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第165話 ~今年も心づくしです~

第165話 ~今年も心づくしです~


 部活動見学会も終わりまして、片付けも終わりました後。

「ほら、へばっている場合じゃないわよ。明日の打ち合わせがあるでしょう。」

 菜々子(ななこ)さんが沙樹子さきこさんをそう促すのです。そうなのですよね、調理部では通例として明日の部活動仮登録の日に歓迎のお茶会をすることになっていますから、今日はその打ち合わせをしないといけない事になります。

「実務面は有能なお二人にお任せします…。」

 机にへたったまま、そう沙樹子さんはおっしゃるのです。うーん、なんだか良い様に逃げられましたね、これは。

「まだへたばってるんですか沙樹子先輩はー。お玉でもくれてやってくださいよ、菜々子先輩ー。」

 中野なかのさんが溜息交じりに…。いえ、まあ、指導案件ではないでしょう、これは。今日はよくがんばったと褒めてあげても良いとは思いますが。もっともそう言ったら、きっとみんなから『当たり前のことを当たり前にやっただけ』と総反論を受けると思いますけれどもね。沙樹子さん、一応でも部長ですから。

「こうなると沙樹子は役立たずだから仕方ないわね、姫、私達で取りまとめるわよ。」

「はい、菜々子さん。」

 という事で教卓に立つ私達。もっともまあ、初心者さん向けレシピが必要という事もあって、あんまり内容を変えることもしないとは思うのですけれどもね。私達が担当してちょっと見栄えのするお菓子をお出しする事は出来ますけれど、お菓子をごちそうしてもらいたくて来ていると言うよりは、お菓子を作ってみたくて来ている生徒さんの方が多いのでしょうし。そうすると作ってみてもらった方が良いだろう、と言うお話になります。

「そんな訳で、基本線は昨年同様で良いかと思うのですけれど、なにか意見のある方は。」

 そう菜々子さんが手っ取り早く。そんな訳ってどんな訳だか説明していませんけれど、察しろという事でしょうか。

「一人あたり歓迎会費500円を徴収して、ちょっと良いお茶を買ってきます。こういう機会くらいしか飲む機会もありませんが…。」

 そう私が続けます。一応お茶の担当は私ですからね。

「またファーストフラッシュですか?」

 そう福田ふくださんから質問が。

「はい、その予定ですよ。春ですからね、春摘茶で歓迎という事で。」

 微笑んで答える私。良いですよね、気持ちがこもっていて。

「一年生に通じるんですかねー? 去年の私達はさっぱりでしたよー?」

 中野さんが首をかしげていますが…うーん、まあ、そこは…。

美亜みあちゃん、通じる通じないの問題ではなくて、気持ちの問題よ。特別なお茶で歓迎していますという事が通じれば良いのよ。ファーストフラッシュのこと自体を理解してもらうのは後でも構わないのよ。あなた方も後で知った時にはちょっと驚いたでしょうけれど、そんなもので構わないのよ。」

 菜々子さんがそう補足を。そうですね、それで良いと思います。歓迎会ですからちょっと特別なお茶。それだけで良いんです、一応簡単な説明くらいはしますけれどもね。

「そういうものですかー。解る気もしますねー。最初から解ってくれっていうのはやっぱ無理ですよね、それは。」

 中野さんも納得してくれた様子。紅茶の事もそんなに詳しくないでしょうからね、皆さん。無理は言えません。

「…お茶の担当はどうするのですか?」

 今度は灯里あかりさんからそう質問が。ええっと、決めておいた方が明日、混乱しないですよね。

「一年生は私、二年生は灯里さん、三年生は波奈はなさんで考えていました。ファーストフラッシュは最初の一杯分くらいしか茶葉を用意できませんから、二杯目以降はいつもの紅茶になりますけれど…。」

