転生童貞君が爆おっぱいに振り回される話
トラックに突っ込まれて気を失った後、目覚めた俺の視界に入ってきたのは、明らかに若返ったとしか思えない親父とお袋の姿だった。「たくみー、ぱぱでちゅよー」だの、「ままのおっぱいのみましょうねー」だの言われた時は、
ーーさてはこいつら、若返りにつられてやばい薬に手を出したな。
なんて本気で思ったが、数日もすれば、おかしいのは自分の方だということに気がついた。
明らかに小さくなった手に、不自由な体。窓ガラスに反射する、猿のような、それでいて愛らしさを感じるくしゃくしゃの顔。
どうやら俺は、タイムリープしたらしい。
どうせなら俺が好んで読んでいた小説のように異世界に転生してチーレムしたかったが、考えてみれば、今のこの状況も十分に美味しい。
パッとしない中堅国公立卒業の俺でも、流石に二度目の勉強でつまづくとは思えないし、苦手だった運動も、幼いうちから努力を重ねれば十分チートの範囲にまで持ってけるだろう。あとは適当にピアノや英会話なんかを習っておけば、完璧超人の出来上がり。
さらに、前世の俺が一時期スマホの暗証番号6桁を宝くじの当選番号にしていたことから、まだその時の番号を暗唱できる。確かそん時はキャリーオーバーがどうのこうので史上最高額の当選額だったはずだから、よっぽどの使い方をしない限りは今世において金に困ることもないだろう。
すげえな、俺の人生。母親の乳吸ってる段階でもう成功が約束されてるんだぜ? なんていうイージーモード。俺を転生させてくれたのが神様なら、土下座して足舐めてやってもいい。
ーーああいや、まだあったか。俺の人生に足りないものが。
女だ。
前世の俺が独身だったせいかすぐには思い浮かばなかったが、前世の小説では「転生」「チート」と来れば、次は必ず「ハーレム」なくらい、この三つはある種の理想としてワンセットにされている。チーレム小説愛好家として、どうせならその三つ全部コンプリートしたい。というか単純に、前世で出来なかった分、女の子とイチャイチャしまくりたい。
ああ、あの時あの子に声掛けとけばーーなんて後悔はもう絶対にしない。
将来美人になる子には迷わず粉をかけていくスタイルで、少しでも脈がありそうなら積極的に仕掛けていく。未来知識だって攻略に役立つなら使ってやる。自重なんかクソ食らえだ!
勉強だけで灰色の青春を送った前世のようにはならない。今世こそバラ色のはーれむを、きづき、あげ、て、むにゃむにゃ.........すぅ。
「おや、寝てしまったようだな」
「可愛い寝顔ね、パパ」
「そうだな、ママにそっくりだ」
「あら、嬉しい。でも目元なんかはパパ似じゃない?」
「そりゃそうさ。この子は僕たち2人の子供なんだから」
ーーそこ! いちゃつくなら子供のいないところでやれ! 気持ち悪くて目が覚めたでしょうが!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて、俺が転生した日から、今日で11年と3ヶ月が経った。今の俺はピカピカの小学五年生。予定通り勉強も運動もかなり高い水準でこなし、スーパー小学生として近所に名を馳せている。
この前女子が隠れてやってた『かっこいい男子ランキング』でも一位に選ばれていたし、何度か告白イベントも経験した。まあ、それは全て断っているのだが。
別に日和ったからとか、そういうわけではない。俺だって彼女いない歴=(精神)年齢の方程式を早く崩したくてたまらなかった。が、そこをぐっとこらえて今まで恋人を作らなかったのには理由がある。
その理由がーー
「おはようございます、沙也香さん!」
「おはよう、拓海くん。今日もいい天気ね」
この人。藤堂沙耶香さんだ。
ロングの黒髪に、丸眼鏡。文学少女といった感じの容姿を持つ彼女には、他の誰にもない、オンリーワンな個性がある。
つまり、なんというか.........
