第21話 ~皆さんと遊びに行ったのです~
第21話 ~皆さんと遊びに行ったのです~
連休の中日、学校に登校します。朝食の席で兄様からは『連休中だからって浮かれて事故るなよ。』と注意され、美琴さんからは『浮かれてぼろを出さないでね?』と言われてしまいましたが。もっとも既に4月の段階で色々と解られてしまっている感じはするのですが…。
私に隠せという方が無理なお話だったのかもしれませんね。それにしても胸があることまでこうも簡単に解られてしまうとは思いませんでした…。木島さんと彦崎さんに抱き着かれて解ってしまったのはともかく、宇野さんにあっさり見抜かれていたのは少々意外でしたね。やはり宇野さん、油断のならない方のご様子です。なんだかその点は早島さんにひっそり庇われている感じも致しますけれども。
学校に到着しましたら、木島さんが廊下にたたずんで昇降口を眺めていらっしゃいます。
「おう姫、おはよう。」
「おはようございます、木島さん。何をしていらっしゃるのですか?」
何か予想が着くような気がしながらたずねる私です。
「ここで眺めていれば登校してくる全校生徒をチェックできるだろう?」
…連休に入ってもぶれない木島さんでした。どうしてこうこの方は行動力があるのでしょうね、悪い方向にばかり。
「いい加減にしとけ、木島。通る女子がみんなお前の事をひそひそ話してるだろうが。朝から皆の気分を害して歩くんじゃない。」
あら、工藤さんです。まあ確かに、チラ見してそそくさと速足で通り過ぎるか、連れ立ってやってきた友人やクラスメイトとこれ見よがしにひそひそお話をするかに分かれている様子に見えます。としますと、どうやら木島さんの噂は上級生にまで知れ渡っているご様子ですね。
「あっ凄い美女…! 階段登って行ったって事は先輩か! 俺ちょっと行ってくる!」
すかさず工藤さんの足払いが入り、派手に転倒する木島さんです。
「痛ってぇ! 工藤、なんてことするんだよ! 俺のイケメンに傷でもついたらどうするんだ!」
即立ち上がってそう文句をつけている木島さんです。
「お前がイケメンなら世の中の男子の過半数はイケメンだな。顔より内面をどうにかしろ内面を。汚名を払拭しない限りお前に春は来ないぞ。」
断定する工藤さん。ですが私も同意見ですね…。
「100人のうち99人に嫌われても1人に好かれれば勝ちだろう?」
ええと、木島さんのそういった前向きな姿勢、嫌いではありませんよ。ですが迷惑というものも考えましょうね。
「そんな教皇庁から聖人認定が来るほどの奇跡を当てにするんじゃないわよ。おはよう姫。」
「あら、おはようございます早島さん。お元気そうで何よりです。」
「おはよう早島さん。そんな生易しいレベルで済むかな。競馬のレース中に隕石が馬の頭に当たって死亡事故が起こるくらいの珍事ではないかな。」
工藤さんもあいさつついでになかなかひどい扱いをされています。
「俺の恋愛は事故扱いかよ⁉」
「相手にとっては事故以外の何物でもないだろうが、この事故物件が。」
「ツッコミ役の駄犬もなかなかレベルを上げてきたわね。家賃を無料にしてもなお借主が出ない程度の事故物件ね。よほど徹底したリフォームをしないと駄目ではないかしら。」
「もう一回更地にして建て直さないと駄目なのではないか? きちんと地鎮祭も執り行った上でな。」
お二人から毒舌を吐かれる木島さんもなかなか可哀想なのですが…。私はただ微笑んで見守るだけです。工藤さんと早島さんが組むともう私では止められません。
「おはようみんな、朝からこんなところで何をやっているんだい? 聞くのも愚問かな。」
「お早う。大方木島君の行状を皆で咎めていたところだろう。」
毛野さんと柿沼さんです。ええまあ、その通りなのですけれど。
「俺は何も悪い事はしていないぞ?」
「お前の存在自体が邪悪だからどうしようもない。精々善行を積め。」
工藤さんがそう木島さんの頭を押さえつけています…。なんだかもう本当に可哀想ですよ、皆さん。
「失礼な、俺は純粋無垢だぞ?」
「混じりけなしに邪悪なのね。闇と混沌の結晶体だわね。光と秩序を少し姫から分けてもらいなさいな。爪の垢でも煎じて飲むと良いわ。」
ええっと、何だかもしかして私持ち上げられています? もうやりとりについていけないのですけれど…。
「とりあえず皆さん、ここでずっとお話していると全校生徒の良い見世物になってしまいますよ。移動しましょうよ。」
