第11話 ~お茶会らしくない話題なのです~
第11話 ~お茶会らしくない話題なのです~
調理部恒例というお茶会は続いているのですが、木島さんのお話は宇野さんの口から調理部員全体に広がりまして…今年の新入生には要注意人物がいる、という共通認識が広まってしまいました。
「あのセアカゴケグモ、さっさと駆除しないと全校の女子が危ないわよ。刺される前に駆除すべきだわ。」
などと早島さんが言っていらっしゃいます。ああ…今度は木島さん、外来生物の毒虫扱いですね。
「何で駆除したら良いのかしら。」
宇野さん、早島さんのお話にのらないでください。おおよそろくなことにならないですから。
「そうね、ピレスロイド系の殺虫剤が有効かしら。そこらのスーパーでも買ってこられるわ。ごく一般的な殺虫剤だから。」
早島さん、本気で買ってきて吹きかけかねないですね。さすがに止めないといけませんね。
「本気でやったら立派に傷害事件になりますから駄目ですってば…。どうしてお二人はそうも男子に容赦がないのですか…。」
私はさすがに困った顔をしてたしなめます。
「あら、私別に人間の男子にはひどい扱いはしないわよ?」
早島さん、それ言下にひどい事を言っていませんでしょうか。気のせいでしょうか。
「そうね、あれは人間未満の下等生物だったわ。」
あらら、宇野さんもなかなかの言い様です。早島さんほどではありませんが。
「そもそも宇野さん、きちんと反撃されたのですからもう良いではありませんか。錦秋の折でもありませんのに見事な紅葉でしたよ?」
とりあえずそう言っておきましょう…あれはなかなか見事でした。
「あれは私に迷惑をかけた分。他の女子に迷惑を掛けない予防をしなくちゃってお話よ。」
宇野さんも取り付く島が無いご様子です。あれ、結構な勢いで頬を張ったのだと思うのですけれどね…。結局放課後になっても残ったままでしたよ…。クラスの女子達みんなにひそひそ話をされていて、木島さんが大層可哀想だったのですが…。
「私達も気をつけなくちゃいけないかな…。」
八浜さんが頬に手を当ててそう言っています。ええと…そうかもしれません。木島さん、本気で全クラスの女子に声を掛けて歩きかねない気がしてきましたから。
「わ、私大丈夫かしらぁ…。男の人に声なんて掛けられたらどうしたら良いのでしょうねぇ…。」
今度は彦崎さんが困った顔をしておられます。うーん、私を呼んで頂いてもお役に立てなさそうですしねえ…木島さんを押さえられる自信はありません。
「全力で私を呼びなさい、駄犬の一匹ぐらい蹴り殺してやるわ。」
早島さんがまた物騒な事をおっしゃいます。でも駄犬扱いに戻りましたね。これは喜んでいいのでしょうか。いや良くないですよね、たぶん。
「早島さん、どうか穏便にお願いします…。」
「そうね、それならおまけして半殺しにしておいてあげるわ。」
笑顔で早島さんがおっしゃいます。ええと、そう良いお顔で言われても困ってしまうのですが。
「お米を潰してぼた餅を作る訳ではないのですから…駄目ですってば。」
もう、どうしてこう危険な事ばかりおっしゃるのでしょうか。
「何なら全殺しにして単なる餅にしてやっても良いわよ?」
「どちらも駄目ですよ。生徒会に呼び出されて早島さんが処分を受けてしまいますよ?」
私は両手を合わせて半ば懇願するように言います。早島さんはふんと鼻で笑うと、
「もちろん闇でやるに決まっているでしょう。第一あんな駄犬で作った餅なんて食べられたものではないわ。食中毒を起こしてしまうわよ。」
「えっと、そもそも犬はお餅の材料にはならないと思うのですけれど。」
なんだか私のコメントもピントがずれてきたような気が致します。
「それならタンゴギにして焼肉にしてあげるわよ。それなら食べられるかもしれないわ。」
「どうしてそこで突然北朝鮮の食文化のお話になるんですか…ですから殺処分から離れてください、お願いですから。」
私、もう頭が痛くなってまいりました。早島さんの中で殺処分は既定事項のご様子です。一体どうしたら私は友人を救う事ができるのでしょうか。
「なんだかもうコントみたいだね。」
八浜さんが口に手を軽く当てて笑っています。ええと、私は真剣ですよ?
