まんじり
朝早くの時間からも、次第に暑さを感じられるようになったころ合いを夏と呼ぶべきなのだろうか。
蓮木は通学路をただ一人歩いていた。
太陽の日差しが昨日より心なしか強く感じる。
もう明日からは上着はいらないかもしれない。
(夏か....やだな..。)
そんな憂鬱を感じる蓮木に夏よりも熱い女が忍び寄る。
「ハースキー!!」
木塚は後ろから蓮木に抱き着く、そしてその両手は蓮木の胸元に位置した。
「ふんっ」
「おごっ!」
そんな彼女に肘で容赦なく対応する蓮木
「ってー!は肘はナシよ!肘は!」
「じゃあ...抱きつくな..。」
「おはよう!二人とも!」
「お!タヌキ!おはよー!
「おはよ..。」
「タヌキ最近早いね!」
「二人がいつもこの時間に来てるみたいだから。あ!キツネちゃんまたハネてる!」
といういつものやり取りをしながら校舎へ向かう。
その時、三人の後ろから一人の少女が走ってくる。
彼女は自ら彼女らの視界に入ってきた。
「ハスキー先輩!おはようございます!」
「....」
蓮木は無言で手をふった。
それを見た彼女は満足そうに校舎へ走っていった。
「ハスキー、知り合い?」
「しらない」
「でも、あの子はハスキーちゃんのこと知ってるみたいだったけど。」
「部活の後輩とかは?」
「帰宅部...。」
「赤いバッチつけてたみたいだし、1年生の子で間違いはないみたいね。」
「忘れてるだけで、なんか絡みがあったんでしょ!」
「記憶に...ない...。」
――――――――――――
そして、三人が下足箱で上履きに履き替えてるときに事件は起こった。
「今日の世界史、当てられないようにがんばんないとなぁ。」
「そっちの方向に頑張ってどうするの~」
「そういえば!今日あたし星座占い1位なんだ!いいものが見れるって!」
「へぇ何座なの?」
「カニ!タヌキは?」
「私はうお座よ。」
「なら...確か5位だね!食べ過ぎ注意って!」
「ええ~なにそれ~。」
「ハスキーは確かおうし座だから...あっらー残念。ドベだ。悪夢を見るでしょうって....。残念ハスキー。ってあれ?」
彼女らは既に靴を履き替えて廊下にいたが、蓮木だけは未だに下足箱の前にいた。
「ん?ハスキー!はやくいこーよー!」
自分の下足箱をじっと見つめる蓮木。
「なになに、チョコでも入ってた?」
二人が蓮木の下足箱を覗くと..。そこには一つの手紙が入っていた。
「えっとこれは、お手紙?」
蓮木に代わって木塚が取り出す。
「差出人は不明..と。ラブレターだったりしてね!」
「イタズラでしょ..。捨ててよ。」
「まぁ、いいじゃん!えっと何々?」
『蓮木さんへ、
本当は直接言うべきなのでしょうが、どうしても勇気が出ず、お手紙で伝えます。私はいつもあなたのことを見ています。あなたそのクールな佇まいや凛々しさに心を奪われました。私の気持ちに応えてくださるのであれば、本日の放課後、体育館裏に来てください。私の身元もそこで明かします。』
「だってさ.....えええ!!これあれじゃん!愛の告白文じゃん!」
木塚は目を丸くする。田沼も顔を赤くして口元を手で隠す。
だが蓮木は動揺しなかった。
その手紙を木塚から取り上げる。
「こんなのは..イタズラ。どうせ行ったら行ったで、笑いものにされるだけ。」
蓮木はそれをゴミ箱に捨てようとするが、
「ま..待ってよハスキーちゃん!」
田沼がそれを止める。
「その...お手紙っていうのは、その人の気持ちが詰まってるものだから..。その、なんていうのかな。勇気をだしてくれた子への気持ちだけは、受け取ってあげていいんじゃないかな?」
「行けってこと...?」
「ほら、全部が全部いたずらってわけじゃないと思うし..それに、もし本当だったら、ちゃんとハスキーちゃんが答えを出してあげないと..。」
「....。」
蓮木は手紙をポケットに突っ込むとそのまま教室へ歩いた。
「ハスキーが凛々しくてクールだって!ただボケてるだけなのに!」
「うっさい」
「で、もし本当だったら?」
「だったらって?」
「Yes or No?」
「相手も知らないのに、答えれないでしょ。」
「じゃあすっごいイケメンだったら?」
「あたしのイケメンの基準はキアヌだもん。」
「まぁまぁ、男の人は顔じゃなくて心だよ。」
「それはイケメンがいうセリフだぁ!!」
―――――――――――――
今日は珍しく授業中に一睡もできなかった。
本来であればそれが正しいんだろうが、彼女や彼女を知る者からするとそれはちょっとした異変だった。
学校終わりのチャイムが校舎中に響き渡る。
蓮木が立ち上がった時に、二人はいた。
「さぁさぁ、ハスキーさん!行きましょうか!」
「ごめんね!私もちょっと気になっちゃって...。」
田沼は手を合わせる。
「他人事だと思って....。」
体育館裏、少女漫画でよくあるベタなところをよくもまぁ、なんの捻りもなく指定してきたものだ。
蓮木は体育館の壁に背を預け、腕を組む。
そして、物陰から二人は蓮木のことを見守っていた。
立ったままもたれながら寝るのはいつもの得意技だが、今日はそうはいかなかった。
(.....告白か。漫画でしか見たことないけど。好きって言われるのって...どんな気分なんだろ。でも、男の人と付き合うなんて、ちょっと想像できないなぁ。こんなときお母さんなら、キツネなら、タヌキなら、どうするんだろう。)
「おお~あのハスキーが悩んでる」
「ハスキーちゃん、大丈夫かなぁ...。あ!誰か来たみたい!」
「え!どれどれ!って!!え!?」
「あ...あの。ハスキーさん。わた...私がその...手紙の...。」
人の気配は感じても決して目は開かなかった。そうして動揺を悟られないようにしたのだ。
だが、少し気になるのは男性にしてはずいぶんと声が高い。
蓮木は壁から背を離してゆっくり声の主を見る。
そして度肝を抜かす。
「...!!ハスキー先輩!!好きです。私と付き合ってください!」
そこにいたのは今朝、彼女らにあいさつをして去っていった、下級生の少女だった。
「お...女じゃん!」
「ええ..これは...予想外..。」
物陰からばれないように驚愕する二人。
もちろん一番驚愕しているのは当の本人だ。
いっつも眠そうにしている目を限界まで見開く。
「お....女....。」
「わ..私、1年2組の灰谷って言います!ハスキー先輩!入学してすぐ、先輩をお見掛けして、ほんと、心を射抜かれました!無理は承知ですけど、この気持ちを伝えたくて!」
「い..いや...いくらなんでも...私、女は無理..!」
「そこをなんとか!」
蓮木は高校生活始まって以来最大の難関にぶつかった。
「ど..どうするハスキー..?」
固唾をのんで二人は見守る
その瞬間蓮木は猛ダッシュでその場から去る。
二人も物陰から出て、蓮木の後を追う。
「ははは!!!やっぱそういうオチなんだ!」
「冗談じゃ....ない...。」
「お...追いかけてきてる!」
「せんぱーい!!ハスキーせんぱーい!!!」
(....悪夢だ。)
人物紹介
灰谷 秋保
蓮木たちの通う高校の一年生。多少レズッ気がある。とにかくまっすぐな性格で後先考えず突っ走ってしまう。少女漫画が大好き。