表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/262

第171話 ~手芸部さんとのお茶会です~

第171話 ~手芸部さんとのお茶会です~


 土日になりまして…。灯里あかりさんと中野なかのさんが差し入れを作って来てくれていましたから、私も何か作ろうと思って、買い物に来ています。月曜日は手芸部さんとのお茶会を控えて、お菓子作りになりますしね。一年生の皆さんには初めての大きなイベントになります。

「今回は妥当なところにしておきましょうかね。」

 そんな独り言を言いながら買うものを決めます。以前いちごミルククッキーを作ったら何だか皆様に微妙な反応をされてしまいましたしね。

 そんな訳で小麦粉とバターとチョコチップを購入して、帰宅してごそごそと作業を始めます。作るのはチョコチップクッキー。まずまず普通のところでしょうね。

「ん、絢子あやこ何作ってんだ?」

「あら兄様、チョコチップクッキーですよ。一緒に作ります?」

 試しにお誘いしてみます。

「ん、良いかもしれねぇな。明日彼女と会うから土産に持って行けるぞ。」

 という事でした。なんだか普通は逆ではないかななどと思わなくもないですが、今時そうと決まっている訳でもないですよね。男子がお料理やお菓子作りが好きでも別に構わないと思います。兄様もだんだん好きになってきてくれたみたいで、ちょっと嬉しかったりしますよ。

「ん、何やってんの二人とも?」

 あら、今度は美琴みことさん。

「チョコチップクッキー作りですよ。美琴さんもやりません?」

「たまには良いかな。混ぜてもらうね。」

 という事で、兄妹三人でクッキー作りになったのでした。量多めに材料を買ってきて良かったですね。


 作り終わったクッキーを片手に、兄妹三人でお茶です。

「あ、絢子、これレシピ教えてくれねぇかな。明日たぶんどうやって作るの? って話になると思うんだ。妹から教えてもらってきたって素直に言うけどな、作ったのも教えてもらいながらだしな。」

