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第164話 ~部活動見学会なのです~

第164話 ~部活動見学会なのです~


 新学期も三日目になりまして、今日は午前授業で午後からは部活動見学会ですよ。既に買い物などは済ませて用意はしてありますけれども、どれだけの生徒が来てくれるかが問題ですね。今年はどんなものでしょうか。

 そんな事を考えながらの登校です。…今日は沙樹子さきこさんに会いませんでしたね。先に行かれたのでしょうか。


 学校に着きましたら、なんだかその沙樹子さんが廊下でやっているのです?

「…仲睦まじそうですから、良いのでしょうか。」

 そんな独り言を言いながら、三年三組の前の廊下を眺める私です。何が起こっているのかと言いますと、沙樹子さんが秋山あきやま文子ふみこさんを抱きしめているのですよ。沙樹子さんすっごい嬉しそうな表情をされていますよ。秋山さんの方はそうでもないですけれど。思いを遂げられて良かった…のでしょうか、これは。

「…そっとしておきましょうか。」

 軽く微笑みを浮かべながら、とりあえず一組に入る私でした。


「姫ちゃん、はじめまして~!」

 わぷっ⁉ なんだか教室に入って早々抱き着かれたのですけれど! しかも熱烈に⁉

「お、おはようございます⁉」

 どなたなのかも解らないままとりあえずあいさつをする私です。

「今年から同じクラスになった山名やまな綾香あやかだよぉ。姫ちゃんには会ってみたかったんだ。姉がさんざん良い娘だ良い娘だって言うから、どんな人なのかなって~。」

 山名…えっ、もしかして⁉

山名やまな静香しずか先輩の妹さんですか⁉」

 あのおしとやかで丁寧で微笑みを常に絶やさない山名先輩の⁉

「そうだよぉ、姉がお世話になったね~。」

 あの、そう言いながらなぜ頭をすりつけるのですか?

「…朝から何やってんだ、姫も山名さんも。」

 あら、この声は木島きじまさん。あのですね、私がやっている訳ではなくってですね、山名さんに捕まっただけですよ?

「学年一の無節操男はあっち行っててね。女子だけの交流だよ~?」

 一応お顔は向けてそう木島さんに言う山名さん。あ、確かにちょっと山名先輩に似てますね。妹さんというのは本当みたいです。

「ふふふ、姫ちゃんは大人しいのね~。ついいろいろとしたくなるね、これは~。」

 いろいろって何ですか一体⁉ 嫌な予感しかしないのですけれど⁉

「…山名さん、朝から生徒会役員がご乱行とは感心しないのだけれど?」

 あら、今度は菜々子(ななこ)さん。え、山名さん生徒会役員?

「良いじゃない、女子同士なんだし。ハグくらい普通だって普通。何ならキスもしちゃうよ!」

 本当にしないでくださいね⁉ あ、頬に柔らかい感触が!

「…いい加減になさい、初対面から馴れ馴れしいわよ?」

「あら、菜々子ちゃんもやりたかったらすれば良いじゃない。何なら菜々子ちゃんにもしてあげるよ~?」

 菜々子さんにそう言ってのける山名さん。何と言うかすごい人ですね?

