第70話 ~そういえば誕生日でしたのです~
第70話 ~そういえば誕生日でしたのです~
無事に芋煮会も終わりまして、一安心した私でした。後期の中では調理部として一番大きなイベントになりますからね。参加された方々も美味しく召し上がって頂けたようで、何よりでした。
そんな安心をしながら、12月を迎えた水曜日になりました。私はいつも通り朝の支度をして、ご飯を作って食べて、学校に向かいます。
寒いですから、もうコートだけではなくてマフラーも手袋も標準装備です。来年にはきっとデニール数の高いタイツも標準装備になりますでしょうね。あ、そういえば裏起毛の物などもありましたね。そちらを買っておきましょうか、通院の時にも使いますし。なんだかあんまり厚手の物を履いて行ったら、看護師さんに笑われてしまいそうな気が致しますけれども。
さて到着です。やれやれ、寒かったです。早く教室に行って暖まりましょうね。
「おう姫、昨日はお祝いありがとうな。」
到着早々、木島さんに声を掛けられました。昨日は木島さんの誕生日という事で、チーズスフレを焼いて持ってきたのでしたね。
「いえいえ、昨日もお礼を言って頂きましたのに、わざわざ済みません。」
そう微笑み返す私です。いつもお世話になっていますからね、簡単なお祝いくらいはしませんと。
「そういえば僕らの誕生日はお祝いしてくれているけれど、姫の誕生日ってまだ聞いていないのだけれど、いつなんだい?」
毛野さんからそう聞かれました。そういえばもう12月ですから…あら、もう間もなくですね。
「明後日ですね、そういえば。」
すっかり忘れていました。12月3日と、とても覚えやすい誕生日なのですけれどもね。
「どうしてそういう大事な事を先に言ってくれないんだい⁉ もう準備できる日が今日明日しかないじゃない!」
いえあの、そう驚いて席を立たないでください、毛野さん。目立ちますってば。
「そうか、もう明後日なのか。何か考えなくてはいかんなあ、それは。」
今度は工藤さんがあごに手を当てて考え込まれていますよ…。
「…ふむ、今からでも手配は間に合うだろうか…。」
えっと、柿沼さん、何の手配ですか。スマホさんぽちぽちされていますけれども。
「何を朝から騒いでいるのよ、駄犬どもは。今回はきちんと姫の護衛はしているみたいだけれど。」
あら、早島さんです。相変わらず私の護衛役扱いなのですね…。もう良いですけれど…。
「早島さんをはぶったらまた恐ろしい目に遭わされるよな、これ。」
「僕もそう思う。今度は何を食べさせられるのかな。」
「あえてそういう道を選ぶ必要は無いんじゃないか、それは。」
「危険は回避すべきだし祝い事は多人数の方が良いのではないかね。」
「だから何を駄犬どもだけで話しているのよ。結局何の話なのよ?」
なんだか会話が錯綜しているのですが…まあ成り行きを見守りましょうか。あまり私から言い出す事でもありませんし。
「つまるところ、姫の誕生日が明後日だって話っすよ。」
「何ですって、どうしてそういう事は先に言わないのよ、駄犬ども!」
木島さんが説明したら、なんだか皆さんのせいにし出した早島さんです。
「いや、我々も今さっき聞いたばっかりなのだ。決して早島さんに隠し立てしていた訳ではない。むしろ情報を共有して手立てを一緒に考えて頂きたいくらいのものだ。」
ええっと、そこまで大掛かりな事はなさらなくて結構ですよ、工藤さん。でも何だか皆さん盛り上がってしまっていますね…。
「あの、皆さん、別に私はお言葉くらいで全然…。」
「何を言っているんだい姫、それで僕らの気持ちが済む訳が無いだろう? こういう時は素直にお祝いされてくれないかな?」
毛野さん、そう微笑まれましても。どう反応したら良いのですかこれは。
「お祝いしてもらったのにお返ししないっつぅ訳にゃいかねぇだろう。何か考えねーと。」
と、今度は木島さん。ええっと、あれは半分私の趣味ですよ…ケーキを焼く機会ってあまりないものですから、良い機会とばかりに作って持ってきたというお話で…もちろんお祝いしたいというお気持ちは込めましたけれども…。
「僕も誕生日には美味しい甘味を頂いたのだ、お返ししなくては礼儀を欠く。」
柿沼さんもそう言いながら、スマホさんを忙しく動かしています…ええと、あのう、有名店のお菓子を明後日までに取り寄せるのは無理だと思いますよ、しかもそんなお高いお返しを頂いてしまったら申し訳がありませんし。
「…とりあえず金曜日に調理室の机一台抑えたわよ。」
ちょっとちょっと早島さんまで、何がどうなっているのですか一体。あれ、という事は調理部にも知れ渡って…いますよねこれ⁉ 早島さん、調理部全体のチャットで何を連絡してしまっているのですか! あっほら、彦崎さんと八浜さんまで何か乗ってきてしまっているではありませんか!
