第05話:弟子(後)
「えーと、諸事情により……IGA肘川支部の合言葉を変更する事になりました」
数日前。IGAで行われた全体会議で、弐課課長たる堕理雄はそう告げた。
途端に、一部の局員が何事だとざわつき始める。それを見て堕理雄は思わず溜め息をついたが……意を決してさらに言葉を続けた。
「数日前、どこぞの局員がヘマをして……当時彼が担当していた案件の犯罪組織の関係者たる情報機関にここの合言葉を覚えられ、さらにその諜報員が局員に変装しここに侵入しかけました。幸運にも侵入前に……他の局員によってそれは阻止されましたが、これからもそういう事態が起こらないとは限らないため、課長達と局長の話し合いの結果……合言葉を変える事となりました」
するとざわついていた局員全員が納得した。確かにそんな事情があるのであれば合言葉の変更もあるだろう。というかアレは長すぎて途中で舌を噛みかねないから変更してくれてむしろ良かったと思っている者もいた。
「それでは、後は梅ちゃん……よろしく」
「フッ、任された。ではここからは、この峰岸梅が説明させていただく!」
堕理雄は、途中で参課課長たる梅にバトンタッチした。
後を任された梅は、不敵な笑みを浮かべながら「フッ! 実は私は……ここの合言葉は分かりやすすぎだと、前から思ってはいたのだ」と、一部局員の反感を買いかねない前置きをまずすると、ひと呼吸を置いて話を続けた。
「フッ! そこで私は、ここの警備システムをアップデートしようと思い、そしてそのためにこの『ミキワメール』を開発した!」
叫ぶと同時、梅は己の胸の谷間からリモコンを取り出し、さっそく、あるボタンを押した。すると彼女の背後にスクリーンが降りた。
彼女はさらに別のボタンを押した。スクリーンに、現在彼女達がいる肘川支部の玄関前と、彼女の部下である一人の男性が映し出された。
「フッ! さぁ芦原、ドアに近づくがいい!」
『はいな!』
よく見れば梅の耳には無線機が装着されていた。
おそらく彼女はそれで芦原なる部下と連絡を取り合ったのだ。
そして梅の指示に従い、芦原がドアの前に近づくと――。
『フッ! 問題だ。局長の娘さん達の今日の下着の色を、長女から順に十秒以内に答えろ』
――ドアから梅の声が聞こえ、なんともアレな問題を出された!!
途端に局員達が唖然とする!!
『そんなん知らん!』
そんな中で、芦原は堂々とそう言った!!
同時に、スクリーンを見ている者全員が、いやそれ答えとしてどうなんだと唖然を通り越して頭を抱えた……のだが!!
『フッ! 正解だ!』
――まさかの正解に、一同は再び唖然とした!!
「フッ! 実はこの問題は……侵入者を困惑させるモノにして、味方にとっては合言葉のヒントでもある。しかも、それぞれ異なる合言葉のなッ」
梅ちゃんはキメ顔でそう言った。
「もしかして……パソコンにログインをする時、パスワードを間違えた場合に出るヒントみたいなモンか?」
田井中が挙手し、梅に質問した。
「フッ、まさにその通りだ!」
梅はビシッと、田井中に人差し指を向けた。
「おほー。するとすると……パソコンのそれぞれのページのように、パスワードが違う感じになるんですねー?」
「どんどんぱふぱふ~、確かにそれならパスワードが敵に分かりづらくてより安全でござる~!」
ウニとクロダイが、ミキワメールを称賛した。
だが一人だけ、神妙な顔で……如月が挙手した。
「ちょっと待て。味方に化けて合言葉を言う敵への対策じゃないのか?」
確かにそうだ。梅の開発したこのシステムではそんな敵を通してしまうだろう。
「フッ! 私とした事がうっかり説明を端折ってしまいました、如月先輩」
梅は、慌てず騒がず表情を変えず、堂々と改めて説明した。
「この『ミキワメール』は、その名の通り音声識別システムとかではない! そのパスワードを言う際の相手の目や表情筋、さらには手足の動きから相手を識別するシステムだ! 味方がなんらかの事情により敵に化けたまま帰還する事もあるかもしれんから、そこは抜かりない! さらに、私が最近発見した『シノビ粒子』なる粒子を感知する機能も搭載されており――」
※
とにかくそんな機能に引っかかってしまった椎名は、複数のIGA局員による尋問を尋問用の部屋で受けていた。彼は涙目で身の潔白を訴えた。尋問担当のIGA局員は、困った顔をマジックミラーの外にいる堕理雄達に向けて、助けを求めた。
「面目ない。俺の落ち度だ」
田井中は素直に、隣に立つ堕理雄と梅に謝った。
「謝らなくていいですよ、田井中さん」
堕理雄は困った顔をした。
「俺達だってあなたの実力を知ってます。ならあの子は、あなた以上に尾行の腕があったんでしょう。敵かどうかは分かりませんが、もし無害ならこっちに引き込む事もできるかもしれません」
「フッ! 無害ではないかもしれんぞ、普津沢先輩」
堕理雄の隣に立つ梅が口を挟んだ。
「我々参課も一応確認したが、彼に関する戸籍はどこにも存在しなかった」
その言葉を聞いた、田井中と堕理雄の表情が強張った。
弐課が調べた限りの情報でもそうだった。なので彼に関するデータが抹消された痕跡が見つからないかと参課にも協力を仰いだのだが……どうやら彼女らでも彼の正体に迫れなかったようだ。未来人だから当たり前だが、それを知らない田井中達には、椎名の存在はとても不気味に見えた。
「それに『シノビ粒子』を検知しているしな……フッ! もしかするとヤツは忍者の末裔、もしくは記憶などを消された敵性存在のスパイの可能性もある……が、私が開発した特製自白剤『クチスベール』でも吐かないのはおかしい。普通に忍者の末裔なのか? 是非とも解剖してでも調べたいものだ!」
梅に関しては、怖いもの見たさ的な感情が湧き起こり問題発言をする始末だ。
「…………普津沢、あの椎名ってヤツ……俺に預けちゃくれねぇか?」
なんだかスプラッタな予感がした田井中は、梅の発言に頭を抱えながら言った。
いや梅の事は信頼しているが、暴走時の彼女も知っている身としてはどうも不安なのである。
「別に構いませんよ」
気持ちが分かるのか、堕理雄は苦笑しながら言った。
「彼を呼んだのは田井中さんです。それなりに落とし前をつけるのは当然ですし、彼が敵の場合は……あなたなら簡単に制圧できるでしょう」
「ああ」
田井中は鋭い視線を、マジックミラー越しに椎名に向けた。
途端に椎名は、なぜか体を震わせるが……田井中はそれに構わず続けた。
「もしもの時は……俺が撃つ」
次回からは真面目に現代編です。