 さすがにお茶会で消費されるお茶すべてをそうするほどは用意できません。そこまで潤沢な予算がある訳ではありませんからね。

「良い人選だと思うよっ。」

 有紀ゆきさんからそう賛成の声が。二年生の皆さんからも納得の人選だと意見が出ます。紅茶といえばという人たちを選んだつもりですからね、まあ問題は無いのかなと思います。

「それではお茶の担当はこれで決めたいと思います。」

「後は誰が誰を担当するかですけれど、今日の調理で何か問題の出た班はあったかしら?」

 一つ問題が片付いたのを見計らって、菜々子さんがそう確認を。特に何も出てきません。

「それでは一年生の割り当ては今日と同じで考えましょう。相性が問題ないようなら、その後の活動もこの班割で行きたいと思います。」

 そう菜々子さんはお話をして、後は調理の確認に移ったのでした。


「さて今日は泉中央を経由して帰らないといけないわね…。」

「えっ、私だけでも大丈夫ですよ?」

 打ち合わせが終わって早々、菜々子さんがそうおっしゃるのです。買い物くらい私だけでも良いのですよ?

「姫ちゃん、菜々子は姫ちゃんと一緒にショッピングしたいと言っているのよ。察してあげて?」

 ちょっと復活した様子の沙樹子さんにそう笑われました。え?

「…まあ、否定はしないわよ。」

 あら、菜々子さんなんだか照れてしまいましたよ。えっと、どうしましょうね。

「それでは一緒に参りましょうか。私も菜々子さんが一緒の方が嬉しいですよ。」

 そう笑顔で声を掛けるのですが…。

「…相変わらず姫ちゃんは無自覚よね。」

 そう沙樹子さんに微笑まれてしまったのでした。


 そんな訳で、のろのろ運転と評される私の速度に合わせての泉中央行きです。しかも太い通りを辿ってゆくので、ちょっと遠回りなのです。菜々子さんは文句の一つも言わずに着いて来てくれていますが…。

 交差点で信号待ちです。ちょっとお話に。

「姫は泉中央には行くことはあるの?」

「ええ、家で飲むお茶が切れた時などに。調理部で慣れてしまうと、どうもやっぱりティーバッグのお茶ではちょっと物足りなくなってしまって。」

 泉中央には紅茶の専門店が出店しているのですよ。よくそちらにお世話になります。

「解る気がするわね、私も似たようなものだから。やはり味は変わりますからね、細かく見ると。」

 そう微笑んでくれる菜々子さんでした。


 泉中央に到着して、お話をしながら歩く私達。あ、そういえば。

「そういえば菜々子さん、去年の連休にお会いした時には何を買い物していたのですか?」

 ふと思い出して聞いてみる私です。なんだかちょっと華やかな衣類を扱ったお店から出てきましたが、お母様と一緒に。

「ああ、あの時はね、親戚の結婚式に着ていく服を選びに来ていたのよ。連休中に式があったから。」

 との答えでした。そうするとドレスアップした菜々子さんが見られたのですか。

「菜々子さんの華やかなお姿、見てみたかったですね。」

 などと言いましたら、なんだか頬を染められてしまいましたよ?

「…そんなに大したものではないわよ、期待外れになってしまうわ。」

 との事でしたが…。そんなことはないと思いますけれどもね、菜々子さんお美しいですから。


 さて紅茶専門店に着きまして、お買い物です。目当てのお品はすぐに見つかるのですけれど、せっかく菜々子さんと一緒ですからね、ゆっくり見て回るのも楽しいですよね。ひとしきり紅茶談議に花を咲かせる私達です。

「仙台店はいちごのフレーバーの紅茶が名物なのよね。」

「そうですね、何度か試したことがありますが、なかなか良いですよ。ミルクティーでもお勧めできます。」

 そう微笑んだら、なんだかくすっと笑われてしまいましたが…?

「姫は紅茶でもいちごミルクなのね。」

「いえあの、別にそういう訳では…?」

 でも言われてみればそうなりますでしょうか…? 何かちょっと変な気もしますけれど…。


 目的のものを購入して領収証を頂いたあと、せっかくですからお茶でもしてゆきましょうかというお話に。あれ、もしかして菜々子さんと二人だけって初めてでは…?

