表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/262

第166話 ~新学期を迎えまして~

第166話 ~新学期を迎えまして~


 土曜日になりまして…。

「…うーん、心配のし過ぎなのでしょうか…。」

 朝ご飯の後、電熱器をいれないこたつさんに入り込みながら、そう唸る私です。まだ微妙に寒いですからね、こたつさん自体はしまっていないのですよ。

 何がそんなに心配なのかというと、新入生の浅川あさかわしずかさんの事です。彼女はだいぶ理想に傾いているみたいですけれど、現実との壁にぶつからないかと心配なのですよ。その時にあまりに心の準備が無いと、大きく傷ついてしまう事になりかねないですし…。でも最初から水を差すのも何ですしね、せっかく女子生活ができるようになったばかりだと申しますのに。

「内密に相談しておきましょうか…。」

 相談できる相手は…と。私が直接知っている方々にしておきましょうか。チャットグループからはるか先輩、絵里奈えりな先輩、芦口あしぐちさんを抜き出して、おはようございます、皆様新年度が始まっていかがでしょうか、と送ってみます。

『おはよう姫ちゃん、もう大学も二年目だからそんなに苦労はないかな。周りともうまくやってるよー。今年は性別適合手術も予定してるし、ちょっと慌ただしくはなるのかなとは思ってるけどね。』