「…全力で遠慮するわ。ああもう、いい加減に離れなさい!」

「菜々子ちゃん嫉妬ね~?」

「…黙りなさい、ほらさっさと離れる!」

 何でしょうねこのやりとり。菜々子さん物理的に引き剥がしにかかりましたけれど、山名さんなかなか離れてくれないのです。

「まあ今日はこんなところで。初対面からあまりがつがつ行くものじゃないよね~。よろしくね、姫ちゃん。」

「えっと、はい、よろしくお願いします…?」

 何か山名さんの勢いに押されて、呆気にとられたままですよ。何だったのでしょう、一体。

「…頭痛の種が増えた感じね。」

「…同じクラスですからね。山名先輩の妹さんにしては全然タイプが違いますよ…?」

 菜々子さんにそう答える私です。うーん、まあ、姉妹だからタイプが一緒という訳ではないのですが…うちも美琴みことさんと全然タイプ、違いますしね。

「…何か間に入ることができなくて傍観してしまったが…大丈夫か、姫。」

 工藤さんもやってきて、そう声を掛けてくれましたよ。

「ええ、まあ…。頬にされるのは実は二回目ですし…。」

「何だって、いつの間にそんな事に! 誰だいそんなうらやましい事をしたのは、男子だったら僕は許さないよ⁉」

 何ですか毛野けのさんまで急に⁉

「沙樹子さんですよ、この間心配をしたらその隙をつかれまして。その後菜々子さんが沙樹子さんが可哀想になるくらいの事をしましたけれど。」

「大方拭き取った後口にでも突っ込んだのだろう。」

 どうして解るのです、柿沼かきぬまさんは。相変わらず変なところで鋭いですよね。

友達ダチが増えんのは良い事だけどよぅ…山名さんなぁ、いろいろ評判の人だからなぁ、どんなもんかねぇ。」

 木島さんがそう思案顔ですよ。何かそんなに話題なのですか?

「一体どういう評判です?」

 何かちょっと予想がつく気がしますけれど。

「うちの学年でも数人しかいない、バイを公言してる人の一人だな。どっちかっつーと女子の方が好きみたいだけどな。結構いろんな女子に積極的に近づいては、ちょっと迷惑がられながら仲良くしてもらってる感じだなあ…。」

 よくご存じですね、木島さん?

「見てくれは良いし性格も悪い訳じゃないから、結構あれはあれで人気なんだよな。今んとこ本命はいないみたいだけどよ…まさか姫、狙われてるんじゃねぇだろうな…。」

「そうだとしたら全力で阻止するわよ、駄犬どもも協力なさいね。」

 木島さんと菜々子さんがそんなお話を…。ええっと、まあその、あんまりぐいぐい来られても私も困りますけれども…。

「…姫、押しに負けて落とされるんじゃないぞ?」

 そう工藤さんが心配顔で…。えっと、まあ、そうですね。とりあえず現状でお付き合いはする気はありませんよ?

「姫は優しいからねえ。でもね、いくら相手の気持ちが強くても、自分が望まないものは断って良いんだからね?」

「その論理だと毛野君を拒絶しても良い事になるがな。」

「姫が僕を拒絶なんてするはずがないでしょう⁉」

「何を根拠にそう信じられるのだね…。」

 毛野さんと柿沼さんがそんなやり取りを…。えっと、まあ、適度にあしらいはしますけれど。さすがにそういう事も覚えてきましたよ。

「新学期早々、不安な雲行きね…。」

 額に手を当てながら、目を瞑って菜々子さんが唸っていますよ…。これは相当困っていますね…。私もちょっと困っていますけれどもね…。


 そんな訳で休み時間、山名先輩世代の調理部チャットに投稿するのです。

『今日、山名先輩の妹さんにお会いしました。』

 程なくお返事が返ってきましたよ。

『あら、綾香とですか。そういえば今年同じクラスになったと言っていましたね。さっそく迷惑をかけてはいませんか? あの娘ときたら、私が言って聞かせてもさっぱり聞いてくれないのですよ。』

 と、山名先輩から。…やっぱりそうなのですね。何となくそうかと思っていましたが。

『ああ、綾香ちゃんね。何て言うか元気で積極的な娘だよね。』

 そう赤松あかまつ先輩からも。あら、先輩方は山名さんの事、ご存知だったのですか?

『いろいろ根掘り葉掘り聞かれた想い出があるわね…。うらやましがられたわよ、なんだか。』

 今度は浮田うきた先輩。えっと、そうなのですか? あっ、そうか、山名さん女子の方がお好きらしいですものね、仲睦まじい浮田先輩と中里なかざと先輩の間柄がうらやましかったのですよね、きっと。

