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外伝第29話 ~山名姉妹~

本編最初から第166話までのお話です。

外伝第29話 ~山名姉妹~




 小山がまだ一年生の4月のこと。

 調理部所属の山名静香は、新入生勧誘もまずまずうまくいき、5人の新入部員を得てほっとしているところだった。

 調理部でのお茶会を終えて、同じ高校に入学した妹の綾香を学食で待っていた。せっかく同じ高校に入ったのですし、時間の合う時くらい一緒に帰りましょうか、とお話していたのだ。

「それにしても…。」

 ぽつりとつぶやく静香。新入部員たちのことに思いをはせる。元気のよさそうな八浜。穏やかでちょっとつかみどころのない彦崎。強気で過激な早島。明るくおしゃべりな宇野、そして唯一の男子の小山。なんだかおもしろい方々が来てくれましたね、と。

 自身の性格としては彦崎や小山を相手に指導するのが一番楽なのだけれど、男子相手というところがちょっとだけ引っかかる。そうはいっても、小山君がそこまで男臭いかというと方向性は真逆でしょうかと思ったりもする。

「お姉ちゃんお待たせ。何か考え事?」

 部活を終えた綾香がやってくる。綾香は運動部所属だが、今日は早めに終わる日だった。事前にそう聞いていたから姉と待ち合わせてということになったのだ。

「ええ、一年生のことをね。5人来てくれたのですけれど、いろいろな人がいるなと思うのですよ。」

 そう微笑む静香。割と今年は個性豊かな人が来たものだと思う。学食で話すこともないですねと椅子から立ち上がり、綾香を促して昇降口へ歩く。

「どんな人来たの?」

「…邪なことをしないと約束してくれたら教えてもいいですよ。」

 妹に対してこの言いようとは、綾香もなんだかすごい認識をされているものである。もっとも小学校高学年のころから女子にアタックしては砕け散ってきた綾香だから、まあ仕方ないのかもしれない。

「やだなあ、邪なことなんてしないって。ちゃんと真剣にいくに決まってるでしょ。」

 そう笑う綾香。ため息の静香。きちんとしたお付き合いなら邪じゃないという論理はまあ間違ってはいないだろうから、静香もそれ以上は言えない。そもそも同性愛がいかがなものかという考えは静香も以前は持っていたのだけれど、身近に女子カップルができてから偏見も薄らいだ。この点、静香も一緒になっていじくりまわしながらもちゃんと浮田のことを受け入れているのである。

「それなら良いでしょうか…。」

 折れる静香。まだこまごまと話せるほど一年生のことを把握しているわけでもないので、ごく表面的な話にとどまるのだが。

「え、男子が来たの? なんか意外…。」

 綾香もそこに反応する。調理部なら女子というのもだいぶ固定的な性別観念ではあるのだけれど、一般の料理教室でもわざわざ男の人向けのものは別建てになっていたりすることもあるから、まあそんなものなのかもしれない。一方で製菓や調理の専門学校は男子もかなり在籍していて、板前さんといえば男子が先に、洋菓子職人といえばパティシエールよりもパティシエが先にイメージされる傾向があるという不思議もあるのだが。

「でもね、男子という感じがあんまりしないのですよ。」

 そう付け加える静香。同級生の彼女ほしいが口癖のようになっている男子たちと同じ世界の人間とはとても思えないというところは、早くも調理部三年生の間で共通認識になっている。上級生全体でその認識を改めて確認するのは、もうちょっと先のことになるが…。

「そうなんだ? まあそういう人もいるのかもね。世の中いろいろだし。」

「そうですね、私の妹もいろいろのほうですし。」

「やだなあお姉ちゃん、それは言いっこなしっしょ。」

 静香にまぜっかえされた綾香、そう笑う。

「そういえば調理部長さんって手芸部長さんと付き合ってるんだよね。どんな人?」

「…どこから聞いてきたのですか…。」

 入学二週間でその事実を知っている妹に、相変わらず謎の行動力を感じてため息をつく静香。話を聞いたら興味を示すだろうと思って、自分からは話を出さなかったのだ。面倒なことになっても困る、という。

「ん、先輩が教えてくれたよ。私のこと話したら同級生にもいるって。」

 人の口に戸は立てられぬというもので、静香が話さなくても他の人が話してしまうことはそう簡単には防げない。綾香が知るのも時間の問題だったかもしれないが、それにしても早かった。