『あら、金曜日にお祝いするの? 私も混ぜてもらおうかしら。』
『姫ちゃんには私も祝ってもらったし、混ぜてもらわないとね!』
とのことです…。どうして私の意志を置いてどんどんお話が膨らんでいくのでしょうか、一体…。
放課後、また調理部でお茶会です。
「姫ちゃん、どうして早く言ってくれなかったのぉ?」
「そうだよ、水臭いんだからっ。」
席に着くなり彦崎さんと八浜さんからそう言われてしまいました。
「いえ、まあ、あまり自分から声高に喧伝するものでもありませんでしょう?」
いかにもお祝いしてくださいと言っているみたいで、言いにくいのですよ。
「まあ姫ちゃんはそういうキャラよね~。」
と、宇野さん。どういうキャラですか一体…。
「姫は控えめなのよ、どこぞの愚者と違ってね。」
「どうしてそこでいちいち私をけなすのよ!」
確かにまあ、どうしてこの流れでそうなったのでしょうか。
「自分の誕生日の一週間前に『あと一週間で15歳が終わってしまうわ~。』などと聞こえよがしに言っていたのはどこの愚者だったかしら?」
「私は事実を言っただけだわ!」
そういえばそんな事をおっしゃっていましたね、宇野さん。私は素直にお菓子を作って差し上げましたけれども。
「わざわざそのタイミングで全員に聞こえるように言っていたのは私の気のせいかしらね?」
「そうよ、菜々子の邪推よ! 私はつい口を滑らせただけよ!」
「よく滑る舌ですこと。一週間くらい揚げ物に使ったてんぷら油でも塗ってあるのではなくて?」
「そんなに使ったらAV値が上がりすぎて使い物にならないわよ⁉」
とりあえず非常に美味しくない揚げ物しかできないと言いますか、もうそれ食べたら中ると思いますよ…。間違いなく揚げ物に使える基準値は越えてしまうと思います…。舌に塗った時点で相当美味しくないのではないでしょうか…。
「また始まったわねぇ、姫ちゃんのお祝いの打ち合わせをしたかったのだけれど。」
「そうだよね、菜々子ちゃんの事だから何か考えていると思ってたんだけど。」
と、彦崎さんと八浜さん。ええっと、そう言われますとそうかもしれませんね。
「ええ、とりあえず明日、一緒にケーキを作らないかしら? 調理部一年生組からの贈り物という事で。ああ、愚者は触れては駄目よ、せっかくのケーキが穢れてしまうわ。」
「私は一体どういう扱いなのよ!」
「脳味噌お花畑の無節操娘ね。」
「失礼ね、私そんなに節操なしじゃないわよ!」
…説得力というものが無いのですが、宇野さん。この間も文化部合同の芋煮会を文化部女子が集まる祭典とかおっしゃっていたではありませんか…。男子の参加者には目もくれなかったのはしっかり見ていましたよ…? いえ、まあ、そこできっちりと男子チェックをされても困るのですけれど、かと申しまして女子チェックでしたから良いという事にはならないですよね。
「まあ沙樹子ちゃんの事は置いておいて、一緒に作るというのは良いかもね。いつものお友達さん達も来るんだったよね?」
と、八浜さん。あ、そこはちゃんと伝わっていたのですね。
「ええ、駄犬どもこそきちんと祝わせないといけないでしょう、日頃姫に迷惑ばかりかけているのだから。」
いえあの、そんな事は無いですよ…。お世話になっている事の方が多いですよ。さっぱり評価してくださらないのですから、早島さんは。
「あら、じゃあケーキ二つくらい要りそうだね。それなら私達も参加させてもらおうかな。」
えっそんな、天野先輩まで…。あれ、私達とおっしゃいましたよね、今。
「そうだね、それも良いかも。姫ちゃんにはお菓子もらったし。」
宍戸先輩もそうおっしゃっていますし、小早川部長も吉川副部長もうなずいていらっしゃいますよ⁉
「ええっと、あの、皆様、そんなに大規模になさらなくても良いのですよ?」
そう微笑む私ですが…。
「みんなの誕生日にこまめにお菓子を作ってきたのは姫ちゃんだよ?」
と、八浜さんに笑顔を返されてしまいました。ええと、まあ、そうですね…。
「私は好きでやっているだけですから…。」
「あら姫ちゃん、それならここには調理好きな人間しかいないんだよ?」
今度は小早川部長です。うーん、そうおっしゃられてしまいますと否定はできないのですよね、皆様が調理がお好きな事はよく存じておりますから。
「明日は臨時部活動日という事で。一人300円も持ち寄ればできるかな。」