『姫ちゃん困ったら静香ちゃんに言うんだよ? 姉の権威で何とかしてくれるかもだし。』

 そう尼子あまこ先輩もおっしゃってくださいますが…いかがなものでしょうね。今さっき『さっぱり言う事を聞いてくれない』とお聞きしたばかりですが。

 先輩方は後で新入生の様子も聞かせてほしいとおっしゃって、短い休み時間の間の会話は終わったのでした。結構卒業して経っているのに、今でも調理部に愛着を持ってくださっているのですね…。嬉しい事です。


 お昼休み、例によっての学食です。

「今日は部活動見学だな。どんな見通しだ…と聞いても、まだ見通しなど立たないか。うちはとりあえず特待で一人入ることは聞いているが。」

 そう工藤さんが話題を出します。うちの学校は調理部に特待で来る人はいませんからね、他の学校ならあるのかと聞かれると解りませんけれど。調理科のある学校で特待生というのは聞きますけれども、それはまた意味が違いますし。

「バレー部は今年は特待はいないって聞いてるねえ。とりあえず僕らが引退した後も紅白戦できるくらいの人数が来てくれれば嬉しいんだけど。そうじゃないと試合形式の練習が女子部との交流戦だけになってしまうからね。」

 毛野さんがお箸を止めてそう。そうか、そういう問題もあるのですよね。

「俺んとこは特待取らない弱小部だかんな、何とも解んないんだぜ。紅白戦できるくらいってのは一緒だけどな。女子部無いから交流戦もできねぇし。」

 今度は木島さん。そうですよね、練習の総仕上げって、やっぱり試合形式になるのでしょうし。

「うちは個人戦主体だからまだ良いが…。個人的な希望だが、塩尻しおじりの事を軽んじない生徒に来てもらいたい。公式戦にも対外試合にも出られない生徒と軽く見る輩もいるからな。同じ部の仲間と見られる生徒に来てもらいたいものだ。」

 そう柿沼さん。なんだか柿沼さんはだいぶ塩尻さんの事をかわいがってくれているみたいなのです。嬉しい事ですよね。

「姫のところはどうなのだ?」

 工藤さんに水を向けられましたが…調理部ですか。うーん…。

「まったく予想がつかないですね…。とりあえず沙樹子さんが文字通り全身全霊を込めて部活動紹介をしてくれましたから、通じているとは思いたいのですけれどね。」

 紹介の後倒れてしまいましたからね、それで反響が無いとなったら沙樹子さんが可哀想です。一人でも良いですから来てほしいところですよ。

「良い後輩に恵まれると良いのだけれどね。とりあえず今の二年生たちは割と良い後輩みたいだけど。」

 毛野さんがそうコメントをくれました。しっかりした後輩達ですね、ちょっと最近、部長の扱いがひどいですけれど。

「姫は後輩にも慕われている様子だったな。一昨日も二人、一周年祝いに来てくれたではないか。小鶴こづるさんと中野なかのさんだったか。」

 あごに手を当てながら工藤さん。そうですね、灯里あかりさんは本当によく慕ってくれていると思いますし、中野さんもそうみたいです。他の三人もちゃんと先輩として接してくれていますから、問題は無いのかなと思っていますよ。

「私よりも菜々子さんの方が慕われていますけれどもね。人望あるのですよ、菜々子さんは。後輩の面倒もよく見ていますし、指導も上手ですから。」

 笑顔でそうお話する私です。ちょっと皆さん、何故そこで意外な顔をするのです。

早島はやしまさんが、なぁ…。」

「いやでも、早島さん女子には割と普通だし…。」

 などと木島さんと毛野さんが…。男子にはあまり近寄りませんからね、菜々子さんは。

「もう、皆さん菜々子さんに偏見を持ちすぎですよ。優しい良いお姉様ではありませんか。」

 そうちょっと頬を膨らませてみる私です。

「お姉様…⁉ 姫、一体いつからそんな間柄に…⁉」

 え、何をショックを受けているのです、毛野さんは?

「いや別にそういう意味で言ったんじゃねぇだろ…。確かに早島さんは姫にとっちゃ姉貴分だろうよ。」

 木島さんが何か苦笑していますが…何か変な事言いました、私?

