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第203話 ~前期末試験です~

第203話 ~前期末試験です~


 文化祭の反省会とお疲れさま会も終わって、生徒会に出す報告書もまとまって提出も終わった九月の第二週に入りまして…。

「そういやそろそろまた試験の時期だよな。今回はどうするんだ、飯当番。」

 朝食の席で、兄様がそうたずねてくださいます。

「そうですね、そんな時期です…。お願いできればありがたいですけれど、大丈夫ですか?」

 兄様もだいぶ上達されたので、お任せすることに不安は感じていないのですけれど、負担にならないでしょうかという部分の心配があるのです。

「そんなに長い間でもねぇし、大丈夫だぜ。ちょっとメニューが単調にはなるかもしれないが、そこは大目に見てもらえると嬉しいな。」

 そうおっしゃってくださいました。私は実は毎食同じメニューでもあんまりこだわらない人なので、そこは別に気にしないのです。お父様もご飯に贅沢は言わない方ですし…。そうするとお母様と美琴みことさんが残りますけれど、お母様は文句があれば自分も手伝う方向ですし、美琴さんは文句を言うと自分も手伝う事になるので自分でできる範囲の文句しか言いませんから、まあ大丈夫でしょう。

「ありがとうございます。よろしくお願い致しますね。」

「おう、大船に乗ったつもりで任せてくれ。」

「総トン数5トンくらいの大船かな。」

「ちょい待て美琴、それ全然大きくねぇぞ。沿岸漁業の漁船かよ⁉」

「泥船よりは良いんじゃないかな。」

「あれって不思議なのですけれど、泥船って砂浜から押し出そうとした時点で崩れますよね。本当に海に出られるのでしょうか。」

 我ながら変な疑問を抱いているなと思うのですけれど、小さな頃に『かちかち山』を聞いて以来の疑問なのですよね。

「…言われてみりゃそうだな。海水に溶けて沈むってことは、焼き固めて土器の船にしてある訳じゃねぇんだよな。粘土で作ったとしても、そこまでの強度にゃならねぇよなあ。…そしたらあの話、成り立たないんじゃないか?」

 何か兄様も考える人になっていますよ。こういうお話になると俄然乗ってくるのですよね、兄様は…。

「泥団子式に固めていったら何とかなるんじゃないの?」

「あー、あれか。どうなんだろうな、そこまで強度出るもんかね。しかし何か普通に木で船作るよりよっぽど手間がかかりそうだぞ?」

 美琴さんに言われて、ちょっと考える兄様です。…うーん、確かにそうかもしれませんが…いえ、でも、木も木材を切り出してきて製材するところからの手間を考えれば…。

「実際に作ってみたというお話は無いのでしょうか…。」

「んー、聞いた事ないな…。コンクリートで船を作る建造方法はあるけどよ。最近すっかり下火だけどな。」

 そう兄様がおっしゃいます。え、コンクリートでお舟ですか。なんだかそれはちょっと意外な…。ちゃんと水に浮くのでしょうか…というのはあれですね、『鉄の船なんか水に浮かぶわけがない』と言っていた昔の人と同じ疑問ですね。

「そもそも沈むのが前提の泥船を検証しようなんて誰も考えないんじゃないの?」

「それもそうかもしれませんね?」

 言われてみればそんな気もします。普通に考えて危ないですよね。美琴さんの言う通りでした。

「泥船を作って何分間無事でした、って世界記録を申請したら通るかな。」

「結構暇な記録も収録しているから、通るかもね。確かあれ、計測可能で、記録更新が可能で、標準化可能で、証明可能で、計測基準が一つで、世界一の記録だったら認められるんじゃなかったっけ。」