吉川副部長もそうおっしゃいます。ええ、そんな、申し訳の無い…。
「ケーキ2個ならそんなものかしらね。たまにこういう催しも楽しいわね、今度から部員の誕生日の時は定例にしましょうか。やっぱり製菓は楽しいし。」
そう提案される小早川部長。皆様それも楽しいかも、とおっしゃっています。
「一緒に来る友人たちは姫ちゃんが性別違和者だって知っているんだったよね?」
天野先輩からそう確認されました。
「ええ、そうですが…それがどうかなさいましたか?」
少し微笑んで、天野先輩は、
「それなら姫ちゃん、女子制服でお祝いで良いんじゃない? その方が嬉しいでしょう?」
とおっしゃいます。あっ、それは…確かに嬉しいです、まだちゃんと女子として祝って頂いた事ってありませんから…。
「良いですねそれ! ぜひそうすべきです!」
なんだか宇野さんが猛プッシュされているのですけれども、一体なぜでしょうね。
「愚者は本当に祝う気があるのかしら…。余計な事をしたら愚者にも私の料理を馳走するわよ。」
「菜々子の料理ってあの伝説の…⁉ 全力で遠慮するわ…!」
…あれ伝説級まで行ったのですか、ついに。噂話というのは恐ろしいものですね…。
翌日、朝に皆さんで集まります。早島さんも一緒です。
「早島さん、飲み物は俺に任せては頂けないだろうか。良い豆を用意したのだが。」
ちょっと意外な顔をされる早島さんですが、すぐ普段の表情にもどられて、
「そういえばツッコミ役の駄犬はコーヒーには詳しいのだったわね。人数分となると結構な量になるけれどそこは大丈夫なの?」
と、確認をされています。そこは大いに問題ですよね…。
「ああ、人数分用意した。これが俺から姫への贈り物という事にしたいのだが。」
「ふうん、私達からの贈り物のケーキに、駄犬からの贈り物のコーヒーね…。駄犬にしては随分と小粋な演出を考えたものね。悪くないのではないかしら。」
早島さんの『悪くないのではないかしら。』は最大級の賛辞だと思うのです。
「あ、工藤君抜け駆けしたね! 良い手を考えたなあ…僕にはできない真似だからね、悔しいけれど。まあ良いよ、僕には僕の用意があるからね!」
あの、毛野さん、別段張り合わなくても宜しいのですよ?
「まあ、そう怒るな毛野。いつかうまいコーヒーを飲ませてやりたいと思っていたのだが、調理室をお借りできる機会なぞそうあるものではないからな。ところで早島さん、調理室にはコーヒー用の器具はどの程度そろっているのだろうか?」
「一応一揃いあるわよ。調理部は紅茶メインでやっているから、使う機会が無いけれど。」
そういえば調理室の片隅に置いてありましたね。確かにうちの調理部、紅茶には詳しい割にコーヒーには手を出していないのですよね。不思議な気はしますが、何か事情でもあるのでしょうか…。
「さすがに粉にして持ってこないといけないよな。」
「そうね、さすがにそこまでの設備は無かったと思うわ。」
工藤さんと早島さんがなんだかごく真っ当なやりとりをされています…珍しいですね…。
「それでは明日粉にして持ってくるとしよう。鮮度が大切なものだからな。」
「本物のコーヒーでおもてなし、という訳ね。悪くないわね。」
なんだかすごく本格的なことになって来たのですけれど…良いのでしょうか、これ…。
「なんか特技があるっつーのは良いよなぁ、ちょいとうらやましいぜ。そんな真似俺にゃできねぇなぁ。」
と、木島さんが頭の後ろで腕を組みながら言っています。まあ、この歳で豆からコーヒーをいれるほど凝っている方というのも珍しいと思いますよ…。工藤さんは凄いと思います。
「ふむ、僕も何かそういった事ができれば良いのだが。」
そう眼鏡を直しながらの柿沼さんです。
「いえ皆様、そこまで大掛かりな事をなさらなくても…。」
なんだかもう、ひたすら恐縮するばかりの私です。
「謝るより、笑顔でお礼を言ってほしいかな、明日ね。」
そう毛野さんに微笑まれてしまいました。
放課後、臨時部活動という事で私も手伝おうとしたのですが…。
「お祝いの品を本人に作らせるというお話はないでしょう。」
と早島さんに制されてしまい、皆様にもそうだよ! と言われてしまいました。
「せっかくですからハーブティーでも楽しんでいてくださいねぇ。」