 手近な喫茶店に入って、二人ともちょっと迷った後、カフェモカを頼みます。

「紅茶はちょっと、ね。」

「贅沢ばかり言ってはいけないのですけれどね。」

 そう微笑み合う私達です。舌が肥えてしまうというのも困ったものですよね。さて、飲み物を頂いて席に座りましょう。

「姫はどう? 最近は困ってはいない? 駄犬どもの前では言えない事もあるのではなくて?」

 そう水を向けられます。ええっと、そうですね…。

「皆さんにさっぱり春が来ないのが一つの悩みですね。工藤くどうさんや柿沼かきぬまさんはご縁の一つくらいあってもいいと思うのですけれど。木島きじまさんと毛野けのさんはともかくとして…。」

 これはご本人たちを前にしてはとても言えないのです。あ、菜々子さん笑っていますよ。

「そうね、いつも一くくりに駄犬どもだけれど、駄犬の中でも温度差はあるわね。確かにそうかもしれないわ、いつも周りからも四馬鹿で十把一絡げで、完全に巻き込まれ事故の駄犬もいるわね。」

 なんだかとてもおかしそうに笑っていらっしゃるのです、菜々子さん。

「でも春が来るにしても、誰か一人にしか来ないわよ、今のままだと。」

「えっ?」

「姫は気付いていないでしょうけれどね。」

 相変わらずくすくすと笑っている菜々子さん。どういう事でしょうね?

「菜々子さんもお好きな方がいらっしゃるのですよね。沙樹子さんから聞きましたよ。応援しますからね。」

「…あの馬鹿娘は何を…後で絶対締めるわ…。」

 あら、一転して菜々子さん額に手を当てていますよ…どうされたのでしょう。

「…まあ、いるにはいるけれど、姫に応援してもらってもね…。」

 何かちょっと困った微笑みを浮かべられてしまいましたよ? どうされたのでしょうね。

「えっ、私ではお役に立てませんか?」

「えっと、まあそうね、姫が応援してもどうにもならない事かしらね。」

 ちょっと困ったご様子でそう続ける菜々子さん。ええー、私ではお力になれませんか?

「うー、そうなのですか…? なんだか残念です…。」

 ちょっとしょんぼりしてしまう私。いつもお世話になっている恩返しをほんのちょっとでもできるかと思ったですのに…。

 いろいろと雑談をして、なんだか和やかな時間を過ごした私達でした。


 翌日になりまして。登校しましたらなんだかまた廊下で沙樹子さんが秋山あきやまさんに抱き着いているのです?

「仲のよろしいようで結構な事ですね。」

 などと独り言をつぶやく私。なんだかテンション高く秋山さんを振り回していますけれど、沙樹子さん。まあ良いでしょうか、きっと仲のよい証拠でしょう。お隣でお二人のお友達の米山よねやまさんも笑顔で見守っていますし。

 …とはいえ、廊下でやるのは目立つと思いますけれどもね。沙樹子さん、これまで猫を被っていたのは良いのでしょうか。もっとも、クラスメイトの方の山名やまなさんがおっしゃるには『女子同士の交流でハグくらい普通!』なのだそうですけれど。


「おお、おはよう姫。昨日はどうだったのだ、調理部は。」

 教室に入りましたら、工藤さんにさっそく声を掛けてもらいましたよ。

「おはようございます工藤さん。ええ、5人の一年生が来てくれましたよ。今日さっそく歓迎会の予定です。」

 そう微笑む私です。

「かわいい娘いたか?」

「みんなかわいい後輩ですよ?」

 木島さんに聞かれて、そう答える私です。あれ、これ昨年もやりませんでした?