 そう遥先輩が早速返してくださいましたよ。うんうん、何よりだと思います。

『おはようございます、遥先輩、姫ちゃん。私は大学が始まって戸惑う事も多いですけれど、元気にはしていますよ。やっぱり高校とは全然勝手が違いますね。』

 絵里奈先輩からはそうお返事がありました。東京に戻られてもお元気そうで、何よりですね。

『わーい、遥先輩と絵里奈先輩、それに姫先輩、おはようございます。なんだか手芸部の集まりみたいですね!』

 芦口さんはそう…。えっと、私手芸部には所属はしていないですけれどもね、よく顔を出しには行きますから、間違ってはいないのかもしれません。

 少しの間近況など交換を。私の方は調理部のお話などしましたよ。切り替えから二年を経て生活にも慣れてきましたし、新しいクラスにはちょっと困った人がいることもお話を。

『あらま、姫ちゃん女の子に好かれてるの? 姫ちゃんそっちだったっけ?』

『いえ、そういう訳でもないと思うのですけれど、まだはっきりとはしていないです。』

 遥先輩にたずねられまして、そう答える私。実際まだよく解らないのですよ。

『姫ちゃんは奥手ですものね。でもあんまり好意に気付かないのも罪ですよ?』

 えっと、そうおっしゃられましても、絵里奈先輩…。これは困りましたね、コメントのしようがありません。素直にそう言いましょうか。

『…返す言葉もございません。』

 これしか言いようがないのです。実際そういうお話に鈍いのは実感しておりますし。いまだに菜々子(ななこ)さんがどなたをお好きなのか、さっぱり解らないでいますしね。

『それでまたどしたの? 世間話がしたかったならそれでも全然かまわないけど。』

 お話がひと段落したところで、遥先輩が切り出してくださいましたよ。

『新入生で浅川静さんが入学されたでしょう。その件で少々心配がありまして。』

『チャットグループにも参加されていましたね。どんな方なのですか?』

 絵里奈先輩からそうたずねられます。どう説明したら良いのか、ちょっと迷いますが。

『元気の良い明るい方ですね。クラスでは割と積極的にお話して歩いているみたいです。』

『あれ、それで何が心配に?』

 説明をしたらそう遥先輩に問い返されましたよ。えっと、そこは問題ないのですよね。

『実は『性別違和者としてよりも女子として生活したい。』とおっしゃっていまして。正直に言って無理だと思うのですが、どう思われますか?』

 率直にそう切り込む私です。去年一年間過ごしてみて、やっぱりそれは感じましたもの。しょせん無理と最初から割り切っていた私などは衝撃もなかったですが…。

『そういえばそんな事言ってましたよね。私もできればとは思ってましたけど、現実にはやっぱり特別扱いは仕方ないのかなって今は思います。ちょっと残念でしたけど。』

 芦口さんがそう続けてくれました。うん、やっぱりそうですよね。

『うーん…極めて難しい、と言わざるを得ないと思いますね…。高校時代は何かと配慮も要りますし、特別扱いは出てきますよ、どうしても。』

 絵里奈先輩もそのようにおっしゃいます。そうなのですよね。もちろん浅川さんも事前に色々説明は聞いているとは思うのですが、それでもなお、という事なのでしょう。

『や、正直ね、大学行っても勝手は違うよ。やっぱどこまで行ってもちょっと変わった女子くらいにしかなれないと思う。寂しいけどそれが現実かなあ。』

 やっぱり完全に女子になれるかというと、遥先輩も厳しいと見ていらっしゃるみたいですね。でもこのぼんやりでぼんくらな私ですらそう思いますから…。

『理想を持つのは悪いとは思わないのですけれど、無理な理想を持って現実とのギャップに苦しむ事にならないかと心配なのですよ。それが原因で学校に来られなくなったり、辞めてしまったりしたら大変ですから。』

 そう話を続ける私。そこまでと思われるかもしれませんけれど、有り得ないお話ではありませんから。

『そっか、その心配かー。うーん、本人が地に足を着けてくれてたらいいんだけど、はじめての女子生活じゃそれも無理だよね。私も結構浮かれてたし。足元すくわれた事もあったけど。』

 遥先輩がそうおっしゃいます。何をしてしまったのかまでは解りませんが、まあいろいろあったのでしょう。

『悩みを持ち始めたところでフォローしてあげるしかないでしょうか、先回りはちょっと難しいですよね。ううん、東京からでは手助けもできないのがもどかしい…。』

 そうおっしゃってくださる絵里奈先輩。今でも私達の事を想ってくださっているのですね。嬉しい事です。

『ひとまずは私が対応するのが筋なのかなと思うのですけれど、対応指針を決めかねていまして。それで、先輩方にお知恵をお借りできればと思ったのです。』

『あれ? じゃ私はついでですか?』

 いえそんな事は無いですよ、芦口さん?

『いえあの、芦口さんには一緒に支えてもらわないといけないですから。一緒にお話した方が良いでしょう?』

『あ、それもそうですね。』

 納得してくれたみたいです。良かった。

『入学当初はそこまで表面化しないと思うんだよね。深刻になるとしたら一か月くらい経ってからかなあ…。体育の時とか同級生からの態度とか、いろいろ解ってくるのもその頃だろうし。』

『生活を女子に切り替えての苦労が解ってくるのもその頃でしょうか。私もいろいろ戸惑いましたよ。遥先輩と奥山おくやま先輩にいっぱい助けて頂きました。』

 遥先輩と絵里奈先輩がそうお話をしてくださいます。5月頃、ですか。うーん、心配ですね。連休中に一人で抱え込んでどんより沈み込んで浮き上がれなくなる。なんて事が無いと良いのですけれど…。

『姫先輩はそこまで心配してたんですね。そこまでは気にしなかったなあ…。でも言われてみるとそうかもしれないですね。』

『芦口さんとは同時スタートでしたからね、一緒に相談しながらやってきましたけれど、今度は私が最上級生ですから、一応気に掛けるのが筋なのかなと思いまして。先輩と言いながら芦口さんとは同期生でもありますけれどもね。』