「そうすっとあれだな、泥船作ったのを水槽に浮かべて、ビデオカメラで撮影しておけば基準を満たすことはできるな。あれ、これ意外といけるんじゃねぇか。」

 何か大真面目なお顔で考えていらっしゃいますよ、兄様。こういう事を考えるの、好きですよね。

「いっそ兄さん、『世界で一番沈みにくい泥船の作り方』を卒業論文にでもしてみる?」

「たぶんテーマ設定を申請した時点で教授に怒られると思う。」

 …そう言われてみるとそうですね。真面目にやりなさいって言われてしまいそうです。小学校の自由研究くらいだったら、結構良い線行けそうな気がしますけれど…。

「しかし泥船の不沈構造か…。水に接する部分から溶けていくわけだから、そうすると普通の船みたいに縦に隔壁を作って水密区画をたくさん作ったところで無意味になるんだな…。そうすると四重底くらいにして…。」

「単に船底を厚くしたら駄目なの?」

 あれ、言われてみればそんな気もしますよね?

「いやな、船ってのは容積に対して重量が重くなると予備浮力というものが少なくなるから、沈みやすくなるんだ、一般的に言って。そこから考えるといかに軽い構造で溶けにくい船を作るかって話になると思うんだよな。」

 何か兄様、本気で考え始めてしまったのですけれど…。私は軽い気持ちで言ってみただけだったのですが…。

「泥でどうやって四重底も作るの?」

「んー、工法から考えなけりゃいけねぇなぁ。ハードルがちょいと高すぎる気がするな、これ。個人レベルで何とかなる課題じゃなくなってきたぞ、そろそろ。」

「それじゃ大学で『泥船愛好会』でも作ってみたら?」

「たぶん誰も来ないと思うぞ? つーか語呂がもう既に駄目だろ、それ。」

 …確かに、沈みにくい泥船を作ることにロマンを感じる方が、そうそういらっしゃるとも思えませんね。それに好き好んで泥船の方に乗りたがる人達みたいですよ。どんな破滅主義者の集まりでしょうか、それは。

「あの、何もそこまで本気で考えなくても…。」

 さすがに何だか悪い事をしてしまったような気がしてきましたよ…。

「んや、まあ、こういう思考実験ってのは面白いじゃないか。意外とこういう積み重ねから変なアイディアが浮かんだりするんだぜ? ニュートンがリンゴの木のそばで読書していなかったら万有引力の発見は百年遅れていたかもしれないし、ホイヘンスが教会に通う敬虔なキリスト教徒じゃなかったら天井から吊られた燭台が揺れているのを見て振り子の原理を発見することもなかっただろう。」

 何か話が急に大きくなりましたよ…。うーん、でも、言われてみるとそうかもしれませんね…。

「清酒の発明も、親方から叱られて腹を立てた丁稚が腹いせに濁り酒に灰を投げ込んだのが始まりという説があったな。確かにそういう話は無いでもないかもしれんが。」

 あら、お父様までお話に乗ってきましたよ。結構色々なお話が出てくるものですね…。


 なんだか朝から変なお話で盛り上がってしまいましたけれど、いつも通り学校に行きましょう。昨日は雨模様でしたけれど今日は晴れてくれたので、自転車で行けますね。一応折り畳みの傘は学校のロッカーに置いてありますから、帰りに降りだしても大丈夫ですし。

「おはよう姫ちゃん。文化祭終わっちゃったわね~。」

「あ、おはようございます、沙樹子さきこさん。なんだか先日からずっとそれですね?」

 いつもの交差点で沙樹子さんに出会ったのです。なんだか文化祭が終わってからずっとそうおっしゃっているのですよ。よほど文化祭を楽しみにしていらしたのでしょうか。

「そしてもう間もなく引退なのよ~。考えたくないわ…。」

「そうですね…寂しくはなりますね…。」

 それは私もそう思うのです。二年半毎日のように調理室に集まってはみんなで過ごしていましたからね。急にそれがなくなるとなると…なんだかちょっと、想像がつきません。

「思い残した事ばかりだわ…。」

「そうですね…。」

 …ちょっとだけ、沙樹子さんの思い残した事と私の思い残したことは異質なものではないだろうかという疑念が無いでもないのですけれどね。ちょっとだけですよ。

「それでもまあ、いい文化祭にはなったのでしょう?」

「まあそうね、二日間とも井上いのうえ君と一緒に過ごせたし…。文子ふみこちゃんと一緒できなかったのが心残りだけれど…。」

 そうでしたか…。まあ、さすがにどちらもというのも、難しかったのではないでしょうか。文化部同士になりますと、シフトが合わないと完全にすれ違いになりますしね。…あ、信号青ですね。

