第74話 ~絵里奈先輩~
第74話 ~絵里奈先輩~
冬休みが明けまして最初の登校日、皆様とは初詣以来になります。
「皆様あけましておめでとうございます。」
「姫、それ初詣の時も聞いたぜ?」
何となくごあいさつ申し上げないといけない気がしたのですけれども、木島さんに笑われてしまいました。
「律儀だよねえ姫は。で、木島君の新年初振られはいつになるんだい?」
「何でもかんでも新年初ならめでたい訳じゃねぇぞ毛野⁉ もう終わったよ!」
…冬休み中に済ませたのですか、そうですか、木島さん。相変わらず行動早いですね…。
「年が改まったら行動も改まるのではと少しでも期待した俺が馬鹿だったな。」
「そう簡単に行動規範など変えられれば苦労はしない。」
今度は工藤さんと柿沼さん。でも一応期待はしていたのですね、工藤さんは。ご本人はご自身を評して『きつい性格』と言っていましたけれども、そんな事は無いと思うのですよ。
「行動規範といえば姫よぅ、少しはしっかり自分ってものを持てよな。何でも受け身で居ちゃいけねぇぞ。特にこれから大事な時期に入るんだからよ。」
「…そうですね、木島さん。そう思います。思うだけでは駄目なのですが…。」
ふう、と溜息をひとつつく私。その通りなのですよね。私自身も変わって行かなくては、皆様に受け入れて頂けますように。
「あら、年が改まったら魂まで入れ替わったのかしら、駄犬は。ずいぶんまともな事を言っているではないの。」
もちろん早島さんです。相変わらず登校してきて早々に手ひどいおっしゃりようですよ。
「…おお、早島さん。驚いて声も出ないというのはこういう事を言うのだな。」
「…同感だね、木島君がそんなまともな事を言いだすなんて。今日は暴風雪警報でも出ていたかな。自転車で来てしまったのだけれどね。」
「今朝の天気予報の時点では特にそういう情報は無かったと思うが、天気予報というのも必ず当たるものではないからな。」
工藤さんも毛野さんも柿沼さんも、なんだかひどい言い様ですけれど…。木島さんがまじめな事を言ってはいけないのでしょうか。そんな事はありませんよね。
「だから俺はそこまで知性と品性が無い訳じゃねぇっつってんだろうがよ。真面目な事の一つや二つたまには言うっての。」
さすがにご不満顔の木島さんです。まあそれはそうですよね、どうしてそう皆様木島さんの印象が低いのでしょうか…。まあ、冬休み中に新年初振られを済ませるあたりに原因はありそうな気が致しますけれども。
「それはそうと姫、今日来ていた調理部からの連絡は見たかしら?」
「えっ? あっ、まだ見ていないです。スマホさん鞄の中に入れたままでした。」
慌てて取り出す私です。何の連絡が来ていたのでしょうか。
「手芸部の皆様をお招きして餅つき、ですか。風流ですねえ。」
「私としては、姫に杵を持たせるのも合いの手を任せるのもとても心配なのだけれど。」
微笑んだ私に、本気で心配そうな顔をされる早島さんです。えっと、私そんなイメージですか? さすがにそこまででは…。
「姫はお箸より重い物を持たせてはいけないでしょう。合いの手ってあのついている最中のお餅をひっくり返すあれでしょう? そんな危険な事もとてもさせられないよね。」
えっとあの、毛野さん、普段私包丁を持って調理もすれば中身の入ったお鍋を持ってもいますよ? さすがにお箸より重い物くらい持っていますよ? そこまで非力ではありませんよ?