「無節操な駄犬に構わないでくださいと全校生徒に知らしめる良い機会じゃない。この駄犬は隔離して檻の中にいれておくくらいでちょうど良いのよ。薬殺されないだけ感謝なさい。」
早島さん、ですからいくらのなんでも可哀想ですって。もう殺処分から離れてあげてくださいよ…。
朝からそんなやり取りをしていた私達でしたけれども、さすがに木島さんも休み時間ごとに美少女ウォッチングに行くのは止めてくださったご様子です。良い事ですね、多少は行状が改まって。
お昼休みにそう思って木島さんに、
「さすがに休み時間ごとに物色して歩くのは止めたのですね。良い事ですね。」
と言葉を掛けましたら、工藤さんに、
「当たり前に一歩近づいただけだ、褒めるな姫。」
と言われてしまいました。…うーん、そう言われればそうかもしれませんね。
「工藤は俺の小姑かよ。俺がいないと姫の身が危ないだろうが。」
「お前が居た方が姫の身が危ない。俺達が居れば充分だ。」
木島さんの反論に工藤さんが再反論しています。ええと…やっぱり私要保護対象なのですね。でも木島さん、この前助けてくださったときの事は忘れていないのですよ? あ、今思い出しても胸がときめいてしまいますね…。人はこれを『好き』と呼ぶのでしょうか。
「何顔を赤らめてるのよ姫。出家した行者ではないのだから捨身飼虎などする必要は無いのよ? あなたはもっと人並みの幸せを求めなさいな。」
早島さんにそうツッコまれてしまいました。ええと、さすがにそこまでの自己犠牲精神は私には無いと思います。
「まあでも、姫みたいな人が女の子だったら彼女さんになってほしいかな。素敵だよね。」
毛野さんが無自覚におっしゃいます。えっと、あの…恥ずかしいです、毛野さん。でも毛野さんの事も私、好きですよ。
「それは俺も同感だな。姫は一つの理想形を体現していると思う。」
工藤さんまで…。なんだか胸の鼓動が早くなって止まらないのですが…。
「同感だ。姫ほど穏やかで優しい人間も珍しい。女子であればさぞ人気が出た事だろう…渡したくはないがね。」
あの、柿沼さんまで何を…ああ、顔が熱くて心臓の鼓動が止まらないではないですか。
「と、とりあえずお昼ご飯に参りましょうか皆様、お腹空きましたでしょう?」
このまま言われたら私、心臓の鼓動が早くなり過ぎて倒れてしまいます。場を変える事に致しましょう。
そんな訳での学食です。相変わらず生徒たちで賑わっておりますね。将来的に学食のようなところで働くというのも悪くないかもしれません。ずっと好きな調理に携われますしね。
「そうだそうだ、せっかくだから連休中みんなで遊びに行こうぜー。」
木島さんがそう提案されます。
「あ、良いですね、ぜひご一緒したいです。」
私は笑顔で提案に賛成します。
「姫と木島を二人にできるか、俺も行く。」
「それは同感だね、僕も行くよ。」
「同行しよう。木島君には目付け役が必要だ。」
工藤さん、毛野さん、柿沼さんも何だか理由がおかしいのですが賛成のご様子です。
「みんなでご一緒できますね、嬉しいです。」
私は満面の笑みで答えます。皆さんそんな私を微笑んで見守ってくださいます。楽しみですね。
約束した当日の朝、準備をしようとして大変な事に気が付きました。
そう、私、男物の服を全部処分してしまっていたのでした。これは一体どういたしましょう。迂闊でした、こういう機会があるかもという事くらい想像がついても良さそうなものなのですが…。
「兄様、服を貸していただけませんでしょうか?」
「貸すのは構わないんだが、ウェストも着丈もぜんぜん合わないと思うぞ? 身長差どれだけあると思ってるんだ?」
と、兄様に言われてしまいました。ああ、その通りなのですよね。美琴さん…はもちろんガーリッシュな衣類しか持ち合わせていないですし、これまた身長差がありますから無理というものです。困りました、かといって買いに走る時間などありません。お父様も体形が違い過ぎて無理です。
「制服で行けば?」
と、美琴さんからの提案です。なんだか堅苦しいですがそれしか手が無いですね、これは。
「おっす姫。…何で制服なんだ?」
「ええと、少々事情がありまして。それより学外でまで姫は止めてくださいませんか?」
どういう事情を説明したら納得して頂けるでしょうか。難しい気が致しますねこれは。
「姫は姫だろうが。今更他の呼び方なんてできないぞ?」
不思議そうな顔の木島さんです。
「おお姫、木島と二人だけで大丈夫だったか、汚されていないか。そう簡単に純潔を渡すんじゃないぞ。」