 芦口さんにそうよく解らない理屈を答える私。おおやけに女子生活を始めた年数では一緒ですからね。

『でも姫先輩の方が可愛いじゃないですか。私身長も高いし、顔もそんなに良くないから、うらやましいです。』

『いえそんな事は…。身長はほとんど変わらないではありませんか。顔は好き好きですよ、芦口さんもタイプが違うだけできちんと女子に見えますから。』

 私は結構かわいいと思うのですけれど、皆様から私のかわいいの基準はおかしいと言われるもので言い切って良いのかどうか迷ってしまうのです。

咲良さくらちゃんもちゃんと可愛いですよ、少しは自信を持っても良いのですよ?』

 そう絵里奈先輩がフォローしてくださいました。うん、でもそう思います。

『そう言ってくれるのは先輩方とたすく君くらいですよー。』

 そういえばなんだかこの間も、塩尻しおじりさんと仲の良い様子を見せていましたね、芦口さんは。

『話を戻そっか。うーん、どこまでのラインを求めてるんだろうね。とりあえず完璧に普通の女子になるのは無理なんだよね、やっぱり。外見、普通の女子くらいにまではなれるかもしれないけど。』

『そうですね、それは思います。求めるものが高すぎると、それだけ衝撃も大きくなってしまいますから、そこが心配ですね…。』

 やっぱりそうですよね…。遥先輩のおっしゃることも絵里奈先輩のおっしゃることも、よく解ります。

『でもせっかく希望を抱いてうちの学校に来たのに、最初から希望を打ち砕くのもできなくって…。私、どうしたら良いのでしょう。』

 実は結構困っているのです、どう振舞ったらよいのか。何をしてあげるのが最善なのか。私の責務という訳ではないかもしれませんけれど、先輩方から受けたご厚意を想えば、これはやっぱり後輩に還元すべきものでしょうから。

『んー、難しいなあ。挫折したところで救い上げてあげるしかないんじゃない、そうすると?』

『そうですね、咲良ちゃんと二人で折れかけた心を支えてあげるしかないのではないでしょうか。お互い同胞同士、本音でお話できる部分はあると思うのですけれど…。』

 先輩方はそのようにおっしゃいます。うーん、でもそうですよね。何か落ちるのが解っていて防止しないで、救い上げるだけというのももどかしいものですが…。いえでもこれ、先にたしなめれば結局私が叩き落とす事になるだけで、原因が違うだけで一緒でしょうか。叩き落しておいて救い上げるのでは効果が薄いでしょうから、仕方ないのでしょうか…。何かそこまで冷静になれるかと言いますと、難しいのですが…。

『とりあえず定例ミーティングでお話してみましょう、どんな様子なのか把握しておかないと対策も取れませんし。私達の経験談くらいしか話せないでしょうけれど。』

 もっともですね、芦口さん。まずは状況の把握をしないと、対応も何もあったものではありませんものね。

『ありがとうございました、何となく考えはまとまってきました。また相談をお願いすることもあると思いますけれども、よろしくお願致します。』

 そうお礼を申し上げて、その後はしばらく世間話をしていたのでした。


「うーん…。」

 家族でお昼ご飯を食べながら、考え事をしてしまう私です。

「何だ絢子あやこ、また何か悩み事か? ぼんやり食べてると噛むぞ?」

 そう兄様に声を掛けられました。えっと、そうですね。

「兄様、理想と現実のギャップに悩んだ時って、どうすればいいのでしょうね。」

 ん? と兄様が怪訝なお顔を。

「あ、いえ、私の事ではないのですよ。そういう事になりそうな人がいる、というだけで。」

「何だ、また他人の心配か。まあ良いけどよ、あんまり抱え込むなよな…だから今こうして話してるんだろうけど。そうだな。気力と体力があるなら理想に近づけるよう努力を重ねるってのが一番建設的なんだろうけどな。」

 まあそうなのですよね、一般論として。現実を底上げして行けばよい。それはもっともなのです。

「どうがんばっても達成できない理想だとしたら?」

 そういう類の物なのですよね、これは。

「そりゃお前、目標設定が間違ってるんだ。現実的に無理な目標設定はモチベーションを下げるだけで有害だぞ。たとえばお前、国内一位の大学に合格しろって言われて勉強する気が起きるか?」

