 俺は耳をかっぽじりながら、駄犬のようにうるさい連中を追っ払った。連中は完全に納得した風でもなかったが、俺に怪我をさせたらパミュが悲しむと思っているのだろう、すごすごと引き下がった。



 少し歩いた先にベンチを見つけた。

 そこに腰掛け、グッタリとした。

 なんやかんやで結構歩かされたからさ。



 俺はパミュみたいに若くないんだ。

 何せ、八百年も生きてるものだからよ。



 視界の先で、満天の星空が瞬いている。

 この星空のどっかから、俺のダチ公が見ているらしい。



 怖い話だね。

 最後はダチだったが、最初は殺し合ってたもんな。

 今の俺じゃ、あっさり殺られそうだ。



 ふと。



 ポケットに入っていた銀貨を取り出し、眺めた。

 磨きこまれた銀貨に、自分の顔が映っている。

 日本からこっちに来て、随分と変わった。そしてここ数百年、全くと言っていいほど、変わっていない。



 喧騒。

 耳に響いた。



 祭りはまだまだ活況だった。



 それでも俺の足は動くことなく、目線は藍色の空にあった。

 俺の本当の居場所はそこに在る。



 そう思っていたからかもしれない。



 嗤った。



 反動をつけて身を起こす。あまりに辛気臭いことを考えていたからか、動きに勢いが出た。



 こういう時は何事も運任せ。



 指で銀貨を弾く。



 表が出たら街に残る。

 裏が出たら街を出る。



 手の甲を上向けた。



 回る銀貨。

 藍色の空で煌めいている。



 自分で言うことではないが、俺の動体視力はかなりずば抜けている。

 だから、受け止める前に、出目がわかった。



 裏だ。

 俺の願い事は、叶わない。



 ――まあ、いつものことか?



『だからちゃんと残っててよね!?』



 そんなポンポンポンポン、願い事なんて叶えられないんだよ。

 俺ってやつは本当持ってないからな。

 


『それが今のあたしの、一番の願い事!!』



 それなら運を天に任せるようなマネはせず、ただ残ればいいじゃないかって?

 そうだな。

 本当にそのとおりだと思うよ。



 ただ俺からも言わせてほしい。

 


 俺が何度、そういう選択をしたと思ってる?

 何度その選択で、失敗したと思ってるんだよ……。



 そんな当たり前のこと、いちいち言わせんなよ……。



『短冊に願い事を書き、木に吊るす。そうすると、天におわする火鳥十二英星が、願い事を叶えてくれる』



 目を見開く。



『火鳥の導きがありますように』



 火月……。



『あなたがあたしを避けるのは道理です。しかしルビィ様。人の悪意を食する化物あたしだからこそ、わかることがあります。

 あなたはずっと、その暗闇から出る切っ掛けを探してる。

 外れていたなら、本当に外れているのなら、この話、断っていただいても結構です』



 思い出したのだ。

 当たり前のこと。



 忘れられねぇよと、水浸しの橋の上でドヤ顔しておきながら、肝心要のことを、俺は忘れていたのだ。



 俺は――



《《俺様》》はよ。



 下民共が両手を合わせ、祈りを捧げる神輿に乗り損ねた、最後の英雄だ。



 近代魔術の祖。虹玉暦末期最強の魔術師。天上天下唯我独尊、この世の全てが自分のためにあると思っている。

 

 

 火鳥十二英星にして、唯一無二、最強の悪玉。



 今の俺は。

 今日の俺様は。



 願いを叶えられる側じゃない。かと言って、願いを叶える『ガラ』でもない。



 前にも言ったろ? 火月。

 俺様が、火鳥おまえらに協力する理由はただ一つ。

 


 俺様はな。

 天が決めたシナリオってやつを、ポキリとへし折るのが、大好きなんだよ!!

 


 俺は、咄嗟に決まっていた運命を握り潰すように、宙を舞っていた銀貨をーー



 つかんだ。

 

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