彦崎さんが自宅から持ってきてくれたらしいハーブでお茶を入れてくださって、席に座って見ているだけになってしまいました…。うーん、私としては一緒に作った想い出の方が嬉しかったような気もするのですけれど、皆様のお気持ちとしてはやはりこうなるのでしょうね。私も部員のどなたかのお祝いをというお話になりましたら、やはり同様に申し出るでしょうし…。ここは大人しく、皆様にお任せしましょう。
そして翌日、誕生日当日です。
「おう、おはよう絢子、誕生日おめっとさん。」
朝ご飯を用意していましたら、兄様がそうおっしゃってなにかを頭の上に乗せて来られました。何でしょうかと思いながら受け取る私です。
「あら、これは…。」
「家にも欲しいっつってただろ、安物だけどな。」
ハンドミキサーではありませんか。これはありがたいですね、家でも作業効率がぐっと上がりますよ。
「ありがとうございます、兄様。」
笑顔で頭を下げる私です。
「なに、いつも大変そうにしてるからな。これで少しは楽になるだろう。」
「大助かりですよ、ありがとうございます。」
兄様もお菓子を作っている様子など見ていらしたのですね…。これは嬉しい贈り物です。
「絢姉おはよう、誕生日おめでとうだね。はいこれ。」
美琴さんからはお化粧品を入れるポーチでした。
「絢姉まだ持って無かったでしょ? 通院の時とかこれに必要なもの入れて持ち歩くと良いよ。出先でもささっと直せるし。」
そこまで考えてくれていたのですか…。嬉しいですね。
「ありがとうございます、美琴さん。」
素直にお礼を言いましょう。これも嬉しいですね。
「おはよう絢子、これは私とお父さんからね。」
と、お母様。あら、素敵な女物のコートです。お母様は私の好みをよく理解していらっしゃいますよね。
「あなたまだ女性用のコート持っていなかったでしょう。使ってもらえれば嬉しいわ。」
「ありがとうございます、大切に使いますね。」
笑顔で受け取る私です。受け取ったものを一旦お部屋にしまいに行きまして、朝ご飯の用意を続けた私でした。
放課後になりまして、調理室にぞろぞろと向かう私達です。いつもは早島さんと一緒なだけですけれども、皆さんも一緒というのはなんだか珍しいですね。
調理室に着きましたら、笑顔で無言で宇野さんに準備室に押し込められました…。そんなに私は女子でいる時の方が良いのでしょうか、いえまあ、そうであれば嬉しいですし、そうであるべきなのですけれども。あ、そういえばいつもの皆さんに女子制服姿を見せるのは初めてになるではありませんか…。ちょっと恥ずかしいですね…。
着替えて、髪の毛を下ろして整えて…手鏡で見ても変なところはないですね。大丈夫そうです。
「お待たせしました…。」
調理室に戻る私。部の皆様にとっては見慣れた姿です。
「制服姿も可愛いよ、姫。」
笑顔でそう言ってくれる毛野さんです。
「そ、そうですか? 変ではありませんか?」
部の皆様は内面重視で見てくださいますから女子枠扱いですけれども、外面という意味では難しい部分もあるのではないかと思っているのですが、私は…。
「んや、ふつーに女子に見えるぜ?」
「そうだな、以前より女性らしくなったのではないか?」
「僕の目から見てもそう感じるな。」
と、木島さん、工藤さん、柿沼さん。うーん、でも友人のひいき目というものはありませんでしょうか…。
「…何自信のない顔をしているのよ、堂々といつものように微笑んでいなさい。あなたには笑顔が一番似合うのだから。」
と、早島さんに言われてしまいました。
「はい…。」
表情を和らげる私。…なんだかやっぱり、こっちで皆さんと会うとちょっと違いますね、気持ちが。
「さて、それでは早速準備にかかるかな。小早川部長、一式お借りします。」
「ええ、よろしくお願いね。飲み物の準備ができたらケーキも持ってくるから。」
と、工藤さんと小早川部長がやりとりをしています。昨日のうちに早島さんが話をしていましたし、準備もしていましたから手早いものです。
工藤さんのコーヒーをいれる手際はなかなか見事なものでした。日頃たしなまれているのでしょうね…。
「姫にも、皆様にも楽しんで頂ければ嬉しいです。」
と、工藤さん。八浜さんと彦崎さんがいれられたコーヒーを皆様の前に配膳してくださって、ケーキの方は早島さんと宇野さんが準備をしてくださいました。