「構いませんよ、兄様。レシピはですね…。」

 さらさらと紙に書いて行く私。基本的なレシピと作り方をメモしておけば大丈夫でしょう。多少の事なら兄様、説明できる程度の知識はついているみたいですし。

「こんな感じです。解りますか、これで?」

「おう、解る。ありがとうな。」

「なんか兄さんも割と準備良くなったよね。」

 美琴さんが紅茶を飲みながらそんな事を。まあでも、先回りで準備している辺り、そうでしょうか。

「ま、一応な。やっぱり話のタネになりそうな事くらいは用意しておかないと。せっかく来てくれたのに退屈させたら悪いしな。」

 そう鼻をかく兄様。なんだかちょっと微笑ましいですね。美琴さんも微笑んでいますけれどもね。

「なんか兄さん成長した気がするね?」

「6つ年下の妹に成長したって言われるのも微妙なんだが…。普通言う方と言われる方が逆だろ、そこは。」

 そう言われるとそうかもしれませんね、確かに。

「私はどうです?」

 試しに聞いていましょう。

「蝸牛の歩みかな。」

 蝸牛ってかたつむりですか…そんなに成長していませんか、私…。

「進んでいるだけ良いんじゃないか、退化はしていないだろう。」

「進む方向までは言っていないんだけどね。」

 ちょっと待ってください、戻っているかもしれないという事ですか…。それは嬉しくないのですけれど…。

「かたつむりレースなら中心からスタートで外側の縁にたどり着けば勝利だったはずだけどな。」

「そういえばそんな競技あったよね。イギリスだっけ。」

 どうして二人ともそんな事を知っているのですか…。というか私、かたつむりの歩みは確定なのですか。そこを否定したいのですけれど、できれば。

「確かそうだな。なかなか面白い事を考えるよな。見てる間暇そうだけどよ。」

「それこそ紅茶を片手にティーパーティーをしながら眺めているのではありませんか?」

 兄様がそうおっしゃるので、そう言ってみる私です。イギリスですからね。

「ティーパーティーって言うとどっちかというとアメリカのボストンを思い出すんだけど。」

「ボストンティーパーティーもイギリス絡みではあるけどな…。」

 なんだか歴史の話題になりましたよ。私はボストン茶会事件で習いましたけれど。そういえばあれは英語ではボストンティーパーティーでしたっけ。


 日曜日はさすがに勉強しました。私も一応…いえ、一応ではなくてもうれっきとした受験生ですものね。少しずつ準備は始めないといけません。まだまだ基礎固めが中心ですけれどもね。受験の問題集にかかるのは夏休み明け辺りからでしょうか。そんなペースで構わないと先生方からは言われていますけれどもね。基礎を固めないうちに問題をいくら解いても身につかないと言われて…。

 ちなみに私の受ける大学は共通テストは使わないで、英語だけ必須であとは地歴公民と数学と国語の中から2科目選択の3科目という試験なので、割と本気で勉強する科目は絞れます。最初から絞り過ぎると他の大学を受けようと考えた時に苦労しますけれどもね。あ、ついでに言うと簿記会計も選べるのですが、私は普通高校で簿記会計は習っていませんから受けられません。商業高校から受ける方向けの措置なのでしょうね。


 明けて月曜日です。

「それでは行って参ります。」

 自転車の点検をしてからの出発です。気が付くと空気が抜けていたり、ブレーキシューがすり減ったりしていますからね。定期的なメンテナンスはやっぱり必要なのですよ。…と言ったところで、実際に整備してくれるのは兄様で、私ではないのですが。

 のんびり春の陽気の中を走って、学校到着です。今日は沙樹子さきこさんは途中で私を追い抜いて行きましたよ。


 …その沙樹子さん、三階に着いたら廊下でまたやっているのですけれど。なんだかだんだん距離が縮まっているというかどんどん迫っているような気がするのですが、沙樹子さんが一方的に。秋山あきやまさんの方はなんだかちょっと迷惑そうにしているようにも見えるのですけれど…。良いのでしょうか、これは。

「何かまたやっているわね。」

「そうですね。お元気なようで良いのかもしれませんが。」

 気づいたら菜々子(ななこ)さんがお隣に来ていたのです。

「もうすっかり噂になっているよね。男子にも好きな人多いし、最近は女子でも好きな人いるからね。」

 いらして早々何のお話でしょう、毛野けのさん。私にはよく解りませんが。

「まあそうね、趣味嗜好に口は出さないけれど。それにしてもあの馬鹿娘は良いとして、秋山さんの方は迷惑ではないのかしら。」

 やっぱり菜々子さんもそちらが心配みたいです。そうですよね、沙樹子さんが女の子が好きなのはもう事実として…いえお待ちくださいね、沙樹子さん確か彼氏持ちでしたよね、今でも。良いのですかそれは。

「本人にその指向がないなら迷惑じゃないかなあ…?」

「それはそうですよね…?」

 至極もっともな毛野さんの指摘が…。私もそう言われるとそうだと思います…。女子だからみんなスキンシップが好きという訳でもありませんしね。

「見物するほどの物でもなし、さっさと行きましょうか。」

「そうですね、あまり見ては悪いですし。」

 という事で教室に入る私達でした。


宇野うのさんまたやってんのな。目立つことこの上ねぇと思うんだがいいのか、あれ?」

 すでに来ていた木島きじまさんがそう疑問を出してきましたよ。良くは無いと思うのですが。

「もう手遅れじゃないかな、結構噂になってるよ。」

 どこでの噂か解りませんが、毛野さんによるとそうなのだそうです。

「我が部では井上いのうえ君に遠慮して、少々友達としては仲が良過ぎるように思うという程度にトーンを落として話をしているが。」

 柿沼かきぬまさんがそんな事を言っていますが…それ、あんまり意味はないのでは…? 結局お話しているのでは変わりがないような気がするのですけれど…。

「調理部長は実は女子好きなのかと話題にはなっているな。俺自身は話題には加わらないようにしているが、姫から何か聞いていないかと聞かれる事はある。何もないと答えているがな…。」

