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立派になったね

「あ、姉上! 一人で着替えられますから!」

「いいのよ、遠慮しなくて。それとも私に着替えさせられるのは嫌?」

「ヴォエッ……!」


 必死の抵抗も虚しく、圧倒的な顔面に敗北を喫したのが十分前。彼女の手によって綺麗におめかしされてしまった。

 十七歳にもなって一人で着替えもさせてくれないなんて……などと考えこそすれど、いまの私はリリー。まだ六歳。いや六歳でも普通一人で着替えられるだろう。改めてドラセナにある種の悪寒を感じてしまった。


「どうかした?」

「いえ……姉上は今日も大変麗しく……」

「ありがとう。リリーは毎日世界一の可愛さよ」


 七歳で世界を知ったような口を利くんじゃない。

 なんて言えるはずもなく。それにドラセナの振る舞いは育ちがいいとかそういう次元の話ではなく、三人分の人生を経験したかのような貫禄がある。七歳児を相手に勝利が見えないなんて、勇者として情けなさすぎる。


「さ、いらっしゃい。先生のところへ案内するわ」


 天使とも悪魔とも喩えられる微笑を浮かべ、部屋を出ていくドラセナ。ようやく一人になれた……とはいえ、彼女について行かないとどちらにしろ迎えに来そうだ。観念して後を追うことにする。

 ドラセナの話を適当に聞き流しながら廊下を歩く。アルタミルよりも随分上等な絨毯が敷かれていた。靴だって質のいいもののはずなのに緊張する。


 なにはともあれ、まずは現状整理だ。

 最初に、イライザ(わたし)は勇者として魔王を討伐した。そして、祝宴の日に死んだ。殺された、が適切な表現になる。最期に聞こえたのは恐らく魔物の声。残党のことなんて考えもしなかった。不覚を取ったと言わざるを得ない。


 次に、私は生まれ変わった。ナッシェル帝国の第二皇女、リリー・メル・ナッシェルとして。ここが一番問題なのだ。

 転生には特別な儀式が必要なはず。旅の途中で出会った賢者の少年がそう言っていた。あの場では複雑な準備など出来るはずがない。加えて、完全に死亡してからでは転生魔術も効果を為さない。では誰がイライザに転生魔術を?


 その謎さえ解ければ、幾らかこの状況も受け止められるとは思うのだが……。


「リリー? 聞いている?」

「へっ!? も、勿論です! 先生、どんなお方なんでしょうね!」

「いままさにその先生の話をしていたのよ」

「アッ……!」


 殺される。

 直感がそう告げた。勇者としての経験が死の気配を感じ取っていた。ギギギと、錆びついた歯車のような動きでドラセナを見る。


 なにも見えない。表情が、変わらない……。


 魔王の幹部にもいた。まるで表情が変わらず、語気にも抑揚がない。なにを考えているのかわからない者を相手にすると、心身の負担は倍増する。


「エッ、トォ……」

「ふふ、先生がどんなお方なのか想像していたのね。もう一度説明してあげる、今回だけよ?」


 絶対今回だけじゃないし今際の際でも言ってそう。

 甘やかされる私が言うのもなんだが、この子、妹に甘過ぎる。叱るときはきちんと叱らないと駄目になりますよ。いや私がこう思ってるなら駄目にはならないけども。


「先生は若くして魔術協会における最高の称号、マクスウェルを授かった高名な魔術師なの」

「マクスウェル……? 確か、プラチナスペルを五十個マスターした魔術師に与えられる称号ですよね?」

「そう、賢い子ね。まだ二十歳だけれど、マクスウェルを名乗れる方だもの。教師としてこれ以上のお方はいないんじゃないかしら?」


 二十歳のマクスウェル。正直、かなり若い。前世で出会ったマクスウェルは最年少でも三十代後半だったはずだ。記録を塗り替えただけでなく、今後も破られることのない記録になるだろう。

 とはいえ、若者ならば老体より融通が利くかもしれない。あまり堅苦しい人物でなければいいのだが。


 そうして客間に到着する。ドラセナがノックすると女性の声がした。聞き間違えるはずがない、ナッシェル皇后――つまり、私たちの母のものだ。


 ドラセナに手を引かれて入ると、彼女と対面するように一人の男性が座っていた。やはり若い、想像していたよりもずっと。

 若草色の髪には癖がなく、真っ直ぐ下ろしている。そこから覗く瞳は緩やかに垂れており、眼鏡をかけていた。体の線は細く、それでいて長身。シルエットだけならば頼りなく見えるものの、纏う雰囲気は重たく、厚みがある。