「えっと、最初から無理だと投げだしますね。」

「そうだろう、俺もだ。」

 なんだかすごい卑近な例を出されましたけれど、まあそうですよね。身の丈に合った目標ならがんばれますけれど、無茶なものは無茶です。

「そうすると、目標を再設定する必要が出てくるという事ですか。」

「そうなるなあ。ただまあ、自分の現状と伸びしろをよく把握した上でないと、適切な設定ってのは難しい。まず自己分析を重ねるところからのスタートじゃねぇかな。」

 うーん、そう言われてみるとそうですね。自己分析ですか…。まだ生活を切り替えたばかりでは、分析も何もないですよね。やっぱり多少の時間は必要という事になりますでしょうか、これは。

「何となく道は見えてきました。ありがとうございます、兄様。」

「おう、まあ一人で悩むなよな。頼れる奴がいるなら頼れ。お前普段周りに気を遣ってんだからよ、たまに返してもらったって罰は当たらんよ。」

 そう兄様は笑ってくださったのでした。


 週が明けまして…。今日は一年生は遠足ですね。という事は私が『姫』と呼ばれ始めて二周年ですか。なんだかもういろいろと諦めましたけれどね。何故に『姫』だったのか、今でもよく解りません。木島きじまさんのネーミングセンスがそうだったというだけでしょうか。

 登校すると、私はそっと五組の教室へ向かいます。途中で沙樹子さきこさんが秋山あきやまさんに抱き着いているのを見かけましたが、まあそっとしておきましょう。なんだか最近いつもの事の様子ですし、沙樹子さんとっても嬉しそうですし、邪魔をしても悪い気がします。クラスが別になって寂しいのもあるのでしょうしね。

本宮もとみやさん、おはようございます。」

 五組の教室に着いて、本宮さんに声を掛けます。

「やあ、おはよう姫。浅川さんの件かな?」

「ええ、そうです。本宮さんもお話が早いですね?」

 なんだか不思議なくらいさくっと出てきましたよ?

「先日お話は頂いてましたし、姫が僕に用事となると他にないかなと。電気パンなら直接米山(よねやま)さんに聞くでしょうしね。」

 ごくロジカルなお考えの結果だったみたいです。うん、理系らしい。

「それで、どんなご様子でしたか?」

「ええ、見学も仮登録も来てくれましたよ。太陽電池班…と言ってもピンとこないかな、米山さんの班に入っていましたね。歓迎会では結構女子組に積極的に仲良くしに行っていましたよ。ちょっと秋山さんと友部ともべさんは気圧され気味だったかな…。米山さんは微笑ましく見ていたみたいだけれど。同じ一年生の玉川たまがわみやびさんとは仲が良いみたいですね。」

 そうお話をしてくれました。うーん、やっぱりちょっと積極的すぎるのでしょうか。もっとも、秋山さんは人付き合いに関心が薄いみたいだと沙樹子さんから聞いていますから、戸惑いも大きいのかもしれませんけれど。

「今のところ部の方ではあんまり心配は要らない…のでしょうか。」

「そうですね、どうしても女子の事は米山副部長にお任せ気味になってしまうので、ちょっと僕からはっきりそうだとは言い難い面もありますけれど…。まあ、僕が見ていた限りでは大きな問題はなさそうです。秋山さんも友部さんもそのうち慣れてくれると思いますし、米山さんがうまく調整してくれると信頼していますから。」

 本宮さんが信頼してお任せするのなら大丈夫でしょう。米山さんとは何度かお話したことがありますけれども、お人柄も良いですし気遣いもできる方ですし、とても切れる方でしたから。