工藤さん、来て早々何という事を…。いくらのなんでも泉中央駅のコンコースなんて場所では木島さんも何も致しませんよ。
「やあみんな、お待たせして申し訳ないね。あれ? 姫、制服?」
「少々事情がありまして。私、中学校時代から痩せたので、合うサイズの服が無いのですよ。」
という事に致しましょう。実際痩せたのは事実ですし。…主にウェストがくびれてきただけではあるのですが。
「ふむ、姫は昔太っていたのかね。それにしては皮膚の余りが全く見られないが。」
到着早々柿沼さんにツッコまれました。ええと、チェックが厳しいですよ。見抜かないでください、お願いですから。
「ええまあ、色々ありまして。」
全然説明になっていませんけれども、押し通すしかありません。まったく困ったものですね…。
「一先ずゲーセンでも行こうぜ!」
木島さんがそう提案をされます。ゲームセンターですか、私入った事がありませんね。何となくあのような場所には怖くて足を踏み入れられなかったのです。でも今日は皆さんが一緒ですからね、きっと大丈夫ですよね。
所変わりまして、ショッピングセンター内のゲームコーナーです。
「まずは定番のエアホッケーでも…。」
と、毛野さん。
「お、良いな。」
「どういうゲームなのでしょう?」
工藤さんも乗り気のご様子ですが、私には想像がつきません。何となく聞いた事はあるような気はしないでもないのですが…。
「ふむ、簡単に説明するとエアホッケーは、マレット、もしくはスマッシャーと呼ばれる器具を用い、盤上でプラスチックの円盤を打ち合い、相手ゴールに入れて得点を競う遊戯の事だな。」
と、柿沼さんが解説をしてくださいました。なるほど、よく解りません。
「そんじゃまず姫に体験してもらうところからのスタートだな! もちろん俺が組むぜ!」
「馬鹿言うな、お前なんぞに任せられるか、俺が組む!」
「なに言っているんだい、君たちには任せられないよ。姫、僕が優しく教えてあげるから。」
「僕も譲れない、論理的に指導できる人間が必要だろう。」
あの、何で皆さんで私の取り合いをしていらっしゃるのですか…。
「ここは公平にじゃんけんで勝負だ!」
「望むところだ!」
熾烈なじゃんけん争いの結果、工藤さんが私と組むことになり、相手役は毛野さんと木島さんです。
「手加減しろよ木島、姫は初めてなんだからな。」
「よっしゃ、姫の初体験いただきだぜ! 痛てぇ!」
「木島君、言い方ってものがあるからね。」
「僕が審判役を務めよう。卑劣な手を使ったら制裁を加えるものとする。」
という事でゲームスタートです。初心者のハンデという事で最初の一打は私からという事になりました。
「よし姫、渾身の一撃をくれてやるんだ!」
「はい、工藤さん!」
という事で私は精一杯の力を込めて円盤を叩きます。
「おお、凄い速さだ…。」
という木島さんの声。私の一撃は見事にへろへろとしたスピードを生み出し、のんびりとした勢いで円盤が飛んでゆきます。…これは私、叩き損ねましたでしょうか。
「…まあ最初はこんなものかもね。姫、これはこうやって打つんだよ。」
毛野さんが手本を見せてくださいました。おお、速さが全然違います。これを打ち返すのですか⁉ 怖いのですけれど⁉
「姫、無理するなよ。とりあえず雰囲気を楽しめればそれで良いんだからな。」
そう工藤さんが言ってくださいました。
「はい、でもできるだけがんばります。」
私はそう答えます。その間にも円盤は飛んできます。
「えいっ!」
打ち返せる位置に来たので、がんばって打ち返します。
「うお、トリッキーな動きを⁉ 壁をうまく使って来るとはやるな姫!」
木島さんが驚いていらっしゃいます。いえ、私は無心に打ち返しただけですが…。
「まずい、間に合わないっ。」
お二人のガードをすり抜けて、私の一打は奇跡的にゴールに入りました。
「やったな、姫。」
「はい、嬉しいです。」
思わずハイタッチする私と工藤さん。
「あっ畜生、工藤、ペアになったからって抜け駆けすんな!」
「そうだよ、ずるいよ工藤君!」
物言いが入りましたけれども、かといってまさか対戦中の相手とする訳にはいかないではありませんか。
「よーし、工藤は俺を怒らせたな、もう手加減しないからな。」
「僕も何だか工藤君に勝たせる気は無くなって来たよ、本気を出させてもらおうかな。」
「お前らが何と言おうと俺は姫を護るからな。」
何だか皆さん変な盛り上がりを見せているのですが…。
「喰らえ俺の渾身の一撃!」
木島さんの本気の一撃が来ます。は、速い⁉ 今までと段違いです!
