第142話 ~調理部、再始動です~
第142話 ~調理部、再始動です~
さて秋休みも終わりまして、後期が始まりますよ。今年は特に家族会議も先生方との打ち合わせもありません。一応、前期末に清水先生からは『前期一杯女子で過ごしてみてどうだった?』と確認はされたのですが、『友人達やクラスの皆様が良くしてくださるので、それほど困る事はありませんでした。』とお答えして、喜んで頂けたのです。
そんな訳で、学校生活上の懸案といえば…ええと、先日から猫を被っていらっしゃる沙樹子さんがついに正式に部長さんになりますので、その件がどうにも引っかかっております。いついかなるタイミングで猫を脱ぎ捨てて本性を表すのかと。もはや誰もいまさら猫を被ったところで本気で改心したなどとは信じてはいない訳ですけれども、困ったことに沙樹子さんの術中に嵌められて部長就任を許してしまうという失態をみんなで演じてしまった訳でして…困った事になったなとはさすがの私でも思っているのです。
さて朝ご飯できましたね…。ひとまず配膳して待ちましょうか。
「なんだ、絢子は。新学期憂鬱なのか? 何かあったか?」
朝食の席で、兄様にそう聞かれてしまいました。顔に出ていましたか。何と申しましょう。
「新学期が憂鬱と申しますか、新体制が憂鬱と申しますか…。」
「あ、部活の話? 菜々子お姉さんが何か『追加で策を授かった。』って言っていたよ。必要なら発動するって。」
え、私何も聞いていませんけれど。今日お会いしたらお話してくれますでしょうか。
「菜々子さんも美琴さんには随分いろいろお話するのですね?」
「ん、まあね。この間私に隠れて遊びに行こうとした件もお話してあるよ。人並みに隠し事するようになったって言ったら、菜々子お姉さん笑っていたよ。」
そういう事は言わなくても良いのです、美琴さん。もう、余計な事ばかり言うのですから。
「で、ちょうどアイメイクしていたからアイライン引くところで足の裏をくすぐるって脅かしたら白状してくれたって言ったらウケたよ。でも可哀想だから止めてあげてって言われた。」
「それは本当に止めてください美琴さん、危ないですし失敗したらメイクやり直しですよ?」
ちょっと渋い顔をする私です。もう、今後もそれで脅かされたら困りますものね。
「俺には解らんが目をいじっている時にくすぐられるって嫌だな、何かいろいろ痛そうだ。」
「ええ、物理的にも危ないですし、お化粧が失敗に終わる可能性も秘めていますから、とっても嫌ですよ、兄様。」
本当のところですからお話しても良いでしょう、これは。
「美琴も残酷な事をするなあ…?」
「いや実際にはやってないよ、脅しただけだよ?」
「想像しただけで怖かったですからね? 止めてくださいね、あまり心臓に悪い事を言うのは。」
一応そう咎めておきましょう。まったくもう、我が妹とは思えないしっかりさですよね。
さて、自転車で登校ですね。10月に入りまして、だんだん気温も落ち着いてきましたからブレザーも着て、スカートも冬スカートに変更しています。のんびり行きましょうね。急ぐ事情も無いですし。
学校に着いて、先にお手洗いに行ったのですが…帰りがけ、5組の教室を通ったところで声高な話声が聞こえてきました。この声は沙樹子さん。
「それでね、私はみんなに推されて調理部長に就任したのよ~。」
などとお話していますよ…⁉ 推されてって自己推薦ではありませんか、みんなは押し切られただけですよ、またそんな嘘情報を流して…! まあ良いでしょう、でも菜々子副部長には報告しますからね、必要があれば訂正情報を流してもらいましょうね。私も協力しますけれど。
「沙樹子が推されて調理部長になった? 何を朝からまた妄言を吐いているのよ?」
教室に着いたらもう菜々子さんも皆さんも来ていましたので、早速報告したのです。
「…まあ、友達にいい顔したいんじゃないっすかね。」