「それじゃまた後でね、姫ちゃん。」

「ええ、お気をつけて。」

 いつも通り、沙樹子さんは先に行かれたのでした。


 教室に着きまして、もう来ていました皆様に合流します。

「泥船?」

 今朝のお話をしましたら、なんだか顔を見合されてしまいましたよ?

「姫らしいというかなんと言うか…。たまに変なところ気にするよね、姫も。そういうところもかわいいと思うけど。」

 やっぱり何だかもう何でも良いでしょう、毛野けのさんは。駄目ですよ、女子にそうそうかわいいと言って歩いては。

「俺も『さるかに合戦』を見て、『青柿をぶつけられたくらいでカニの甲羅は壊れるのか』と父親に聞いて、『衝撃力というのは重量×速度の二乗だから、速度が速ければ割れる』と答えられて、『そうするとあのサルはプロ野球のピッチャー並みに速い球を投げられるのか』と聞き返して困らせたことがあったな。子供の着眼点というのも面白いところに行くからな。」

 そう工藤くどうさんが笑ってくれましたよ。なるほど、あれは青柿の投げつけられた勢いが速ければ成り立つのですか…。何か納得してしまいますね。

「私は『鶴の恩返し』を見て、『鶴の羽根でどうやって織物を作るの?』と聞いて困らせたわね。そういえば羽毛布団ではないのだから、鳥の羽根で織物はできないような気がすると両親が相談していたわよ。製糸するにしても無理があるし、織り込む事もできるだろうかと真剣に悩まれたわね。」

 菜々子(ななこ)さんもそんな事がありましたか。でも言われてみたらそうですね。これが例えば『羊の恩返し』とか『リャマの恩返し』でしたら成り立つのかもしれませんけれど、どちらも昔の日本には馴染みがありませんし。

「僕は『舌切り雀』の話を聞いて、のりというものはおいしいのかとゴム糊を食べようとして慌てて母親に取り上げられたことがある。澱粉のりならまだ安全だったのだが。」

 柿沼かきぬまさんはちょっと危ない事になっていませんか、それは…。昔話ののりはお米の残りを濾して作った澱粉のりですからね…。もっともそれに気付いたのも、だいぶ大きくなってからですが。

「意外と結構みんなそんなのあるのな。俺はヒーローものの番組見て『今朝あれだけ大活躍したのに、何で夜のニュースにならないの』と親に聞いて困られたな。さすがにアニメは現実じゃないって知ってたんだけどよ、特撮はなんか現実のものだと思ってたんだよな。」

 そんなことを木島きじまさんが。確かに、子供目線で見るとそう見えない事もないかもしれませんね…。結構皆様、子供の頃に感じた妙な疑問というのはあるものみたいですね。

「みんな結構暇な疑問を持つんだね?」

「毛野はもうちょっといろんなことに疑問を持とうな。」

「そこまで夢を見てはいないよ⁉」

 なんだか木島さんにツッコまれていますけれど、毛野さん。これはちょっと何とも言い難いですよ…。

「まあ何と言うか、どれもこれもツッコんだら負けのような気もするんだがな。ファンタジーだからそこは良いんだという考えは幼い子供には無いんだろうな。そういう子供ばかりでもないのかもしれないが…。」

 工藤さんがそう。うーん、でもそうですね。大事なところはそこじゃないでしょうというお話はある気がしますよ。でも細かいところが気になって本筋が入ってこないって、よくある事ですよね。

「私はあと、ヨーロッパの民話で『虹をくぐると男は女に、女は男になる』というお話があると聞いて、兄様に庭で虹を作ってもらってくぐってみたことがありますよ。もちろん濡れただけで終わりましたけれどね。」

 …あれ、皆様顔を見合わせてしまって、どうされました?