 只者ではないことは一目見てわかった。前世の癖か、身構えてしまう。そんな私を見て、男性は苦笑した。


「おや、怖がらせてしまいましたか」

「リリー、先生に失礼でしょう。まずはご挨拶を」


 皇后の言葉にハッとして構えを解く。皇族の所作は馴染みがないもののリリーの体は覚えている。スカートの端をつまみ、軽く持ち上げながら頭を下げた。


「失礼いたしました。リリー・メル・ナッシェルと申します」

「ドラセナ・オル・ナッシェルと申します。お会いできて光栄ですわ、レイクス様」


 どうやらこの家庭教師、レイクスという名らしい。

 ……レイクス? どこかで聞いたような……?


「娘が失礼いたしました、レイクス先生」

「いえ、お気になさらないでください。リリー様はまだ六歳でしょう? 大人の男性が相手ならば身構えてしまうのも当然です」


 漂う雰囲気は歴戦のそれ。なのに、これほど謙虚でいられるのもマクスウェルの最年少記録を塗り替えた所以なのかもしれない。

 私の仲間たちは皆、私の意志を尊重してくれていたが本心から世界平和を願っていた。ユリアンも、ハンナもロイドも。彼らは常に上を、限界のその先を見ていた。だからこそ真っ直ぐに、道を外すことなく強さを身に着けて魔王討伐を果たせた。


 レイクスの姿勢は彼らと一致する。理由はわからないが、直向きに魔術を研究し、自分の限界を超え続けようとしてきた者の精神なのだ。

 その結果が、最年少マクスウェルの名だ。(ひとえ)に努力の成果。いま彼がここにいることが何よりの証左である。


「ドラセナは来週にもアルメリア学園に通うこととなっております。リリーも間もなく魔術の適性診断の日です。そこで、レイクス先生にはこの子たちに魔術を教えていただきたいのです」

「かしこまりました。とはいえ、アルメリア学園へ入学ということはドラセナ様は聖術に適性があるようですね。私は魔術の専門家であります故、魔術に関しては基礎を教える程度に留めさせていただきます。彼女の将来のためにも」

「ええ、よろしくお願いします」


 レイクスは深く腰を折って承諾する。それよりも気になることが私にはあった。

 聖術。これからドラセナが学ぶ、魔術とは異なる力。地水火風の四大元素とは異なる力を扱い、主に治療のために使われている。

 かつての仲間、ハンナもこの聖術を扱う人物だった。彼女の支援を受け、私とロイドが敵陣に切り込んでいくのは基本戦略だった。


 レイクスは立ち上がり、私たち姉妹の前へ。彼はその場に膝をつき――衝撃の自己紹介を始める。


「リリー様、ドラセナ様。僭越ながらこれから教鞭を執らせていただきます、ユリアン(・・・・)・レイクスです。どうぞよろしくお願いいたします」

「……え? えええええっ!?」


 ――そうか、どこかで聞いたことがあると思ったら!


 間違いない。彼、レイクスはかつて私と共に旅をした魔術師。口煩くて、喧嘩も絶えない、姉弟のような関係だった少年。ユリアン・レイクスその人だ。


「り……立派に、なっ、たね?」

「は? ははは……恐れ入ります」

「こら、リリー! 先生になんて口の利き方をするのですか!」

「たっ、大変失礼いたしました!」


 母上の声に肩を跳ねさせ、慌てて頭を下げる。レイクス――ううん、ユリアンは私の頬に手を添えた。顔を上げると、柔らかく微笑む。気のせいか、眼鏡の奥には昔の光は灯っていなかった。


「顔を上げてください。共に励みましょう、リリー様」


 見たこともない顔。優しく、温かく、慈しむような微笑み。声音だって柔らかくて、かつて口喧嘩を繰り返した相手とは思えなかった。


 こんなの、ユリアンじゃない……。


 なにはともあれ話を聞く必要がありそうだ。これまでのこと、洗いざらい

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