「姫らしいね。まあでも、後輩はかわいいよね。調理部の乙女たちか、今年もまたたおやかな乙女たちが集まったのだろうね。」

 えっと、そうとは限らない気もしますが、毛野さん…。まあ良いですけれど…。

「毛野君の脳内補正がかかれば、大抵の女子はたおやかな乙女になるのではあるまいか。」

 冷ややかに柿沼さん。なんだかそんな気もしますよ、私も。

早島はやしまさんはたおやめぶりってよりますらおぶりじゃねぇの。」

「ほう、私は古今集よりも万葉集という訳ね、無節操な駄犬。」

 あ、木島さんが軽口を叩いたらちょうど菜々子さんが。

「おっと、何でこうちょうどよく登場するんかね、いつも。」

「駄犬が余計な事しか言っていないから、いつ来てもちょうど良く感じるだけよ?」

 木島さんのぼやきに、菜々子さんはそう反論していますよ。でもそうかもしれません、だいたいいつ来ても木島さんか毛野さんが隙のある事を言っていますから。


 朝の雑談を続けていましたら…。

「姫ちゃぁん、おっはよう~!」

 うわっ、後ろからなんだかまた熱烈に抱き着かれましたよ⁉ というかだめ、どこ触って!

「…セクハラ案件で生徒会に訴え出るわよ、綾香あやかさん。」

「二度目からはこのくらい良いんだよ!」

 いや駄目ですよ山名さん⁉ せめて腰に手を回すくらいにしてもらえませんか⁉

「…では二度目だから私もきつく行くわよ。」

「あぐっ!」

 びしっ! と音がして、手が離れましたよ。あ、振り向いたら山名さん、額を押さえてうずくまっています。ちょっと、スカート短いから中が見えていますってば。しゃがみ方が悪いですよ。思わず赤面する私。あ、菜々子さんが皆さんを睨みつけて、皆さんそっと目をそらしていますよ。一応見るなという事なのですね、これは。

「あ痛ったぁ…。菜々子ちゃんの一撃は効くって沙樹子ちゃんが言っていたけど本当だね…。脳髄まで痺れたよ…っ。」

 えっと、そうと知っていてなぜそこまで私に関わろうと…。

「とりあえずおはようございます、山名さん。もう、朝からお元気ですね?」

「姫ちゃんを見たら元気になったんだよ! 朝練で疲れてたんだけどね! やっぱかわいい女子は元気の源だよね!」

 立ち上がってまた私に抱き着いてくる山名さん。懲りないですね⁉

「ぐふっ!」

 今度は脇腹を押さえていますよ…。菜々子さんも容赦なくなりましたね?

「次は落とすわよ?」

「うう、姫ちゃんの事になると見境が無いっていうのも本当だね、菜々子ちゃんは…。もうそこまで大事ならいっそ食べ…」

「黙りなさい!」

 あ、今度は首を絞めに行きましたよ。ばたばたあがいている山名さんですけれど、だんだん顔が青白く…。

「菜々子さん、菜々子さん、穏便に穏便に。」

「これが生徒会役員なんて間違いの元よね。誰よ選出したのは。」

 とりあえず放して、そうおっしゃる菜々子さん。まあそれは…そんな気はしないでもないですが…。

「あ、緊急任務入った! ちょっと行ってくる!」

 …スマホさんをすばやく確認して駆け出した山名さん。忙しいみたいですね…。新学期ですからいろいろあるのでしょうか。とりあえず心身ともにタフな方だというのはよく解りました。