「それはちょっとあれだな、他の話と違って何か少々切ないものがあるな…。」

 と言う工藤さんに、何だか皆様うなずいているのでした。


 さて放課後になりまして…。残り少ない調理部のお茶会ですね。いつも通り菜々子さんと一緒に調理室に向かいます。

「来週は部活停止ね。そろそろそういう雰囲気でもないのかもしれないけれど、また勉強会するのかしら。」

「そうですね、そろそろお話が出るでしょうか。まだそこまで追い込まれているという感じはしないですけれど…人それぞれでしょうか…。」

 良いところを狙う人はもうかなり本気で勉強している様子ですしね。私は私なりにはがんばっているつもりですけれど、そうした方々にはかなう気はしません。

「調理部でそこまで受験に本気な人もいなかったような気はするけれど…。」

「過去にはいらしたそうですけれど、今はそうかもしれませんね?」

 少々前のお話になりますけれど、彩香さやか先輩ががんばって地元の国立大に進学されていますからね、前例がないという訳ではないのです。もともとうちの学校自体が学力のばらつきがかなり大きくて、進学先も多岐にわたるのですが…。


 調理室に着きまして、いつも通りの机に座ります。さっそく単語帳を開くのもいつも通り…。去年は編み物などしていたのですけれどもね、なんだかだいぶ趣が異なりますね。

「さっそくやってるねっ。私もやろうかなっ。」

 あら、有紀ゆきさん。鞄をおろして、早速教科書を取り出していますね。

「お疲れさまですねぇ。あらあら、みんなですっかりやる気ですねぇ。私もがんばらないといけませんねぇ。」

 波奈はなさんもやって来て早々、そう微笑んでいますよ。参考書を取り出して、読み始めたみたいです。

「みんな、お疲れさま…って、なんかもうすっかり試験対策中ね?」

 あ、沙樹子さん。気が付いたら後輩達もみんなそろっていますね。あんまりお話声がしませんでしたから、気付きませんでした。

「何となく、やっておくと落ち着くものですから。」

 そう答える私です。とりあえず勉強しているぞという雰囲気だけで安心したらいけないぞと先生方はおっしゃるのですけれどもね。

「…先輩方お揃いですし、お茶をおいれしますね。」

「えっ? あっ、灯里あかりさん、良いですよ、私がやりますから。」

 単語帳に目線を落としていて気付きませんでしたけれど、いつの間にか灯里さんがお茶の用意をしてくれていましたよ。

「…たまには先輩方のお役に立たせてください。お茶をおいれして応援するくらいしか、できないのですけれど…。」

 そう灯里さんが、ちょっと寂しそうなお顔で言うのです。

「すみません、ではお願いします。」

「ありがとうね、灯里ちゃん。」

 素直にお願いすることにしましょう。菜々子さんもお礼を言ってくれて、皆さんもそれに続いてくれましたよ。

 そんな訳で、灯里さんの紅茶を飲みながら、あんまりお話もしないで試験対策を黙々と進める私達です。

「…なんか先輩達、空気が重いね…。」

「仕方ないよー、もうこの時期だしねー。邪魔しないようにしましょー。」

 そう赤井あかいさんと中野なかのさんがお話しているのが聞こえますね。少し離れた一年生の机はもうちょっと賑やかな様子みたいですけれど、別にうるさいと感じるほどではありません。