そう木島さん。ええ、私もまあそんなところだろうと思います。多少の美化くらいはしますよね、外部の友人にお話する時って。今回は多少かどうか怪しいですけれど。
「まあ、それしか考えられないわね…。そういう嘘は自分の首を絞めるだけだって、後で身をもって感じてもらいましょうね。」
はぁ、と溜息をつきながら菜々子さん。もう既にだいぶ絞まっている気がしますけれどね、沙樹子さんの首は…。
「それはそうと新学期だが、姫は特に支障はなさそうか?」
そう工藤さんが聞いてくれました。そうですね…。
「体育も慣れてきましたし、女子の皆さんも仲良くしてくれていますし、大きな問題はなさそうですよ。…まあもちろん、陰でこそこそと言われてはいるみたいですけれどね。」
そればっかりは完全になくなるという訳にはいかないでしょうね…。表ざたにならなくて、私に直接害意が向かない分、まあ良いのかなと思っていますけれどもね。
「姫を悪く言う人がいるのかい? それはちょっと許せないなあ…。」
今度は毛野さんがそう…。えっと、でもまあ、仕方ないですよ。さすがに学年全員に受け入れて頂けるとは、私も思っていませんし。
「悪い兆候があればすぐに言うように、姫。」
そう眼鏡を直す柿沼さん。一応今のところは…小耳にはさむくらいで済んでいますでしょうか。
「駄犬どもと私を敵に回してまで姫に悪意を及ぼそうという人間も、そうは多くないとは思うのだけれどね。でも気を付けておくに越した事は無いわね。もしいたら煮え湯に大黄を大量に溶かして飲ませてやるわよ。」
漢方薬になりましたか、菜々子さんは。少しは緩く…ってそれ、お腹が緩くなるやつでしたよね、確か。
「ふむ、しばらくお手洗いから離れられなくなるな、それは。」
柿沼さんがさらりと拾います。何でまた知っているのでしょうね、と思ったらスマホさんで素早く調べていたみたいです。柿沼さんの情報能力は大したものですよね…。
「まだしも安全になったのかな、早島さんにしては。去年と比べるとだいぶ穏やかになったように聞こえるが。去年は普通に病院送りだったように思うのだが。」
そう苦笑する工藤さん。えっと、まあそうかもしれませんね、比較級で。
「あら、急性の下痢もひどくなれば病院送りで点滴くらいは必要になるわよ?」
菜々子さん、それを笑顔でおっしゃらないでください。それが人為的に起こされているとなったら問題ですよ?
「命にかかわらない分マシになったと言えばマシになったんかねぇ…?」
「そうと言えなくもないかもしれないねえ…?」
顔を見合わせて木島さんと毛野さん。まあ確かに…そうなのかもしれません。
「そもそも煮え湯を飲ませた時点で傷害ですからね、駄目ですってば。どうしてどなたもそこを指摘しないのですか…。」
一応拾っておきましょうね。やけどを負わせたらそれだけで十分駄目ですからね。
「いやなんだか、早島さんの事だから熱いけれども火傷を負わない程度の湯加減でやるものだと自動的に思ってしまってな。」
そう工藤さんが…あ、まあ、ありそうな気がしますね?
「うん、僕もそう思った。そんなところで早島さんがぬかるとは思えない。」
同じ意見の毛野さんです。なんだかそう言われてみるとそんな気もしてきますよ。
「むしろ大黄がよく効く温度の方を重視しそうだと僕は思ったが…。」
薬効重視ですか、柿沼さんは…。
「でもそれだと煮え湯って言わなくね?」
あれ、そう言われるとそうですよね、木島さん?
「物理的な煮え湯だとは限らないわよ?」
さらりとなお怖い事を菜々子さんが…。
「何が来るんすか早島さんのは…。」
木島さんが微妙なお顔を…。
「それはその時まで内緒よ?」
とおっしゃいながら、何か具体的な事を考えていそうで恐ろしい菜々子さんでした。
「早島さんいないとこだから言うけどよ…。」
お昼休み、ご飯を食べながら木島さんがそう切り出します。何でしょうね、菜々子さんには秘密のお話ですか?