「…ええ、まあ。とても仲が良いお二人ですよ。」

 そこは否定できないし、付き合っているなら仲良く幸せでいてほしいとは一般論として思う静香である。もちろん浮田中里組も例外ではないし、まして二人とも知らぬ仲ではないのだから、なおさら。そこで爆発しろと思わないところは静香の人柄か。

「そなんだ。会ってみたいなー。」

「ご迷惑になりますから、駄目です。」

 即答である。どうしてこう断定されているのか…。

「お話聞くだけだって。何にもしないから大丈夫だよ?」

 そう笑う綾香。またため息の静香。

「本人が嫌だとおっしゃったら駄目ですよ?」

「まあそれは仕方ないかな。うん、よろしくね。」

 そう話して、一旦下駄箱で別れる。静香は三年二組、綾香は一年八組、当然下駄箱も離れている。

 昇降口の外で合流して、一緒に下校した山名姉妹だった。




 翌日放課後、調理室でのお茶会にて。

「部長、お願いがあるのですけれど…。」

「うん、どうしたの?」

 お話が落ち着いたところで、そう話を切り出す静香。何だろうかと思いながら返事をする浮田。山名さんがお願いとは珍しい。

「妹がですね、部長にお会いしてみたいと言うのですよ。」

「え? 妹さん? なんでまた…。」

 当然の疑問を口にする浮田。赤松と尼子も不思議そうな顔をして静香を見る。

「うちの妹は部長と同じでして、興味を持ったみたいで…。」

「私と同じって…何が?」

 またまた疑問。もっとも同じと言っても厳密には同じではないのだが。浮田は同性愛者、綾香は両性愛者。結構な違いがある。

「女子好きの先輩としてお話を聞いてみたい様子で…。」

 そう話す静香。困ったこととは思っているし、断ってくれたらと思ってもいる。

「ああ、そういうこと…。うーん、まあ、そういうことなら良いけど。楓ちゃんも一緒のほうが良いのかな、そうすると。」

「部長だけだと余計なことをお話しかねないですからね~。」

「ちょっと赤松さん、余計なことって何よ! 私達世間様に顔向けできないようなことはしてないわよ!」

「こういうところが余計なことだと思うんだけど…。」

 赤松に茶々を入れられて口を滑らす浮田、一言尼子に刺される。まあいつものペースである。

「部長が良いのなら良いのですけれど…ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

 ちょっとうつむく静香。いつも妹には押され気味で結局は負けてしまうことが多いのである。今回も勢いに押し切られてしまった感じ。

「先輩面できるほどの付き合いでもないけどね…。」

「そう中里さんにお伝えしておきますね~。」

「どうしてそこで楓ちゃんが出てくるのよ! 自慢するところじゃないでしょう、ここ!」

 またまた赤松にまぜっかえされる。ここで『私たちの仲を参考にしてもらえれば』などとは言わない浮田である。さりとて当のパートナーに『大した付き合いじゃない』ようなことを伝えられても困る。単なる謙譲の美徳というもので、本気でそう思っているわけではないのだ。

「はあ…。で、いつがいいの? 私達はいつでもいいけど。」

 落ち着きを取り戻した浮田、詰めにかかる。

「予定も確認せずにいつでもいいとはさすがだね?」

「…いい加減怒るわよ。」

 今度は尼子にまぜっかえされて握りこぶしを震わせる浮田。尼子は暗に『ちゃんと確認しなくて大丈夫なの?』と言いたいのと、そういうところは信頼関係が成り立っていてもう確認するまでもないのかと知りたい気持ちが混じっている。どちらも心配から出た面もあって、単に揶揄しているわけでもない。

「そうですね、来週の火曜日に一緒に帰る約束をしていますから、その時にいかがでしょうか。」

 そう打診する静香。部が終わった後ならみんなフリーで動けるはず。

「うん、大丈夫よ。それじゃよろしくね。」

 ということで、会見がセッティングされた。




 翌週火曜日放課後。部活が終わって解散した調理部。浮田は隣の裁縫室で待つ中里を呼びに行く。

「あ、お疲れさま、あかねちゃん。」

「お疲れ、楓ちゃん。それじゃ行こうか。」

 事前に話はしてある。面倒だし人目に付くのもちょっとということで、みんな帰った後の調理室で会うことにしてある。静香は調理室に残り、綾香をスマホで呼び出しているところ。