 そう工藤さん。えっと、まあそうですね。私はあまりそういうお話はしていないと思います。内心でツッコみを入れている事はままありますけれども。

「相手の娘も強く拒否していないみたいだし、友人達も温かく見守っているから多分そうだろうって噂だよね。噂は噂かもしれないけどね。」

 本当、毛野さんはどこから聞いてきたのでしょうね。そういうのがお好きな友人達がいるという事でしょうか。趣味友達という事だとすると…毛野さんのご趣味は一体…?

「ん、何を変な顔をしているんだい、姫。」

「いえ、毛野さんのご趣味についてちょっとした思案をしていただけでして。」

「僕の趣味に興味を持ってくれるのかい?」

 何かプラスに取られてしまったのですが、そういう問題ではないのですが。

「女たらしの駄犬、姫は妙な趣味を持っているのではないかと疑っているのよ。なんでも都合よく取るのではないわよ。」

 さらりと菜々子さんに解説されてしまいましたよ。あ、毛野さんショックを受けています。

「そんな、姫に疑われるなんて…! 僕は何もやましい事も怪しい趣味も持っていないよ⁉」

「すっげぇ噓臭ぇぞ毛野?」

「木島君は黙ろうか⁉」

 そんなやり取りになってしまいましたよ。やれやれもう、いつも通りですけれどもね。

「おっはよう姫ちゃん! って痛い! 菜々子ちゃんひどい!」

 あ、即刻山名(やまな)さんが菜々子さんに捕まって首を絞められていますよ…。

「痛い痛い落ちる落ちる!」

「大丈夫よ、大動脈も気道も潰していないから。」

 それなら大丈夫ですね、さすが菜々子さんです。ではなくって。

「菜々子さん、穏便に穏便に。」

「これでも穏便に済ませている方よ? 外傷も負わせていなければ危険も無いわ。」

 そうですか…。そう言われてしまうとそのような気がしてくるから怖いですね。

「解った解った、もう今日は抱き着かないから放して!」

「今日は、ではなく未来永劫と誓わない限り放さないわよ。」

 そんなやり取りをしている山名さんと菜々子さんですが…。

「山名さんが誓ったところで空手形じゃねぇの。あてんなるのかよ?」

 とってもうさんくさそうな表情で木島さんが言っていますよ。うーん、どうでしょう。

「一回言わせておけば、それを口実に今後も叩けるから良いのではないか?」

 えっと、それもどうでしょうね、工藤さん。そもそも叩くって何を叩くのですか。

「とりあえず今週はもうしないから! そのくらいで許して、ね⁉」

「今月は、くらいに引き延ばせるかしらね、もう少し締め上げたら。」

 だんだん菜々子さんの手に力が入っていますよ、これ本当に大丈夫でしょうか?

「本当に信用できるのかなあ…。怪しいと思うんだけど…。」

 なんだか毛野さんも疑わし気なのですけれど。誰も信用していませんね、これ?

