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期待は泡のように

「おかえりなさい、リリー。レイクス先生も」

「た、ただいま帰りました……」

「おかえりなさい、と言われると温かい気持ちになりますね。ただいま戻りました」

 ユリアンが微笑ましそうな眼差しを向ける一方で、ドラセナは意味深に微笑むだけ。この笑みの奥にいったいなにが隠れているのだろう。当然、暴くことは憚られた。

「リリーはどの魔術に適性があったのかしら。やっぱり私と同じ聖術?」

「アッ、それが……えーっと……」

「結果は出ませんでした。水晶の不具合と考えられます」

「ちょおっ!?」

 それを言ってはいけなかったのでは!?

 ああほら見てごらんなさい。姉上、目を見開いている。こんな顔見たことない。驚きか、それとも怒りなのか絶望か。見分けがつかない。

 さすがにこのドラセナを放ってもおけなかったか、ユリアンは続けた。

「水晶での診断は困難であると判断されまして、リリー様の魔術適性診断は私がさせていただきます」

「……はあ?」

 姉上、七歳児がそんなにドスの利いた声を出してはいけません。仮にも第一皇女、お上品になさってください。

 とはいえ、こうなるのも仕方ないか。この子、私のこと溺愛しているわけだし……どこの馬の骨ともわからない男に私のことを任せるなんて気が気じゃないだろう。

 ユリアンとしても国からの依頼と言って差支えがないのだ、ここはしっかりと説明をするらしい。

「診断が正常に行われなかった以上、水晶の力でリリー様の適性を見るのは危険かと存じます。最年少とはいえマクスウェルの私が責任を持ってリリー様の魔術適性を診断、報告させていただきます」

「……そうですか」

 ドラセナの声は相変わらず低い。身体の芯を震わせる迫力を感じてしまう。本当に七歳の、それも人間の出せる空気なのか。実はこの子、それなりの猛者が転生した姿なんじゃないのか。勇者として旅に出ていた頃にも出会ったことがないぞこんな人間。

「ではリリー様、お部屋に向かいましょう。僭越ながら私が見させていただきます」

「は、はい……」

「私も一緒に見させていただいてもよろしいですか?」

 ヒュッ、と変な息が漏れた。何故、何故なんですか姉上。どうしてユリアンにこんな警戒心剥き出しなのですか。

 水晶を使わなくても魔術の適性が測れるというのならユリアンに任せてしまえばいい。ドラセナに出来ることはないだろう。

 ユリアンも驚いたような顔をするが、すぐに苦笑を映した。この愛情には敵わない、などと思っているのだろうか。愛情は愛情でも、それほどピュアじゃないんだよ。

「かしこまりました。それではドラセナ様も一緒に。構いませんね、リリー様?」

「ハァイ……」

 この姉には未来永劫逆らえない。彼女が白だと言えば、赤でも黒でも白と言わなければいけない空気。私は妹ですからね、姉上の言うことは、絶対。

 そうして私の部屋へ向かうのだが、すれ違う侍女たちが浮ついた声を上げたのを聞き逃さなかった。ユリアン、それなりに美形に育ったもんね……あの頃の素朴な少年はもういないんだ。

 仮にも皇女、一人で過ごすのが勿体ないほど広い。その割に私の私物はそう多くない。母上が買い与えたと思しき高尚な文学作品くらい。リリーのことだ、きっとまともに読んじゃいなかっただろう。

 ベッドも大きく、不自由はしないが落ち着かない。ユリアンに指示され、端に腰掛ける。ドラセナも私の隣に座った。出来れば一人分空けてほしいものだが、彼女がアルメリア学園に入学するまでの辛抱だ。耐えろ、私。

「では始めましょうか」

「はい。でも、どうやって魔術の適性を見るんですか? あの水晶がなければ出来ないのでは……」

 国が関与している大掛かりな政策だ。個人が専用の器具もなく実施出来るものではないと思うが。

 私の疑問も織り込み済みか、ユリアンは笑う。

「プラチナスペルの一つに“ソウルシンク”というものがあります。対象の魂と術者の魂、その波長を同一のものにする魔術です」

「魂……の、波長?」

「簡単に言うと“自分を対象の存在に作り替える魔術”ですね。私自身の魂をリリー様の魂と完全に一致させ、その際の数値の変化から魔術適性を測定するという流れになります」

 ……それ、まずくない?

