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第160話 ~二年生も終わってしまいます~

第160話 ~二年生も終わってしまいます~


 卒業式も無事に終わりまして。翌日のこと…。

「姫、これやるよ。」

 朝に登校しましたら、木島きじまさんがお菓子をくれたのです。

「あら、ひなあられではありませんか。良いですね。ありがとうございます。」

 笑顔で受け取る私です。

「あれ、木島君もかい? 僕も買って来たんだけど、受け取ってもらえるかな、姫。」

 えっ、毛野けのさんもですか? 何か申し訳がありませんね…。

「ありがとうございます、毛野さん。なんだか申し訳ないです。」

 そう答える私です。なにゆえお二人とも急に?

「なんだ、お前達もか? 俺も買って来たんだが…。」

 あら、工藤くどうさんまで? 本当にどうされたのです、急に皆さん?

「…僕もだ。みんな考えることは一緒か。」

 あらあら、柿沼かきぬまさんもでしたよ。一体どうしたのです、本当に。

「ありがとうございます、工藤さん。柿沼さん。皆さんそろってどうされたのです?」

 小首をかしげてそうたずねる私。なぜ突然こうなったのでしょう。

「おはよう姫。はいこれみんなから…ってあら、駄犬どもも買ってきていたのね。私からもひなあられね。」

「えっ、菜々子さんまでどうされたのです? こちらの小箱は一体?」

 なんだか白い小さな小箱を渡されたのですよ。何でしょうね。

「まあ、開けてみれば解るわよ。」

 そう笑顔の菜々子さん。促されるままに開けてみましたら…ちりめん細工のお内裏様とお雛様…。

「今日は3月3日でしょう。姫は自分の分の雛人形は持っていないだろうという話になったから、私が代表して選んできたのよ。一応駄犬どもにも礼を言ってね。」

 あ…わざわざそんな…。でもそうですね、我が家には美琴みことさんの分の小さな雛人形しかありません。もっとも、五月人形も兄様の分の小さなものしかなくって、私専用の物はどちらも無いのですが。

「なんだか申し訳ないです…。ありがとうございます、菜々子さん、皆さん。」

 素直に頭を下げる私です。もう、いつも気を使ってくださるのですから、皆さん。

「5月に柏餅を作ってきた時に、桃の節句を祝えなかったと言っていただろう。今からでも遅くはないんじゃないか、まだまだ娘の頃だからな。せっかく女子生活になったのだしな。」

 工藤さんがそう言ってくれるのです。そうかもしれませんね。でもそんな事まで気を使ってくださるなんて…。嬉しいですけれど、本当に申し訳が無いですよ、皆様。

「…大切にしますよ、ええ、大切にします。」

 つい重ねて言ってしまいましたけれど、なんだかとても愛おしい雛人形です。皆様のお気持ちが込められていると思うと、愛おしさもひとしおですよ。

「たいしたものでなくて申し訳ないけれどもね。もっときちんとしたものを用意できれば良かったのだけれど。」

 ちょっと寂しそうな笑顔で菜々子さんがそうおっしゃるのです。いえいえ、そんな…。

「そんな事は無いです、私にはこれ以上ない最高のお品ですよ。皆様のお気持ちですもの。」

 そう笑顔を返す私です。でも本音ですよ、お気持ちのこもった贈り物ほど嬉しいものはありません。まして私の事情を汲んでよく考えてくださったものですもの。ありがたさも嬉しさもいっぱいですよ。