「…ああもう、頭が痛いわ。手を出さない分駄犬どもの方がいくらかましね、あれは…。」

「…そこで再評価されても何か素直に喜べないのだが…。」

 額に手を当てる菜々子さんと、複雑な顔をする工藤さんでした。


 お昼休み、皆さんで学食に。

「何というか、凄い人もいたものだな…。」

 工藤さんがしみじみとそう…。山名さんの事ですか…。

「だから言ったろ、いろいろと話題の人だって。目を付けられたのが不運だよなあ…。」

 今度は木島さんが溜息交じりに…。えっと、でもそうかもしれません…。

「まあ姫はとてもかわいらしい飴細工のように繊細な女子だけれどもね。だからこそもっと丁寧に扱ってほしいのだけれどなあ…。」

 ええと、毛野さん補正がちょっと効きすぎな気もしますが、まあ良いでしょう。

「困った方ではあるな。クラスメイトである以上、そう簡単に遠ざけもできまいが。」

 眼鏡を直しながらの柿沼さん。えっと、まあそうなのですよね。

「どうしたものでしょうねえ。飽きるのを待つしかないのでしょうか…。」

 さすがにちょっと困った私です。毎日あれでは身が持ちませんよ。

「生徒会に訴え出るか、続くようなら。」

「役員権限でもみ消されないと良いけどね…。」

 工藤さんと毛野さんがそうお話を…そこはさすがに大丈夫だと思いますが…。

「さすがにそこまで腐敗した生徒会ではあるまい。本人が指導を聞くかどうかは少々怪しい気がするがね。」

 眼鏡を直す柿沼さんです。そもそももう苦情の一件や二件出ていそうですけれどもね。

「いっそ木島君、もっとかわいい女子を紹介してあげたらどうだい。木島君のリストにならいるだろう。」

「馬っ鹿毛野、姫以上にかわいい女子がいるかよ?」

 ちょっと、木島さんまで何を。そんな事はありませんよ、いくらでもいるでしょう。

「それじゃいっそ早島さんが身代わりの人身御供になるとか。」

「姫と早島さんじゃまたタイプが違ぇからなぁ。どんなもんかねぇ。」

 毛野さんも木島さんも何を発案しているのです…。菜々子さんが大人しく抱き着かれる訳ないでしょう。その前に回し蹴りの一発も入って終わりですよ。

「そもそも紹介するも何も、俺知り合いになれた女子が姫と早島さんくらいしかいねぇぞ。告白の一回っきりで終わりになるからな。どっちも駄目じゃねぇか。」

 何か切ない事を木島さんが…。そもそも最初から告白しに行くというのが戦術的にどうなのでしょうね。まずはお友達からという方がいいのではないかと思ったりもするのですが。もっとも恋愛に疎い私が言っても、説得力の欠片もないですが。

「あれ、調理部の皆さんは知り合いに入らないのかい?」

「一応入るけどよ、こういう時に売り渡せるような知り合いではねぇな。そんな事をしたら姫が悲しむだろうがよ。」

 毛野さんに聞かれて木島さんが…。えっと、まあそうですね。みんなに被害が行くくらいなら私が受けとめますよ。どこまで受けとめられるか解りませんけれど…。


 放課後になりまして。

「今日は何人来てくれるかしら…私もう心配で…。思わず朝から文子ちゃんに縋ってしまったわよ…。」

 そう沙樹子さんが調理室にて。思わずって、とっても嬉しそうだったではありませんか?

「沙樹子はそういう名分で自己の欲望を遂げただけではないかと思うのだけれど。」

「そ、そんな事はないわよ。あくまであまりに心が弱っていたからついやってしまっただけよ。」

 笑顔で指摘する菜々子さんに、ちょっとうろたえて答える沙樹子さん。

「二人とも、一年生が来ますからねぇ。普段の会話はその辺りにしてくださいねぇ。」

 波奈さんがそっとたしなめていますよ。まあそうですね、まだ新入生には聞かれたくないですね、これは。

「そうね、そろそろしゃんとしないと。沙樹子もよそ行きモードに切り替えね。」

「はいはい、大人しく猫を被るわよ、菜々子。」

 なんですかその変なやりとりは…。普通猫ってそう堂々と被るものではないと思うのですが…。良いのでしょうか、これは…。


 程なく一年生の皆さんが来てくれたのです。昨日来てくれた人はみんな来てくれましたよ。嬉しいですしありがたいですね。沙樹子さんを中心に、右には菜々子さん、左には私が教卓に立ちます。