 少々経ちましたら、なんだか二年生の机から一斉に笑い声が。どうしたのでしょうね。

「何か面白い事でもありましたか?」

 ちょっと疲れて来てもいたので、気分転換も兼ねてお話しに行く私です。

「いえあの、邪魔しないように静かにしようと思って、お絵かきしりとりしてたんですけど。」

 そう福田ふくださんが。あら、本当ですね。ノートに延々絵が描いてありますよ。

結良ゆらちゃんの絵が独特すぎてさっきからさっぱり解らないんですよー。」

 そう中野さんが説明してくれました。…確かにこれは、何でしょうか。

「えっと、前が石碑だから、『ヒ』なんだけど…これ何?」

 なんだか考えこみながらの赤井さん。

「え、これは解りやすいでしょ~?」

 そう高城たかぎさんは言うのですけれど…えっと、何かこう、四つ足動物なのは何となく解りましたよ。四つ足動物でヒから始まるものって何でしょう。

「解った、ヒキガエル!」

「はずれ。ヒキガエルこんなに足長くないよ?」

 福田さんの推測は外れたみたいです。うーん、確かにそうですね。何となく馬に似て見えるのですけれど。

「…ヒツジはもう出たから、違うよね?」

 そう灯里さん。うーん、そう言われればそう見えない事もないような気もしないでもないのですけれど…。

「うん、違うよ~。」

 すると何でしょうね…。うーん…。

「ヒマラヤンだと負けだよ、結良ちゃん。」

「そこはほら、チャドの首都を描けばつながるし。」

 赤井さんには猫に見えましたか。…そういえばチャドの首都はンジャメナですけれど、国の形までは覚えていませんね。どう描けば伝わるのでしょうか、それは。難しいと思いますよ、福田さん。

「ヒンドスタンという有名な馬がいるわよ。」

「菜々子先輩、私競馬は解りませんよ? それにどっちにしろ『ン』ですよ?」

 目線を教科書に落としたまま菜々子さんが話しに混ざってきましたけれど、高城さんによるとそれも違うみたいです。

「東松島市で飼われている馬とか?」

「何その超限定的なのはー。どうやって絵で表現するのー?」

 福田さんが妙に細かい事を言いだしたら、中野さんがそうツッコみましたよ。そもそもしりとりでそういうのって良いのでしたっけ、ルール上。そもそも東松島市内に馬がいるのでしょうか…。今時農耕馬がいたりは滅多にしないでしょうし、難しい気がしますよ?

「ちゃんと一つの名前だよ?」

 そう高城さんは言うのです。うーん…?

「ほらみんな、よく見てよー。背中を見れば一目瞭然だよ?」

「背中?」

 ついみんなで注目してしまいます。

「コブがあるでしょ?」

「あ、これ線がブレたんじゃなくてわざとだったんだ…。」

 高城さんの説明に、そう福田さんが…。…言われてみればなんだか膨らんでいますね。

「…あ、ヒトコブラクダ。」

「灯里ちゃん正解。」

 …言われてみれば四つ足でコブがあってちゃんと首も長めですね。でも言われないと解らないですよ、これは…。

「んじゃ次『だ』ね…。うーん…。」

 今度は中野さんの番みたいです。なんだか微笑ましいですね。

「沙樹子先輩の顔でも描こうかなー。」

美亜みあちゃん、それ『ん』がつかない?」

 なんだかそんなやり取りを中野さんと福田さんが…。『ん』ですか?

「ちょっと待ちなさい美亜ちゃんに三波みなみちゃん、誰が『ダメ人間』なのよ!」

「あ、沙樹子先輩自覚あったんですねー。」

 ひとしきりみんなで笑ってしまったのですけれど…私も笑ってしまったのですけれど…沙樹子さんに悪いですね、あんまり笑ったら。

「おとなしくこれにしようかな。この前みんな見てきたものだよー。」

「あ、これは解りやすい。大仏だね!」

 そう福田さんが。とりあえず人の顔を描いて、頭につぶつぶをつければ通じる気がしますね。気のせいでしょうか。

「じゃ次は『つ』だね…。んー、何が良いかなぁ…。」

 お次は福田さんの番ですか。なんだか見ていると面白いですけれど、時間がどんどん過ぎてしまいますね。私は大人しく自分の席に戻りましょう。だいぶ和みましたしね。…沙樹子さんの『ダメ人間』に和んだわけではないと思います、たぶん。