「カラオケで歌う曲、早島さんほとんどアニソンばっかだよな?」
「そうなのか? 俺は詳しくないから気付かなかったが、言われてみるとアニメ映像のついている曲が多かったようには思うな。」
木島さんに言われて、工藤さんが。確かにそうなのですよね? 私も一緒に小さいころ見ていた懐かしいアニメの主題歌を一緒に歌いましたし。
「好きなんかねぇ?」
「まあ良いのではないかい、早島さんも一人の女子だよ、夢を見たって良いじゃないか。」
疑問を出した木島さんに毛野さんがそう…えっと、まあ、別に趣味は人それぞれで良いと思いますけれど。
「毛野もそういうの好きそうだよな?」
「な、何を言っているんだい木島君、僕は決して恋愛小説に手を染めたりなどしていないよ?」
「慌てるとかえって怪しいんだぜ?」
そう木島さんが…毛野さんが恋愛小説ですか。甘々な物ばかり読んでいそうですね、何となくのイメージですけれども。おおよそ現実的ではない類の。
「まあ、毛野らしくて良いのではないか。むしろ毛野が硬派な文学など読んでいると聞いてもその方が信じられんだろう。普段女性と縁が無いのだ、趣味の世界でくらい良いのではないか?」
工藤さんがそう笑うのですが…。
「工藤君、普通は恋愛小説というものは女性が主人公で女性視点で書かれているものが多いのだが。それでも良いのかね。」
と、柿沼さんに指摘されたのです。言われてみればそうですよね。
「きちんと男性主人公の物も読んでいるよ⁉」
「つまり毛野は恋愛小説大好きの恋愛脳だった、と。残念な奴だな、お前。」
「木島君に言われたくないよ、この205連敗が!」
「何だと毛野、手も出せずにまごまごしっぱなしの奴に言われたかねぇ!」
やいのやいの言い合いを始めた木島さんと毛野さんなのですが…。
「まあ、どっちもどっちだよな。」
「どちらも女子から避けられているという点で変わりはない。」
そう工藤さんと柿沼さんにまとめられてしまったのです。
「まあ、役に立つこともあるかもしれません…よ、そのうち。」
一応そうフォローしておきましょうね。
「まさか毛野、お前やたら姫に手が早いのも…!」
「あのくらいは普通だと言っているだろう木島君!」
…まだ言い合いを続けていますよ、お二人は。
「…少々前言を撤回して良いか、やはり毛野は毒されていると思う。しかも割と重度に。」
工藤さんが複雑なお顔をしだしましたよ。
「否めないな。影響下にあることは確かなようだ。」
そう追認する柿沼さん。えっと、どこで評価が変わりましたか、今?
「大体この間は木島君の方が早かっただろう! 君に言われる筋合いはない!」
「馬鹿言うな、姫はハンバーグも食べてみたかったに決まってるだろ! おすそ分けして何が悪いってんだ!」
「あの、お二人とも、声が高いです…ここ学食ですよ…っ。」
だんだん『いつもの人達がまた何か馬鹿をしているな。』と耳目が集まってきていますよ。もう、これだからいつまで経っても皆さん『四馬鹿』呼ばわりがとれないのではありませんか。
「姫からも何か言ってやってくれ!」
と、木島さんと毛野さんのお二人から同時に言われてしまったのです⁉
「えっと、とりあえず公共の場所で騒ぐのは止めましょうね?」
「一言もなく当然の言葉だな。よく言った、姫。」
「うむ、まったく反論の余地もなく隙も無い対応で良い。」
なんだか工藤さんと柿沼さんに褒められたのですけれど…喜んでいいのでしょうか、これは?
「ほら見ろ。毛野のせいで姫に怒られたじゃねーか。」
「馬鹿を言わないでくれるかい、君のせいだよ木島君。」
今度は責任のなすりつけあいですか…。これはもう一言付け加えましょうね。
「騒いだのはお二人の連帯責任です。まったくもう、ご飯は静かに食べましょうね。作ってくださった方に失礼ですよ。」
何か言いたそうな木島さんと毛野さんですけれど、とりあえず止まりましたよ。
「うむ、姫もだいぶ言えるようになったではないか。良い事だな。」
うむうむ、とうなずきながらの工藤さん。
「これくらいは言わねばな、至極真っ当なお話だ。」
柿沼さんも眼鏡を直しながらうなずいていますよ。まあ、そんなに特別な事は言っていませんけれども…。
「菜々子さんには負けますけれどもね。」
「…そこまでになれとは言わんし、なってほしくもないな。」
「…工藤君に同意だ。」
冗談半分で言ってみたら、工藤さんと柿沼さんに微妙な顔をされた挙句、木島さんと毛野さんにそんな姫にならないでくれと必死に止められたのです…。一体何なのでしょうね、これは…。
