第02話:異変
現在。
「梅ちゃん、本当にかかっていたのか?」
殺し屋でもあった拳銃使い・田井中堅斗は、特殊通信端末『コッソリート』を片手に、その向こう側にいる同僚・峰岸梅へと話しかけた。
「その、トラバサミにかかったとかいう鶴……どこにも見当たらないぞ?」
『なに!? フッ! 少し待っていろ、監視カメラを確認する』
通信端末の向こうの梅が、周辺の監視カメラの確認を部下へ命じる。部下はハキハキと答えて監視カメラを確認し……彼女は苦笑した。
『乾め、貴重なサンプルを……明日、肘北に圧力をかけてヤツの宿題だけ倍にしてやろう』
「おいおい。さすがにそれは職権乱用だろ。というかお前が受け持つ予定の生徒のせいか」
田井中も思わず苦笑した。
『ああ。どうやら下校中に見つけられてしまったようだ。
下手をすれば、肘川に大事件を起こしかねない〝何か〟の手がかりの一つをな』
「……で、他の罠は?」
『調査に協力してくれた壱課弐課のメンバーの報告によれば……罠ごとサンプルを持ち去られたりしたケースもあった。フッ! やはりサンプルが感電死する覚悟で電流が流れる機能を罠につけるべきだったか』
「生きたサンプルが欲しいんだろ? 本末転倒だろ」
田井中は呆れながら言った。
彼女のぶっ飛んだ思考と発明には、ここ数年で慣れたつもりではあったが、まだまだのようである。
「とにかく、一度戻る」
『ああ、ご苦労だったな。後はこちらに任せろ。なんとか残ったサンプルだけで、今回の事件の全容を少しでも暴いてやろう』
そう言って二人は、同時に通信を切った。
太陽は西へと沈み始め、空は赤から紫へと変わり始めていた。
※
事件が起こったのは、三日前。
肘川市を流れる、コンクリートで固められたとある川で……本来いるハズのない生物が、その日発見された。
リュウキュウイノシシ。
本来であればその名の通り沖縄地方にいるハズの野生生物が。
リュウキュウイノシシは、川から流れてくる草やゴミを避けて水浴びしていた。見ているだけで悲しい気持ちになってくる光景だった。
肘川市の保健所は、すぐさまリュウキュウイノシシを捕獲した。
だが事件はそこで終わらなかった。なんとその次の日、今度は肘川市のとある住宅街にエゾヒグマが出現した。
ただちに猟友会と警察が協力し、事態解決に動いた。
だが彼らが到着する寸前、買い物帰りにエゾヒグマに遭遇した一般人・一屋夫妻の妻の方が、エゾヒグマを一撃で撃退していたために、事態はあっさり収束した。
※
「それ以外にも、スーパーにニホンカモシカが出現したり幼稚園にツシマヤマネコが出現したりと……その地の生態系を無視しているとしか言いようがない事件が、最近肘川で頻発しています」
所変わって、日本を陰から守護る秘密警察IGA肘川支部の会議室。
そこでIGAの弐課課長である堕理雄は淡々と、目の前でそれぞれ椅子に座っている同僚達へと現状を報告した。
「梅ちゃんにその動物達を調査してもらっているけど、結果が出るまでまだ時間がかかりそうだ。弐課だけでなく、手が空いている局員全員で独自に調査しないと、事件解決は当分先かもしれない。みんな、と言っても肘川市内での任務に就く人限定だけど、時間が空いた時で構わないから、その場にいるハズのない動物の出現に関する情報を見つけたら、すぐに報告してほしい」
「それにしても、その場にいるハズのない動物が出現するとは……不可解な事件でござるなぁ」
「おほー。肘川では不可解な事件が頻発しますがー、これは小さくなった名探偵も特に頭を抱えそうですねー」
IGAメンバーであるクロダイとウニが、それぞれ苦笑しながらコメントした。
「動物園から逃げ出した、というワケじゃないんだな?」
執事服のサムライ・如月が、堕理雄に質問した。
「ええ。一応動物園も調査しましたが、そのような情報はありませんでした」
「という事は、何かに引き寄せられて……肘川に動物が来たって事か?」
今度は田井中が、堕理雄に訊いた。
「そうなりますね」
堕理雄は溜め息をついた。
「外的要因か、なんらかの変化をした内的要因かは分かりませんが、その説が一番しっくりきます。みなさんにはその要因と思われる何かの手がかりを、時間が空き次第、探していただきたいと思います」
そこで、会議は終了した。
みな、各々が現在担当している任務のために動き出す。
だが、その中で一人。
田井中は、肘川支部の地下にある訓練施設へと向かった。
田井中も時々使っている、射撃訓練室だ。
そのドアを開け、田井中は中に入る。
するとそこには、一人の、高校生くらいの少年がいた。
腕に巻いている飛び道具を、十メートル先に設置された的に向けている。
「真面目にやってるようだな、椎名」
「ッ! 師匠!」
田井中の声を聞くなり、少年は彼へと近づいた。
「ズルいっスよ師匠だけ会議に出席だなんて! 俺もIGAの局員らしく、会議に出席したいっス!」
「銃をマトモに扱えないお前にはまだ早い」
田井中はそう言いながら、溜め息を一つついた。
「銃って、俺のは〝腕時計型麻酔銃〟じゃないっスか! 俺は小さくなった高校生探偵っスか!?」
「まだまだガキじゃねぇか」
「こう見えても浅井先輩とタメっスよ!!」
ムキーッと、椎名少年……というか椎名青年は田井中に文句を言うと、田井中はまた一つ溜め息をついた。