 しばらく経ちまして、三年生みんなでちょっと一休みを。

「そういえば来週はどうする? また勉強会やりたいなとは思っているんだけど。」

 沙樹子さんがそう話を切り出します。ええ、お話出ると思っていました。

「そうですね、もう機会もないですし、集まれるなら集まりたいです。」

 そう答える私です。調理部引退前に集まれるのは最後になりますしね…。

「そうですねぇ、私も参加しますよぉ。」

「私も参加するよっ。」

「私も出るわよ。」

 皆様参加の意向ですね。嬉しいですね、なんだか。

「二年生と一年生はどうする?」

「二年生はやりますよー。」

「一年生もです!」

 沙樹子さんがたずねたら、中野さんと菫さんから答えが返ってきましたよ。そうすると来週もみんなで集まって、ですね。

「それじゃまた清水しみず先生にお願いしておくわね。みんなでがんばりましょうね。」

 そう微笑む沙樹子さんでした。


 翌週になりまして、月曜日。さっそく勉強会が始まりますね。一年生の頃からやっていましたから、もう二年半ですか…。結構長くなりましたね…。でも、お陰でそれなりの成績をキープできていますからね。効果はあったのだろうと思っていますよ。

 朝に皆さんとお話になりましたけれど、皆さんは素直に帰宅して自分で勉強だそうです。今までも特に部で集まってやったりした事はなかったのだそうで…。調理部のみんなは仲が良くていいよね、と言われたのでした。


 放課後、調理室でさっそく勉強を始める私達です。今回もテスト対策のプリントを作ってくださった先生方が多いので、まずはそこからというところですね。教科書と参考書を見ながら、一つ一つ解いて行きます。