「菱餅も買って来ればよかったんかねぇ、これなら。」

 木島さんがそんな事を…いえいえ、そんな。

「充分です、いいえ、充分過ぎますよ。ありがとうございます、皆様。」

 改めて笑顔でお礼を申し上げる私。やっぱり嬉しいですもの、これは。

「喜んでもらえて何よりかな。喜んで顔をほころばせる姫を見られたのが僕には一番うれしいよ。何よりのお礼かな。」

 そんな事を毛野さんが。でもこれは嬉しいですよ、本当に。

「ちゃんと今日飾ったらしまうんだぞ、姫が嫁ぎ遅れては大変だ。」

 あら、工藤さんは妙な心配を。そもそも私、嫁ぎ先がありませんってば。

「そうだな、姫にはきちんと嫁いでもらいたい。家庭に入るタイプの女子だろう、姫は。」

 柿沼さんまで。どちらかというとそうかもしれませんけれど…良妻にはなれても賢母にはなれませんよ、私は…。

「私のお古で良ければそれなりの雛人形を渡せたのだけれどね、お古を渡すものではないですからね。でも、喜んでもらえて良かったわ。」

 菜々子さんもそう微笑んでくださいましたよ。

「さっそく帰ったら飾りますよ。ありがとうございます、本当に。」

 そうっと大切に鞄にしまう私でした。


 放課後、調理室にて…。

「今日は菱餅を作ります。」

 と、菜々子さんが今日のレシピを説明して行きます。

「あらあら、今日のお品ですねぇ。」

「なんだか懐かしいねっ。菱餅までそなえたことは無かったかなっ。」

 そう波奈はなさんと有紀ゆきさんがコメントしていますよ。でもそんなものですよね、今は。

「うちはプラスチック製の食品サンプルみたいな菱餅を置いて終わりでしたよー。」

 中野なかのさんがそんな事を。彩的にあるだけ良いでしょうか、それでも。

「…私のところはおばあちゃんが毎年作ってくれました。」

 灯里あかりさんがちょっと懐かしそうにそう言っています。たまにおばあさんのお話、出るのですよね、灯里さんからは。灯里さんが調理に興味を持ったのは、どうもおばあさんの影響みたいなのです。伝統料理をいろいろ作る方だったみたいで…。

「うちは菱餅も用意してしまったから、文子ふみこちゃんにあげることにするわ~。きっと喜んでくれるわよ~。」

 などと沙樹子さきこさんは言っていますよ。まあ、良いですけれど。他のお友達には良いのですか。一人だけ特別扱いって禍根を残しそうなのですけれど…。

「…という訳で私はカモフラージュ用に3つ作るわよ! 個人負担で良いからね!」

 あ、そこは抜かりが無かったみたいです、沙樹子さん。ほんと偽装がお得意ですよね。騙されてはいけませんよ、皆様。

「ちなみにクチナシとよもぎはもう準備してあります。先にネットで取り寄せておきましたからね。」

 そう菜々子さん。手回しが相変わらず良いですね。前々から用意していたという事でしょう。

「それでは買い物に行きましょう。」

 という事で、いつものスーパーに買い物に行く事になったのでした。


 帰ってきて早速作り方を。今回は本来の作り方ではなくて、電子レンジを使った簡単レシピです。

「本式の作り方をすると大変ですからねぇ。」

「そうなんですか~?」

 波奈さんが高城たかぎさんとお話していますよ。でもそうですね、お餅をつくところから始めないといけないですもの。

「…毎年おばあちゃんはがんばってくれていたんですね…。」

 やっぱり懐かしそうに灯里さん。きっとそうでしょうね。

「灯里ちゃんは大事にされていたんだね!」

 福田ふくださんがそう笑顔で声を掛けていますよ。でもそうですよね、大事な孫娘さんなのでしょう、おばあさんにとっては。

「うちは菱餅そなえるの初めて…。」

 と、赤井あかいさん。なかなかそこまでしないですものね。そんな会話をしながらも、作業は進みます。

「後は順次電子レンジにかけてね。」

 五月雨式に出来上がった班から電子レンジです。うん、うちの班もうまくできました。綺麗ですね。

「ちなみに、菱餅の赤は桃の花を表して厄払いを、白は残雪を表して清浄さを、緑は新芽を表して穢れを祓う事を祈っていると言われているのよ。」

 そう菜々子さんが解説してくれました。なるほど、桃の節句らしいですね。なんだか納得です。


 帰宅後、自室にさっそく頂いた雛人形と今日作った菱餅をそなえて、皆様から頂いたひなあられをぽりぽり食べる私。嬉しいですね、一回やってみたかったんです、これ。今までできませんでしたからね。