「皆さん、今日も来てくださってありがとうございます。それでは早速ですけれど、こちらの名簿に記入をお願い致しますね。」

 沙樹子さんが教卓で、綺麗な笑顔を見せてそう言っていますよ。こういうお顔もできますのにね。普段どうしてああも無軌道なのか…。とりあえずそんな事を考えているうちに、一年生の皆さんは名簿に記入をしてくれましたよ。

「それでは今日はクッキーを作って、親睦を深めるお茶会をしたいと思います。昨日と同じ班割でまずクッキーを作りますね。」

 そう菜々子さんが続けます。

「お茶の方は今日はダージリンのファーストフラッシュを用意しました。楽しんで頂ければ幸いです。」

 一年生の皆さんの顔に疑問が浮かびます。あ、これは一応解説した方が良いですね。簡単に概略を説明する私。ダージリンの特徴と、ファーストフラッシュの意味をかみ砕いて簡単にお伝えしました。

「それでは早速、始めて行きましょう。今日はまず買い物から参りますね。」

 という事で、活動開始です。


「…北山きたやまさんはどうして調理部にいらしたんですか?」

 お買い物への道すがら、灯里さんが北山さんにたずねています。私も聞いておきたいですね。

「お料理に興味があったんですけど、中学校時代調理部がなくって。高校ではあるって聞いたので、来てみたんです。」

 そう答えてくれました。ふむ、お料理全般にご興味ですか。

「うちはいろいろやりますからね、気に入ってくれる料理もあると良いのですけれど。」

 そう笑いかける私です。レシピノートのお話もして、興味があるものを見つけたらぜひ作ってみてくださいとお話をします。喜んでもらえましたよ。

「作ってきたら味見してくださいね、小鶴こづる先輩、小山こやま先輩。」

 北山さん、そう笑ってくれました。


 調理室に戻ってさっそく調理です。今回も基本は北山さんに担当してもらって、指導は灯里さん任せ。私は見守りと補助です。

 バターを室温に戻して柔らかくして、卵を混ぜ込んで薄力粉を混ぜ込んで…。まあ、そんなに難しい工程はありません。初心者さん向けに選んだレシピですからね。失敗もちゃんと見守っていればしないでしょう。見ていると灯里さんも解りやすく指示は出していますけれど、手は手本を見せる時だけしか出しません。うん、これなら『作っている』という感じはするのではないでしょうか。