「また時折ご様子をお聞かせくださいね。浅川さんの事、よろしくお願い致します。」

「姫は相変わらず後輩想いですねえ。ええ、同じ部の仲間として受け入れられるよう、精いっぱい努力して行きますよ。」

 本宮さんはそう微笑んでくれました。一安心、でしょうか。


 さてもう一つの懸案…。今度は二年一組ですね。

灯里あかりさん。」

「…あ、おはようございます、姫先輩。どうかなさったのですか?」

 そっと友達とお話していた灯里さんに声を掛けて、ちょっと廊下に来てもらいます。

「すみませんね、お話中。ちょっと芦口さんのご様子を聞いておきたくて。」

「…咲良ちゃんの、ですか。何をお話したら良いでしょう?」

 ちょっと考える私。部の様子は直接見ていますしね、クラスでの様子ですね、やっぱり。

「クラス内ではどうですか? うまくやっています?」

「…ええ、私も含めてお友達も結構いますよ。咲良ちゃんは男女構わずお友達を作るタイプみたいです。去年の中頃から塩尻君と仲が良くて、どうも付き合っているみたいというお話もありますね。本人達、まだ恥ずかしいのかはっきりとは言っていませんけれど…。」

 あら、やはりそうなのですか? この間も塩尻さんが浅川さんに歩み寄る発言をしたら、芦口さん軽く嫉妬するようなそぶりを見せていましたものね。なんだか微笑ましかったですけれど。

「灯里さんから見てどうですか? うまくやれていると思います?」

「…そうですね、目立って問題はないのかなと思っています。咲良ちゃん本人には、私達には言えない悩みもあるのかなと思っていますけれど…。…やっぱり、お話できないような事もあるでしょうから。」

 そう、ですね。それはどうしても出てくるのかもしれません…。そういう部分を私がカバーしてあげないといけないのですよね。ううん、これはなかなか難しいですね。

「ありがとうございます。灯里さんはどうですか、新年度になって。」

「…私ですか? 後輩ができたので、うまく教えて行けるかが一番の心配ですね。学校生活はうまくいっていますよ。」

 そう微笑んでもらえました。

「指導は私と二人三脚ですから。頼る時は頼ってください、今のうちは。後期はもうそうもいかなくなりますけれど…。」

「…そうですね、あと半年ですものね…。なんだか認めたくないです…。」

 あら、灯里さん寂しそうに…。

「大丈夫ですよ、灯里さん、既にお茶の教え方は上手になっているではありませんか。お料理も見ていましたけれど、あれで問題ないと思いますよ。腕前も一年間でぐっと上達していますから、自信を持ってください。」