「やっぱり後輩にもいるんだね。ひと学年三百人もいればそれはいるかな。」

「まあそうよね。うちの学年も隠れてるだけで何人かいるんだし…。」

 何か納得した様子の中里にそう答える浮田。一番学校内で目立っているのが浮田と中里の組み合わせというのは譲れないところだが、それ以外にも隠れて密やかにという人たちはいるし、シングルだけれど悩んでいるという人もいる。こっそり浮田と中里に接触を持ってくる人も結構いて、互助会的なグループも作られている。学校内で噂にされて孤立して退学に追い込まれるというパターンもあり得ることだけに、同志がいて支えてくれるというのはやっぱり心強い。

 調理室に戻り、とりあえず座る面々。と、廊下で走る音。

「すみません遅れました!」

 勢いよくドアが開いて、綾香が現れる。

「廊下は走るなと言われているでしょう。もう高校生なのですから落ち着きというものを少しは身につけなさいね、綾香は。」

 ため息交じりに苦言を呈する静香。どうも二歳年上なだけなのにいつもこうお小言ばかりこぼしている気がする。それほど普段口うるさい訳でもない静香なのだが、それだけ妹を心配しているということの表れなのかもしれない。

「先輩、お会いしたかったです! 今日はありがとうございます!」

 静香には答えずに、浮田と中里に駆け寄って順に手を取る綾香。ちょっと気圧される浮田と、微笑む中里。

「まあ座って。立ち話もなんでしょう。」

 とりあえず椅子をすすめる浮田。立ち話もなんだというお話とともに、いきなり初対面から手を取れるほど近い距離で話をしたいとも思わない。

「お茶くらい入れましょうか。」

「あ、私買ってきたよ。」

 立ち上がりかけた静香を綾香が制する。そして手提げ袋の中からペットボトルを人数分取り出す。こういう場を設けてもらったのだからこれくらい、という気持ちらしい。好きなものを選んでくださいと促されて、お礼を言って受け取る浮田と中里。

「えっと、それじゃ改めまして。一年八組の山名綾香です。姉がいつもお世話になってます。」

「三年一組の中里楓です。よろしくね、綾香さん。」

「三年一組の浮田あかねです、よろしく。」

 一応初対面なので自己紹介から。まあ定番だろうか。

「それじゃまず聞きたいんですけど、ドコまで行ったんですか!?」

 真っ先に綾香が聞いたのがこれ…。すぱーんと静香の平手が綾香の後頭部に入る。

「痛いよお姉ちゃん。冗談だってば。」

「目が本気でしたよ。本気だとしても問題ですし、冗談だとしたら失礼でしょう。」

 のっけからこれかと右手で頭を抱える浮田と、苦笑する中里。

「まあそういうことはね、学生のうちはちょっとね。やめておいたほうが良いのではないかしら。」

 と、まあまず模範的な回答を返す中里。さりとてそういうコトをしたいかしたくないかという点については否定していないわけだが。

「でも子供出来るわけじゃないじゃないですか。それでもやっぱりダメですかねーって痛いってばお姉ちゃん。」

 今度はわき腹を思いっきりつねられた綾香。初対面でいきなり出す話題かと言われると、どうだろうか…。

「そこだけが問題ってわけでもないと思うかな、心の問題もあるよね。ちゃんと責任とれるようになってからってお話ね。ちょっと考え、堅いのかもだけどね。」

 そう返した中里に、浮田もうなずく。二人の間ではそういう合意がきちんと成り立っているらしい。お互い一過性の恋愛に終わらせたくないという心理が働いているのかもしれない。

「うーん、真剣なんですね。そういうのもいいなぁ…。お二人はどこで知り合ったんですか?」

 ごくごくまっとうな質問に戻る綾香。もっともどこでと言われても、同じ学校の同じクラスなのだからどこもここもないのだが。

「もともと同じクラスで、お話もしていたから、そこでかな。あかねちゃん最初硬くて、仲良くなるまでずいぶんかかったんだけどね。」

 そう笑う中里に、ちょっと慌てる浮田。お互い何となく気になっていたらしいのだが、積極的に仲良くなりだしたのは二人が一年生だったころ、バレンタインデーの時だった。一緒にチョコを作ったのち、チョコを交換して友達になったのが最初。中里はこの時、一緒に作ったみんなとおんなじチョコではなくて、そのあと自分一人で別にチョコを用意して浮田に贈っている。当然浮田もそれには気づいて、嬉しく思ったものだった。