 夕食時。

「なんか絢子あやこ今日はずいぶんご機嫌だけど、何か良い事でもあったか?」

 そう兄様にたずねられました。今日の出来事を説明する私です。

「それはまたずいぶん気の利いた事をしてくれたものだね?」

 美琴さんもそううなずいていますよ。

「…気の利かん親で済まん。絢子にも買ってやれば良かったな、もっと早いうちに。」

「…そうねえ、そういえば絢子の分は無かったものねえ。」

 そうお父様とお母様が…いえいえ、そんな…。

「お気になさらないでください。そこまで気にしていた訳ではありませんから…。」

 そう微笑む私ですが…これは嘘です。美琴さんが雛人形を買ってもらったのを何となくうらやましく思っていましたし、毎年飾っているのも何となく良いなぁと思っていたのは本当ですから。でもそれをお父様とお母様にぶつけるほどに、私は自我が強くはなかった。ただそれだけの事です。はっきり私が言えば良かった事で、察してくれなかったと文句を言うのは筋違いなのだと思います。

「ひなあられくらい俺も買ってきてやれば良かったなあ。気が利かないのは俺もだわ…。」

「私も分けてあげるくらいしても良かったかも…。なんかごめんね、絢姉あやねえ。」

 あらら、兄様と美琴さんまで…。

「良いのですよ、そこまでを望むものではありませんから。」

 微笑んでそう言う私ですが、兄様は溜息をつかれて、

「あのな、何でもかんでも我慢するもんじゃねぇよ。お前は引け目に感じてなんでも我慢しちまうんだろうけどな、一人の女子として幸せを追求して悪いってこたぁ無い筈なんだぜ。もっと堂々と生きろよな。」

 とおっしゃるのです。

「…私のような人間には、なかなかそれが難しいのですよ…。」

 ちょっと視線を落として、そう答える私です。でもそうなのですよ、どうしてもね…。

「ま、おいおい自信をつけて行けよな。胸張って生きらんなきゃ、人生面白くないだろう。」

 そう言われてしまいました。


 自室に戻って、雛人形と菱餅をスマホさんで写真に収めて、ちゃんと飾ったところを皆様とのチャットグループと、調理部全体チャットに送った私でした。続けて性別違和者組のチャットグループにも送りそうになって、はたと。

「…他の皆様も、飾りたくても飾れなかったのですよね、きっと。」

 なのに、私だけ自慢げに飾れた事をひけらかすのはいかがなものでしょう。それはちょっと気遣いに欠ける事ではないかと思います。止めておきましょう。皆様と、調理部の仲間達に知ってもらえれば充分です。

 ちなみに調理部チャットに送ったところ、みんなからもこれうちの雛人形と写真がたくさん送られてきました。私のところが一番つつましやかですけれど、でも良いのです。私にとっては最高の雛人形ですもの。

『なんか菱餅、絵理えりちゃんとのぞみちゃんには喜んでもらえたんだけど、文子ちゃんには微妙な顔されちゃった。雛人形持って無いみたい。文子ちゃんも可愛い女子なのに何でだろうね?』

 なんて沙樹子さんが言っていましたが…女子なら誰でも買ってもらえるという訳でもないのでしょうね、昨今。

 あ、皆様には早速飾ってもらえたかと大層喜んで頂けたのでした。私も嬉しくなりますね。ひなあられも美味しく頂いておりますよ。なんだかとても嬉しい気分に浸れたのでした。