おっぱいが超でかいのだ。
でかい。マジででかい。どれくらいでかいのかというと、ものすごくでかい。
彼女は今中学三年生らしいのだが、その特大のおっぱいはセーラー服を突き破らんばかりに飛び出て、今も歩くたびにバルンバルン揺れている。もう本当目に毒。
すれ違う人々は男女問わず8割くらいの確率で二度見するし、俺だって『今日』という明確な期限がなければ、アホみたいに口開けて彼女のおっぱいをガン見していただろう。今横をすれ違った同じクラスのやつのように。
相沢ァ、てめえは殺すからな。覚えとけよ。
そして、そんなリアクションを取られれば、この人だって気がつくわけでーー
「あ、あはは.........拓海くんは大丈夫? 私なんかと歩いてて、学校でいじめられたりしない?」
「?......私なんか? 沙也香さんは綺麗ですよ! それに優しいし! もっと自分に自信を持ってください!」
「自信、かぁ。私なんて、学校で『牛』とか『奇乳』とか陰口叩かれてるからなぁ。はぁ、こんなもの、もげちゃえばいいのに」
「そんなとんでもない!」
「え?」
「あ、いえ。沙也香さんは牛じゃないのに! ひどい人たちです!」
ご覧の通り、彼女はその爆おっぱいがコンプレックスなのだ。そして、かなりのネガティブ人間。普段から人を拒絶していて、学校でもいつも一人でいるらしい。
そんな彼女とこうやって普通に話せるようになるまで、どれだけ大変だったことか。
目を見て話すのは絶対条件。人の視線に敏感な沙也香さんは、ちょっと胸に視線を送られただけで、もうその人に対して苦手意識を持つ。胸に関する話題は絶対NGだし、振られても乗ってはいけない。「僕、純粋だからわかんないよぉ」で返さなければならないのだ。さらに、この人がネガティブな発言をするたびに「そんなことないですよ!」って否定してあげる必要があった。
.........改めて振り返ると、超めんどくせぇな、このおっぱい。ハーレム要員にするつもりじゃなかったら、絶対に関わらなかったわ。
けどまあ、そうやってこの人のご機嫌とりに勤しむのも恐らくは今日で最後だ。
俺の未来知識によると、今日この日の放課後、藤堂沙也香は同じ中学の不良グループに襲われる。
もちろん沙也香さんのその中学生らしからぬ身体目当ての犯行だが、わざわざ沙也香さんの塾帰りの時間を狙って待ち伏せたり、大人の協力者を募ってハイエース用意したりと、下半身で動くサルの群れとは思えないほど計画的な犯行だったらしい。本気で乳を揉みにいっている。
結果的に沙也香さんは清い体のまま助かったものの、心に深い傷を負った彼女は、それをきっかけに引きこもってしまう。
当時は割とセンセーショナルな事件だったからぼんやりと覚えているし、今世で仲良くしている犯人の弟経由である程度裏を取ったから間違いない。
もうわかるだろう? 俺の言いたいことが。
俺がおっぱいを助ける。おっぱいは俺に惚れる。俺はおっぱいを揉める。
「なんて完璧な計画なんだ......」
「え? 何が?」
「あ、いや。なんでもないです。僕はこっちなんで、沙也香さんまた今度!」
小学校と中学校の分かれ道、T字路を右に曲がる沙也香さんの背に向かってぶんぶん手を振りながら(純粋演技の一環。やらないと次の日の沙也香さんの態度が少しよそよそしくなる。すごくめんどっぱい)俺は心の中で邪悪な笑みを浮かべた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はぁ、はぁ......あのクソ教師、自分の仕事生徒に押し付けやがって」
走りながら腕時計を確認。時刻はもう7時半。田舎の冬は本当に暗くて、街灯と月明かりだけを頼りに目的地まで走る。
あー、くそっ。警察官かお節介な住民かは知らんが、沙也香さんが助けられる前に乱入しないといけないのに。ここで間に合わなかったら沙也香さんは引きこもりへとジョブチェンジ。爆おっぱいは扉の向こうにログアウト。一体何年俺があのクソ面倒女のご機嫌取りをやってきたと思ってる。その努力が全てパーになるんだぞ!