「同じクラスで友達からですか…。そっかそっか…。うん、私も友達増やそう。誰か一人くらい気持ちを受け留めてくれる人が…ってだから痛いってばお姉ちゃん。」

 今度は左手の甲をつねられた綾香。

「手あたり次第なんてはしたない真似はやめなさいね。」

「ちゃんと付き合ってもいい人にしか行かないって!」

 ということは『付き合ってもいい人』がいっぱいいることになるのだが、それはそれで良いのかどうか。間口が広いのも善し悪しかもしれない。そんな姉妹の様子を楽しげに見守る中里と、ちょっと居心地の悪そうな浮田。

「…まあなかなかね、こちらが気持ちを持っていても応えてくれるかと言われると難しいことでもあるからね。ノーマルの恋愛に比べると応えてもらえるかどうかが一層シビアなのは否めないかもしれないわね。」

 そうコメントする浮田。異性愛者が多数派なわけだから、同性愛に応えてもらおうとすると分が悪いのは否定できない。さりとて同性愛者同士なら何でもいいわけでは当然なくて、相性の問題というのは残るのだが。

「そうなんですよね~。『好きだよ』って言っても本気だと思ってもらえないし、本気だと解ると退かれるんですよね。困るんですよねこれ。」

 これまでの綾香の戦績からするとそういうことになる。退かないで受け留めてくれる人というのは、今のところいたことがない。

「そこは難しいね、大丈夫な人かどうかって、どうやって見極めたら良いのかはね…。永遠の課題かな…。」

「え、中里先輩でもそうなんですか? だってもう浮田先輩が…。」

 ちょっと小首をかしげた中里に、そう疑問を出す綾香。

「うん、あかねちゃんとの仲をどうやって解ってもらったらいいかな、っていうところがね。お話しても受け留めてくれるか、退かれるか解からないじゃない?」

 そう微笑んで答える中里。納得する綾香。そっか、付き合いが始まったら始まったで別の問題も出てくるんだと、改めて思う。

「んー、難しいんですね、やっぱり…。普段は何をして過ごしてるんですか?」

 そう質問を変える。中里は趣味のお人形さんの服作りの件を、浮田は製菓のほうに進みたいのでその練習をというお話をする。

「綾香も少しはそういうことをできるようになってくれたらいいのですけれど…。」

「大丈夫だよお姉ちゃん、私が稼いできて奥さんに家事してもらうんだから!」

 ため息交じりに口にした静香、綾香の答えを聞いてもう一度ため息。できるかどうかもわからないパートナーを当てにするというのもいかがなものだろうか。問題ありかもしれない。

「女子同士のカップルだと、共稼ぎになる方が多いみたいだけどね。女子のほうが給料安いからね。」

 ごく現実的なことを口にする浮田。2019年のデータで男女間の平均年収格差は173万2千円もある。男女カップルに比べて女女カップルだとそれだけ差が出るわけで、厳しいのが現実ではある。

「んー、そういう問題もあるんですね…。」

 なんだか急に現実を突きつけられた感があって、ちょっと詰まる綾香。お互い好き合ってそうしているならともかく、そうでないと社会的にも金銭的にもまだまだ厳しい道にパートナーを引きずり込むことになってしまうわけで、それは綾香もちょっとためらってしまう。

 そのあともいろいろお話は出て、会話は弾んでいった。


 後日、中里が一年八組の教室に綾香を訪ね、互助会チャットグループに誘った。それが綾香が生徒会入りする契機になったのは、前述の通り…。




 前期も終わりに近づき、静香の調理部引退も間近の9月中旬。山名姉妹の家にて。

「ねえお姉ちゃん、沙樹子ちゃんって部活でちゃんとしてるの?」

「え? ええ、まあ。」

 実のところ結構問題を起こして浮田がお玉で叩いているのだが、一応そこはごまかした静香。

「んー、なんか意外だなぁ…。沙樹子ちゃんだから好き放題してそうな気がしたんだけど…。」

 かわいい女子に目をつけていると、同じく目をつけている宇野がいることに気付いたのが夏休み前。最初は敵視してきた宇野なのだが、同好の士どうし仲良くしようよと綾香のほうは歩み寄ったのである。迷惑そうにしていた宇野だったのだが、どんどん距離を詰めてくる綾香を邪険にもできず、それなりに接するようになっている。そんな様子から普段は隠れ百合好きな宇野だが、隠れる必要の薄いところでは本性が出ているのではと思ったらしい。