「くは…あー、死ぬかと思った。」

「だから大動脈も気道も潰していないから大丈夫だと言ったでしょう。」

 首を押さえている山名さんにそう言い放つ菜々子さん。締められている本人はそう言われたからと安心はしないと思いますよ、普通は。

「もう、姫ちゃんが駄目なら菜々子ちゃんに行っちゃうよ! あだっ!」

「冗談。」

 今度は菜々子さんに手を伸ばした山名さん、額に掌底を受けてのけぞっていますよ。

「そういう事は沙樹子とでもしてなさいね、女好き同士気も合うでしょう。」

「え、それはないかな。確かに沙樹子ちゃんもかわいいけど、何かそういう対象じゃないし。」

 どうしてそこで沙樹子さんが出てきたのですか…。

「…まさか山名さんノンケ好きか? 果てしなく迷惑じゃねぇかそれ。」

「あっはは、どうだろうね~? 自分でもよく解んないや、そこんとこは。」

 木島さんに言われて、けらけらと笑う山名さんですが…何でしょうねこの会話は? 私にはよく言っている事が解らないのですが…。

「…毎回報われてないって言ってたけど、もしかしてそういう事…?」

 何か毛野さんもちょっと納得したような顔をしているのですが…。

「さあね、どうなんだろうね? そもそもそんなにバイとかレズの娘と会った事ないし、そこは解んないな~。」

 さらっと山名さん。まあ、そんなにたくさん会う機会は余程作ろうとしない限りは無いですよね。

 やれやれ、今朝も賑やかでしたね。


 お昼休み、皆さんと学食でご飯を食べ終わった後に、紙袋から包みを出す私です。

「お休み中にクッキーを作りましたから、皆さんでいただきましょう。」

 包みを開けながら、そう微笑む私です。

「おっ、済まねぇなぁ。んじゃ姫の分の飲み物は俺達のおごりな。何が良い?」

「いちごミルクで…。」

「…姫もブレないよね。」

 木島さんに聞かれて答えたら、何か毛野さんに微笑まれてしまいましたよ。まあ良いですけれど…。

 飲み物を片手にクッキーをつまむ私達。そんなに量は無いですけれどもね。

「しっかし山名さん困ったもんだよな。何でそんなに姫にご執心なのかねぇ。」

「それは姫がかわいいからに決まっているじゃない、木島君。」

 あの、毛野さん。本人の目の前でそういう事を言われると困るのですけれど、反応に。

「早島女史に任せきりというのも何か申し訳が無いのだがな。」

「しかし我々が手出しする訳にも…。間に割って入るくらいならできない事はないか。」

 そんな相談を柿沼さんと工藤さんがしていますよ。うーん、まあ、物理的障壁になって阻止するくらいならセーフでしょうか。手は出していないですものね。

「ん、このクッキーうまいな。サクサクだ。姫は相変わらず上手だよなぁ。」

「木島さん、恥ずかしいですってば。」

 わしわしと頭を撫でられてしまったのです。

「あ、悪ぃ悪ぃ。ついな。」

「あ、ずるい。僕もやる!」

「ちょっと、毛野さんまで!」

 何か対抗されたのですけれど⁉ だから学食なんて目立つ場所で頭を撫でないでくださいね⁉

「お前らなあ…。」

 呆れ顔ですよ、工藤さんが…。柿沼さんは咳払いをしながら眼鏡を直していますし。

「もう、残りのクッキー没収しますよ!」

「それは勘弁だ、悪かったな姫。」

「僕もそれはやめてほしいな。ほら、機嫌を直して、姫。拗ねた表情もまたかわいらしいと思うけれど、可憐に微笑んでいるのが一番かわいいんだよ、姫は。」

 木島さんはともかく毛野さんは謝られている感じがあんまりしませんよ。やっぱり没収しましょうか、これ。

「せっかく作ってきてくれたのだから大人しく味わえ、お前らは…。」

「まったくだ、せっかくの甘味なのだからゆっくり楽しむのが良い。」

 工藤さんも柿沼さんももっともですよ。まったくもう。

「ん、ごちそうさま。美味いクッキーだったな。やっぱ姫上手になってると思うぜ。」

「僕も同感だ。生地がかなり良くなっていると思う。」

 そう木島さんと柿沼さんが感想をくれましたよ。

「俺もそう思うな。何かジュース一本では申し訳がない気がするが。」

「いえいえ、好きで作ってきているだけですから。それに今日は調理部への差し入れが主目的ですし。」