頭の中でクソ教師に対して罵詈雑言を吐きつつ、必死で足を動かす。
沙也香さんは塾が終わるのは7時だと言っていた。そして、そこから毎回20分程度自習をしてから出ると。もう本当、今の時間だとギリギリ間に合うかどうか。
未来知識によると犯行現場はこの角を曲がった先の公園だ。頼む。間に合っててくれーー
「だ、だれか! たすけてっ!」
「うるせえ、黙れ! おい、こいつの口塞げ! ガムテープでいい」
「いや、そんなものありませんって」
「車にあっただろ! ほら、さっさと取ってこい!」
「へいへい」
しゃあおらっ! 間に合ったあああっっ!!
しかも一人離脱者が出た最高のタイミング。これはもう、神が俺の味方をしているとしか思えない! オパーイ!
「ーーーふっ!」
気合いを入れるために一度だけ息を吐き出し、全力疾走してきたそのままの勢いで突っ込む。俺は頭脳は大人でも身体は子供なただの小学生。対して相手は体格のいい中学生三人+大人一人。ここで足を止めたら恐怖でもう二度と動けなくなってしまう。俺はそんな弱い人間だから。
最初に狙うのは、一人だけ沙也香さんを囲む輪から外れているでかいやつ。多分ハイエース持ち出してきた大人。力も強いだろうし、一番最初に無力化しておきたい。
後ろからこっそり忍び寄って.........今だ!
「はあっ!」
「あばばばばばばばばばばばば!?」
くらえ! 正義の鉄槌スタンガン!
力が抜け、ガクンと膝から倒れこむ大人を茂みに向かって放り込む。
「よし、まずは一人」
車に戻った一人はまだ帰っていないし、残りの二人も暴れる沙也香さんに気を取られていて、こちらの動きには気づいていない。
もう一人くらいは不意打ちで沈めれそうかな。
卑怯などとは言うことなかれ。
小説や漫画の主人公ならいざ知らず、あいにく俺はちょっと武術をかじっただけの小学五年生。むしろ武術の経験があるからこそわかる。この体格差と人数差では、正面から挑んでも勝てっこない。
だから不意打ち上等で狡い手も積極的に使っていくし、素手の相手に凶器を持ち出す。過剰防衛で訴えられるのが怖いから、一応マスクにサングラスも装備して。
先程倒した大人を放り込んだ茂みに自らも飛び込み、音を立てないよう四つん這いになって進む。
沙也香さんの周りに二人固まっているから、一人は不意打ちで倒せても、もう一人とは正面から戦うことになる。最悪の場合は、不意打ちを対処されて、離脱した一人も含めて三対一で戦うことも覚悟しなければならないだろう。
心臓がバクバクいってるのを感じる。止まらない汗は鬱陶しいし、本音を言うと、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
でも、俺は決めたんだ。もう後悔はしないって。
あのおっぱいを、絶対に揉むんだって。
「ーーーはあっ!」
「いってえ! な、なんだ!?」
茂みから近かった一人の太ももにナイフを突き刺し、スタンガンを構えてもう一人に突貫する。
「くらえっ!」
「あばばばばばばばばばば!」
スタンガンで相手を気絶させるには、5秒程度の時間、首筋に当て続ける必要があるのだが、何気にこの5秒間は結構苦痛だったりする。
もし今この瞬間、この男が反撃してきたら。もしもスタンガンの電池が切れたら。もし今あのガムテープ取りに行ったやつが戻ってきたら。もし、もし、もし.........。
たった5秒なのにそんな感じの嫌な想像は無限に湧いてくるし、俺の方が背が低いから割と体勢がつらい。そしてなによりーーー
「あばばばばばばばばば! あばばばば!! あばばばばばばば..................ばぅ」
超うるせえ。
お前未遂とはいえ性犯罪者なんだぞ? 周りにバレないようもっと静かに叫べよ。鼓膜破れるっての。
そんな感じで5秒。
倒れた二人目を雑な感じで地面に転がして、三人目には金的でとどめを刺しておく。俺のおっぱいに手ぇ出した罰だ。あわよくば潰れてしまえ。
「おぐっ!?」
「よし、とりあえずはこれで全員かな」
ガムテープ取りに行ったやつは放置で。
割と簡単に三人を無力化できたし、この勢いで四人目も倒してしまいたい気持ちはもちろんある。がしかし、俺の目的はあくまでも沙也香さんを助け出すこと。レイプ犯に天誅を加えることではない。間違って四人目に負けてもシャレにならんし、後のめんどくさそうなことは警察に任せて、俺は美味しいところだけをいただくのだ。
ハーレムもののラノベ主人公のように!