「甘いわ木島っ、カウンターを喰らえ!」
工藤さんがあっさり打ち返します。
「何の、直球で来たところで受け流すまでだよ!」
毛野さんが斜めに円盤を受け流しています。ああ、もう私が混じれそうな気配がありません。…と思っていたら私の構えていたスマッシャーに木島さんの一撃が跳ね返り、キンコンカンと壁に跳ね返ります。
「姫の一撃は読めない! なんか変な軌道を描いてくるんだが⁉」
そうなのですか、私は普通に当てただけですよ?
結局皆さんがヒートアップして、私は腕前的には全くついていけませんでしたが楽しむことはできました。いやはや、皆さんやはりまだまだやんちゃ盛りですね。
その後はクレーンゲームに挑戦しました。
「姫、今だよ!」
と、毛野さんから指示が出ます。おお、何だかうまく取れました。かわいらしい縫いぐるみです。これは嬉しいですね。
「しかし姫らしい好みだよなぁ…。」
「それは賛成だな。まあ、らしくて良いんじゃないか。姫がゾンビ人形など好きだったらショックだろう。」
「…それは同感だ。」
なんだか私の評価はすっかり中身は女子という事になっているみたいです。まあ良いでしょうか。
「よっしゃ、次カラオケ行こうぜ!」
「済みません、私もうお小遣いが…。」
木島さんの提案ですが、お小遣いが尽きてしまいました。先日お化粧品を購入したばかりですからね…お財布が乏しかったのです。
「何だ、それなら俺達が割り勘で出してやるよ。そうだろう皆?」
「うん、僕も姫とカラオケ行きたいな。」
「同感だな、姫と遊ぶのは楽しい。」
「おう、俺も良いぜ、姫に貢ぐんならむしろ嬉しいぜ!」
そう仰る工藤さん、毛野さん、柿沼さん、木島さんです。ええ、でも良いのでしょうか…。
「俺達が行きたいんだ、姫は黙って着いて来ればいい。」
「たまには工藤と意見が合うな、俺もそう思うぜ!」
「僕も同意見だよ、僕に着いておいでね。」
「姫の歌声には興味がある。」
迷っていたら皆さんからそう勧められました。ええと、では…。
「済みません皆さん、それはお世話になります。」
素直にご厚意に甘える事に致しましょう。
カラオケは私、実は好きなのですよ。でも兄様と美琴さん以外と来るのは初めてですね。私は結局女性ボーカル曲ばかり歌って、何だか皆さんに和まれてしまいました。もっとも男性ボーカル曲は音域の関係でほとんど歌えないのですけれども。
「マジで目をつぶってると女子だよなぁ…。」
と、木島さんが漏らしていらっしゃいました。
なんだか友達と遊びに行くというのもかなり久しぶりでしたけれども、楽しい時間を過ごせたと思います。
皆さんに感謝ですね。
まだ諦めない木島さんです。ブレないですね。
根強さと前向きさは買ってあげたいところですが…。
姫の言う「好き」はラブなのかライクなのか、なんだかよく解りませんね。
本人もどちらだか解っていないのではないでしょうか、これは。
それにしても男子の服をすべて処分してしまったとは迂闊な…。
そして皆さん、いくら女日照りだからと言って姫をすっかり女子扱いです。良いのでしょうかこれは…。
※捨身飼虎
お釈迦様の前世の物語で、飢えた虎の母子に自らの肉体を布施した故事です。
国宝・玉虫厨子に描かれたものが有名でしょうか。