第19話 ~宇野さんが長話なのです~
第19話 ~宇野さんが長話なのです~
今日は雨模様なのでバスで通学です。朝ご飯の席上で、兄様からは『痴漢に遭うなよ?』と言われました。それを受けて美琴さんからは『しっかり手を掴んでこの人痴漢です! って言うんだよ? 手さえ掴めば8割は勝てるからね?』と言われてしまいました。
ええっと、さすがに男子制服を着た生徒に痴漢してくる人もいないと思うのですが、どうでしょうね。でも昨今男子の痴漢被害も増えているそうですから、油断はできないのでしょうか。うう、そう考えるとバスが怖いですね…。
ひとまずそんな心配は杞憂に終わりました。まあそうですよね、私にそこまで魅力があるとも思えませんし。無事に学校到着です。
さて、よく傘の水気を払って傘立てに置いて、教室に向かうとしましょう。
「おう姫、おはよう、朝から鬱陶しいなー。」
「おはようございます木島さん、工藤さん。お早いのですね。」
私は既に教室に到着されていたお二人にあいさつをします。ちなみに早々と声を掛けてくださったのは木島さんです。
「おはよう姫。鬱陶しいのは雨よりお前だ、木島。」
なんだかのっけから扱いがひどいのですけれど、工藤さん。
「俺は濡れ落ち葉か何かか?」
「どちらかというと夏場に生ごみに沸いてくる小バエではないかしら。駆除しても駆除しても湧いてきそうだわ。」
登校してこられた早島さんが早速毒舌を発揮していらっしゃいます。今度は小バエ扱いですか…いつも良いタイミングで現れてはひどい扱いをなさいますよね。
「この前から俺は虫扱いかよ?」
「無視されて扱われないよりはいいのではなくて?」
あら、早島さんでもダジャレなどおっしゃるのですね。あまりうまくはありませんでしたが…などと言うと叱られそうですから止めておきましょう。
「おはようみんな、朝から相変わらずの様子だね。」
「変わりない様子で何よりだ。」
毛野さんと柿沼さんです。毛野さんは雨の中雨合羽で自転車で来られたご様子で、スクールバッグが仙台市指定のごみ袋に包まれております。
「あら、ちょうど良いわね。そのごみ袋に包んでこの生ごみを処分すると良いわ。」
「ちょっと待て、俺は小バエの方じゃなかったのかよ!」
木島さんが早島さんの言葉にツッコんでいます。もはや生物ですらないです…。
「さっき自分で濡れ落ち葉だと言ったじゃない。」
「そりゃそうだがあれは物の例えというものでだな…。」
「いずれにしろ生き物は回収対象に入っていませんって。それにこのサイズのごみ袋に木島さんは収まり切りませんよ?」
我ながらそういう問題ではないような気はするのですが…。
「俺を助けてくれるのは姫だけだな…。」
「そうだな、姫に感謝しろよ、木島。」
木島さんのため息に工藤さんが追い打ちを掛けます。
やれやれ、朝から賑やかですね。
お昼休み、私はいつものメニューを食べながら皆さんとお話を致します。
「そういえば姫、お団子づくりってどんな様子だったの?」
毛野さんがたずねてくださいました。興味を示して頂けるとは嬉しいですね。
「そうですね…。」
私は部の皆さんで分担して量産をした事と、私はひたすら上新粉とお砂糖を混ぜる作業を担当したことをお話します。宍戸先輩が優しくしてくださったことも。
「…本格的だったんだな、随分と。確かにあれはうまかったけどよ…。」
「うむ、大変な労力の上に成り立っていたものだったのだな。」
木島さんと工藤さんが感心したような表情をなさっています。
「それでですね、お昼休みには早島さんが作って来てくださったお弁当を頂戴したのですよ。」
「は⁉」
皆さん同時に声を上げられました後、お箸を取り落としていらっしゃいます。…えっと、そこまで衝撃を受けられると困ってしまうのですが…。
「あの早島女史が姫にお弁当だと…解析不能な事態が起こっていたのだな。」
柿沼さんが取り落としたお箸を拾いながらそう言っています。
「…一般的にはお弁当を作ってくるっていうのは好意を持っているという証だけれど…あの早島さんに限って姫に好意を持つなんてことは有り得ないよね…? そもそも早島さん攻略不可能キャラだと思うんだけど…。」
今度は毛野さんです。えっと、これは早島さんと私双方に失礼なような気がするのですけれど、気のせいでしょうか。
「ないない、有り得ない。そもそもあの早島さんが男になびくもんか。男の方が奴隷になるってんならともかく。」
木島さん、その言い様もひどいと思いますよ。
「…とにかく信じがたい出来事が起こったんだな…。一体何があったんだ?」