 この身体はリリーのもので、現在の人格はイライザのもの。じゃあ、リリーの人格はどこへ消えた? 彼女の所在が不明である以上、一つの可能性が残る。

 リリーの人格が眠りに就いており、この器にはリリーとイライザの二人分の魂が存在している可能性だ。

 一つの肉体に二つ以上の魂が存在出来るなんて話は聞いたことがない。加えて、それが常人の精神にどんな影響を及ぼすかもわからない。

 そんな状態でユリアンの魂が私と同じになる? もし仮に、二人分の魂に彼の器が耐えられなかったら? 廃人……あるいは、死?

「……他の方法はありませんか?」

「他の? 何故ですか?」

「あー、いや、その……私が触れたことで水晶に不具合が出たのなら、レイクス先生の負担になってしまうのではないかと……」

「ご安心ください、最年少とはいえマクスウェルです。仮にリリー様の力が規格外のものだったとしても、壊れたりしませんよ」

 先回りしたような言葉に喉を詰まらせる。魂は十七歳なのだが、ユリアンはもう二十歳なのだ。子供の考えることなんてお見通し、ということなのだろう。

 甘えてしまっていいのだろうか。私の考え過ぎなのか? 沈黙が続く私の手をドラセナが握った。

「大丈夫よ、リリー。先生もこう仰っているもの」

「ええ、ご心配なさらずに。さ、始めましょう」

 言葉の裏を覗こうとするのはよくない。そうは思いつつも、ドラセナの言葉にはなにか含まれているような気がしてならない。

 とはいえ、ここで足踏みしていても仕方がない。ユリアンを信じよう、彼はもう大人になったのだ。私を置いて。

「……お、お願いします」

「かしこまりました。では、始めます」

 ユリアンは私の手を包み込むようにして握り、目を瞑る。彼の周囲に白金の光が生まれ、円を描くようにして走り出した。

『其の魂は唯一無二。故に尊く、されど鏡は静かに嗤う――“ソウルシンク”』

 光が弾けた瞬間、妙な感覚に陥った。私の手はユリアンの手で包み込まれている。他人に触れられているはずなのに、その感覚が消えたのだ。

 ユリアンが私になった、という表現になるのだろう。自分で自分の身体に触れたところで特段なにも感じるものはない。

「……あれ?」

 首を傾げるユリアン。まずい、勇者の記憶と力を持っているのがバレたら……!

 うん? バレてどうなる? 魔王はもういないのだから、また駆り出されることもない。それに、ユリアンにバレる分には全然いいのでは? こうなった理由も聞けるだろうし。

 不思議そうにするユリアンに対し、ドラセナは厳しい声音で問いかけた。

「レイクス先生? リリーの魔術適性は?」

「あ……いえ、それが……なにも、変わらないんです」

「は?」

 なにも変わらない? もしかしてリリー・メル・ナッシェルは魔術を一切受け付けない身体なのか?

 マクスウェルの魔術を跳ね返すだけの抵抗力、それもまたある種の才能だとは思うが……。

「どういうことですの?」

「“ソウルシンク”により、私の魂はリリー様と同質になっています。現に感覚も共有されている。リリー様も同様のはずです」

「は、はい。身体が大きくなったというか、認識する領域が広くなったような感覚はあります」

「つまり、“ソウルシンク”自体はきちんと魔術として効果を発揮している。ですが、魔術の適性値に一切変化が見られないんです。私の数値と完全に一致している」

「……えーっと、つまり?」

 嫌な予感がする。普通の女の子でいたかったんだ、私は。この予感が杞憂であってくれればどれだけいいだろう。

 そんな期待さえ泡のように儚く弾ける。慣れっこだ、こんなの。ユリアンは呆然といった様子で告げた。

「――リリー様は、マクスウェルに匹敵するほど魔術の扱いに長けているということです」

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