「むしろそういうものは男手が必要なのではないか? 必要なら姫の代わりに我々が手伝いに行くが?」
今度は工藤さん。あの、男手って一応私まだ公式には男子扱いですって。既にクラスの皆様にも男子としてカウントされていないような気配はありますけれども。
「駄犬どもに触らせたら新年の祝いの餅が穢れるから駄目よ。ああ、そういう意味ではあの愚者にも触らせられないわね、邪な心がうつってしまうわね。」
えっとあの早島さん、おっしゃっていることがひどいですよ。
「ん、でも手芸部と一緒なんだろ? 野口先輩だっけ、手芸部長の。めちゃくちゃ頼れそうじゃねぇ?」
「確かにそうですね、なんだか率先して『俺にやらせてくれ』とおっしゃってくださりそうな気が致しますよ。」
木島さんが気が付いたように言っていますけれど、確かにそれはありそうです。あまり調理上手な件は皆さんにはお話していないのですが…。何となく、個人的なご事情をあまりお話するものではないと思いますしね。
「そうすると合いの手は小早川部長かしら。あちらの部長が出てくるのにこちらも部長を出さなくては失礼でしょうし。」
「では野間副部長さんが杵を持たれたら、吉川副部長が合いの手でしょうか。」
「そこは役割分担が逆ではないかしら?」
確かにそうかもしれませんね、早島さん。吉川副部長の方が力強い気が致します、野間副部長さんは穏やかなお優しい方ですし。何度か手芸部さんにはお邪魔させていただいておりますけれども、いつも暖かく接して頂いているのですよ。いろいろな意味で先輩ですが、素直に尊敬できる方だと思っておりますよ。
「あけおめことよろ!」
「あいさつくらい普通にしなさいよ、好美。皆さん、明けましておめでとうございます。」
あら、松川さんと松山さんです。私達もあいさつを返します。
「今日は餅つきなんだね!」
「小学校の頃に一回やったことはあるけれど、あの時はほとんど先生がやってしまったから、本格的にやるのは今回が初めてね。楽しみだわ。」
そう松川さんと松山さん。私も楽しみですよ、なかなか一般家庭でお餅からつくのは難しいですし、やったとしてもお餅つき機でついてしまう事の方が多いですから、臼と杵を用いての餅つきなど滅多にできる事ではありません。
「ふふ、放課後はよろしくお願い致しますね。」
「こちらこそだよ!」
そんなやり取りをした私達でした。
お昼休み、購買で紅白饅頭が売られていたので、購入して食後に頂きます私達です。
「…餡が今一つだな。」
と、柿沼さんがぽそりと。ええっと、実は私も同じことを思っていました。雰囲気を壊してしまうかなと思って、言いませんでしたけれども。
「相変わらずだな柿沼は。甘味にはうるさいと常々言っているだけのことはあるがな。」
そう苦笑する工藤さんです。
「まあ、こういうのは雰囲気で食べるものじゃないかな? だいたい学校の購買で新年のお祝い用に紅白饅頭を仕入れていること自体が珍しいって。」
「それを言ったら学食の『新年特別メニュー! お餅を食べて粘り強くがんばろう!』ってあの広告はどうなるんだよ。」
毛野さんがそうフォローしたところに、木島さんが微妙な顔をしています。…まあ、受験生向けの縁起物としてもお餅は使われますから、良いのではないでしょうか。実際に自分が受験生になった年に食べる気になるかどうかと言われますと、ちょっと怪しいですけれど。そこまで追い込まないでください、という気持ちの方が強くなりそうな気が致しますよ。
「…季節の企画物としては悪くないとは思うけど、あえて食べたいという気はしないかなあ…。」
そう苦笑する毛野さんです。工藤さんも似たような表情でうなずいていますよ。
「小豆餡か鶯餡がついているなら考えても良いが。」
「まあ、ずんだ餅の季節ではないですからねえ…。」
柿沼さんがそう言うものですから、微妙な相槌を入れる私です。まあもっとも、冷凍技術の発達で今では通年で食べられますけれどもね、ずんだ餅。
「…甘味から離れないんだね、二人は。姫なら餡だけ手作りして持って来そうな気がするのだけれど、そんな事はさすがにしないかな。」
「あ、そういう手もありましたね、毛野さん。」
なんだか納得してしまった私でした。
放課後、調理室でお餅つきになります。まずは皆様で新年のごあいさつからですけれどもね。
「姫ちゃん、小海老ゆでておいてね。彦崎さんは餡を溶いてお汁粉の準備をお願いね。」
と、小早川部長から指示を受けました。やはり私はお餅つき要員からは外されていた様子です。むう、何か不本意なのですけれど、部長命令では致し方ありませんね。彦崎さんと二人で顔を見合わせて、つい苦笑し合ってしまいます。