「そうですね、ちょっと姫ちゃんにいたずらが多すぎる気がしますね…。」

「姫ちゃんって小山君だよね? あれ? 男子?」

 静香の答えに、心底不思議な顔をする綾香。沙樹子ちゃんが男子相手にいたずら? 何か変だ。

「姫ちゃんは女子…ではありませんよ。」

「…お姉ちゃんは嘘はつけないよね。小山君のうわさは聞いてるけど、やっぱ中身女子なん?」

 それとなくそんな噂もやはり出ている。小山自身の耳には早島と四人の男子が壁になって入っていないのだが。

「…秘密ですよ。今年度一杯は調理部内でだけ女子で、来年度から女子生徒になるそうです。」

 こういうことを言い出したらもう聞かない綾香である。延々相手をするのも面倒になって、そう話してしまう静香。でも釘を刺すのも忘れない。

「勝手に話すようなことではありませんから、秘密ですよ。あなたも勝手に人に話されたら嫌でしょう?」

「んー、まあ、そうだね。そんなものかも。うん、わかった。」

 そこは聞き分けの良い綾香である。

「で、うわさでは聞いてるしいつもいい子だって聞いてるけど、実際のとこどうなの?」

 普段静香が部内の様子を話すときにも、小山の話題は出る。ちょっとぼやかしていい後輩だとだけお話していたのだが。

「そうですね、後輩たちのなかで一番奥ゆかしい人でしょうか。最近は髪の毛も伸びてきましたし、ずいぶんかわいらしくなりましたよ。性格も良い人ですから、来年女子になっても困らないのではないでしょうか。」

 もっとも『本人は』困らない、である。『周り』は戸惑って困るかもしれない、とは静香も思っている。同学年の斎藤や一学年下の野間の様子を見ていることもあって、受け入れる側の問題というものも大きいと感じているところなのだ。

「なんか古風な女の子なんだね。そういう娘も良いかも…。」

「あの娘は駄目ですよ、綾香には任せられません。もっとしっかりした頼りがいのある人に支えてもらわなくては…。」

 なんだか想像を膨らませている綾香に、そう釘を刺す静香。綾香と一緒では共倒れになるという気しかしないらしい。

「なんかずいぶん気に入ってるんだね?」

「よく慕ってくれている後輩ですからね。かわいい娘ですよ。」

 慕ってくれる後輩はやはりかわいい。調理もお茶も一生懸命だし、飲み込みも早い。手を煩わせるようなところはほとんどない。そんな後輩が問題を抱えて苦しんでいるとなれば手を差し伸べたくなるのも無理はない、と静香は思う。さりとて、もう引退する自分にできることなど、何程もないのだが。

「とにかく、姫ちゃんに近づいては駄目ですよ。」

「はぁい。」

 と、そんな訳で、綾香は気になりながらも小山に積極的に近づくことはなかったのである。

 …三年生になって、同じクラスになるまでは。




 小山と綾香が三年生になった春のこと。新学期最初の今日は始業式と部活動紹介。

 三年一組の教室の後ろの入り口から入った綾香は、一番後ろの席に座って友人たちと話している小山に目を留める。

 うん、お姉ちゃんがさんざんかわいい娘だって言ってたけど、確かに独特の魅力があっていいかも。近づくなって言われてたけど同じクラスになったんだし、良いよね?

 と、手前勝手な解釈をしだす。自分から近づいたのではなくて環境がそうなったのだという言い逃れである。そもそももう姉の卒業から二年、静香の軛もそろそろ外れてきている。

 文系選択にした関係でそれまでのクラスの友人たちとも別れてしまった綾香、特にすることもなく自分の席に座って小山たちの様子を眺める。噂の四馬鹿の様子も、女王陛下の様子も一緒に眺める。

 うーん、やっぱりあれだよね、菜々子ちゃんも姫ちゃんのこと好きだよね、あれは。単なる友達には見えないよね。そんなことを改めて思う。まあそれはそれでいいかもね、黒髪ロングの強気な美少女の菜々子ちゃんと奥ゆかしい内気な姫ちゃんの組み合わせか、いやでも案外濡れ場になったら菜々子ちゃんのほうが受け身だったりして、なんてあらぬ妄想をしてみる。本人たちのあずかり知らないところでひどいことになっている。

 そうは思ったものの、でもあの二人でそういうことになるのかなというそもそもの疑問が出てくる。なんかひたすらほのぼのして終わりになる気がしないでもない。剣呑なことの多い早島だが、それを中和するのが小山の存在でもある。中和しきれているかどうか、ちょっと怪しいところもあるが。