比較的冷静な工藤さんです。ええっと、私もいまだによく解っていないのですが。
「日頃のお礼、とおっしゃっていましたよ。それ以上の深い意味は無いとも。」
私はそう答えますが、四人の困惑は深まるばかりです。
「それ以上の深い意味は無いっていうのは普通は深読みしろって事だけど…この場合は字義通りに受け取って良さそうな気がするね…。」
そうおっしゃる毛野さんです。私はそういった事には疎いのですが、普通はそうなのでしょうか。
「同感だな…。まあ、早島さんなんだかんだと言っても姫の事は気に入っているみたいだからな、明らかに俺達と扱い違うしな。」
それは私もそう思います、工藤さん。何故か扱い違いますよね。
「俺も逆方向に扱いが違うぜ!」
何故それを嬉々としておっしゃるのでしょう、木島さん。
「木島君の扱いに関しては呆れ果てられているだけだと推測するが、姫については推測不能だ。」
相変わらず冷静な柿沼さんです。私も何故気に入られているのか、よく解らないのですが…まあ、いちいち理由を求めるような事でもないのかもしれませんね。
「まあとにかく、僕らの姫はそう簡単には渡せないよ?」
「そうだな、それは同感だ。」
「早島さんなんかに渡したら姫がどうなっちまうか解らないぜ?」
「案外大切に囲われるかもしれないが。」
毛野さん、工藤さん、木島さん、柿沼さんの順です。えっと、私どういう立場なのでしょうか、これは。皆さんそれほど女性にご縁が無いのでしょうか、私すっかり祭り上げられているような気がするのは気のせいでしょうか…。
「ちなみに弁当の味はどうだったんだ?」
木島さんがそこを拾います。
「とても美味しかったですよ。早島さんの腕は確かですね。」
「案外いい奥さんになるかもな、ちょっと尻に敷かれそうだけどよ。」
意外と木島さんは早島さんを買っているご様子ですね。まあ、なんだかやりとりを楽しんでいる感じもありますものね。今朝も漫才していましたし。
放課後になり、今日はいつものお茶会です。ついでに夕ご飯の献立になりそうなレシピも写させていただきましょうか。色々と作ってみた蓄積があるご様子ですから、普通のご飯物もかなりの量があったのです。分類ごとに分けられてファイリングされているので、非常に助かりますね。
「あらお疲れ様、姫ちゃん。今日は何事もなかった?」
何だかすっかり保護動物扱いの私です。浮田部長さんにまで心配されています。
「お疲れ様です、部長。はい、今日は一日平和でした。」
笑顔で答えます。特に問題はなかったですから良いでしょう。まあ、休み時間に動くごとに四人の護衛がついて回っていた事には少々参りましたが…。もっとも早島さんに言わせますと、『姫の犬どもなんだから護って当然、何かあれば駄犬どもの責任』なのだそうですけれども。
「姫ちゃん、お疲れさま。今日も元気そうで何よりだわぁ。」
彦崎さんです。ってちょっと彦崎さん、何故抱き着いてくるのです⁉
「お、お疲れさまです⁉ 彦崎さん、あの、近いですよ⁉」
近いを通り越して密着されているのですけれど⁉
「あら、ごめんなさい、私ったら。なんだか姫ちゃん男の子って感じがしないのですもの。ついやってしまったわぁ。」
そう口元に手を当てて笑顔の彦崎さんです。私たぶん、顔真っ赤にしているでしょうね。
「でも姫ちゃん柔らかいのねぇ。まるで女の子だわぁ。きちんと胸もあるし…。」
「えっ、胸あるの、どれどれ⁉」
八浜さん、そこ話にのらないでください、お願いですから! と言うか触らないでください⁉
「本当だ、ある…しかも結構大きい…。…私よりも大きいじゃない、姫ちゃん。このっこのっ。」
「痛い痛いです、八浜さん⁉ 許してください⁉」
痛いくらい揉みしだかれてしまう私です。
「痛いって事はさらに大きくなるって事⁉ 許せないな、ちょっと寄こしなさいよ!」
「物理的に不可能ですって! 本当に痛いんですから許してください八浜さん!」
一体何をしているのでしょう私達は…。
「何をやってるのよあなた達は…。お触りは禁止よ?」
「あら、今更気が付いたの? ジャケットで隠していてもバレバレだったわよ?」
早島さんに宇野さんの到着です。とりあえず八浜さんの手が止まってくださったので助かりました…。ああ痛かった…。宇野さんにはもう気づかれていたのですか、女子の目は誤魔化せませんね、やはり…。
「ええと、その、体質でして。」
今のところそうとしか誤魔化しようが無いのです。まあ、実際に体質で膨らむ男性の方もいますから良いでしょう。
「うらやましい体質だね…。」