そう、ハーレムもののラノベ主人公のように!
というわけで、俺は呆けたように座り込んでいる沙也香さんに駆け寄った。
「逃げますよ、沙也香さん!」
「え? え、あ......拓海くん?」
「ちょっ! 顔隠してるんだから名前呼ばないでくださいよ!」
こいつらに聞かれたら復讐されるかもしれないだろ!?
「あ、ご、ごめんなさい」
「もうそれはいいですから! 早く立って!」
「あ、いや、それがね。私、今腰抜けちゃってるみたいで............ううっ、ぐすんっ」
なぜそこで泣く!?
ああもう! 本当にこの人はめんどっぱいな!
「泣くのは後で! ほら、おんぶしますから乗ってください」
「で、でも、うぅ.........私、重いよぉ?」
「いいから! 早く乗って!」
「だめだよ。む、胸とか。胸とかがさ、背中に当たって嫌な思いするかもしれないし.........」
いい加減にしろ! こんな状況で何言ってんだこのおっぱい女は!
そんなもんウェルカムに決まってんだろうが!
「今すぐ乗らないなら、ここに置いてきますから」
「それはいや!」
低めの声で脅す俺の言葉を間に受けて、慌てて俺の背中に飛び乗る沙也香さん。うんうん、素直な子は大好きだよ。
「じゃあ行きますよ! 落ちないように、しっかり密着してくださいね! 落ちないように!」
「ううう...わ、わかった。............えぃっ!」
「おおおおおおおおおっぱああああああい!」
今ならナイジェリアまで走れそう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて、俺のハーレム計画の第一歩となったあの事件の日からもう一ヶ月になる。
あの後沙也香さんを彼女の家まで送った俺は、ラノベの主人公の真似して「沙也香さんのことは僕が一生守りますから」とか「沙也香さんは僕の大切な人ですから」とか適当にそれっぽいこと言っておいて、最後は「あれ? 顔が赤いですよ? どうしたんですか?」でしめておいた。実際、あの時の沙也香さんは割と発情したメスの顔してたし、間違ったことは言ってない。
計画は順調だ。
今は俺がまだ恋愛の「れ」の字もわかっていないような純粋小学生(演技)ということもあってか実感があまり湧いていないようだったが、彼女が俺に惹かれつつあることは間違いない。
子供にとっての4歳差はかなり大きいが、大人になっていくにつれそんなものは誤差になってくる。このまま順調に彼女との仲を深めていけば、まず間違いなくあのおっぱいの所有権は俺が獲得することになるだろう。
「ふふふ、すばらしい」
ピロリン♪
「ん? お、沙也香さんからメールだ」
まあ少し心配なところがあるとすればーーー
『またママとパパに学校行けって言われたの。いくらみんなからの視線が怖いって言っても「頑張れ」としか言ってくれなくて.........もう私の味方は拓海くんだけだよ。ママとパパはわかってくれない。私なんかより仕事の方が大事だから...。
拓海くんはまだ学校なのにごめんね。忙しかったら返信はしなくてもいいからね。』
俺の前世の記憶と同じように、沙也香さんが不登校になってしまったというところか。