 工藤さんが本当に申し訳なさそうにするもので、つい本当のことを言ってしまいました。

「ついででも分けてもらえるのは嬉しいよ、姫。」

 と、毛野さんには微笑まれましたけれどもね。まあ良いでしょうか…。


 さて放課後になりまして。

「一応先週案内はしておいたけれど、どんなものかしらね。」

「手芸部さんとのお茶会ですからね、あちらにも新入生は入ったと聞いていますけれど、こちらの一年生達と仲良くしてもらえるかどうか…。」

 菜々子さんとお話しながら調理室に歩く私です。後ろに沙樹子さんもついて来ていますよ。

「手芸部の新入生はかわいい娘来たかしら。見るのが楽しみだわ。」

 そんな事を言っていますよ、沙樹子さん。もう地が出ていますね。聞かれていないと良いのですけれど。

「今日は何を作るのですか?」

「キューカンバーサンドイッチとスコーンとケーキを三種類ほどね。」

 たずねてみたら、菜々子さんはそう答えてくれました。ん、という事は?

「そうすると今回はアフタヌーンティーをするのですか?」

「ええ、その予定。ちょっと豪華になるわね。」

 キューカンバーサンドイッチの作り置きがちょっと大丈夫かな? という気はしますが、冷蔵庫で保管しておく分には大丈夫でしょうか。

「ケーキは今回はカップケーキね。普通のホールの物はまだ難しいでしょうから。」

 そう付け加えていましたが。でもそれもそうですね、まだ一年生、入部したてですからね。


 調理室に着きまして…。

「お疲れさまです。みんなそろったわね。それでは今日のレシピを順番に行きたいと思います。」

 と、菜々子さん。5種類ですから一度に板書できる訳ではなくて、書いてメモし終わったのを確認しては消してまた書いて、の繰り返しです。本当に授業みたいですよね、こうしていると。

「それではまず買い物に行きましょう。今回は量も多めになるから、各班二人ずつ来てもらいます。」

 作るものの割り振りを指示したあと、菜々子さんはそうおっしゃいます。そうですね、手芸部さんの分も作りますから。調理部が15人、手芸部さんは8人と聞いていますから、結構な量になります。早速班に分かれての相談に。

灯里あかりさん、北山きたやまさんと行って来てください。私は準備をしますから。」

「…解りました。よろしくお願いします、姫先輩。行きましょう、北山さん。」

「はい、小鶴こづる先輩。」

 買い物に行く皆さんを見送った後、準備に入る私です。

「今年は最初から飛ばすわねぇ。」

 同じく残留組の波奈はなさんがそう。波奈さんのところは高城たかぎさんと白沢しらさわさんがお買い物ですね。

「そうですね、一回目の調理にしてはちょっと難易度高めのような気もしますね。その分私達がしっかりしないといけませんね。」

 そう答える私です。波奈さんもふふっと笑って、

「そうねぇ、ちゃんと指導してあげないといけないわねぇ。まだ結良ゆらちゃんに任せきりとは行かないわねぇ。」

 とのことでした。


 私の班の担当は、シフォンのカップケーキ。北山さんにも参加してもらいますけれど、これはちょっと任せきりは無理ですね。まず卵を卵黄と卵白に分けて、灯里さんと北山さんに卵黄と粉を混ぜる方を頼んで、私はメレンゲづくりを担当します。

 メレンゲの方はそれほど苦労は要りません。できるだけきめの細かいメレンゲを作る必要があるので、お砂糖のいれ方と泡立ての仕方を丁寧にやらないといけない、というところはありますけれどもね。

「…姫先輩、これで大丈夫でしょうか?」

「どれどれ…ええ、大丈夫ですよ。それではメレンゲを混ぜてゆきましょうね。お願いしますね。」

 灯里さんと北山さんの作ったボウルにメレンゲを混ぜて、ゆっくり混ぜ合わせた後、絞り出し袋に生地をいれて、型に流し込んで行きます。切りが悪いので24個作る事になりましたよ。一度に12個焼けるので、2回に分けて焼くことになります。

「それでは予熱したオーブンに入れて焼きましょうね。熱いですから気を付けて。」

「はい、姫先輩。」

 そっと北山さんが作業をしてくれます。170度に予熱したオーブンは結構な熱気を放っているので、気を付けて作業をしてくれるようにと私達も見守ります。特に問題はなさそうですね。