「もうお昼が終われば部活動見学だな。お互い上々の成果を祈ろう。」

 そう柿沼さんが言って、私達はうなずき合ったのでした。


 あっそうだ、お昼休みの間に行っておきませんと。三年五組でしたね。

本宮もとみやさん。」

 クラスにうかがって、そっと話しかける私です。

「やあ姫、わざわざどうしました?」

「ちょっと内密のお願いがありまして。」

 内密、というほどではないかもしれませんけれどもね。

「そうですか。ここで大丈夫かな? 場所を変えます?」

「場所を変えるほどではありませんかね。ただ、余計な気を回したと思われたくないので、本人には内緒でとお願いしたいだけですから。」

 そうお話をする私。特に他の生徒に聞かれても大きな問題は無いと思います。

「それで、どうしたのですか?」

「えっとですね、先日お会いした時に、ほら、新入生で浅川あさかわしずかさんがいますでしょう?」

 ちょっと小首をかしげて見せる私です。

「ああ、姫には後輩にあたる人ですよね。その浅川さんがどうかされたのですか?」

 本宮さんお話が早い。ちゃんと全校集会でお話聞いていたのですね。

「ええ、部活をどうするかというお話になった時に、科学部を考えているというお話をしていまして。いきなり何も知らずに来訪すると驚くかなと思って、部長さんだけにはお伝えしておいた方が良いのかなと…。」

 そうお話をする私。余計な気遣いかもしれませんけれどもね、本宮さん本人がそう偏見を持って接するとは思えませんし。私と二年間一緒のクラスでしたけれど、信頼できる方と思っていますしね。

「なるほど、そういう事でしたか。うーん、ちょっと対応を考えないといけないのかなあ…。でも文化部ですからね、普通に女子として受け入れるので良いのでしょうか。その辺り、少々お話を聞かせてもらえますか?」

 そう反問されました。そうですね、基本線はそれで問題ないと思うのです。着替えだったり出場規定があったりする訳ではないですからね。

「そうですね、うちの部ではそんな感じですし、手芸部さんでも同様でしょうか。浅川さんご本人は性別違和者としてではなくって女子としての生活を望んでいるみたいですから、そう接して頂ければ喜んでもらえるとは思うのですが…なかなかそうもいかないのかな、とも思いますね、どうしても。」

 ちょっと目線を落として、考え込んでしまう私です。難しい問題ですよね。

「う…ん。他の部員がどうかだなあ…。僕自身は姫に接するように接してあげれば良いんだと思うんですけどね。これはちょっと見学の後、話し合いが必要かもしれないなあ…。結構やんちゃな男子もいるからね、余計な事を言わないように釘を刺す必要はあるかもしれない。」

 本宮さんもちょっと考え込んでいますよ。たぶん、他の部員さんの事を考えているのでしょうね。部長の考え一つ、とは行きませんものね…。

「うちは副部長との連立政権だからね、米山よねやまさんとも話してみないとだなあ…。論点整理くらいは今からでもできるかな。いずれにしろ来てもらってからというお話にはなるけれど、でもせっかく来てくれるなら気分よく見学してほしいですよね。うん、とりあえず失礼を見つけたら注意するくらいはしないといけないなあ。ちょっと急には準備が整わないと思うけれど、考えていきますよ。有益な情報をありがとう、姫。」

 やっぱり話してみて正解でしたでしょうか。本宮さんなら任せておいても大丈夫だと思います。悪いようにはしないでしょう、きっと。

「いえいえ、私も後輩が心配なだけですから。本宮さんなら安心してお任せできます。よろしくお願い致しますね。」

 そう笑顔で頭を下げる私でした。


 さて休み時間が終わりまして、調理室に向かう私と菜々子さんに、沙樹子さん。

「今日は外面の良いところを見せてもらうわよ。」

「解ってるわよ、疲れるんだけど仕方ないわよね。」

 そんな会話を菜々子さんと沙樹子さんがしていますよ…。これもいかがなものかと思いますけれどもね、でも最初から沙樹子さんの本性が見えていたらさすがに新入生に『何だろうこの部』って思われてしまいそうですよね。部員全員で部長の行状を咎める部というのも、なにかがおかしいのです。