あの事件は結局警察沙汰になり、地方局のニュースで流れたこともあってか、しばらくの間地元では結構な話題になった。沙也香さんが警察にゲロったせいで(おかげで?)俺はクラスのガキどもから一週間ほどヒーロー扱いを受けたが、被害者である沙也香さんは違った。元々クラスで孤立気味だった彼女の周りには、親身になって相談に乗ってくれる友達よりも根も葉もない噂話を面白がって広める人間の方が多く、加害者のクソ野郎どもがさっさと鑑別所から出てきてあることないこと騒いだせいか、沙也香さんはまさに孤立無援な状態。さらに運が悪かったのか狙ったのか、クソ野郎の親が沙也香さんの父親の働いてる会社の偉い人だったとかで、彼女は家でも余り上手くいってないらしい。
その結果が、今の小学生に愚痴る中学三年生という図になっているのだから、笑えない。
「まあ、余り悲観しすぎるのもよくないか」
人の噂も七十五日という有名な言葉もある。今はこれだけ弱ってる沙也香さんだけど、二週間もしたら案外普通に学校に通えるようになるかもしれないし、たとえ中学の間に社会復帰できなかったとしても、高校に進学するタイミングで引っ越すとかの選択肢も取れるわけだし。
親御さんとの仲が悪化したのも、話を聞いていると、沙也香さんの勘違いというか被害妄想が原因に思えるところが多々ある。これからきちんと話し合っていくことで、誤解も解けて、そのうち仲直りできるだろう。
『迷惑だなんて思いませんよ。沙也香さんとお話しできて嬉しいです。ごめんなさい。僕は沙也香さんを守ると言ったのに、こうして話を聞くくらいしかできません。だから悲しい時、つらい時は溜め込まないで僕に言ってください。僕なんかでよければ、いつでも話聞きますので!』
ま、せめてそれまでの間、釣った魚に餌をやる程度には彼女の支えになってやるか。
ピロリン♪
『ありがとう。ごめんなさい。つらいです。今日会えますか? 話を聞いて欲しいです。本当にごめんなさい』
明るい着信音とは裏腹なメールの内容に、思わず嫌な笑いが出る。彼女は一体、どんな気持ちでこのメールを書いたんだろうね。
「拓海君、もう授業始まりますよ。携帯はしまいなさい」
「へーい」
最後にこれだけ返信しとくか。
『もちろんです! 放課後なら空いてますよ! ファミレスとかでいいですか?』
ピロリン♪
『私の家、来れる?』
うーん、まじか。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「いらっしゃい、拓海君」
「こんにちは、おばさん」
というわけで放課後。藤堂家。
沙也香さんも事件の後しばらくは頑張って学校に通ってて、その間は毎日一緒に登下校してたから、直接会うのは大体一週間ぶりになる。メールは毎日してたけど。
藤堂家はちょっと裕福な一般家庭といった感じで、駅に近い割といい立地の一軒家だ。家族構成は夫婦二人+沙也香さんの三人家族。
事件前からおじさんの仕事が忙しくなって来た所に沙也香さんの思春期が重なって割と分離状態だった家族仲だが、今回の事件の後、様々な誤解やすれ違いを経てさらに悪化したらしい。
沙也香さんを送り届けた時に真剣な顔で「ありがとう」と言ってくれて、事情を話した時は「クソガキ共に天誅を食らわせてやるわ!」と憤っていたおばさんも、あの時よりだいぶ声が疲れているし、何よりクマがひどい。おじさんも職場で件の上司から嫌がらせじみたことをされてるらしいし、こういうのを見てると本当に世の中の理不尽を感じるね。
ま、事件を半ば予知してて直前まで何もしなかった俺の言えたことじゃないんだろうけど。
そんなことを考えつつ、俺は二階の一番奥、沙也加さんの部屋に向かう。
ノックは3回。2回だとトイレになっちゃうってどこかで聞いた。あれ、逆だっけ?