 焼いている間に今度は生クリーム作り。こちらは北山さんに作業をお任せします。それほど難しいものではありませんし、今後も何かと機会は出てくるものですからね。もっとも既に分離されているクリームを使いますから、牛乳からクリームを分離する手間は要りませんけれどね。

 焼き上がったシフォンケーキの真ん中にちょっとへこみを作って、そこに絞り袋に入れた生クリームを載せて、これで出来上がりです。

「できた…。」

 なんだかちょっとびっくりしているような感じの声を北山さんがあげていますね。結構ちゃんと作った感じがありますものね、今回は。あ、もしかしてそれが菜々子さんの狙いですか?

 …と思って菜々子さんの班を見てみると、そちらではせっせとキューカンバーサンドイッチを作っているのです。一番簡単だけれど量を作るものを自分の班で担当したのですね。菜々子さんらしいと申しますか…。

「さ、ひと段落しましたし、次が焼き上がるまで一休みしましょう。」

「…それではお茶をいれますね。」

 すっと灯里さんが準備にかかってくれます。私は持ってきた紙袋から包みを取り出して、机の上に広げます。

「クッキーを焼いてきましたから、つまんでください。他の班にも配ってきますね。」

 そう言いおいて、順番に配って行きます。

「あらぁ、ありがとうねぇ、姫ちゃん。焼いている間にいただきますねぇ。」

 まずまだ作業中の波奈さん班。

「ありがとうだよっ。頂戴するねっ。」

 一息ついているところの有紀ゆきさん班にも。

「あら、今日は姫が? ありがとうね、頂くわ。」

 サンドイッチを作り終えた様子の菜々子さん班にもお渡ししました。

「姫ちゃんのお菓子ね。みんなで頂戴するわよ。ありがとうね。」

 沙樹子さん班にももちろんお渡しします。どこの班でも喜んでもらえましたね。


 灯里さんのいれてくれた紅茶を片手に、北山さんに様子を聞きます。

「どうでした? 今日はちょっと本格的な製菓になりましたけれど…。」

「はい、ちょっと難しかったです。灯里先輩の手をお借りしなかったら無理だったかも…。でも丁寧に教えて頂いて、これならやっていけそうって思えました。」

 そう答えてくれました。あら、灯里先輩?

