第15話 ~順調な事ばかりではないのです~
第15話 ~順調な事ばかりではないのです~
昨日の交流会はなかなか楽しかったですね。松川さんと松山さんともお話しできましたし、お二人とも仲良くなれそうな感触がありました。クラスの中でお話しできる方が増えてくだされば私も嬉しいですね。
…部でまで『姫』で呼ばれるようになってしまうとは思いませんでしたが。何かそんなに私に似合ったあだ名なのでしょうか。私などよりもっと美しいか可愛らしいか、あるいは気立ての優しい丁寧な女性の方にこそふさわしいと思うのですが。そうですね、容姿だけならば早島さんなど正に『姫』ではないでしょうか。ロングのストレートの美少女ですからね。
昨日、毛野さんは早島さんの事を人格も含めて『氷の女王』と評していましたけれど。確かに何かこう逆らえない雰囲気をお持ちですから、あながち間違った評価とは言えない気は致しますが…ええと、こういう事を思うのも失礼というものでしょうか。
今日は日直のお仕事がありますから、早めに登校です。お役目ですから致し方ありませんね。きちんとお勤めできると良いのですが。
クラスに着くと木島さんの机に鞄はありますが姿は見えません。何か嫌な予感が致しますがまあ、良いでしょうか。他の皆さんはまだ登校されていないようです。だいぶ早めに来ましたからね。しかし皆さんのいない教室というのも寂しいものですね…。色々と申しましても、私自身ももうすっかり皆さんと一緒にいるのが当たり前という感覚の様子です。
さて、職員室前のクラスボックスに行って配布書類を確認するのと、授業変更などないかしっかり見てこなくてはいけませんね。
配布書類は1種類だけのようです。40枚あることになりますね。まあ、このくらいなら持つのも大変ではないですから良いでしょう。後は提出になった課題の返却があって、40人分の返却があるはずなのですが38人分しかありません。入学早々課題をサボった方がいらっしゃるご様子ですね。よろしくありませんね、きっと望んで入学された訳ではなくてモチベーションが低いのでしょうけれども、それでもこういう事はきちんとしておきませんと、後々に響いてしまいますよ。まあ、余計な心配というものでしょうか…。
さて、教室に戻りませんとね。
荷物を持って廊下を歩く私です。おや、あれは木島さん、何をしていらっしゃるのでしょうね…って、うわっ⁉
「姫、危ねぇ!」
何かに足を取られて転倒しかけた私を、駆け寄った木島さんが受け止めてくださいました。
「怪我は無いか、姫。大丈夫か?」
木島さんが気づかってくださいます。一体何に足を取られたのでしょうか…。
「ええ、私は大丈夫です。…でもプリントと課題が…。」
見事に散乱してしまっています。急いで拾い集めないと…。
「ああら、本当に噂通りの『姫』と『四馬鹿』なのねぇ。お似合いだね。」
嘲笑うような女子の声。ああ、これは、平たく言っていじめというやつですね。これまでさんざん経験してきたことです。
「っ手前、俺は見てたぞ、姫に足払いかけやがったなぁ!」
木島さんが怒鳴ります。ああ、私それで転倒したのですね…。納得です。
「そんな事より、足をどけてください、皆さんの課題が…。」
意地の悪い事に、散乱した課題を踏みつけているのです。それも三人ほどで。これは参りました。
「勝手にあたしの足の下に入って来たのよ、あたしのせいじゃないわ。取りたいんなら土下座して懇願してみせなさいな?」
はぁ…この手合いですか。私は素直に両ひざを廊下に着けます…が、引っ張り上げられてしまいました。
「姫、止めろ、こんな奴らに頭なんか下げる必要があるかよ! 手前らいい加減にしやがれ、姫が大人しくしていればどこまでも付け上がりやがって!」
「木島さん、駄目!」
私は慌てて彼女らと木島さんの間に割って入ります。木島さんの拳が私の直前で止まりました。一撃喰らう覚悟だった私は身を固くしていたのですが、木島さんの身体コントロール能力は思いのほか高い様子ですね。
「何でこんな奴らを庇うんだよ、姫!」
「『こんな奴ら』のために木島さんが暴力犯になることはありませんよ。私がちょっと言う事を聞けば良いだけですから…。」
私は悲しい顔をしてそうお願いをします。私がいじめられるのなんてもう慣れっこですから、良いのです。
「そのために人としての尊厳を捨ててまでか⁉ ふざけるな、そんな事は俺が許さねえぞ、さっさとそのきったねえ足をどかしやがれ、このクソ女!」