「何人来てくれるでしょうね…。」

「不安でならないのよ…。思わず朝、文子ちゃんに縋ってしまったわよ。文子ちゃんたら体はぷにぷに、髪の毛はふわふわですごく抱き心地が良いのよ。あの抱き心地を再現した抱きぐるみがあったら5万円までなら出すわね。」

 なんだか急に生々しいお話になりましたよ…。沙樹子さん、ちょっと怖いのですけれど、言っている事が。

「変な欲望を垂れ流さないで頂戴。どこで誰が聞いているか解らないでしょう。」

 額に手を当てて溜息をつきながらの菜々子さん。

「ちなみに姫ちゃんのお胸は柔らかくてふにふに…。」

「誰も聞いていないわよ、そんな事…。」

「やめてくださいね⁉」

 とりあえず沙樹子さんに二人でツッコみます。何を言いだすのですか、まったくもう。どうせ脂肪だけで乳腺発達していませんよ。発達しても実用する機会が無いですけれどね。

「そういえば今日、山名先輩の妹さんに会いましたよ。」

「山名先輩の妹さんって、あの綾香ちゃん? 姫ちゃん大丈夫? 何かされたでしょ?」

 沙樹子さんがそう断定してかかるのですよ。これは相当ですね?

「えっと、抱き締められて頬にキスされました…。」

「よく菜々子が耐えたわね?」

 え、そっちですか?

「自制心に150%くらい働いてもらったわよ。次は初対面ではないからきつく行っても怒られないわよね。」

 えっと、そうなるのでしょうか、どうなのでしょうね。

「何かと好みの娘がぶつかるのよね。私が大人しくしているうちにあの娘はどんどん近づいて行くんだから…。でも何だか憎めないのよねえ、私にもフレンドリーだし。」

 そんな事を沙樹子さんが。そういえばちょっと沙樹子さんと似ているかもしれませんね。


「お疲れさまです。」

 調理室に到着です。さて、早速準備ですね。一応5班に分かれて準備しておきましょう、それだけ来てくれるか解りませんが。茶器も出して…でも今日はお茶の指導は無しですね、各班にお任せです。今日は例によってマドレーヌを作りますから、型も出して消毒しておかないと。結構久しぶりに使いますしね。


 準備をしている間に、ぽつぽつと新入生が来てくれます。調理室、ちょっと離れた場所にありますからね、たどり着くまでにちょっと時間がかかっているのかもしれません。一応、オリエンテーションの時に学校内の地図は渡されるのですけれども、地図を読むのが得意な生徒ばかりだとは限りませんし。

 一年生の皆さんには、とりあえず教卓前の準備した椅子に座ってもらっています。例年通りですね。皆さん緊張しているのか、お話も出ませんね…。


 少し待って、教卓に沙樹子さんと菜々子さんが進み出ます。

「ようこそおいでくださいました。それでは調理部の見学会を始めますね。部長の宇野沙樹子です、よろしくお願い致しますね。」

 そう沙樹子さんが笑顔で。うん、これなら人当たりの良いかわいい部長さんに見えますよ。あ、えっと、決して普段がかわいげが無いという訳では無くてですね、ちょっと困ったかわいさを見せるというだけでして、かわいくないという訳ではないのですよ?

 沙樹子さんは概略を説明した後、それでは調理担当から今日のレシピを紹介しますと菜々子さんにバトンタッチ。

「副部長で調理担当の早島菜々子です。よろしくお願いします。今日皆さんに体験してもらうのはマドレーヌです。レシピはこのように…。」

 かつかつ、と板書して行く菜々子さん。普段より丁寧に手順や用語の説明を書いていますよ。こういうところ、細やかですよね。

「それでは体験に移る前に、部員の紹介をしたいと思います。」

 そう沙樹子さんが前置いて、改めて沙樹子さん、菜々子さんの順に自己紹介を。続いて私です。

「三年一組の小山絢子と申します。調理部ではお茶の指導を担当しております。皆さんには楽しく部活の時間を過ごしてもらえればと思っています。どうぞよろしくお願い致しますね。」