八浜さんがまだ言ってらっしゃいます。うう、胸の恨みは深いのですね…。
「…部内だから事にはしないけど、部外でやらないでね? 事案になるわよ?」
浮田部長さんから注意が飛んで参りました。まあそうですよね…。
今日は1年生組の紅茶をいれるのは私の番です。なかなか難しいですがしっかり覚えたいですね。
紅茶を待つ間、早速お話に花が咲き始めました。
「私の友人達がかわいいのよ~。」
と宇野さんが言っています。宇野さん自身も可愛い方だと思いますよ、私は。
「どんな人たち?」
と、八浜さんが聞き返しています。友人のお話というのもお茶飲み話の定番ですよね。
「一人は赤磐希ちゃんって言ってね、スポーツ系の美少女なのよ~。笑顔がかわいくて、スキンシップにも積極的なとてもいい娘よ~。今はバレー部でがんばっているみたいね。明るくてお話もしやすいし、私が一番よく話す娘かしらね。同じ班だし一緒にいる機会も多いのよ~。」
幸せそうなお顔をされる宇野さんです。班の中に仲良くなれる人がいるのは嬉しい事ですよね。私も同じ班に友人たちがいてくれて嬉しいです。…そろそろ蒸らし時間良いかな。皆様に紅茶を差し上げなくては。
「もう一人が米山絵理ちゃんって言ってね、科学部所属の聡明で可愛さと美しさを兼ね備えた娘よ~。私と趣味も合うし、いろいろお話しているわ~。うちの学年でもトップクラスの美少女よ。私が言うのだから間違いないわ。性格も落ち着いた大人びたタイプの娘だし、人気出るのではないかしら。でも下手な男子には絶対渡したくないわね~。」
早島さんとどちらが上でしょうね、などと考えてしまう私。もっとも、早島さんは男子には混じりけなしの塩対応なので、男子人気は出ないでしょうけれど。女子には優しいご様子なのですけれどね。…さて、紅茶が入りましたから皆様にお渡ししましょう。
「最後の一人が一番私推しなのよ。秋山文子ちゃんって言うのだけれどね、どこかいつも怯えているようなおどおどした感じのする黒髪ロングヘアのちょっと古風な魅力をたたえた娘でね、保護欲を掻き立てられるのよ~。いつもお話していてもそっと微笑むだけであまり積極的には混じって来てくれないのだけれど、私はもう仲良しさんだと思っているわ~。きっと自分の事をお話するのが苦手な娘なのよね。でもその臆病な小動物らしさがまた魅力的なのよ、彼女は。これまで県外にいたとかでお友達もいない様子だし、私達と一緒にいる事が一番多いかしらね。文子ちゃんも下手な男子には任せられないわ。完璧に文子ちゃんをエスコートしてくれる優しくて丁寧で穏やかで知的で純朴な男性でなければとてもではないけれど交際なんて許せないわね。」
かなりの長台詞になりましたね宇野さん、私その間に紅茶を配り終えましたよ…。皆さんにこにことして聞いているご様子ですが、私はいつにない宇野さんの調子にちょっと気圧され気味です。…もしかして宇野さん、走り出すと止まらないタイプでしょうか。まあとりあえず席に戻りましょう。
「ふふ、友達想いなのねぇ、宇野さんは。」
彦崎さんが微笑んでいます。…何かどこかそれ以上のものを感じたのは私だけでしょうか。もしかして宇野さん女子がお好きなのでは? と思ってしまったのですが…。男性には厳しいご様子ですし…。それともこれは私の邪推というものでしょうか。でも、なんだか口にするのが恐ろしいので黙っておく事にしましょう。
「ええ、友達の事は大切に思っているわよ~。特にかわいい娘はすべからく私の保護対象だわ~。」
笑顔の宇野さんです。えっと、なんだか木島さんを思い出すのですがどうしてでしょうね。もっともそんな事を言ったら宇野さんに大変嫌な顔をされた挙句『姫ちゃん、あの駄犬と一緒にしないで頂戴?』と言われるのが目に見えていますので、これも黙っていましょう。
「沙樹子、あんまり言い過ぎちゃ駄目よ?」
あら、早島さんがさりげなく釘を刺していますが…宇野さんは早島さんにはもしかしてそれ以上の何かをお話されているのでしょうか。気にかかりますが聞いたところで教えてはいただけないでしょうね。
「解っているわよ、ちょっと愛情の一端を披歴しただけだよ~。可愛い女の子は世界の宝でしょう?」
…なんだかやっぱり木島さんを思い出すのですが。まあとりあえず微笑みを浮かべて傾聴する事にしましょう。沈黙は金、雄弁は銀と申しますし。
「かわいいものが好き、というところは解るかな。姫ちゃんなんかかわいいよね。」
どうしてそこで私に来るのですか八浜さん⁉ 八浜さんはかっこいい女子ではありますけれど!