 帰宅後、今は大学に通っている静香と話になり、姫ちゃんと同じクラスになったよという話題を出す。

「去年文化祭で会った時には元気そうでしたけれど、順調に行っているのでしょうか…。」

 何となく気がかりな後輩というところは、今でも変わらないらしい。

「うん、友達と仲良くお話してたよ。なんていうか笑顔の可愛い素敵な娘だねー。」

 そう小山を評する綾香。四人の男子同様、綾香も小山の笑顔に落とされたらしい。

「そうですね、なんとも愛らしい微笑みをしますよね、姫ちゃんは。人柄もその微笑みに似合う人柄ですし。」

 静香による小山評はこうなるらしい。世の中虫も殺さぬ表情でという話もあるわけで、そういうわけではないということのようだ。

「まだ人柄まではわかんないけど、聞いた話だとそんな感じかな。まあおいおいわかるよね。同じクラスになったんだし。」

 そういって一人うなずく綾香だった。




 翌日も様子見に費やした後、やはりどうしても気になりだした綾香。そうとなればいつものように友達になりに行くかなとなる。

 そんな訳で新学期三日目、早めに登校して小山を待ち受ける綾香。そわそわと教室の入り口付近を行ったり来たり。

 廊下の様子をうかがうと、よそ見しながら小山がやってくる。その目線の先を見やると、秋山に宇野が抱き着いている様子が見られる。ついに沙樹子ちゃんも本性を現したのねとちょっと苦笑する。

 小山が教室に足を踏み入れたところで…。

「姫ちゃん、はじめまして~!」

 と、小山に抱き着きに行く綾香だった。


 なんとも強烈なコンタクトを取った後、なんかおとなしくて愛らしい娘だったからついやりすぎたかなー、なんて思う綾香。抱き着いたのはともかく勢いで頬にキスまでしたのはどうだっただろうか。ちょっとテンション上がりすぎたなと自分でも思わないでもない。

「ま、いっか。もうどうしようもないもんね。」

 そう結論付ける。それにしても菜々子ちゃんの嫉妬が可愛かったなー、なんて思ったりもする。素直に心を表せないけれども他の人が姫ちゃんに接近するとああして多少心情が露わになるところなんか、何とも言えず可愛いと思う。もっともそう思うのはたぶん綾香が綾香だからで、おんなじところを見てもそう思う人ばかりでもないのだろうが。早島の周囲にいる面々の中でも同様に『早島さんも可愛いとこあんだよなぁ』と思っている者もいるのだが。


 その日の帰宅後、顔を合わせて早々に静香に大きなため息をつかれる綾香。

「ちょっとお姉ちゃん、人の顔を見るなりため息はひどいって。」

「姫ちゃんには近づいては駄目って言っておいたでしょう。まったくもう、あなたは…。」

 またため息。

「や、まあ、おんなじクラスになったんだしあいさつくらいしないとね。」

 それはそうかもしれないのだが、単なるあいさつだとしたら日本の礼儀の標準からは大いに外れていること請け合いである。ハグと頬にキスがあいさつという国もあるから、そういう国の標準に照らし合わせれば或いはセーフなのかもしれないが、それを引き合いに出したら今度はその国の方々に怒られるだろう。いずれにしろどこかから怒られるのは避けられない綾香である。

「迷惑をかけては駄目ですよ。」

「大丈夫だって!」

 そう断言する綾香だが、小山のほうでは迷惑とまでは思わないまでも困惑程度はしているのが現実。なんともはやという感じである。




 翌日も小山と接触しに行った綾香、やはり早島から邪険にされるのは一緒。ジョロウグモ呼ばわりされてもひるまない。結局早島からも四人の男子からも姫に近づくなと言われたのだが、その後も懲りずに近づいていくのである。




 多情な綾香の多情なうちの一つだったのか、それなりに本気だったのか。

 なんだか何とも言い難いところではある…。


三年生に入ってからの登場だった山名さん。

今回はお姉さんと共演ということで、名前のほうで表記されています。


何かと突飛な行動をしているようにも見えた彼女ですが、もともと積極的な人なのですね。

年代的に思春期真っ盛りの女子でもあります。

本編では主人公の性格上出てこなかったような話もちらほらと…。

避けて通れない話題もいくらか混じってはいますが…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 山名綾香さんはなんとも情熱的な人なのかも知れませんね! 姫と仲良くしたかったのなら最初は普通の挨拶にしとかないとね…… なんとなく木島君に似たところがあるけど…… 綾香さんは自…
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