 そう微笑みかける私。でもこれは本音ですよ、一年間よく努力したなと思っています。

「…いっぱい教えてくださった姫先輩のお陰ですよ。姫先輩がいてくださるから、私はがんばれるんです。」

 そう微笑む灯里さん。私がいるから、ですか…。なんだかちょっとこそばゆいですね。

「明日はまた活動日ですね。良い一日にしましょうね。」

「はい、姫先輩。」

 そうお話をして、私は三年一組に戻りました。


「なんか今朝は忙しそうだったな?」

 戻って早々、木島さんにそう聞かれましたよ。

「ええまあ、最上級生になるといろいろありまして。」

 これで答えになっていますでしょうか。ちょっと怪しい気もしますね。

「部の事なら私も手伝えるけど…察するに他の事よね。」

 そう菜々子さん。相変わらず鋭いですね。その通りです。

「ええ、性別違和者組の方でちょっと不安がありまして。先にできることをしておこうと思って動いていたのです。」

「ほう、姫も成長したなあ…。最上級生の自覚が出た上に、自分から行動を起こして問題に対処するとは…。以前にはなかったことだ、喜ばしいな。」

 何かうんうんとうなずいている工藤くどうさん。えっと、まあ、私も今年で18歳ですし。いつまでも護られてばかりの少女ではいられないですよ。

「頼れる事なら僕らを頼ってくれて良いんだからね。最近あんまり力になれることがなくって、ちょっと寂しいくらいなんだから。」

 今度は毛野けのさんがそう言ってくれるのです。頼りにはしておりますよ。

「我々を頼らずとも独り立ちできるようになって来たのは喜ばしい。確かに少々寂しくはあるが、しかしそれは喜ばしい事でもある。」

 眼鏡を直しながらの柿沼さん。柿沼さんから見ても、そう思えますか。

「部でもすっかり指導役が板についているわね。私の右腕として活躍してもらっているわ。部長よりよほど頼りになるわよ。」

 あら、菜々子さんまでそんな。そこまでではありませんよ、できる事をしているだけです。

「それ単に宇野うのさんがアテにならねぇって話じゃねぇですよね。」

「ちゃんと姫が頼りになるという部分も存在するわよ。現にお茶の指導は任せきりで口を出す余地はないのだしね。調理の時もきっちり班をまとめて運営してくれているわ。一年生を迎えても、今のところ一番いい雰囲気で受け入れているのではないかしら。」

 木島さんの一言に、そう答える菜々子さん。あら、そう見えますか。灯里さんと北山きたやまさんの人柄だと思いますよ、それは。

早島はやしまさんの班は後輩が委縮して恐怖政治になっていそうな気がするんだけど。」

 ちょっと毛野さん、口を慎みましょうね⁉

「お望みなら駄犬どもにギロチンを用意して恐怖政治を敷いてあげるわよ。」

「いや望まないです、それはやめてほしいです。フランス革命の時のロベスピエールじゃないんだから。」

 慌てて毛野さんが。慌てるくらいなら最初から言わなければ良いのに…。

「菜々子さん、犬の殺処分にギロチンは使いませんよ。あれ一応今では残虐刑ですからね。安楽死処分に入りませんからね。」

 何かずれた気がしますけれど、まあ良いです。

「とりあえず機を見計らってテルミドールのクーデターを起こすとしよう、それは。」

 何か工藤さんが味のあるようなないような返し方を。

「鎮圧するわよ?」

「…勝てる気がせんな。」

 一言で言葉を返した工藤さんでした…。どうして皆さん、こうも菜々子さんに対して弱いのでしょうか。不思議ですよね。四対一でまだ劣勢ですものね。もっとも皆さんの方も一枚岩とは言えない部分はありますけれど。

「人の心配をして歩くのは良いけれど、姫、あなた自身は大丈夫なの?」

「心配があると言えば心配が…」

「おっはようひ~めちゃ~ん!」

 あっほら、噂をするのではなかったです! また後ろから抱き着かれましたよ!

「これの事ね。」

 ビシッと額に掌底をいれながら菜々子さん。もう山名やまなさん『これ』扱いですか。

「いったぁ…。どんどん菜々子ちゃんきつくなるんだから。言っておくけど私Mっ気は無いんだからね、きつくされても喜ばないんだからね。」

「喜ばせたら制裁にならないでしょう。まったく、お世話になった先輩の妹だからと少しは手加減していれば調子に乗って。」

 あ、手加減していたのですか、あれで? なんだか意外ですが…。

「んで、姫ちゃんは何がそんなに心配なのかな? 友達のよしみで聞いてあげるよ?」

 あら、いつの間に友達になったのです?