「あ、解るわぁ。姫ちゃんはかわいい系よねぇ。つい護ってあげたくなっちゃうわぁ。」
彦崎さんまで…彦崎さんの方が私よりもずっとかわいらしいと思うのですが…。
「この子は保護しないと絶滅してしまうわよ、今までよく生き永らえてきたものだわ。」
えっと…早島さん、どうしてそうなるのですか。
「それも解るわね~。姫ちゃんも私の保護対象よ、安心なさいな。」
笑顔の宇野さんです。えっと、何か逆に安心できない気がするのですけれど、気のせいでしょうかこれは。
「あら、沙樹子が珍しいわね、どういう心境の変化?」
「だって姫ちゃんは男子枠に入らないもの。もう女子枠扱いで良いのではないかしら?」
えっと宇野さん、あなたは一体どこまで私の事を見抜いていらっしゃるのですか? 先程もあっさり胸を隠していた件を見抜かれていましたし…。なんだか恐ろしいのですけれど…。これ私、いつまで無事にいられるのでしょうか…。
「そうよねぇ、姫ちゃんはもう85%くらい女子だわぁ。」
彦崎さん、私の男子分は15%しか残っていないのですか。その内訳は一体何が残っているのでしょう。聞いてみたい気はしますが聞いたら私が落ち込みそうです。
「15%は制服と名前が男子な事くらいかな?」
八浜さんがそう言っています。えっと…それだけですか? ほとんど残っていないではありませんか。
「もう名前は姫で良いんじゃないかしら?」
宇野さん、笑顔でおっしゃらないでください、私はそのあだ名いまだに恥ずかしいのですよ?
「姫ちゃんも可愛いわよね、穏やかで控えめなところがまた良いし、かといって安易に女子の領分に踏み込んでこないだけの分別は備えているし、調理の腕も悪くないし、その割に謙虚に指導に従って腕を上げようとする姿勢も持ち合わせていて好感が持てるし、この前のお団子づくりの時なんて責任感から無理をし過ぎてお役目を果たした後に倒れてしまうし…。絶対制服も女子制服の方が似合うわよ、今度私の予備の制服持ってきて着せてみようかしら。間違いなく似合うわよ。私が言うのだから間違いないわ。ほんのちょっとお化粧なんかしたらますます可愛くなるわね。うん、いつか絶対やりたいわ。」
ええっと、あの、止めてください、宇野さん。お願いします…。1年目は平穏に過ごしたいと思っているのですから…ああ、もう、私には平穏な学生生活というのは許されていないのでしょうか。なんだかいつも騒ぎに巻き込まれているような気が致します。
「あら、それも素敵ねぇ。良いと思うわぁ。」
思わないでください彦崎さん。
「うん、似合うと思う。私より胸あるし。」
まだおっしゃるのですか八浜さん…。もう忘れてください…。
「…確かに、悪くないかもね。」
あの、早島さん、お願いですから止めてください。だんだん解ってきましたが宇野さんを止められるのは早島さんだけです。
「ええっと、皆さん紅茶のおかわりはいかがですか?」
何ともコメントし辛いですし、とりあえず皆さんの紅茶も無くなりましたし、そう聞いて場を濁しましょう、これは。
とりあえず入部当初に比べると宇野さんの私に対する評価は随分和らいだご様子ですが…大丈夫なのでしょうか、これは。
いざとなったら浮田部長さんにお願い申し上げるしかなさそうです…。
沙樹子さんがだんだん本性を現し始めました。
入部当初は控えていた様子でしたが、そろそろ緩んできた様子で…これから大丈夫でしょうか。
クラスでも部でもツッコミ役に回らないといけない早島さんは忙しくて大変ですね。
姫は部でも胸があることがばれてしまいました。
本当に1年間、無事に過ごせるのでしょうか?