「さやかさーん、入りますよー」
.........返事はない。ただのしかば
「.........拓海くん?」
言わせろよ。
「はい、僕です」
「.........入って」
かき消されてしまいそうな弱々しい声に促され、僕は部屋の中に足を踏み入れた。
「ーーっ、お久しぶりです、沙也香さん」
一瞬言葉に詰まったのは、俺の予想していた以上にひどい光景だったからだ。
カーテンを締め切ったその部屋は真っ暗で、床にはビリビリに破かれた漫画本と、クラスの人たちから送られた寄せ書きだろうものが踏みつけられたかのように張り付いている。
沙也香さんはそんな部屋の端っこで、膝を抱えて、その間に顔を埋めていた。
「死にたい」
そして一言目でこれである。
「でも......一人じゃ、怖くて..................私、死ぬから。怖いけど、頑張るから。お願い。手を握ってて、くれる?」
嫌なんだが。
「沙也加さん。冗談でもそんなこと言わないで...............えっ、と。あれ?」
あ、やべ。セリフ飛んだ。
ここにくる前に沙也加さんを励ます言葉を色々考えて暗記してきたのに、「死にたい」発言で全部飛んでしまった。どうしよう。
てゆーか俺、今思ったけど、前世含めて女の子の部屋入ったの初めてなんじゃね? 前にこの家に来た時は「汚いから駄目」とか言って結局入れてくれなかったし。そんなことを意識したら、この部屋のなんとも言えない甘い匂いが気になってくる。 別に好きな匂いってわけではないんだけど、とにかく甘い匂いがする。これが沙也加さんの匂いなんだろうか。
「ごめんね、こんなこと言って。迷惑だったよね。そうだよね、私なんか触りたくないよね。私最低だ。優しくしてくれるからって、年下の子に甘えて、困らせて......」
やばい。口ごもってたら沙也加さんが鬱モードに入ってしまった。
とりあえず抱きしめとくか?
「たくみ......くん?」
ーーあ、沙也加さんの匂いだ。
思えば、沙也加さんと一緒に学校に通っていた時も、おぶって公園から逃げていた時も、こんな匂いがしていた気がする。なんで今まで忘れていたんだろう。こんなに落ち着く、いい匂いなのに。
「僕は沙也加さんが死んじゃったら悲しいです」
事前に考えてきたのとは全く違う言葉なのに、何故か、次に言いたいことが頭に浮かび上がってきた。
「年下とか気にしないで。辛いことがあったら僕に打ち明けてください。僕を頼ってください。僕は......僕だけは、何があってもあなたを否定しない。何があっても、あなたの味方でいます。あなたは僕のーーー」
沙也加さんは俺のーーー。
「とっても大切な人ですから」
そこでようやく、膝に顔を埋めていた沙也加さんが顔を上げた。不思議なことに、その潤んだ瞳から、全く目がそらせない。
このままでは、吸い込まれてしまう。
「............ほんと?」
「はい」
「ほんとにほんと?」
「はい。本当に本当です」
しばらくの間2人して無言で見つめ合っていたが、突然、堰を切ったように沙也加さんの目から涙が溢れ始めた。
「うっ、ううっ、わだじのみがだはたくみぐんだけだよおぉぉ〜」
あ、ちょっ、鼻水が。
「わだじぃ! がんばったのに! がんばってるのにぃ!」
「はい、沙也加さんはいつも一生懸命です」
「ママとぉ......ひっく、パパがぁ!ーー」
うん。
「ーーがっごうでもぉ! わるぐちいわれてぇ!」
うん。
「わだしいいぃぃ! こんなっ、こんなにっ、がんばって......ひっ、がんばってるのにぃ!」
鼻水で急に冷静になったけど、一体俺は何を言ってるんだ。めっちゃ恥ずかしいぞ。あんなのもう告白じゃないか。
今までは、こう、ハーレム系の主人公が言いそうなセリフを適当に言ってるだけだったけど、自分の言葉で伝えると急に恥ずかしくなってくる。てゆーか俺、微妙にヤンデレっぽくなかったか!?