木島さんがそう廊下中に響き渡る声で怒鳴りつけています。ああ、だんだん人が集まってきましたね。これはこちらにとっては都合の良い展開です…いじめと露見することはこの手合いの人々の苦手とするところですからね。後はどれだけ私達の学年の民度が高いか次第です。傍観するか、いじめに加担するか、止めに入るか、さてどう出るでしょうか。
「何を騒いでいるんだ木島………これはどういう事だ?」
「状況の説明を要求する。」
「説明も何もない、どう見たってこれはいじめの現場だろう⁉」
工藤さん、柿沼さん、毛野さんがさっきの怒鳴り声を聞きつけてやって来られたご様子です。
「お前ら、手伝え! こいつら姫にいたずら仕掛けた上に因縁までつけやがった! 許せるかこんな奴ら!」
「ちっ、四馬鹿全員集合って訳ね。分が悪いね、退くよ、あんた達。」
リーダー格の女子がそう言って、その場を去ろうとします。
「待ちやがれこのクソ女ども! 土下座すんのは手前らの方だろうが!」
木島さんがつかみかかろうとします。私はその木島さんを抱き留めます。
「もう良いんです、木島さん。解決したんですから。…あなたのお陰ですよ。」
周りに散乱した課題とプリント類は、集まっていた皆さんが回収してくださっていました。そっと私に手渡しながら、みんな、災難だったね、とか、大丈夫? とか、ひどい人達もいたもんだね、などと声を掛けてくださいます。どうやら悪い学年ではない様子ですね。
「姫ちゃん、大丈夫? あの人達、うちのクラスの鼻つまみ者なのよぉ…。まさかこんなことをするなんてねぇ…。」
彦崎さんも、どの時点からかは解りませんが見ていらしたご様子で、プリントを渡しながら声を掛けてくださいました。
「彦崎さん、済みません…。あなたも私と関わっていると知れたら標的にされてしまいますよ。関わり合いにならない方が…。」
私は心配になって、そう眉尻を下げます。仲間まで巻き込むのは本意ではありません。
「何を言っているの、あんな人たちに負けるものですか。」
普段よりも強い口調で、はっきりと彦崎さんが言い放ちます。…彦崎さんは思いのほか、強いのですね。
「姫の友達か? 済まないがあいつらの名前を教えてもらえないか。」
木島さんが彦崎さんにたずねています。彦崎さんは三人の名前を挙げ、
「でも、どうするの?」
とたずねています。
「決まってらぁ、しかるべきところに報告するんだよ。俺は女の顔と名前は絶対忘れないからな、地の果てまででも追い詰めてやる。」
木島さんは相当お怒りのご様子です。…少々、嬉しいですね。中学校時代はこんなに皆さんに親身にして頂いた事なんてなかったですから。
「プリントは…ああ、もう配れない状態の物が五枚ありますね…。これはコピーしてこないと…。」
さりげなくチェックを進める私です。課題の方はぐちゃぐちゃにされてしまったものは謝ってお渡しするしかないですね…。
「姫、まさか自費でコピーする気じゃないだろうな?」
「えっ、それ以外に方法なんて…。」
「馬鹿野郎、行くぞ、現物を見てもらうのが一番手っ取り早いだろう。お前らも付き合えよ!」
「言われるまでもない。」
「こちらから同行を要求するつもりだった。」
「着いて行くさ、もちろんね。」
木島さんに言われて、工藤さん、柿沼さん、毛野さんが答えてくれます。皆さんはお強いのですね…。私が持ち合わせていないものをお持ちのようです。
そんな訳で、生徒会と先生方へ皆さんに付き添われて報告に行きました。生徒会室ではコピー機を貸して頂けて、配れなくなったプリントの補充もできました。助かりましたね。
教室に戻って、クラスの皆様にプリントを渡して、課題を返します。
「済みません、私の不注意で課題をこんな状態にしてしまいまして…。」
「姫の不注意? どうしたらこんなになるんだ…何かおかしいだろう。明らかに足型ついているぞ?」
クラスメイトの男子が怪訝な顔をしています。どうしましょうね、うっかり落として踏んづけたことにでもしましょうか。
「三組の奴らのせいだよ。姫のせいじゃねえ。あのクソ女どもが。」
その様子を見て、木島さんが怒気を含んだ言葉で会話に入ってきました。
「…いじめかい、まさか。この高校でもあるって事か…。」
クラスメイトは得心の行った表情で課題を受け取ってくれました。
「姫、何でも自分のせいにすんじゃねえ。本当の事を言え。姫に落ち度なんかあるかよ。」
