食休み
今日の一日の授業が終わる。
この後の予定といえば..いつも通り帰って寝るだけだ。
だけど、いつでも邪魔は入る。
「はーすきー!」
「...何」
帰ろうとした蓮木の前に木塚が立ちふさがる。
その傍らには田沼もいる。
「ね!この間のあのカフェ!タヌキも行ってみたいって!今からいこうよ!」
「ええ....」
蓮木は露骨にイヤな顔をする。
「ねーいーじゃん!どうせまた帰って寝るんでしょ!」
「その通り」
「もーそんなイマドキJKのすることじゃないぞ!もっとさ~、カワイイ物に目をつけてイ〇スタ映えとかしてさ~」
「興味ない」
「ぶー、もう!」
「ごめんね、ハスキーちゃん。無理にとは言わないよ。」
田沼は申し訳なさそうに蓮木に言う。
「えー。でもぉ!」
「あんまりしつこくしちゃうと、ハスキーちゃん困っちゃうから。またいつか行きましょう。ね?」
「あーあ...タヌキせっかく楽しみにしてたみたいだったのになぁ...。」
木塚はちらっと蓮木のほうを見る。
「もう大丈夫だから、ね、キツネちゃん。」
「タヌキ、普段忙しいから、あんまり時間つくれないのになぁ....」
また角度を変えて蓮木を見る。
「....わかった。いいよ。」
「やーりぃ!そうこなくっちゃあ!」
「...いいの?ハスキーちゃん」
「...まぁ、別に。」
「ありがとう!」
――――――――
「....本日」
「....定休」
「...日」
三人は雑居ビルのエレベーター前で固まっていた。
毎週水曜日は定休日。それは木塚が持っていたチラシにも書かれていたことだ。
「....あんた」
「ええ!だってぇ!知らなかったんだもぉん!!」
蓮木の冷たい視線に刺され、大げさに顔を隠す木塚。
「えっと..なんだっけ...。」
蓮木は木塚ににじり寄る。
「タヌキは...とっても楽しみにしてた..?」
顔を覆った隙間から視線を差し込む。それを避けるかのように木塚は反対を向く。
「タヌキは忙しいから...時間がなかなか取れない....?」
さらに視線を突き刺す。
「わぁー!もう!あたしも被害者なんだぁ!!」
木塚は顔を覆ってた腕をいっぱいに広げる。
「........」
「もう!その目禁止!」
「もう、二人とも...。」
「うう..ごめん..タヌキ..。」
「ううん、気にしないで。またいつか来れればいいんだから!」
田沼は木塚を引き寄せて頭をなでる。
「じゃ..解散ってことで...。」
「ちょっとまったぁ!!」
「...何」
「このまま引き下がれないよぉ!」
「...キツネちゃん?」
「せっかく駅近くまで来たんだ。バス代も使って。そうしてあたしはお腹がとっても空いてるんだ。今日はエンゼルフレンチまでつけようと思ってたくらいに。」
木塚は腕を組んで仁王立ちをし、キリっとした表情でいう。
「...で?」
「わっかんないかなぁ!ほら、周りのJKたちを見なさい!片手にタピオカだの、ス〇バだの、アイスにクレープ!周りの女たちにこんなマウントを取られて黙っていられるか、いやいられない!」
「ど...どうしたのキツネちゃん?」
「要は何か食べたいんでしょ...。」
「そんのとおり!!」
木塚は指パッチンを蓮木に向ける。
「てことで、はやりのアイスでも食べにいこ!あの体に悪そうな色したやつ!」
「...食いたくない」
「じゃあせめてス〇バ!」
「それならまだ...」
蓮木と田沼はづかづかと進む木塚の背中を追う。
「...タヌキはよかったの?ス〇バで。」
「うん!私は二人とお出かけできるだけで嬉しいから!」
そのとき、木塚がピタッと動きを止める。
「...?何してんの?」
木塚はゆっくりと視線を動かす。そしてその目線の先には、ハンバーガーショップ。
木塚は目を細めて、二人に訴えかける。
「....ハンバーガー食べたい...。」
「おい」
「いや、この匂い反則だって!!もぉ~あたしの食欲中枢を刺激するぅ!」
木塚は腹を押さえる。
「もう、あたしお昼からなんにも食べてないんだよ!?」
とても深刻そうに当たり前のことをいう。
「ああもう我慢できないぃ!!」