 翌日、朝に皆様によくお礼を申し上げていたところ、古川ふるかわさんがたずねて来られたのです。

「姫ちゃん、おはよう。今日の放課後、ちょっとお話できるかな。」

 という事でした。

「はい、大丈夫ですよ。菜々子さん、今日のお茶会には遅れます。」

「ええ、解ったわ。お茶の指導は波奈さんと灯里ちゃんに頼むわね。」

 相変わらずお話の早い菜々子さんです。よろしくお願いしますと答える私。

「ありがとう、よろしくね。朝からお邪魔してごめんね。」

 そう言って、古川さんは戻って行かれたのでした。

「なんだか不思議な人だよねえ…。姫は仲が良いみたいだけど…。」

 バレー部同士で付き合いもあるのでしょう、毛野さんがそう首をひねっていますよ。

「そんなに普段は周りの方とお話しないのですか、古川さんは?」

 不思議なのですが…。

「うーん、そうだねえ。なんか周りとの付き合い方がうまくないっていうか、引っ込み思案だって言うか。部活は真面目にやっているから浮いている訳ではないんだけどね。」

 とのことです。そうなのですか…。やっぱり、ご自身の立ち位置に迷われている事が重荷になっているのでしょうか…。そう考えると、何とも悲しいですね…。

「姫は優しいからな、話しやすいんだろう。傷つけるような事はまず言わないし、ちゃんと相手の事を考えて物も言える。気遣いし過ぎるきらいはあるがな。」

 工藤さんにそう言われてしまいました。気遣いし過ぎ、ですか。そうでしょうか…。単に思ったことをそのまま口にしていないだけですよ?

「話し相手としちゃ申し分ねぇわなぁ。まあ、話せない話題もあるけどよ。」

「無節操な駄犬、黙りなさいね。姫に余計な事を吹き込むんじゃないわよ。」

 木島さんにそう笑顔で圧力をかける菜々子さん。話せない話題…?

「…ま、男子だけの内緒ってものもあるからね。」

 なんだか笑顔が微妙ですよ、毛野さん? でもそういうものでしょうか。

「…聞いては駄目な事もあるのですね?」

 小首をかしげる私です。

「うん、女子にも不可侵領域があるのと同様、男子にとっても聖域はあるのさ。」

「聖域ではなくて女子には立ち入れない重度汚染区域の間違いね。」

 毛野さんに即座にツッコむ菜々子さん。何で汚染されているのやらですが…。

「いや、汚染してるモノが違うかもってだけで、そいつはお互い様だかんな?」

 そうぼやく木島さんでした。…単にお互い異性には聞かれたくないお話というだけの気もしますけれども、いかがなものでしょうね。


 放課後になりまして、空き教室にて。

「ごめんね、わざわざ時間を取ってもらってしまって。」

「いいえ、構いませんよ。それで、どうなさったのですか?」

 なんだかちょっと話し辛そうにしている古川さんに、微笑みかける私です。言葉を探しているご様子ですから、待ちましょう。

「…えっと、どこからお話したら良いかな。難しいな…。」

 そう言っていますから、考えの整理がなかなかつかないのでしょうね。

「ゆっくりで構いませんよ。話しながらの方が考えをまとめやすいという事もあるかもしれませんし。」

 そう微笑む私。話しやすいように話して頂ければ良いのですよ。

「えっと、そうだね。とりあえず親にバレちゃった。」

 あら、何と。バレたという事は能動的に知らせた訳ではないという事ですね。

「…それはまた、一体どうしたのですか?」

 何かあったのだと思うのですが、何があったのでしょうね。

「えっとね、姫ちゃんのせいじゃないって先に言っておくね。男子制服もらったでしょう。あれ実は家でたまに着ていたんだ。そうしたらたまたま着ているところを親に見つかっちゃって。」

 あら、それは何という…。

「で、何で男子制服を着ているんだって話になって。友達からもらったんだと答えたんだけど、何のためにと聞かれて…。正直に、自分は男子か女子か解らないから、こっちも着てみたかったんだって言ったの。何がどうなっているのかと混乱されたけどね。」

 まあ…それはそうですよね…。性同一性障害と言ってもMtFやFtMの事は比較的知られてきていますけれども、Xジェンダーの事となると、一般的ではありませんから。性同一性障害イコール体と逆の性別になりたい人と思っている人もいれば、性別に関する悩みなら何でもかんでも性同一性障害だと思ってしまう人もいて、実態がちゃんと理解されているとは言い難いのが現実ですから。実際は性自認に関する問題だけが性同一性障害で、性的指向などの問題はまた別なのですけれどもね、なかなか難しいのです。