 冷蔵庫で寝かせている間に、ちょっとお話なども。

「学校にはもう慣れましたか?」

「うーん、まだですね…。通学もちょっと慣れないですし、校内も迷っちゃいます。クラスの人達ともまだぎくしゃくしてますし…。」

 そう正直に話してくれる北山さん。まだ一週間目ですものね、そんなものでしょうか。

「…良いお友達ができると良いのですけれど。部の人達とも仲良くなってもらえれば嬉しいです。」

 灯里さんもそう微笑んでいますよ。でもそうですね、その通りです。

「なんだか元気で賑やかな娘がいて、クラスの中心みたいになっていますよ。不思議な娘です。事情持ちなのに元気で。私にもちょこちょこ話しかけてくれますけれど。」

 ん、北山さん一組でしたよね。あ、もしかして。

浅川あさかわしずかさん?」

「あ、はい、そうです。よく解りましたね?」

 小首をかしげる北山さん。まあそれは、一応お仲間ですし。

「ええ、まあ、同じ事情持ちで顔見知りですから。」

「あっ、そうか、小山先輩もそうなんですよね。なんか普通に女子だと思ってました。言われないと解らないですよ。」

 ちょっと驚いたように北山さん。あら、それは嬉しい評価ですね。そう見えるというのは嬉しいのです。

「ふふ、ありがとうございますね。お世辞でも嬉しいですよ。」

 そう微笑む私。お世辞じゃないですよ、と北山さん。

「普通にそうしか見えませんって。なんでわざわざばらすんだろうと思ったくらいですし、全校集会で。」

 あらら、そこまで。

「まあ、やっぱり普通の生徒と違う部分もありますし、いろいろ勝手も違いますから。黙っていると変だというのはあるのですよ。」

 そう説明する私です。具体的な事は…まあ、良いですよね。

「そういうものですか? 浅川さんも色々出てくるのかなあ…。」

「ええ、本人はすっかり女子で生活したいと言っていましたけれど…難しい部分もありますから。理想と現実のギャップに失望しないと良いな、と思っているのですけれど…。」

 目線を落として、心配してしまう私です。いくらそう思っても、たぶんぶつかる日は来るでしょうね…。

「ふうん、そういうものなんですね…。見た目には解んないのになあ…。大変なんですね…。」

 北山さんもちょっと考え込んでいますよ。まあ、見た目に解るようだと、もっともっとずっと大変なのですけれどもね…。

「何だろうこの娘って思ってたけど、ちょっと優しくしてあげようかなあ…。悪い娘ではないみたいだし。」

 そんな事を言っていますよ、北山さん。まあ、私からどうこう言うお話ではありませんけれど、後輩が友人が増えるのは嬉しい事ですね。

「無理にする必要はないでしょうけれど、仲良くなってもらえたら私も嬉しいですよ。大事な後輩同士ですからね。」

 そう微笑む私。

「え? 私もですか?」

「ええ、仮にでも調理部員ですもの。大事な後輩ですよ?」

「…私もそう思っていますよ。」

 何だか意外な顔をする北山さんに、そう答える私と灯里さん。

「…ありがとございますね、小山先輩、小鶴先輩。」

 そう微笑み返してもらえました。


 さてクッキーができまして、学年ごとの机に分かれます。私達もついに三年生の机に移動になりましたよ。浮田うきた先輩達や小早川こばやかわ先輩達が座られていたところに、今度は私達の番なのですね…。

 さ、ではお茶をいれましょう。

「すごーい、全然いれ方が違うー。」

 一年生の机で紅茶をいれている私を見て、そう声を上げたのは作並さくなみさん。そうですね、普段紅茶をいれる時とはだいぶ異なると思います。

「一応、業界団体で推奨されているいれ方はこうなっています。やっぱりちゃんと手順を踏むと、違いますよ。」

 お茶を蒸らしながら、そう答える私です。興味津々に見守ってくれる一年生の皆さん。

「ファーストフラッシュは香りと爽やかさが段違いですから、そこを楽しんで頂ければ嬉しいです。あ、でもあんまり難しく考えないでくださいね。素直に感じたまま楽しんで頂ければ良いのですから。」

 そう微笑みかけます。皆さんに配膳して、そっとお辞儀。

「それでは、ごゆっくりお過ごしくださいね。」

 そう言い残して、一年生の机を離れます。まずは同じ学年で親睦を深めてもらいましょうね。三年生の机に戻りましょう。

「はい姫ちゃん、お疲れさまですねぇ。」

 波奈さんが微笑んでお茶を出してくれました。お礼を言って受け取る私。

「香りが心地良いですね…。」

 黄金色の紅茶を、まずは香りからゆっくり楽しみます。

「一年生の様子はどう?」

 菜々子さんがそう話を切り出して、みんなで報告を始めます。私もお話を簡単に。灯里さんと北山さんはうまくやれそうだと思います、と。

「今年の娘達も仲良くやってくれると嬉しいわね。」

 そう菜々子さんが微笑んで、みんなでうなずいたのでした。


 とりあえず調理部の方は、大きな問題なく今年度もスタートできそうです。何よりですね。

 クラスの方がちょっと波乱含みのような…。大丈夫でしょうか…。


なんだか受難の姫です。

山名さんはこれで生徒会役員だそうです。人選ミスな気がしてなりません。

行動力を買われたんでしょうか…。


そして相変わらず鈍い姫です。

菜々子さんに「応援しますよ」って…。

実は結構ひどい気が。


調理部の方は大きな問題はなく。

まだ始まってすぐですから、問題があっても表面化はしないでしょうけれど。

このまま順調に行ってほしいところですね。

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