「木島さん…済みません。」
頭を下げる私です。こんな事まで手伝わせてしまって、申し訳が無いです。
「馬鹿野郎、謝んな。せめて言うなら礼にしろよ。」
「はい…ありがとうございます。」
不意に、私の目から涙が零れてしまいます。ああ、止められません。どうしたら良いのでしょう。
「泣く奴があるかよ…。まったく、どこまででも姫は姫だよなあ…。」
困った表情をしながら、木島さんは胸を貸してくれました。
お昼休みも皆さん警戒モードです。学食に行く時もそれとなく周囲に目を配っているのが解ります。
「姫に手出しはさせねぇぞ、お前らしっかりしろよ。」
そう口に出す木島さんです。ええと、何か済みません…。
「当たり前だ、俺達で護るぞ。」
「同感だ。」
「僕も我慢ならないな。」
工藤さん、柿沼さん、毛野さんもそう言ってくれます。どうしてこの人たちは…。
「…何故、そこまでしてくださるのです?」
あっ…つい、漏らしてしまいました。
「…友達がやられて黙っていられるかよ?」
木島さんがそう答えてくださり、皆さんうなずかれています。…本当に、この人たちは…。
放課後、清掃を終えてクラスに戻ります。今日も調理部はお茶会がある予定ですね。
「ちょいと面貸しな。」
あ…今朝の人達です。やっぱり私、目をつけられてしまったのですね。良いんです、覚悟はしていましたから。
空き教室に連れていかれる私。これは私刑を受けるパターンですね。制服、壊されないと良いのですが。一年間しか使わない予定とはいえ、入学早々壊されては困ります。
「チクりやがったな、てめぇ?」
手下の女子が口を開きます。ああ、やっぱりそのパターンですか。
「お陰で呼び出し喰らっただろうが。何してくれてんだよ。」
「そんなふざけたことが二度とできないように教育してやろうって訳よ。」
私は覚悟を決めて、歯を噛み締めます。折れては事ですからね。殴られるにも作法というものはあるのですよ。
「そうは行かねえんだな…。」
入口に姿を現したのは、木島さん⁉ どうして⁉ もう部活に行ったのではなかったのですか⁉
「手前らみたいなクソ女の手口なんてお見通しなんだよ。姫に手出しすんじゃねえ。」
「その通りだ、卑劣な真似は止めて頂こうか。」
柿沼さんまで…どうして?
「ちっ、退くよ。」
「そうは行かないよ。ここは通せないな。」
もう一個の入り口からは毛野さん。
「これで王手だな。次の一手で詰みだ!」
工藤さんまで…!
「…四人がかりなら勝てるとでも思ってんのかい? あたしらをなめるんじゃないよ。」
あらまあ、メリケンサックなど用意して、随分手馴れているご様子ですね。ええっと、でも、喧嘩騒ぎになどなってしまっては皆さんにご迷惑が…!
「何の手も打たずに来たとでも思ってるのか? 甘いんだよ!」
木島さんが不敵な笑みを浮かべています。えっ、一体何を…?
「連れてきたわよ! 姫はまだ無事⁉」
えっ、早島さんの声⁉ どういうことです⁉
「生徒会執行部だ、いじめの現場を確保する! 抵抗すれば処分の対象と見做す!」
生徒会の腕章をつけた先輩方が、続けざまに教室に入って来られます。ああ、本当にここの学校の生徒会は強いのですね…。皆さんに退路を塞がれていた三人組は逃げることもままならず、生徒会の先輩方に包囲されています。
「さっさと歩け!」
確保された木島さんの言うところのクソ女三人組は、引き立てられてゆきました。
「すみませんが、皆さんにも同行をお願いします。事情を伺いますので。」
生徒会役員の方からそのように言われ、私達も生徒会室へと行くことになりました。
「…すると、先に報告を受けた、朝に因縁をつけられた件が発端だという事ですね。」
生徒会長の三年生の女子の先輩が、そう私達にたずねて来られます。
「…その通りです。事情は先にお話ししました通りです。」
私は素直にお話をする事にしました。どうやら隠し立てして私一人で抱え込むことは、この学校ではもう必要のない事のようです。
「放課後呼び出しに来てまた悪事を働くだろうことは解っていました。ですので私達は示し合わせの上、四人が現場の抑えに行き、私が生徒会に通報することにしたのです。」
早島さんがそう説明をしています。何と、私の知らない裏でそんな連携が取られていたのですか…。一体いつの間に…。