「でね、自分も何がどうなっているのか解らないから、専門のお医者さんに相談したいってお話したんだ。そんな相談を医者が聞いてくれるのかって言われたけれど、聞いてもらえるってちゃんと性同一性障害の友達から教えてもらったって説明して。なかなかそこから話が進まなくってちょっと揉めたんだけど、根負けして通院認めてもらえたの。運よく春休み中に予約が取れたから、東京まで行ってくるよ。」

「一気にお話が進みましたね。良かったって言って良いのですよね、これはきっと。東京まで行くのもなかなか大変ですけれど…。」

 そのうえ初診はかなり精密にお話を聞かれますから、負担も大きいのです。話したくない事や、話しにくい事も話さなければなりませんから。

「うん、仙台で診れる医者はいないのかってやっぱり親にも言われた。いないみたいって答えたけど。」

「そう、ですね…。やっぱり制約はありますから、ちゃんとしたジェンダークリニックに相談できればそれが一番良いのかなと思います。」

 診察や診断できることに限界があったり、治療が必要となった時に連携に不備が出たりすることもありますから、一般の精神科ですと。難しい領域なのですよ。

「…いろいろ、嫌な事も話さないといけないと思います。古川さんは、そういう事は言葉でお話する方が楽ですか? それとも、先に書面にしたためて行った方が楽ですか?」

 そうたずねてみます。ちなみに私は口で話す羽目になって、先生の前で大赤面して口篭もって答えに詰まってしまったのでした。そうしたら無理には答えなくてもいいけど、一応診断上有益な情報になるからと言われたのですよ。医療行為医療行為と内心で呪文を唱えながらぼそぼそとお答えしましたけれどもね、がんばって。

「書類で書いていった方が楽かな…。あんまりお話するの、得意じゃないから…。」

 ちょっと考えて、古川さんはそう答えてくれました。

「それでしたら、『自分史』というものを書いて持って行くと良いですよ。いずれにしろ診断上で必要だと言われて提出を求められる事もありますから、先に用意しておいても良いでしょうし。」

 そうお話する私。

「自分史?」

「ええ、生活歴から、いつごろから性別に違和感を感じはじめたか、どういう違和感か、それに伴って生活上どういう不都合を感じてきたか、関連すると思われることで何をしてきたか、性生活をどういう風に過ごしてきたか…そんな事を時系列でまとめていったものです。全部言葉で説明すると大変ですから、書面にまとめられていると、先生も古川さんもお互い負担が減ると思います。足りない部分を問診する形になりますから。」

 説明をする私です。私も結局、提出を求められましたからね。先回りで準備しても問題ないでしょう。ホルモン治療などを先回りでやってしまうと、少々問題ではありますけれど。…とは言っても、フライングで始める方も多いと聞きますけれどもね。

「…結構赤裸々に書かないといけないんだね。」

「ええ、まあ…。存在の根幹に関わる部分ですから、どうしても…。」

 人間として存在する以上、性別に向き合わない訳には行きませんから…。どうしてもあからさまな話ですとか嫌な話、恥ずかしい話も話さない訳にはいかない面も出てきます。

「…うん、解った。がんばってみる。」

「ええ、できる範囲で大丈夫だと思いますよ。困ったらいつでも聞いてください、私の経験で良ければお話する事は出来ますし、先輩方に問い合わせることもできますから。」

 そう微笑む私でした。


 古川さんの相談に乗りながら日々を過ごしまして、気付けば三月も半ばになりました。早いですね。そろそろ受験勉強の準備も始めませんと…。春休み中には基礎固めくらい手を付けないといけませんものね。そろそろのんべんだらりと長期休みを過ごす訳にはいかなくなります。