「それでは始めましょうか。皆様お手を拝借しまして、姫ちゃんの誕生日に拍手を!」
と、小早川部長がおっしゃって、皆様から拍手を頂きました。何だか照れてしまいますね。
「ありがとうございます、皆様。」
改めてお礼を申し上げて、頭を下げます私です。
「先に渡しちまうかな。姫、これは俺から。」
木島さんが包みを渡してくれました。
「さっそく開けてみても宜しいですか?」
「ああ、もちろん。」
開けてみると、白い綺麗な手袋でした。偶然ですが今朝頂いたコートも白色ですから、よく合いそうです。
「もう持ってるかとも思ったんだが、こっちで動くときに使ってもらえりゃ嬉しい。」
「ありがとうございます、木島さん。大事に使いますね。」
微笑む私です。実は男物の使いまわしで誤魔化していたので、これは嬉しいです。
「よかった、被らなかったね。僕からはマフラーさ。抑えた色調だから通学の時に使っても大丈夫かもしれないね。」
と、毛野さんからも頂きました。抑えた赤色の、質の良いマフラーです。確かにこれなら普段使いもできそうですね。
「ありがとうございます、毛野さん。大切に使います。」
微笑んでお礼を言います。これも嬉しいですね、今使っているマフラー、もう小学校の頃から使っているものですから。
「…ケーキがあるところに甘味で申し訳ないが。皆様の分もあるのでご賞味いただければありがたい。」
と、柿沼さんからは白あんを使った焼き菓子。仙台銘菓としては知名度はいま一つなのですが、これとても美味しいのですよね。久しぶりに食べます。
「ありがとうございます、柿沼さん。これは私も好きなお菓子ですよ。」
そう微笑む私です。なかなか扱いが無いので、もしかしたらわざわざ街まで出てお買い求めいただいたのではないでしょうか…。
皆様が作ってくださったケーキと柿沼さんご提供のお菓子に、工藤さんのいれてくださったコーヒーでお祝いです。なんだかとても贅沢な気分ですね…。ケーキもお菓子も美味しいですし、工藤さんのコーヒーは私の好みにぴったりでとても美味しいです。
「たまにはコーヒーでお茶会も良いのじゃない?」
「予算が取れればね。今日は貴重な機会を頂いたわね、なかなかここまでよいコーヒーは扱えないから…。」
と、宍戸先輩と小早川部長がお話をされています。天野先輩は私の事が心配なご様子で、皆さんに色々とクラスでの様子をたずねていらっしゃいます。なんだか申し訳が無いですね…。
女子として生活を始めて、初めて友人たちに祝って頂いた誕生日になりました。こうして祝ってくれる仲間や友人達が居てくださるというのは、嬉しい事ですね。
改めて感謝したいと思います。
人の誕生日をお祝いする人ほど自分の誕生日って忘れるよね、というお話です。
姫はそういうところこまめにするタイプみたいです。お菓子作りが好きなのもあるのでしょうけれどね。
早島さんに伝わったあたりからだんだんお話が大きくなって、ずいぶん参加人数の多い誕生会になりました。
まだ正式デビュー前ながら、女子制服でお祝いしてもらえて嬉しかったのではないでしょうか。
そして姫は相変わらず自分の容姿には自信を持てないでいる様子です。
まあ、これはどこまで行っても自信のつく物でもないですし、自信過剰だとかえって危ないものですから、そんなところでちょうど良いのかもしれません。
今回はちゃんと謳い文句通り、ハートフルストーリーになった気が致します。
※AV値
酸価とも。
油脂の精製および変質の指標となる数値のひとつです。
「油脂1グラム中に存在する遊離脂肪酸を中和するのに必要な水酸化カリウムのミリグラム数」を酸価として定義されています。
飲食店やコンビニなどでは、これを基準に揚げ油の交換をしている場合が多いそうです。
「弁当及びそうざいの衛生規範について」という厚生省通知にて、揚げ物に使う油はこの値が2.5を越えてはならないと定められています。
揚げ量にもよりますが、一週間使ったらたぶんその数値は越えてしまいます。
※白あんを使った焼き菓子
支倉焼というお菓子がモデルです。
本文中に商品名出すのもちょっとあれなので、後書きに注として書いておきます。
とても美味しくて作者も大好きなのですが、仙台銘菓としての知名度はいまひとつで扱いも多くありません。
通販も行われておりますので、宜しければご賞味ください。