さて午後の授業も終わりまして、放課後ですよ。今日は後期最初の調理部活動日です。掃除を終わらせて、菜々子さんと一緒に調理室に向かいます。
「さてあの馬鹿娘、いつ馬脚を現すかしらね。」
「そろそろ出てくるのではないかと思うのですが、先輩方もいらっしゃいませんし。」
そう声を潜めて話しながら廊下を歩く私達でした。
調理室に着きまして。
「お疲れさまです。」
「おつかれさまでーす。」
一年生の机からお返事が返ってきましたよ。もう一年生組はそろっているみたいですね。
「で、沙樹子先輩が部長になって大丈夫だと思う?」
「大丈夫な訳ないっしょー。でももうお飾り部長だから何もできないと思うけどねー。」
そう福田さんと中野さんがお話しているのが聞こえますよ。
「あーあ、もっと菜々子部長をごり押しすれば良かったかなー。久々に沙樹子先輩のペースに飲まれちゃったよー。」
両手を頭の後ろで組んで、中野さんが溜息をついていますよ。でもそれはみんな一緒ではありませんでしょうか…。
「美亜ちゃんだけのせいじゃないよ~。私達も驚くばかりで流されちゃったんだしね~。」
そう高城さんが答えているみたいです。
「お疲れさまですぅ。」
「お疲れさまだよっ。」
あ、波奈さんと有紀さんも来ましたよ。
「あ、二人とも、ちょっと良いかしら?」
「何かしらぁ?」
「何かなっ?」
そっと波奈さんと有紀さんを準備室に連れて行く菜々子さん。何かお話みたいですね。大方、何かあった際に沙樹子部長を抑え込むための相談といったところでしょうけれども。
「お疲れさま。」
すごくにこにこした良い顔でその沙樹子さんが現れて、当たり前のように教卓に立ちましたよ。嫌な予感しかしません。
程なく菜々子さん達も戻っていらして、菜々子さんはお玉を手に沙樹子さんの斜め後ろに立ちました。
「さあ、それでは後期の部活動を始めますよ。」
何か堪え切れない、といった様子で沙樹子さんが笑い始めましたよ…⁉
「くっくく…うふふふふ…ついに手に入れたわよ、部長の権力を…。さあ皆、私の前に平伏すが良いわ!」
早速始まりましたよ! 早いですね、隠す気ゼロですか!
「この馬鹿部長は。ひとまず黙りなさい。」
これまでにない大音量で沙樹子部長の後頭部にお玉が叩き付けられたのです。菜々子副部長のお玉の前に一撃で叩き伏せられた沙樹子部長でした。
「…痛ぁ…。部長に向かって何するのよ、不敬も良いところだわ、菜々子!」
「部員に対する指導権はこの一年に限り、副部長たる私の手にあるわ。たとえそれは相手が部長であろうとも例外ではなく指導対象になるものよ。」
冷ややかにおっしゃる菜々子さん。ええ、そういう引継ぎでしたよね。
「ちなみに調理に関する指導権は副部長、お茶に関する指導権は私にあります。」
微笑んでそう改めて宣言をする私です。
「あとねぇ、これを言付かっていたのよぉ。」
「私もねっ。」
波奈さんと有紀さんが、ちょっと立派な一通の書類を掲げて見せていますよ。なになに?
「彦崎波奈・八浜有紀の両名を調理部監査とし、部長権限の行使に関する監視と指導の任に当たらせることとする。任期は10月1日より一年間。調理部部長・小早川美絵…?」
読み上げる私です。
「何よそれ、私聞いていないわよ⁉」
「当然ですねぇ、こういう事に備えての密勅でしたからねぇ。」
「私達も部内では公的に沙樹子部長の取締役だよっ。」
沙樹子部長の抗議に、さらりと答える監査のお二人。
「なるほどー、部長より上の役職ですかー。良いですねー。」
中野さんがそのようにまとめましたよ。まあでも、そんな感じですね。常識人のお二人が上に着けば沙樹子さんもあまり無茶な事は言えなくなるでしょう。
「そ、そんな事は認めないわよ⁉ 私が認めなければそんな人事は…!」
「残念だけど、調理部則で人事に関する権限は部員の総意に基づくとされているわ。さて、この人事に賛成の人はどれだけいるかしら?」
皆さんから手が上がるのです。
「な、菜々子、裏切ったわねっ⁉」
「裏切ったとは人聞きの悪い。もとより非道な手を使わない限り止めないとしか言っていないでしょう。部長の権力を傘に着て部員に迫るのは明らかに非道な手だわ。だから止めたまでの事よ。何なら今ここで部員の総意に基づいて部長を交代しても良いのよ。誰も反対はしないわ。もっとも、もう既に部長就任を吹聴して回った身にはそんな事は到底できないと思うけれどもね。」
わあ…菜々子さんがばっさりと気持ちのいいくらいに切り捨てましたよ。沙樹子部長、言葉を見つけられないで口をぱくぱくさせていますよ。
「…それじゃ一体、私には何が残ってるのよっ!」