 そんな事を考えながら登校しましたら、駐輪場で沙樹子さんに捕まりましたよ。

「姫ちゃんは今日は何人からお返しをもらうのかしら~? 30人以上にばらまいて歩いたと聞いているけれど。姫ちゃんも良いところ無節操よね~?」

「…普段の感謝の友チョコばかりですよ。男性には友人6人にしか渡していませんよ。後はみんな女性ばかりです。」

 一応そう言い返す私です。あ、お父様と兄様はカウントしていません。家族はこういう場合はノーカンでしょうし。

「私は男子はただ一人よ~? やっぱり姫ちゃんの方が無節操じゃない。」

「いえ、ですから友チョコですってば。何もおかしくありませんよ?」

 沙樹子さんは一応本命チョコなのでしょうけれど。もっとも彼氏さんにあげたのは『男子の』本命チョコであって、『女子の』本命チョコも存在するみたいですけれど。…やっぱり沙樹子さんの方が無節操ではありませんか、本命が二人いるのですから。

「まあ、あんまり無自覚に侍らす物じゃないわよ。ちゃんとこたえてあげなさいよね。それじゃね~。」

 なんだか言い残して先に行かれましたけれど…ええっと、どういう事でしょうね。


 という事で教室に参りましたら、机の上にクッキーが置いてあったのです。メッセージカードがついていると思ったら、松本さんからで、『チョコのお礼。卒業式の時は後押ししてもらえて助かった、ありがとう。』と書かれていました。お役に立てていたのですか、あれは。

「誰からだった?」

 そう木島さんに聞かれました。さすがに勝手にのぞき見はしなかったのですね。

「松本さんからです。朝練に行く前に置いて行ってくださったみたいですね。後でお礼を申し上げませんと。」

 そう笑顔で答える私でした。

「そっか、松本にもあげてたんだな。友達だもんな、当然か。こいつは俺から。」

 と、木島さんがくださったのはマドレーヌ。あら、私好きですよ。

「ありがとうございます、木島さん。大切にいただきますね。」

 笑顔で頭を下げる私です。

「これは僕からね。はい、姫。」

 毛野さんはマカロンでしたよ。あらあら、かわいらしいですね。

「毛野さん、ありがとうございます。ありがたく頂戴しますね。」

 そう笑顔を返します。

「こいつは俺から。ちょっと大きいが。」

 バウムクーヘンを工藤さんは渡してくれました。あらあら、なんだかすごいですよ。

「わあ、ありがとうございます。ゆっくり楽しみますね。」

 笑顔でお礼を言う私です。

「これは僕から…。お勧めの品を見繕ってみたつもりだが。」

 柿沼さんからはキャラメル詰め合わせ。これも好きですね。

「柿沼さんのチョイスなら間違いないですね。ありがとうございます。」

 甘味には詳しい柿沼さんですもの、きっとおいしいですよ、これは。

「なんだか皆被らなかったな。ちょうど良いか、姫が楽しめて。」

 工藤さんがそう笑っていますよ。偶然みたいですけれど、被りませんでしたね。

「ふふ、そうですね。いろいろあって嬉しくなりますよ。ありがとうございますね、皆さん。」

 大事に鞄にしまう私です。皆さんのお気持ちが何より嬉しいですよ。

「姫先輩、おはようございます。」

「あら、塩尻しおじりさん。おはようございます。どうされました、わざわざこちらまでいらして?」

 急に背後から声を掛けられてちょっとびっくりしましたけれど、振り向いたらちゃんと知っている方でした。やれやれ、良かった。

「バレンタインデーの時にチョコをもらいましたから、お返ししなきゃと思って。なんか嬉しいですね、渡すのにちょっと憧れてましたから。」

 そうはにかむ塩尻さん。やっぱりそうですよね、私もバレンタインデーに参加したいと思っていましたもの。塩尻さんがホワイトデーに参加したいと思っても、全然不思議はないのですよ。