 そう微笑んでお辞儀を。まあ、取り立てて特徴もないあいさつですけれどもね。続いて波奈はなさん、有紀ゆきさん、二年生組。

「一年生の皆さんも、組とお名前だけで良いのでお願いします。」

 そう沙樹子さんが促して、順番に自己紹介を。一組の北山きたやますみれさん、二組の葛岡くずおか莉子りこさん、四組の落合おちあい美月みつきさん、六組の白沢しらさわ陽菜ひなさん、八組の作並さくなみみどりさんの5人の一年生が来てくれました。

「ありがとうございます。それでは早速、班に分かれて始めましょうね。」

 沙樹子さんがそう締めくくって、早速調理に入る私達でした。


 私の班に来てくれたのは、北山さんでした。穏やかな雰囲気の人ですから、灯里さんともうまくやってくれそうですね。もっとも灯里さんも昨年一年間でだいぶ強くなりましたから、もう大丈夫かなとも思うのですけれどもね。

 改めて私と灯里さんからあいさつを。北山さんもごあいさつを返してくれましたよ。

「それでは始めましょうか。北山さん、製菓のご経験はありますか?」

「あ、はい、多少でしたら。クッキーとチョコレートくらいですけれど…。」

 微笑みかけたら、まだちょっと緊張したご様子でそう答えてくれましたよ。

「充分です。今日はゆっくりやっていきましょうね。」

 そう笑いかける私。

「灯里さん、指導をお願いしますね。必要があればすぐ声を掛けてください。」

「…はい、解りました、姫先輩。」

 そろそろバトンタッチして行く時期にも入りますからね、灯里さんのお手並み拝見というところです。ついでに北山さんとの相性もチェックして行きませんと…。もし合わないようなら、他の班と担当交代も考えないといけませんし…。意外と見守る役目も考える事が多いですね、しっかりしないと。

「…それでは、最初に…。」

「はい、やってみますね。」

 卵は全卵ですから良いとして、薄力粉とベーキングパウダーとお砂糖とちょっとのお塩をふるうのが中々手間なのです。でもこれをきちっとやっておかないと、後がうまく行きませんからね。

「…はい、そうですね。それで大丈夫です。続けてください。」

「はい、小鶴先輩。」

 北山さん、慣れない手つきでがんばってくれていますね。うんうん、良い感じです。

「それではバターを柔らかくしておきますね。」

 少し工程を短縮しましょうね。このくらい手伝っても良いでしょう。

「…はい、お願いします、姫先輩。」

 湯煎にかけて溶かして…。まあ、そんなに手間ではありません。

「…泡立て器は使ったこと、ありますか?」

「あ、いえ、無いんです、すみません。」

「…いいえ、大丈夫ですよ。私も入部するまで無かったですから。こういう風に使うとよく混ざりますから…。」

「えっと、こうですか?」

「…はい、それで大丈夫です。慣れないと手が疲れますから、休み休みで。」

 そう灯里さんと北山さんがやりとりしていますよ。なんだか私の教え方に似ていますね…。灯里さんに参考にされていますね、これは。いいお手本なのかどうか、私はちょっと自信は無いですけれどもね。でも、見守る私が口を出す必要はなさそうです。そろそろオーブンを予熱しましょうね。今回は家庭用オーブンを各机に持ってきての調理ですよ。

「…それでは型に移しましょう。」

「はい。」

 順調ですね、何の問題も無さそうです。見守りながら薬缶を火にかける私。焼いている間にお茶を出しましょうね。

「北山さんは紅茶の好みはあります? ダージリンとアッサムとディンブラは常備してありますけれど…。」

「あ、えっと、オレンジペコが好きです。」

 おっと、そう来ましたか。これツッコんで良いでしょうか。オレンジペコは茶葉の大きさや形状を表す等級であって、品種名ではないのですよ。何のオレンジペコを普段お飲みなのかが問題ですね、これ。