「ごめん姫ちゃん、これ解るかなっ。」

「あ、えっと、これはですね、教科書のこの部分を参考に…。」

「ふむふむ…うん、解けそうかな、ありがとうねっ。」

 各自得意な教科が違うので、教え合いも起こります。

「日露戦争の決め手となったバルチック艦隊を破った海戦はどれでしょう? 仁川沖海戦、黄海海戦、蔚山沖海戦、日本海海戦…? 聞いた事あるの一つしかないわよ、これ?」

 なんだか沙樹子さんがそんな事を。確かに聞き覚えが無いですよ、3つは。

「どれも日露戦争で実際にあった海戦だけれど…それは先生遊んでいるわね。黄海海戦はどちらかというと日清戦争の方が有名なのだけれどね。」

「そんな事を言われても、何がなんだか解らないわよ、菜々子。」

 そもそも漢字で書かれても読み方がよく解らないです。沙樹子さんは日本語読みしていましたけれど…。

「ワシントン会議で結ばれた九か国条約に参加していない国はどれでしょう…って、そもそも九か国を覚えてないよっ。」

 何かすごく細かいところをつついてきましたね、先生…。

「よく見るとその当時存在していない国が混じっているわよ、有紀さん。」

「えっ、どれどれっ?」

 思わず私も歴史のプリントを見て確認してしまいましたが…えっと、あっ。

「ロシア革命が1917年ですから、1922年のワシントン会議の段階ではもう存在していないですね?」

「そうね、姫、正解。この当時はもうソ連になっているけれど、ソ連も不参加ね。」

 なんだかそんな調子で、勉強会は進んでいったのです。

「それではお茶をいれましょうねぇ。」

「あ、手伝いますよ。」

「…私も手伝います。」

「私もやりますね。」

 波奈さんがいつものハーブティーをいれてくれるそうなので、私も手伝いに出ます。灯里さんと菫さんも手伝いに来てくれましたよ。

「これもあとほんの少しですねぇ。」

 お湯を沸かしながら、波奈さんがちょっと寂しそうに…。でもそうなのですよね…。

「次の試験はもう、引退後ですものね…。」

 私もちょっとしんみりしてしまいます…。

「…構わず集まってくださって良いと思います。」

「そうですよね、別に自習室代わりに使ってダメって話は無いんじゃないですか?」

 そう灯里さんと菫さん。確かに明らかに駄目と決められている訳ではないのかもしれませんが、どうなのでしょうね。

「近くなったら考えましょうねぇ。とりあえずは今の試験に集中しなくてはいけませんものねぇ。」

「そうですね。」

 そう波奈さんに答えながら、何となく灯里さんと菫さんの言葉が嬉しかったのです。


 夕方には毎回恒例のお結びも出てきました。毎回お結びと呼んでいますけれど、実はこれには理由があって、勉強の成果が実を『結ぶ』ようにというゲン担ぎだったりします…。お握りで握りつぶすより縁起がいいと菜々子さんがおっしゃったのが最初でしたね。そういうものなのかなと思ったものですけれども、だんだん受験が近づいてくるとそういうものにもすがりたくなってきますね…。


 そんなこんなで一週間、みんなで勉強を続けたのでした。


 試験は期末試験ですから、三日間にわたります。実技教科もあるのがちょっと大変ですね。朝に皆様で教室に集まりまして、お話を。

「準備どうよ?」

「一応それなりにはできたかな。」

 そう木島さんと毛野さんが。私もそんな感じですね…。もっとも、これまで準備ばっちりで受けられた試験がどれだけあったでしょうか、という気もしてきますけれどね。大体いつも『一応自分なりに準備はしてきたつもり』くらいで受けていたような気がしますね。

「三日間あるからな、あんまり初日から飛ばすんじゃないぞ、姫。」

「大丈夫ですよ、工藤さん。さすがにもうそんな事はしませんよ。」

 一年生の頃に初日で疲れ果てていたのを、未だに覚えられているみたいなのです…。なんだかそれもちょっとなのですけれどもね。まあ、仕方ないでしょうか…。

「あまり緊張しすぎないようにな。適度な緊張は能率を上げるが、過緊張はミスを誘発する。そうなっては良くない。」

 そう柿沼さん。確かに、そうですね。

「大丈夫ですよ、そこまでではありませんから…。」

 微笑み返す私です。やっぱり多少の緊張はありますけれどもね。でもそこまでひどく、という訳ではないですから。


 三日間の試験は、特に大きなトラブルもなく無事に終わりました。出来の方は…まあ、いつも通りといったところでしたでしょうか。

 前期も残すところあと少しですね…。早いものだと思います。

 まずは試験お疲れさまで少しお休みして、また気持ちを切り替えて、ですね。


前期末試験が近づいているのです…けれど、日常の様子の方がよく見える回でしたね。

兄様は何故そこまで泥船を真剣に考えたのか…。

そして皆さん、何かまた変なところに疑問を持ったもので。

でもこういう事ってありませんでしょうか。普通はあんまりないのかな…?


お絵かきしりとりはちょいちょいやっているのを見ますけれど、だいたい「これ何?」ってなるのですよね。

今回は謎の四つ足動物でなにこれになっています。

単なるラクダじゃなくてヒトコブラクダを描くあたり、高城さんも細かい…。

そして中野さんがひどいのです。通じている福田さんもですけれど。

沙樹子さんを描いてダメ人間と読ますとか…。

さすがに冗談だったみたいですけれどもね。

これはこれで後輩に愛されているのかもしれません。

微妙な愛され方ですが。


テスト勉強ではなんだか歴史の先生が遊んでますね、これ。

ワシントン会議の九か国条約の九か国を覚えている高校生はまず滅多にいないと思います。

搦め手から解く問題だったみたいですね。


試験は問題なく終了です。

前期も間もなく終わりますね…。

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