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英雄の影

「リリー、リリー?」

「は……あ、姉上? 今日も麗しいですね」

「ありがとう。あなたは未来永劫可愛いの象徴よ。それより、どうかしたの? レイクス先生と会ってから様子がおかしくないかしら」


 そりゃ平常心ではいられませんことよ。

 私より背が小さくて、いつもツンツンしていて、たまに褒めれば素っ気ない態度を取るような思春期真っ只中の少年だったのに。あんなに立派な人間になっていたら誰だって戸惑う。


「あ、えっと……レイクス先生、素敵な方だったなぁと」

「ふふ、リリーはああいう殿方が好み?」

「ヴッ、ううううううんん……わ、わかりません」


 あれがユリアンでなければちゃんと答えていたと思う。先入観が喉を詰まらせていた。

 問いかけたドラセナは「ふぅん」と意味深な息を吐く。心なしか表情が怖い。目の奥に冷たい光が見える。皇女が見せていい顔じゃないです、姉上。


「あ、姉上! アルメリア学園に入学するんですね!」

「ええ、そうよ。城から通うのは難しいから、寄宿舎に入ることになるの」


 寄宿舎、ということは他の児童と一緒に生活をすることになる。貴族から庶民まで様々な人と暮らすのだろう。

 ……それ、大丈夫なのだろうか。七歳の第一皇女が、味方がいない中で暮らす?


「……ご、ご武運を……」

「ふふ、心配してくれているの? ありがとう、でも大丈夫よ。個室を与えられるみたいだし、わざわざ私の部屋に乗り込んでくる者もいないでしょうから」


 違う、違うんです姉上。事件は人目につかない場所、時間帯で起きるんですよ。第一皇女が無防備に歩いていたら、眠っていたら? 誰が彼女の身を守れるというのか。


「母上も寄宿舎で暮らすことを許してくださったのよ? 私ならば一人でも大丈夫と信じているからこそ。リリーなら許されないと思うわ」

「な、何故……?」

「だって可愛いもの。あなたのように愛くるしくて儚い生命()を一人で世界に放り出すなんて鬼畜の所業としか思えないわ。母上は慈悲深いお方だもの」


 この子、もし学園で私より可愛い子に出会ったらどうなるんだろう。想像出来ないけど、目をつけられたら最後な気がする。絶対に逃がしてくれないだろうし、どんな手段を使っても手籠めにしそう。

 (よわい)七にも関わらず圧倒的捕食者の風格がある。この子が人類で本当に良かった。魔王軍の一員だったら勇者一行なんて簡単に始末出来そうだもん。


「わ、私も母上から信頼を勝ち獲りたい……」

「そのためには、木登りを止めるところから始めましょうね」

「ハイ……」


 かつての勇者が七歳児相手に言い返すことすらままならないなんて、アルタミルの民が聞いたらどんな顔をするだろう。

 そういえば、リリーの記憶はあるのに現在のアルタミルの話は残っていない。いまあの国はどうなっているのだろう。確実に魔物の襲撃に遭ったはずだが、そこはユリアンたちが上手く撃退したと信じよう。


「ところで、リリーの魔術適性診断はいつだったかしら」

「明日と聞いています」

「そう。どんな結果が出るか楽しみね。私と同じ聖術適性だとしたら素敵だわ」


 それは単にあなたが私と一緒にいたいだけでしょう。

 そうは思えど口に出すのは憚られる。それに、指摘したところで「ええその通りよ」とか言って開き直られるのは目に見えている。母上のお説教よりも長い時間をかけて愛を語られそうなので敢えてなにも言わなかった。

