第06話:監視
とにかくそんな経緯で、椎名は田井中の弟子……と言える存在になった。
田井中としては、別に彼の能力などを買って弟子にしようと決めたのではない。
IGA局員としての責任を取るために。そして彼を監視するために、弟子という立場にしたのだ。
「まぁとにかく」
椎名が撃っていた的を見ながら、田井中は言う。
梅が開発した腕時計型麻酔銃は、十本も撃てるデタラメなアイテムだ。しかも某漫画のように見えづらいほど細くはない。髪の毛ほどの太さはあるので視認する事もできる。これは田井中からの注文によるものだ。当たった事が確認できなければ油断に繋がってしまう可能性がある、という理由からだ。梅はそれを「なるほど」と納得し、こうして注文通り……若干想定を超えた感はあるが作ってくれた。
田井中は的へと近づき、当たった麻酔針を確認した。
十本の針が的に刺さっていた。そのうち三本は的の中心に刺さっている。
「少しは、射撃の腕が上がったようだな。実戦にはまだ出せんレヴェルではあるが……まぁいいだろう。俺のサポート要員として、一緒に来い」
「ッ!! は、はいっス!!」
椎名は目を輝かせながら返事をした。己が尊敬する相手に、少しは認められた。その事がとても嬉しいのだ。
「じゃあまずは……俺の『表』の仕事の手伝いからな」
※
IGAには、副業を持っている者が多く所属している。
局長はイタリアンレストラン『スパシーバ』の店長をしているし、梅も一応教職に就く予定だ。主に♰カオスオーナー♰たる浅井智哉の監視のために。
というかそもそも忍者という存在は、任務のために、周囲の人達に怪しまれないよう様々な顔を持つ事もあるので別におかしくはない。
そして田井中もそんな局員だった。
ちなみに彼の場合は、探偵である。
肘川市の駅から徒歩七分。
繁華街などとは違い、人気が少ない通りにそれはある。
【田井中探偵事務所】
それが田井中の城。
ただの仕事場ではなく彼の家も兼ねた事務所だ。
「うわぁ! 俺、探偵事務所に初めて入ったっス! 感動っス!」
椎名は事務所内をキョロキョロと忙しなく、キラキラと輝かせた目で眺めた。
田井中としてはそう言われて悪い気はしないが、どうせなら身元が判明している青少年に言われたいと思った。正体不明の存在に言われても素直に喜べない。
「……というか師匠、なんで人通りが多い場所じゃないんスか? ここだと依頼人が見つけにくいんじゃ?」
「ふぅ……だからお前は」
頭痛がしたのか、田井中は右手で頭を押さえつつ言った。
「依頼人の多くは、人には言えない秘密を抱えて、ここに来る。だからな、基本的には人に、この事務所に入るのを見られたくはないと思っている。ここは、そんな依頼人でも来れるように作った場所だ」
「そ、そうだったんスか!!」
椎名は衝撃を受けた。
まさか田井中が、依頼人の事まで考えて事務所を作ったとは思わなかったのだ。と同時に、依頼人の気持ちを考えられない自分を恥ずかしく思った。
「さて、それじゃあ仕事だ」
衝撃を受けている椎名に、田井中は一枚の写真を見せた。そこには一人の老女と一匹の黒猫が写っている。
「そろそろ『表』の仕事もしなきゃな。困っている町の人達のためにも」
※
探偵の仕事は、なにも殺人事件の解決……というワケではない。
というかアレは探偵を主役として目立たせるというコンセプトの下に考えられた物語独自のパターンだ。いや、それ以前に殺人事件ばかりを扱うミステリー系物語の、探偵自身が死神ではないかと思えないだろうか。
実際の探偵は、素行調査や、家出した子供やペットの捜索などの、ごくごく日常的な仕事をしている。フィクションの物語で言えば、日常の謎を解決するタイプの探偵の方が実際の探偵に近いだろうか。まぁ時には、それが死体発見→殺人事件に繋がったりするが……滅多に起こらない。
そんな田井中達の、今回の『表』の仕事は家出したペットの捜索である。
自分の子供が上京・独立した後に飼って、可愛がっていた黒猫が、ある日突然、家からいなくなっていたので捜してほしいという、飼い主の老女からの依頼だ。
「猫の活動範囲はせいぜい、半径五百メートル。依頼は昨日来たモノだが、いなくなったのは三日前だから……半径千五百メートルの範囲内の、家猫野良猫問わず、とにかく猫が集まる場所を重点的に捜索する」
「うわぁ、気が遠くなりそうっスね」
果たして肘川市内には、どれだけの数の家猫や野良猫がいる事やら。それを想像しただけで、椎名は苦笑した。しかし田井中は顔色一つ変えない。困っている依頼人の事を思えばこそ、彼は真剣でいられるのだ。
「だがやるしかない。それが探偵であり……それ以前に社会人としての責務だ」
※
そして田井中達は、依頼人の家から見て半径千五百メートル内の猫の溜まり場を捜索した。公園や裏路地などを一緒に見て回り、途中でそれっぽい猫を見かけたりしたが、目つきや毛並みが違った。ちなみに、その猫を確認しようと、椎名が手を伸ばした時……彼はその猫に顔を引っかかれた。椎名はギャーギャー騒いだ。
それを見た田井中は、もし彼が敵だとすると凄い演技力だと驚嘆した。
と同時に。
田井中はこの肘川市を、探偵として何度も走り回ったが故に……気づいた。
(猫が……いつもより少ない?)
普段たまり場に集まっている猫が、今夜は数匹ほど少ない事に。
猫は基本的に夜行性である。
なので夜に、より多くの猫が集まり、そしてその中に依頼人が飼っていた黒猫もいると踏んだのだが……。
(肘川市内に他県の動物が出現する事と関係が……いや、まさか)
ふと、田井中は同時進行で調査している事件を思い浮かべた。
しかしそれはあまりにも突飛な想像であったため、彼は頭を振ってペットの黒猫の捜索を続けたのだった。