「ええっと、品種は解ります?」

「え? オレンジペコっていう紅茶じゃないんですか?」

 一応説明をする私です。

「えっ、知らなかった…。そういう紅茶なんだと思ってました。」

「でもオレンジペコを知っているだけでも珍しいですよ。お茶もおいおい教えて行きますからね、大丈夫ですよ。そうですね、今日は癖のないアッサムにしましょうか。」

 一番妥当な気がしますから、そうしましょう。

「…姫先輩の紅茶は美味しいですよ。」

「そうなんですか、楽しみです。」

 あ、北山さん笑ってくれました。嬉しいですね。


 お茶を片手に焼き上がり待ち…。

「わ、本当だ、すごい。どうしてこんなに違うんですか?」

「いろいろといれ方にも手順がありまして。覚えてしまえばそう難しくはないのですけれど、ちゃんといれると変わりますよ。」

 北山さんに聞かれて、簡単にそう答える私です。あまりこまごま説明しても仕方ないですしね、あっさりと説明して、で良いでしょう、今回は。

「…入部したら、練習して行きますから。美味しいお茶をいれられるようになりますよ。」

 そう灯里さんも微笑んでいます。灯里さんもすっかり上手になりましたからね。二年生の中では随一の腕前だと思っていますし、皆さんからの評価もそうなっていますよ。


 さてマドレーヌも焼き上がりまして…。さっそく試食です。

「うん、美味しいですね。良いと思いますよ。」

「…はい、よくできていると思います。北山さんもどうぞ。」

 試食して、そう感想をお話する私と灯里さん。まあ、膨らみ切っていなくって型通りになっていなかったり、空気で穴ができていたりはするのですけれどもね。そういう細かい事は今回は良いのです。作ってみてできたという事が大事なのですよ。最初からそんなにうまくは行きません。

「あ、美味しいです。レシピがちゃんとしていると違うんですね…。」

 北山さんもそう。ちょっと嬉しそうですね。うんうん、微笑ましいです。

「一年生の皆さんと交換してみてくださいね。」

 そう促す私です。横の交流もしてもらいませんとね。

「はい、小山先輩。」

 お皿を持って、一年生で集まってもらいます。紅茶も私がいれなおして持って行って…。さて、どうでしょうね。代わる代わる上級生が様子を見に行って、話題を牽引したりしてもいますが…。


「調理部の活動はこんな感じです。慣れてくればもっと難しいお料理にも挑戦して行きますよ。楽しみにしていてくださいね。それでは仮登録でまたお会いできるのを楽しみにしております。今日はありがとうございました。」

 沙樹子さんがそう頭を下げて、一年生の皆さんもありがとうございましたと答えてくれました。少し同級生同士でお話などしながら帰って行きましたよ。

「ふー、疲れた…。ごめん美亜みあちゃん、片付けお願いしても良い…?」

 沙樹子さんがぐったりと…。

「はいはい、仕方ないですね、まったくもー。普段からちゃんとしてないからそうなるんですよー。」

 そう文句を言いながら、中野さんは沙樹子さん班の片付けを引き受けていたのでした。


 とりあえず見学は無事に終わりました。後はどれくらい、仮登録に来てくれるかですね。

 それはまだ解りませんが、皆さん来てくだされば嬉しいですね。


なんだかまた濃いキャラが出てきました。

あの山名先輩の妹さんという事ですが、キャラがすっごく違いますね。

おっとりしたお姉さんと元気で積極的な妹さんみたいです。


見学会の方は問題なく進んでいます。

沙樹子さんが余計な事をしなければ、調理部は無事にまわるというお話があったりなかったり。

その沙樹子さんは部内でちゃんとしていると疲れるみたいですけれども…。

その辺りを知っていてか、文句を言いながら中野さんは片付けを引き受けています。

沙樹子さんと中野さんも案外仲が良いのかもしれませんね、これで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じクラスになった山名綾香さん、いきなり抱き着いて頬にキスまでするとは…… 生徒会役員なのに良いのかな? 果たしてこの人は姫にとって敵なのか味方なのか、菜々子さんは頭を抱えているみた…
[一言] >オレンジペコ  知らなかったぁ!
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