違うからな? 沙也加さんはハーレムのおっぱい要員に必要なだけで、別に惚れてないからな? 俺は乳が揉めりゃあそれでいいんだよ!
「うっ、ううっ、だぐみぐうぅん」
「あ、はい。沙也加さん偉いですよー。いいこいいこ」
「だぐみぐううぅぅん!!」
俺の首筋に鼻水を擦り付けながらギャン泣きする沙也加さんを、そうやってしばらくの間撫で続けたのであった。
いや、ほんと違うから。「この人には私がいないと...」とか、そんな某国民的アニメのヒロインみたいなこと、絶対に思ってないから。
ーーおい、誰だ今しずかちゃんって言ったやつは!?
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
早いもので、俺はもう高校三年生になった。
「たくみくーん、学校お疲れ様!」
「はい、お待たせしました。帰りましょうか」
「うん!」
あれから、沙也加さんは高校には受かったものの、一ヶ月も経たないうちに中退。花嫁修行とは名ばかりのニート生活を送っている。順調に社会不適合者への道を歩んでいるように見えるが、ここ数年で結構図太くなった沙也加さんは全く気にしていないようで、「私は拓海くんのお嫁さんになるからいいの」と昼間っから余裕の笑みでグータラしている。人生なめくさってんな。
とはいえ、俺と結婚することに関しては本気らしく、こうして学校帰りには必ず迎えに来て、俺が他の女にうつつを抜かしていないかの確認にくる。
少しでも他の女と話そうもんなら怒りの唸り声をあげ、そのでかい乳を揺らしながら突進してくるため、俺のハーレム計画は頓挫。どころか、クラスですっごい浮いた。俺にはヤンデレで頭のおかしい彼女がいるという噂が学年どころか学校中に広まり、俺は高校三年間ぼっち。
ハーレムを目指しておきながら、初手で地雷を引いた感がすごい。
だがまだ希望はある。
俺は推薦で県外の有名私大に行くことが決まっている。俺たちの住むこの街から新幹線で4時間くらいかかる遠い町の大学だ。そこまで離れてしまえば、そこで俺が何をしていようと、沙也加さんにはそれを知るすべがない。
つまり、大学では沙也加さんの妨害なしで恋愛できるということだ。なんだよ、最高かよ。オラ、ドキがムネムネしてきたぞ。
「えへへー、拓海くん!」
なんだい、ムネムネ?
「なんですか、沙也加さん」
「んふー、えへへ。この前、2人で拓海くんの十八歳の誕生日のお祝いしたよね?」
「ええ、そうですね」
「それでねそれでねーーー」
だらしない笑みを浮かべながら俺にすり寄ってきた沙也加さんは、ワンピースのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「じゃじゃーん!」
広げられたそれは、いわゆる婚姻届というものだった。『妻』の欄は既に記載されていて、しっかりハンコも押してある。
「結婚しよう!」
恥じらうこともなく、笑顔で言い切った沙也加さんには、数年前のいつも自信なさげでオドオドしていた頃の面影は既にない。自分に自信を持てるようになったとかそういうわけではなく、それだけ俺を信じてくれているのだろう。
「拓海くん、大好き!」
あ、やばい。どうしよう。沙也加さん可愛い。さっきハーレムハーレム言っといてなんだけど、今すっごい気持ちが揺らいでる。沙也加さんをもっと笑顔にしたい。けどハーレムは小さい頃からの夢だし、それに、俺も一回くらいまともな恋愛がしてみたい。
俺は......俺は一体、どうすればいいんだ!
「拓海くん、だーいすき!」
沙也加さんが抱きついてきた。胸が当たった。柔らかかった。
ーーー俺はサインをした。
評価、感想くださると作者が貧乳派から巨乳派に鞍替えします(適当)。