「ふふ、ありがとうございます。…クッキーですね。大切にいただきますね。」

「はい、美味しいと良いんですけど。調理部の姫先輩にはちょっと物足りないかも。」

 そう笑う塩尻さん。

「いえいえ、そんな。頂き物に贅沢は申しませんよ。」

「そうですよね、姫先輩はそういう方ですよね。」

 そう笑われました。塩尻さんは柿沼さんにもあいさつをした後、帰って行かれましたよ。

「あら姫、おはよう。駄犬どもはちゃんと礼儀を果たしたのね。何よりだわ。」

 あ、菜々子さん。

「ええ、きちんと受け取りましたよ。嬉しいですね、やっぱり。お返しが欲しくて差し上げた訳ではないのですけれど…。」

 ちょっと困った微笑みを浮かべる私です。まあ、嬉しいですからね、良いのですけれど。

「おとなしく三倍返しされておけばいいのよ。どうせ普段から迷惑ばかりかけられているのだから。」

 との事でした。相変わらずですね、菜々子さんは。

「ちゃんと早島さんにもお返し持ってきたんだぜ。」

 と、木島さん。あ、良かった。これで菜々子さんには無かったら大変でしたよ。菜々子さんですから表立って怒りはしないでしょうけど、皆さんの評価がまた落ちるところでした。

「僕も買って来たよ。さすがに二人みたいに作るとは行かないからね。」

 毛野さんもそう。作りたいなら教えますけれども…でも、『ホワイトデーのお返し作るからレシピ教えて』と、当のもらった女子に聞くのは気が引けるというものでしょうか。

「俺も買ってきてある。喜んで頂ければ嬉しいが、どうだろうな…。」

 今度は工藤さん。菜々子さんも頂き物にケチをつけるタイプではないと思いますが。

「僕も用意はしてある。受け取って頂ければありがたい。」

 柿沼さんもちゃんと用意していたみたいです。

「ありがたく受け取るわね。…そろってクッキーなのね。まあ、そういう立場かしらね。」

 …立場ですか? 菜々子さんが何か不思議な事を…。

「恐れ多くて他の物は渡せないよ…。」

 そう毛野さんが苦笑していますけれど…何でしょうね。まあ、良いでしょうか…。

 そんな訳で、ホワイトデーも和やかに過ごせたのでした。


 程なく学期最終日が来まして…来年度は文系理系でクラス替えがあるので、このクラスで過ごすのも最後になります。

 クラスメイト達からは、新しいクラスでも受け入れてもらうんだよと心配されました。他のクラスから一緒になる知らない方もいますものね…。あ、ちなみに皆さんも菜々子さんも、ついでに申しますと松川まつかわさんも松山まつやまさんも松本さんも文系選択です。クラスがどうなるかまでは解りませんが、一緒になる可能性もありますでしょうか。生徒同士の仲を考慮してクラス編成をするらしいので、可能性は高そうです。三年生になって余計な生徒間のトラブルを起こさないようにという配慮なのでしょうね。もっとも、生徒間の人間関係まで把握するというのはなかなか大変な事だと思いますが…。


 そんな形で三月も終わり、春休みに入りました。

 二年生もこれで終わりという事で、まずは何とか無事に一年間、女子で社会生活も送れたことになります。

 来年度は何かと忙しくなりますけれど、また皆様と仲良く過ごしてゆきたいですね。


二年生編、これにて終了です。

今回は三月中のイベントでした。

雛祭りは「やりたかったけどもう雛祭りする歳でもないし」というMtFさん、多いのではないかと。

いつもの皆様、本当に姫が大事なんだなあと思います。


古川さんも少し進捗が。

衣類や服飾小物、お化粧品から足がつく…というのはままあるお話かなと。

どちらかというとMtFさんに多いお話かもしれませんが、今回は男子制服という明らかに男子しか持っていないはずの物で発覚しました。

体は女子の古川さんが持っているはずはないものですからね。


ホワイトデーもちゃんとお返しが出てきました、姫の分も菜々子さんの分も。

こういうところ、いつもの四人はちゃんとしていると思います。

中身もがんばって考えた様子。

実は四人の贈り物にはそれぞれちゃんと意味があります。


次回からは三年生編に入ります。

受験の年になりますから、忙しくなりますでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 姫もきちんと桃の節句が出来て良かったと思います。なかなか性別違和者の方は納得のいく節句は出来なかったと思います。私は五月人形を飾ってもらいましたが、鯉のぼりが欲しくてよそのをよく見てたのを…
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