といい、木塚はバーガーショップに駆け込む。
「....まぁ、いいか。タヌキは...。」
田沼はハンバーガーショップをぼうっと見つめていた。
「どしたの」
「あ!いや、そのね。..私、ハンバーガー食べたことなくって。」
「まじ?」
「うん。おばあちゃんがね。こういうジャンクフード嫌いだから。」
「...どうするの」
「...でも!私も高校生なんだから!新しいことにはチャレンジしてみたいな!ハスキーちゃん。いろいろ教えて!」
「教えるって...教えること...ある?」
―――――――――――――――
「いらっしゃいませ!店内でお召し上がりですか?」
「はーい!えーっとぉ!ダブルチーズバーガーのセットとぉ!てりやきバーガーとフィッシュバーガーも!あとシェイク一つ!」
「...ばけもんだ。」
「そ...そんなに食べられるの...?」
「いっけるいける!こんなの朝飯前よ!」
「そ..そうなんだ。ハンバーガーって意外とちっちゃいのかな?」
「アテにしないほうが..いいと思う.。」
「お!きたきた!んじゃ、おっさき~!」
木塚はハンバーガーを受け取ると、そのままボックス席へと向かった。
次に田沼がレジに並ぶ。
「いらっしゃいませ!店内でお召し上がりですか?」
「え..えっと。いいのよね?」
蓮木は無言でうなずく。
「はい!」
「では、ご注文をお伺いいたします!」
「え、ええっとぉ...。じゃ、じゃあハンバーガーを。」
「はい!セットはいかがいたしますか?」
「せ..セット?ハスキーちゃん、セットってなあに?」
「その...ポテトとか、ドリンクとかが一緒につくやつ.。」
「ポテトってお芋のこと?」
「あの...細いやつ」
「あ、ああ!あれね!じゃあ、頂こうかしら!」
「はい!セットですね。ドリンクをお伺いします。」
「えっと、お茶はありますか?」
―――――――――――――
「え!マジ!?タヌキ、ハンバーガー食べたことないの!?」
「そうなの。」
二人は商品を受け取って木塚の待つ席に座った。
「ほぇ~、さっすがいいとこ育ちのお嬢さんってカンジ。」
木塚はすでに二つのバーガーをたいらげていた。
「んじゃ、今日はタヌキの初体験ってワケだ!」
「うん!そうだね!」
「....いや、言い方..。」
「どうしたの?」
ニヤける木塚にきょとんとする田沼。おそらく意味は分かってない。
「いや...知らなくていい」
「じゃあ、さっそく..。」
田沼はバーガーを包みから出し、
「えい!」
いっきにかぶりつく。
「...どう?」
二人はその様子を見守った。
「....おいしい..かも!」
田沼は口にケチャップをつけて目を輝かせる。
「でっしょぉ~!これ知らないなんてソンだよ!」
木塚はふんぞり返りながら、ポテトを貪る。
「私のポテト....勝手に食うな...。」
「えー!ダメなの!」
「自分のを食え」
「もうない!」
「まぁまぁ、私の食べていいから!」
――――――――――――――
「ふぅ。おいしかった!こんなにおいしいものがあったなんて知らなかった!」
店を出たあとも、田沼は上機嫌に喋った。
「でも、結構おなかに溜まっちゃうね。お夕飯いっぱい食べれないかも。」
「....うぷっ」
「これで、タヌキも立派なJKだね!」
「大げさよ。」
そのとき、木塚のスマホに電話がかかってくる。
「はーい。あ、お母さん?うん。ハスキーたちとハンバーガー食べてたとこ。え!マジ!!わかった!すぐ帰る!!」
電話を切った木塚は目をギラギラさせて二人を見る。
「今日、焼き肉食べに行くらしいから!!あたし先に帰るね!!バーイ!!」
そのまま一直線に走って消えていった。
「......」
「......」
その様子を見て二人はあ然とする。
「キツネちゃんって...ハンバーガー三つも食べたのよね..?」
「セットと...シェイク付きで。」
「おなか..どうなってるのかしら?」
「...ブラックホール」
「お...おなか壊さないようにね~」
その見えなくなった彼女の背中に田沼はそう声をかけた。
タヌキは帰宅後、初体験の意味を知って赤面したらしい。