「よーし、やるよっ。」
八浜さんが気合を入れて…あら、ねじり鉢巻きまでしていますよ。なんだか似合いますね、格好良いです。
「俺にもやらせてくれよな、小早川部長。」
「私も何かお手伝い出来ますか?」
と、野口手芸部長さんと野間手芸部副部長さん。
「ええ、みんなで交替で杵を持ちましょうね、縁起物ですから。」
合いの手は小早川部長と吉川副部長が交代で受け持たれるご様子です。
「海老餅とはまた風流ねぇ。」
「お汁粉と一緒に頂くというのもまた良いですよね。」
実は小海老をゆでるのもお汁粉用に餡を溶くのも、そんなに手間は要らないのです。割とすぐに終わってしまいました。
「じゃ次彦崎さんと姫ちゃんね。」
と、小早川部長がおっしゃいます。あら、私達二人で一組扱いですか。構いませんが。
「せーのぉ。」
彦崎さんの声に合わせて、杵を振り下ろす私。うう、持って行かれないように気を付けないとこれ、結構危ないですね。10回ほどついたところで交代になりました。
つき終わったお餅を適度な大きさに丸めて、ゆで上がった桜海老を絡めて海老餅とお汁粉にする私達です。うーん、お正月らしくて良いですね。ちなみに家で海老餅を作るとお母様が『喉に海老が引っかかって気分が悪い。』とおっしゃいますので、小山家のお正月のメニューにはでないのです。代わりにではありませんが、兄様がよく納豆餅にして召し上がっていらっしゃいますけれども。一番よく出るのは焼いたお餅にお醤油をかけて海苔を巻いた海苔餅でしょうか。
「さ、では新春のお餅を頂きましょう!」
「いただきます!」
配膳が終わり、小早川部長の言葉にこたえて、皆様でお餅を頂きます。
「桜海老のほんのりした風味が良いわね。」
と、早島さん。ふふ、そうですね。まあ、ちょっとお塩を入れてゆでるだけですけれども。
「お正月という感じがするわね~。」
今度は宇野さんです。
「愚者はハレの料理で体の中から浄めてもらうと良いわよ。」
「だから何で私は穢れている前提なのよ!」
「常に腐臭をまとっているのは私の気のせいかしらね?」
「言いがかりだわ! だいたいそれを言ったら菜々子もでしょ!」
「私は正当に作品を楽しんでいるだけよ、邪な目で見てはいないわ。」
新年早々また始めましたよこのお二人は。まったくもう、変わらないですね。
「こうなると甘酒も欲しいよねっ。」
と、八浜さん。ああ、確かにそんな気もして参りますね。
「甘酒はねえ、作りたいから酒粕買ってきてって清水先生にお願いしたら止められたのよ。微量といえどもアルコール分入っているから一応駄目なんだって。」
と、小早川部長が苦笑しながら内実を教えてくださいました。ああ、まあ確かに、作り方次第ではちょっとアルコール分が濃くなってしまう可能性もありますものね。
「世間的にはソフトドリンク扱いの事の方が多いのだけれどね。」
と、天野先輩も笑っていらっしゃいます。その辺りは難しいところですね。
「という訳で、食後は大福茶をいれるよ。」
と、吉川副部長がおっしゃいます。あまり耳慣れないお茶ですね。どのようなものでしょうか。そういえば先程から昆布を濡れ布巾で包んでいらっしゃいましたが、そのご準備でしたか。
「みんな食べ終わったかな? それじゃ大福茶の説明をするよ。」
小早川部長が教卓に行かれました。珍しいですね、手芸部の皆様もいらっしゃるところでレシピ解説とは。
「いれ方は簡単です。柔らかくした昆布を細く切って結んで、梅干しと一緒に湯のみに入れます。そこに煎茶を注いで完成。煎茶を注ぐ時に飲む方の一年の幸福と健康をよく祈りましょう。その心が大切なお茶です。」
板書するほどもなく、口頭での説明で終わりました。レシピ云々よりも心掛けが大切という事ですね。
「心掛けが大切という事は、愚者には触らせられないわね。」
「だから何でいつも私はそういう扱いなのよ!」
「早島さん、あなたもおもてなしの心という意味では適格性を欠いていると思うのだけれど?」
いつものやり取りが始まり掛けたところで、小早川部長の一言が入りました。ええっと、何とも言い難いですね。そういえば早島さん、以前文化祭の紅茶をいれる練習をした時にも『おもてなしの心が感じられない』と指摘されていましたよね…。なんだかもうそういう認識をされているみたいです。実際は心遣いもできる方ですのにね。
「それじゃうちの学年は姫ちゃんかな。」
「そうねぇ、一番心がこもりそうだわぁ。」
と、八浜さんと彦崎さん。え、私ですか?