あ、ようやく言葉が出てきましたよ。そうですね、それも確認しておかないといけませんね。
「対生徒会や対外交渉の窓口としての役割だけね。その外面の良さとご自慢のルックスを十分に生かして頂戴、沙樹子部長。」
「一番おいしくないところだけ残って美味しいところは全部持っていかれたって事⁉ は、謀ったわね菜々子っ!」
顔を怒りで真っ赤に染めて沙樹子さんが叫んでいますよ…。あんまり好き勝手されても困るのですけれど、こうまで思惑が外れるというのもなんだか哀れですね。
「先に謀を巡らしたのは沙樹子でしょう。私は少々カウンターをしただけだわ、部と部員を守るために。嫌なら別に部長を辞めてもらっても良いのよ。正常な人事に近づくだけだから。」
重ねて畳みかける菜々子さん。
「くっ、いまさら部長辞めましたなんて言えない…っ。文子ちゃんにも希ちゃんにも絵理ちゃんにも井上君にも言ってしまったのに…っ。」
そんな事だろうと思っていました。見事に自分の首を絞めましたね、沙樹子部長は。
「これではまるで二年生の中で部長が一番下の役職みたいじゃない!」
「ええ、今年に限ってはそうなったわね。すべては沙樹子の謀のせいで。」
抗議を続ける沙樹子さんに、さらりと答える菜々子さん。まあ、実質的な権限に置いてそんな感じですね。一応対外的な部の代表権だけは残りましたけれど。
「せめて外面的には部長の体面を残してあげたのをありがたく思ってもらいたいのだけれど。沙樹子の事だからもう前期のうちから吹聴して回っていて、今さら部長解任なんて言えなくなっていると思ったから、せめてものお情けに形だけは残してあげたのだけれどね。」
菜々子さん優しい…のでしょうか、これは? でも一つの優しさですよね、たぶん。部外では大恥をかかなくて済んだわけで、部内でも非道を抑え込まれた訳ですから。
「そんな訳で、部長権限の行使には私と有紀ちゃんの指導と承認が必要になりますからねぇ。」
「厳しく監査するからねっ、沙樹子ちゃん悪い事は駄目だよっ。」
波奈さんと有紀さんにも追い打ちを受けたのです、沙樹子さんは。
「何なのよこの名目上だけの自治権みたいなひどい扱いは⁉」
「名ばかりでも一応部長よ、良かったじゃない。」
衝撃を隠せない様子の沙樹子さんに、追撃を加え続ける菜々子さん。
「…先輩方、祭り上げておいて一気に落としましたね…。」
小鶴さんがぽそりと。えっと、でも、そんな感じですね。
「…でも妥当なところじゃないかな…。」
そう赤井さん。赤井さんはたぶん、菜々子部長の方が良かったのだろうと思いますけれどもね。
「小早川部長もちゃんと置き土産を置いて行ってくださったんですねー。やっぱり誰ももう沙樹子先輩の事なんて信用してなかったんですね。当たり前ですけど。」
ばっさりと中野さんが切り捨てましたよ。
「美亜ちゃんは信じてくれていると思っていたのにっ!」
「ええ信じていましたよー、絶対悪い事をするって。心の底から信じていましたよ。」
だんだん沙樹子さん涙目になっていますよ…でも容赦のない中野さん。
「自分で言いだしたんですから、精々がんばってくださいね、沙樹子部長。」
あ、福田さんなかなかひどいです。後輩なのに追い討ちに参加しましたよ。
「さ、それでは調理とお茶に関しては部長の管轄ではありませんからね。さっさと机に戻りなさい沙樹子。姫はお茶の担当だから、こっちに来てもらえるかしら。」
あら、私も前に出るのですか? まあ良いですけれど…。
「くう…そんな馬鹿な事って…。」
教卓から、二年生の机で衝撃を受けた様子で沈み込んでいる沙樹子さんが見えますよ。
「それでは今日のレシピは…。」
という事で、あっという間に部長と副部長の立場は逆転してしまったのでした…。元から沙樹子部長を選出してしまった時点で、とんでもない失点だったのですけれどもね…。
私はお茶の担当という事で、波奈さんと小鶴さんに手伝いをお願いしながら皆さんのお茶を指導したのでした。私自身も一緒に練習しているのですけれどもね。
やれやれしかし、どうしてこんなややこしい事になってしまったのでしょうね…。沙樹子さんの謀にうまうまと乗せられかけてしまったのがいけなかったですね…。
まあ、私は自分の職責を全うできるように全力を尽くしましょうね。
沙樹子さんが大変可哀想な目に遭っております。
上げておいて落とすとかみんなひどい。
でもこれまで迷惑をかけられ続けた部員たちにしてみれば、当然の帰結なのかもしれませんが。
そんな訳で沙樹子部長、実質的な権限はほとんど残りませんでした。
一応部長は続けるみたいですが…。
完全にお飾り部長にされております。