「仲良くなったのですね?」

 ついそう微笑んでしまう私です。

「はい、名前で構わないよって言って頂きました。姫先輩も、私の事はすみれで大丈夫ですよ。」

「解りました、菫さん。」

 さっそくお名前呼びですか。なんだかちょっとくすぐったい気もしますけれど、良い事ですよね。

「…姫先輩、私の事はなかなか名前で呼んでくださらなかったのに…。」

 う、灯里さん、それを言われましても。

「…いえ、失礼かなと思って呼べなかったのですよ。でもほら、灯里さんから名前でといってもらってからはちゃんと名前で呼んでいるではありませんか。」

 何かちょっと慌ててしまう私です。後輩だからと気軽に呼べるという訳でもないのですよ。

「…姫先輩らしいですね。別に怒っても拗ねてもいませんから、大丈夫ですよ。」

 それなら良いのですけれど…灯里さんがなんだか珍しいですね。

 紅茶を片手に三人でお話をして焼き上がりを待って、また同じ作業をして、必要な量は出来上がったのでした。


 翌日放課後…。

「本日はお招きありがとうございます、宇野部長。」

「おいでくださいましてありがとうございます、松山まつやま部長。楽しんでいってくだされば幸いです。」

 そんなあいさつを交わす両部長。沙樹子さんもちゃんとして見えます、こういう時は。

「それでは早速始めたいと思います。皆様、どうぞお席へ。」

 菜々子さんがそう促して、手芸部の皆さんが学年に分かれて席に座ります。私達三年生はは松山さんと松川まつかわさんと一緒です。もう慣れた面々ですね。

「さっそく配膳いたしますね。」

 菜々子さんがそうおっしゃって、それぞれの机から二人ほど連れて準備室の冷蔵庫に向かいました。その間に私は一年生の机に行って、紅茶をいれる準備をします。

「あ、姫先輩。うちの新人たちを紹介しますね。」

 お湯を沸かしていたら、芦口あしぐちさんが来てそう言ってくれましたよ。

高瀬たかせ葉月はづきちゃんと楯山たてやま千尋ちひろちゃんです。二人とも、こちらは小山絢子先輩で通称は姫先輩。手芸部にもよく遊びに来てくれる、手芸もとっても上手な先輩なんだよ。」

 通称は姫先輩って…何か変な気もするのですがまあ良いでしょう。気にしても始まりませんし。

「小山絢子です。よろしくお願い致しますね、高瀬さん、楯山さん。」

 そう微笑みかけて軽く一礼する私です。

「高瀬葉月です、よろしくお願い致します、小山先輩。」

「楯山千尋ですっ。よろしくお願いしますね、小山先輩!」

 お二人ともちゃんとお返事を返してくれましたよ。

「姫先輩、茶器です!」

「ありがとうございます、福田ふくださん、赤井あかいさん。」

 まだ一年生が不慣れという事で、下働きは二年生の役目というところです。二人がかりで一年生7人分の茶器を持ってきてくれましたよ。ポットも二つになります。さ、お湯も沸いたから紅茶をいれて行きましょうね。まずは保温から…。


 一年生の皆さんに紅茶をいれ終わって、三年生の机に戻ります。既にお話は弾んでいる様子。まずはお互い新入生が来てくれて本当に良かったとお話しているみたいですね。

「いやーもうね、今年は駄目かと思ったんだよ! だって見学の時、30分待っても誰も来ないんだもの!」

 そう松川さんが笑っていますよ。あらあら、どうしてまた。

「えっ、でもちゃんと二人来てくれているじゃないっ?」

 有紀さんがそう疑問をさしはさんでいますよ。でもそうですよね、見学にも来たのではないのですか?

「そうなのよ、裁縫室の場所が解りにくくて迷ってしまったのですって。校舎内で30分も迷うなんてね、なかなかないと思うのだけれど。」

 ふふっと笑いながら松山さん。あ、でもこれは私も人の事を笑えないかも…。一年生の時、すんなり調理室に行けたわけではなくってちょっと迷って、少し遅れた到着になりましたものね。

「うちの部もちょっと待ったかしらね。奥まったところにあるものね、調理室も裁縫室も。」

 そう菜々子さんも微笑むのでした。

「それにしても今回は四月なのに豪華だね! 今年の新入生さんはみんな上手なのかな?」

 並べられたサンドイッチとお菓子を眺めて、松川さんがそう褒めてくれましたよ。

「ええ、一生懸命やってくれましたよ。指導にもきちんとこたえてくれて。いい娘達が来てくれたなと思っています。」

 そう微笑む私でした。


 今年度最初の交流会も、こうして和やかに行われたのでした。

 最初は固かった一年生達も、先輩達の尽力もあって次第に打ち解けていった様子でした。これならまた、そのうち調理部から手芸部さんへ訪問する機会を設けても良いかもしれませんね。

 今年もお互い仲良く楽しく交流して行きたいものです。


毎年恒例・手芸部さんとの年度初めの交流会です。

お互いの新入部員の顔合わせ会というところでしょうか。

日頃部同士で交流があるというのは良いなあと思います。


灯里さんがなんだか軽く拗ねています。珍しいですね。

とは言え、姫が自発的に名前呼びするとは思えない訳でして。

灯里さんから言われるまでそうしなかったのも無理はないと思うのですが。



※ボストン茶会事件/ボストンティーパーティー

1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地(現アメリカ合衆国マサチューセッツ州)のボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が、港湾に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である茶箱を海に投棄した事件です。

アメリカ独立運動の中の一つの画期となった事件でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