「いえいえそんな事は…お二方も充分お気持ちはお持ちだと思いますよ?」
軽く小首をかしげる私です。
「一番邪念がこもりそうにないと思うんだけどなっ。」
「そうよねぇ、沙樹子ちゃんや菜々子ちゃんに任せるよりはずっと安心だわぁ。」
「どういう意味ですか波奈ちゃん!」
「どういう意味も何もないわよこの愚者、日頃の行いを考えなさいね。」
ええっと、何だかまとまるものもまとまらなさそうですから引き受けましょうね。
「とりあえず細切りにした昆布を受け取りに来てください。手芸部の皆様も結ぶところからご一緒に~!」
小早川部長が早速昆布を細切りにしながら、そうおっしゃっています。私達は最後ですね、お客様が先でしょうし、目下の者は最後でしょう、こういう時は。
という事で、一年生の分は私がいれることになりました。松川さんと松山さんの分もです。
「二番煎じでいれては失礼ですから、時間がかかりますけれども少々お待ちくださいね。」
とお断りしまして、まず松川さんと松山さんの分からいれてゆきます。よく念じながらゆっくりと注いでゆきましょう。茶葉を取り換えて既定の時間蒸らして、仲間達の分もいれてゆきます。
注ぎ終わったところで、早島さんから一言。
「愚者には出がらしで充分だったと思うわ。姫の心づかいに感謝なさいね。」
「なんで私だけそういう扱いなのよ!」
一人だけそんな扱いをしたらもう陰湿ないじめですよ、早島さん。さすがに冗談ですよね。
お茶を手に歓談する私達です。
「おう小山、改めて昨年は世話になったな。今年もよろしくな。」
「わざわざ申し訳ありません野口部長。私の方こそ、どうぞよろしくお願い致します。」
大したことをした訳でもありませんのに、わざわざごあいさつにいらしてくださいました。なんだか申し訳がありませんね。私の方からうかがうべきところですのに。
「また遊びに来いよな、いつでも待ってるぜ。部員達みんな小山の事は気に入ってるからな。」
「はい、またお邪魔致しますね。ありがとうございます。」
笑顔で答える私です。確かに、お邪魔するといつも皆様なにくれとなくお話をしてくださいますし、歓迎されていると心から感じます。嬉しい事ですよね。
「姫ちゃん、あの…。」
あら、野間副部長さんです。どうされたのでしょう。
「どうかなさいましたか?」
小首をかしげて問い返す私です。
「…ううん、また今度いらした時にね。聞いておきたいことがあって。」
…これはどうも、あれですね。また私の正体を悟られましたね、きっと。この場で聞くべきことではないという心遣いの表れでもあり、かつ急に聞いてショックを与えないようにというご配慮でしょう。やはり心優しい方だと思います、野間副部長さんは。
「…はい、解りました。その時にはきちんとお答えしたいと思います。」
これで通じますでしょう。野間副部長さんはありがとう、と微笑み返してくださいました。
さて帰宅後。皆様のとのチャットグループに率直にチャットを入れる私です。
『野間副部長さんに私の正体を悟られました。良い機会ですからきちんとお話して来ようと思います。』
皆様から細かな事情を聴かれましたので、素直にやり取りを説明しました。それは間違いなくそうだろう、という見解は皆様一緒です。
『良い時期だし、手芸部の方々にも理解を求めてはいかがだろうか。』
と、工藤さん。
『私もそれを考えていました。もう隠し立てする事も無いと思うのです。』
『松川さんも松山さんももう9割は悟っているわよ。問題ないと思うわ。』
と、早島さん。早島さんはお二人とご友人ですから、間違いないでしょう。
『うまくいくように願っている。』
『姫なら大丈夫さ。僕は信じているよ。』
『まぁ大丈夫だろ、当事者がいる部なんだしよ。』
と、柿沼さん、毛野さん、木島さん。
『緊張はしますけれど、明日お話してきます。皆様、ありがとうございます。』
さて後は明日ですね…。
翌日放課後、手芸部にうかがいます私です。
「失礼します。」
「あら、いらっしゃい姫ちゃん。」
「昨日はお茶ありがとうね!」
松山さんと松川さんが出迎えてくれました。
「みんなごめんね、ちょっと姫ちゃんとお話があるの。」
さっそくそうおっしゃる野間副部長さん。私はこくりとうなずいて、準備室まで着いて行きました。
「…率直に聞いてしまうね。姫ちゃん、あなたは私と同じ人ですよね?」