 そうして到着するのは私の部屋。リリーはなにも思わなかっただろうが、私としてはドラセナと一緒の部屋ではないのがある種の救いのように感じてしまう。

 ドラセナは私の手を取り、指を絡めてくる。恋人か。


「それじゃあリリー、今日はゆっくりおやすみ」

「はい、姉上。おやすみなさいませ……姉上?」


 離してくれないんですけど。

 顔を見ても意味深な笑みを浮かべるばかり。次元を超えた顔の良さ。私でさえ圧倒的な輝きに吐き気を催すくらいだ、一般人なら男女問わずコロッと落ちていると思う。


「姉上? 姉上……? 私、お部屋に……」

「そうね。時間を取らせてごめんなさい。また明日」


 ふふ、と微笑を湛えて自分の部屋へと戻っていくドラセナ。呆然と彼女の背中を見送り、一人。その場に尻餅をつく。


「……圧が、すごい……なんだあの七歳児……?」


 魔王軍幹部よりも手強い相手だと感じてしまう。手酷く痛めつけるわけにはいかないし、かといって精神的には年下……年下? とは思えないけど、あれでまだ七歳だからあまり強く言うことも出来ないし。

 まさに八方塞がり。私はあの子に愛でられることしか出来ないのか……? なんだろう、この無力感は斬新だ。


「リリー様?」


 耳に優しい声音。振り向けば、かつての仲間。いまは偉大な魔術師となったユリアン・レイクスがいた。驚いたような顔で駆け寄ってくる。


「どうなさいました? どこか具合が?」

「ううん、だいじょ……じゃなくて、いえ、ご心配なく。はしゃぎすぎて少し疲れてしまって……」

「聞き及んでおりますよ、妖精姫」

「ヴエッ……!」


 まさか彼の耳にも届いていたとは。というか、もしかしてナッシェル国民の周知の事実だったりするのだろうか。恥ずかしい、もう表を歩けない。


「お部屋はここですね? 立てますか?」

「ええ、立てます。失礼いたしました、はしたない姿を見せてしまって」

「お気になさらないでください。リリー様の魔術適性診断は明日と伺っております。私も同行しますので、当日はどうぞよろしくお願いいたします」


 ユリアンも来るのか……どうしよう。

 魔術適性診断。魔術の研究が進んだ現在、国民は皆六歳を迎えると受けることになる。

 基本的には地水火風の中から一つの属性を持って生まれてくる。問題は、リリー(わたし)が診断されるのか、ということだ。

 体はリリー・メル・ナッシェル。だが、今朝の一件で魔術を使った際、勇者としての力は残ったままなのがわかった。魔術適性診断でそれが明らかになれば……ユリアンは気付くかもしれない。

 気付かれたら気付かれたで、あのときの話を聞けるだろうから問題はないと思うけど。


「リリー様? どうされましたか?」

「へ?」

「私の顔を見詰めていらっしゃったので」

「ああっ! いえ! 見覚えがあると思って……」

「あはは……ええ、恐らく見覚えはあると思います。若輩ながら、かつて魔王討伐を果たした勇者一行の一員ですから」


 存じ上げておりますとも。あの日々を忘れることなんて出来やしない。

 ……待てよ。これ、チャンス?


 「レイクス先生、良ければそのときのお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「は……旅の話を、ですか?」

「はい! 是非!」 

 あれ? なんでそんな顔をするんだろう……?

 ユリアンの顔には影が差していた。困ったような、気まずそうな。まるで触れられたくないことのような顔。

 彼は笑みを浮かべる。そこには明らかに無理が映っていた。


「……そう、ですね。いずれ。それでは明日、お迎えに上がります故。失礼いたします」


 頭を下げ、足早に去っていくユリアン。その背中に、なにか重たいものが圧し掛かっているような気がした。


「……私が死んでから、なにがあったんだろう」


 なんにせよ、彼は「いずれ」と言った。いつかは話してくれるんだろう。あの様子を見るに、私がイライザであることはまだ伏せておいた方が良さそうだ。

 謎は生まれ、捻じれて、絡まる一方。これから長い人生になるだろうし、少しずつ解いていけばいい。疲れたのは事実だ、今日はもうなにも考えずに休むことにした。

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