「これで友達だとは図々しい、姫にたかる悪い虫の筆頭格が。迷惑ばかりかけるような人はお断りよ。さっさとあっちに行きなさい、このジョロウグモ。」

 なんだか久々に菜々子さんの毒舌が出ましたよ。以前に比べると穏やかな気がしますけれど。

「ふっふふ、狙った娘には巣を張って絶対逃がさないジョロウグモだよ。姫ちゃんもからめとって骨の髄まで…痛っ!」

 今度は菜々子さん、すねを足蹴にしましたよ。骨の髄まで何をされるんですか、私。

「生徒会にリコールの届け出を出すわよ、駄犬ども、署名活動に協力なさい。」

「おおっと、残念だけどその制度はないんだよねこれが! 生徒会長から直々に処分が下れば別だけど!」

 菜々子さんがそんな事を言い出したら、なんだか山名さん制度を盾に取り始めましたよ⁉

「それは民主的ではないわね、ではまずリコール制度の制定を求める運動を始めなくてはならないわね、早急に。今月中くらいの改革を目指して。」

「なんか菜々子ちゃんが言うと本気でやりそうで怖いんだけど⁉」

「私は嘘は申しません、ね。」

「池田勇人の所得倍増計画⁉」

 …なんだかだんだん菜々子さんと沙樹子さんに次ぐ関係になっていませんか、菜々子さんと山名さん? 気のせいでしょうか。

「可憐な蝶の如き姫が山名さんの巣にかかって動けないところを…ね。なかなかいいシチュエーションかもしれないなぁ。さてどうやって助け出そうね、僕は。」

「おい毛野、帰ってこいよな?」

 なんか毛野さんと木島さんがやりとりしていますけれど気にしないことにしましょうね。

「ふふふ、私の愛の巣へようこそだよ!」

「誰が姫をそんなところに行かせるものですか! そんなものは破壊してがれきを撤去して更地にして不動産屋に1円からで売却してやるわよ!」

 菜々子さんが変な怒り方をしだしましたよ⁉

「ふっふっふ、私の愛の巣をそうするともれなくお姉ちゃんも路頭に迷う事になるんだよ? 大恩ある先輩にそんな事をして良いのかな~?」

 う、山名さん実は沙樹子さんより上手ですね? 菜々子さんに対等に言い返していますよ?

「もちろん山名先輩は私の家で保護するわよ、それなら文句はないでしょう。路頭に迷って野垂れ死にするのはこのジョロウグモだけで充分だわ。」

「野外に出れば巣は張り放題だよジョロウグモは。ふっふふ、女の子を渡り歩いて貢がせて優雅に生活しようかな、そうしたら。」

 なんて野望を持つのですか山名さんは…。それ明らかに駄目な類の野望ですよね、人として?

「そして最後には全員から恨みを買って破滅するルートを辿るのね、ご愁傷様。」

「おっと、もちろんそうならないようにうまく立ち回るに決まってるじゃない。ちゃんと正妻を決めて転がり込むんだよそこは。」

 なんだかもう何を言っているのだかよく解りませんよ。

「正妻を決めるのは良いんだけど、姫をつまみ食いしないでくれないかなあ。他の娘なら別にどうぞって言えるんだけど。」

 毛野さんも話に混じり始めたのですけれど…何ですかこれ…。

「んだなあ。何でまた姫に来たんだよ一体。これまでそんな動きなかったじゃねぇか、山名さんは。」

 あら、木島さんまで…。というか、チェックしていたのですか、木島さんは?

「間近で見たらやっぱりほしくなるって事あるじゃない?」

「小学生がおもちゃを欲しがるのと同じ精神性ね…。やっぱりみんなで駆除するわよ、このジョロウグモは。」

 またばっさり行きましたね、菜々子さん。

「まあ駆除には賛成だな、あまり姫に近づかないで頂きたい。」

「僕もそれは同感だ。」

 あら、工藤さんと柿沼さんまで…。


 やれやれ、なんだかいろいろありそうな新学期ですよ。賑やかなのは良いですけれど…。

 でもちょっと、困ったものですね…。


新入生の浅川さんに関して、心配を隠せない姫です。

理想は理想ですが、現実としてそうはいかないというお話はある訳で。

挫折を感じてしまう事をかなり恐れているみたいですね。

いろいろ心配できる分、姫は成長したと言えるのでしょうか。


そして三回連続迷惑な山名さん。

なんか沙樹子さんより更に迷惑キャラのような気が。

菜々子さんの抑えもあんまり効いていませんし。

大丈夫なのでしょうか、姫は。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 姫は静さんのことが心配の様で、あの姫が人の事に積極的になるとは…… でも、自分がお世話になった分後輩に返すのは良い事だと思います、
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