「はい、その通りです。私も性別違和者です。」
これまでの経緯と、これからの予定をお話する私です。調理部内では女子として過ごしている事もお話しました。野間副部長さんはうなずきながら聞いてくださいました。
「そういう事だったのね、どうして最初から女子扱いにしなかったのかと不思議だったのだけれど…。来年切り替えするなら、うちの部も協力したいのだけれど、どうかしら?」
願ってもいない申し出とはこういう事を言うのでしょう。こちらからお願いしたい事でした。
「ありがとうございます、そうさせて頂ければありがたいです。」
素直にそう申し上げます。野間副部長さんは微笑んでうなずいてくださいました。
「まず顧問と担任の先生に了解を取るところからね、そうなると。」
野間副部長さんはそうおっしゃると、一緒に職員室まで行きましょうと手を引いてくださいました。
担任兼調理部顧問の清水先生と、手芸部顧問の大田先生を交えたお話は、割とすぐまとまりました。大筋で言えば『付き合いの濃い部同士だし、手芸部員たちも信頼のおける部員ばかりだから問題ない。』という事でした。確かに、手芸部の皆様は信頼できますし、既に野間副部長さんをすっかり受け入れているという実績もあります。もう引退されましたけれど、斎藤遥先輩もいらっしゃいましたし。
という事で、一応先に調理室でお茶会中の小早川部長に報告です。
「あらまあ、まあそうよね、隠し通せるわけないわねえ、絵里奈ちゃんに。先生も了解しているのなら私から言う事は無いわ、野口部長によろしくね。」
との事でした。
「あー、やっぱ小山はそっちだったか。遥先輩や野間と同じ雰囲気があるもんなあ。まあ、これからも変わらずよろしく頼むぜ。んでまあ、とりあえず来年度までは内緒って事だな。うちの部の連中ならあと三か月くらい大丈夫だろ。」
野口部長さんはあっさりしたもので、お話を聞いてそう笑いかけてくださいました。
「ありがとうございます、野口部長さん。」
笑顔で頭を下げる私です。
「これでこっちにも女子制服で来れるわね。」
と、石川先輩。
「え、ご存知だったのですか⁉」
気付かれていないと思っていたのですが…。
「あ、やっぱりあれ姫ちゃんだったんだ!」
「たまにお手洗いに行く後ろ姿を見かけていたのだけれどね、調理部員の誰だろうねってみんなで話していたのよ。姫ちゃんが女子制服着たらあんな感じだよねってずっと言っていたの。」
と、松川さんと松山さん。なるべくささっと戻るようにしていたのですけれどね…。まあ、調理室と裁縫室、お隣ですものね。他は空き教室があるばかりで、あまり人も来ない一角なのですが。
「謎の調理部員、正体判明ってところだな。」
「最初は悪ふざけで着せられているんじゃないかってお話していたのだけれどね。」
と、野口部長さんと野間副部長さん。えっと、最初の頃はなんだかそんな感じがぬぐえなかったのは事実ですね。まあ、そうも言えないのですけれども。
「色々ありがとうございます、野間副部長さん。」
「絵里奈先輩。」
「えっ?」
思わず問い返す私です。
「せっかくの同胞ですもの、あまり他人行儀な呼び方をしないでくださいな。」
そう微笑まれる絵里奈先輩。ああ、この方はそういう方なのですね。改めて柔らかい方だと感じます。
「はい、今後ともお世話になります、絵里奈先輩。よろしくお願い致します。」
「ええ、こちらこそ。ふふっ、ようやく本当の事が聞けて嬉しいですよ。」
絵里奈先輩はそう微笑んでくださいました。
やれやれ、いつか見抜かれるだろうと覚悟はしていましたが、やはりそうなりましたか。無理もありませんね、同胞同士なのですから。
ともあれ、手芸部の皆様にも受け入れて頂けて、幸いでした。後は三月、クラスメイト達にお話をしてどんな反応をされるかが問題ですね…。
それでも、同じクラスにもう八人、知っている方がいてくださる訳ですから、ずいぶんと心強くなりました。
ありがたい事ですね。
ついに手芸部の野間副部長にも悟られた姫です。
穏やかな人柄の割に鋭い観察眼を持つ方なので、いずれ見抜くのは必定だったのですが…。
手芸部は当事者の在籍実績のある部ですから、姫の事もすんなりです。
もとより何となく皆さん察していたのではないでしょうか、この反応を見ますと。
これで来年度の切り替えに向けての布石になりましたでしょうか。