「事情は分かりました。犯行に及んだ三人については厳正に処分の上再発防止に努めます。入学早々にこのような事に巻き込まれて、あなた方には本当に災難だった事でしょう…。賢明な措置を取ってくださったことに感謝します。」
生徒会長さんはそのように微笑みかけてくださいました。
「一体、どうして皆さんは…。」
生徒会室を出て早々、私は疑問を口にします。
「俺は中学校時代さんざん女子からいじめを食らったからな、ああいう奴らの手口には慣れてるんだ。姫をむざむざ餌食にされてたまるかよ。」
と、木島さんが言ってくれます。
「私も、中学校時代は孤立していたからね、色々あったのよ。そこの節操のない駄犬との話も早かったわ。」
こういう時まで駄犬呼びなのですね、早島さん…。今回くらい扱い上げてあげましょうよ。
「俺達は木島に教えられて、その指示に従っただけだ。今回はほとんど木島の手柄だ、悔しいがそこは認めざるを得ない。」
工藤さんが本当に悔しそうな顔をして言っています。
「同感だ。僕の知識では対処しきれなかった。」
今度は柿沼さんです。まあ確かに、普通に生活できていたらこんな事には巻き込まれませんものね。
「今回は木島君の機転に救われたよ…。意外にやるもんだね、木島君も。」
そう笑って言う毛野さんです。
「済みません、ありがとうございます、皆さん。」
私は深々と頭を下げます。皆さん笑って、
「なあに、大したことじゃないさ。俺はちょっと出来る事をしただけだぜ。」
と言ってくださったのは木島さん。
「木島に感謝してくれ、今回は俺はほとんど役に立てなかった。」
工藤さんはそう言いますけれども、そうでもないと思います。
「うむ、我々の役割は小さなものだったな。」
柿沼さんもそう言っています。でもありがたかったのは一緒ですよ。
「今回は完全に木島君に持って行かれたね。僕らの出番はなかったよ。」
そう毛野さんが少々複雑そうな声を出しています。
「駄犬にしてはよくやったと思うわ。褒めてつかわすわよ。」
あら、早島さんにしては珍しいですね…。実に珍しく肯定的評価です。
「さ、調理部に行きましょうか。顔を出さないからみんな心配しているわよ。」
「ああ、後は頼むぜ、早島さん。」
早島さんが私の手を取ります。あら…珍しいですね。なんだかちょっと気恥しいです、早島さんのような美しい方に手を取られるとは。
「姫ちゃん、聞いたわよ、いじめに遭ったんですって?」
調理室に入って早々、浮田部長さんが怖い顔をします。
「うちの部員に手を出すなんて、許せないわね~。」
赤松副部長さんも眉をしかめていらっしゃいます。
「相手の連中の話は彦崎さんから聞いたからね、もう許さないわよ。学校内で社会的に抹殺してやるわ。」
いつも落ち着いている尼子先輩が怖い顔をしていらっしゃいます。
「二年生の間でも要注意って話は広めてやる。可愛い後輩に手を出されて黙ってなどいられない。」
吉川先輩がそうおっしゃって、小早川先輩も宍戸先輩も天野先輩もうなずいていらっしゃいます。
「一年生でももちろんよ。私達のネットワークを甘く見ないでほしいね。」
八浜さんも怒り心頭のご様子です。
「皆さん、お気持ちはありがたいのですが…どうか穏便にお願いします…。」
私は少々困惑して、そうお願いをしてしまいます。何もそこまでなさらなくても…。
「姫ちゃん、これはあなたのためだけじゃないのよ。調理部員に手を出したらどうなるか、見せつけて抑止力として働かせるための機会でもあるんだから。利用させなさいね。」
あら…浮田部長さん、結構怖いお考えをお持ちだったのですね。しかもそれを笑顔でおっしゃいますか…。でも彦崎さんもこのままだと巻き込まれてしまいそうですから、必要な事かもしれませんね…。
私は友人たちに助けられ、部の仲間達にも助けられる様子です。
もう、私は一人で悩む必要は無いのですね。あの頃とはもう違うのですね…。
ありがたい事です。
典型的ないじめ展開に遭う姫です。
中学校時代にさんざんこういう目には遭ってきた様子で、すっかり受動的になっています。
今回は木島さん大活躍です。普段の行動力はこういうところにも使える様子。
それにしても木島さん、「学年中の女子からいじめられていた」のに「学年中の女子全員に声を掛けて歩いた」って、どれだけタフなのでしょうか。
姫の行動に疑問を持たれる方もいらっしゃるのでは?とも思いますが、いじめられ馴れてしまうとまあ、こんなものです。
作者の実体験でもそんなものでした。いちいち抗う方が馬鹿らしくなってしまうのですよ。