「早島さんも次から次へとよく出てくるのね…凄いわぁ。」
半ば感心したように彦崎さんが言っています。ええと、真似してはいけませんよ? 彦崎さんはそのままの柔らかい暖かな方でいてください、ぜひとも。
「とにかくあいつは駆除すべき敵だわ。せめて部内の女子くらいは守らないとね。」
宇野さんまでそう言っていらっしゃいます…。でも木島さんの行状も考えると宇野さんのおっしゃりようも理解できない訳ではないので、擁護し辛いです…。
「とにかく宇野さんに非礼を働いた件は私が代わりに謝りますから、どうかそれで許してあげてください。お願いします。」
「小山君に代わりに謝られてもねえ…あなたに責任は無いでしょう、別に。」
えっと、全くないとは言えないのです。
「いえ、朝に話を聞いた時点で止めにかかったのですが、止められませんでしたから。」
「そうそう、お陰で朝から駄犬どもがうるさいったらありはしなかったわ。」
止められなかった私にも問題がなかったとは言えないと思うのです。
「挙句駄犬の奴、振られた後教室に戻ってきて小山さんに泣きついたのよ。まったく、情けない奴。」
早島さん、そこまでばらさないであげてください…。木島さんがあまりに哀れではありませんか…。
「あら、そんな事になっていたの? ごめんね小山君、不愉快な思いをしたでしょう?」
かえって宇野さんに謝られてしまいました。
「いえ、まあ、それほどではなかったですから大丈夫ですよ。お気遣い申し訳ありません。」
胸がある事が解られてしまって、ちょっと危ういところだったのですけれどね。1年間はなるべく解らないようにしながら準備を整えたいと思っていたのですが、この分だとなんだかそれも難しいことになるかもしれませんね。
「あんな駄犬、甘やかすからつけあがるのよ。突き放して奈落の底に叩き落とすくらいでちょうど良いのだわ。飼い主としてもっとしっかりなさい。」
相変わらず容赦のない早島さんです。さすがにそれは私にはできません…。
「あら、小山君が飼い主なの?」
「ええと、なんだか早島さんの中ではそう認定されているみたいです。」
宇野さんに問われて、私はそう説明します…別段私がお世話をしたりご飯をあげたりしている訳ではありません。
「ええ、噛みついて迷惑を掛けないように予防注射くらいはしているそうよ。」
ああ、この前の下手な冗談を引き合いに出されてしまいました。下手な事を言うのではなかったですね。
「いえあれはほんの冗談で…。」
「あまり冗談のセンスは無いのね、小山さんは。」
私もすぱっと切り捨てられてしまいました。まあ事実ですから仕方がないでしょうか。
「…ええまあ、どちらかというと苦手です。コミュニケーション自体上手ではありませんから。」
私は頭を掻きながらそう説明をします。実際中学校時代はずっと受け身でいましたから、今こうしてお話をしているのが不思議なくらいです。
「ふうん? 私と対等に話をしてくる男子なんて珍しいから、よほどコミュ力のある方かと思ったらそうでもないのね。少々意外だわ。」
早島さんがそうおっしゃいます。そういえば私、初対面から割と普通に意思疎通していましたね。もっとも私としては男子と話すよりも女子と話す方がお話はしやすいのですけれど。男子相手だとどうも身構えてしまってうまくお話できないのです。
「ええと、私どちらかというと男子の方が苦手で…女子の皆さんとお話する方が気が楽なのです。それででしょうか。」
なんだか全然説明になっていないような気がするのですが。
「そうよねぇ、小山君は中身女子ですものねぇ…。」
笑顔で彦崎さんが言っています。あら…早くもそう認知されてしまいましたか。実際そうなのですがこれはどうしたものでしょうね。
「確かに小山君とお話していると、女子相手に話しているような錯覚を覚えるかな。男子って感じはしないね。」
八浜さんにもそう言われてしまいました。あらら、これはどうも早くも悟られてきている様子ですね。やっぱり隠せませんか。
「最初は女子を狙って調理部に来たんじゃないかと思って警戒していたけれど、そうするとむしろ小山君は男子から逃げて調理部に来たのね?」
そう聞いて来る宇野さんです。ええっと、これはどう答えたものでしょうか。
「ええ、まあ、そういう面があったのは否めないです。男子運動部になど私、着いて行けませんし…。」
「似合わないことこの上ないわね。運動部の方からお断りされるんじゃないかしら?」
ひどい言われようですが私もそう思います、早島さん。
「ええ、見学の段階で他の部を勧められるとは思いました。」
「…あっさり認めるんじゃないわよ。あなたって本当に変な人間ね。」
なんだかまた早島さんに呆れられてしまいました。ですが実際そう思っていましたから、素直な気持ちを口にしただけです。
「でもマネージャー役を押し付けられるって可能性もあるよ?」
八浜さんがティーカップを手にそう発言されます。ああ、そういえばそういう役職もありましたね。
「小山君面倒見良さそうだし、向いているかもしれないわぁ。良い奥さんになりそうねぇ。」
どこかズレた彦崎さんです。ええ、まあ、良い奥さんになれたら私、嬉しいですが。
「ありがとうございます、って言って良いのでしょうか。」
「…ま、あなたには旦那役は務まらないわね。」
うぐっ、確かにそうかもしれませんがさすがに刺さります、早島さん。
「そうね~、どうがんばっても小山君は受けポジションだわ~。」
宇野さん、何をおっしゃっているのでしょうか。私にはよく解らないのですが。
「沙樹子、そういうお話はあとでゆっくりね。」
早島さんが笑顔でそうおっしゃっていますが、そういえばこのお二人は仲が良いご様子ですが、普段何をお話されているのでしょうね。何か怖くて聞けないのですけれど。
「1年生も打ち解けてきたみたいね。さ、そろそろ散会の時間よ。」
浮田部長さんが私達の机にいらして、そうおっしゃいます。あら、本当ですね、もう5時になるところでした。
「皆さんありがとうございました、お陰で楽しい時間を過ごせました。」
私はそう言ってお辞儀をします。
「あらあら、小山君は本当に丁寧ねぇ。こちらこそですぅ。」
彦崎さんがそう笑顔で言ってくれました。
「あの掛け合いはなかなか面白かったかな。台本もなしでよくできるね。」
面白かったですか…それは良かったです、八浜さん。
「これからもよろしくね、小山君。」
宇野さんがそう言ってくれました。あ、これは素直に嬉しいですね。今まで塩対応でしたから。
「帰ったらちゃんと勉強もするのよ~、赤点者を出したら部の恥ですからね~。」
赤松副部長さんが私達にそう声を掛けてくださいます。
「はい、がんばります。」
とは言ったものの、帰ったらまず夕食の準備ですね。お勉強はその後になりそうです。
翌朝、教室に到着すると…。
「姫っ、助けてくれ! 鬼が! 鬼女がっ!」
教室に駆け込んできた木島さんが私の後ろに隠れて身を縮こめています。もっとも私は身長165cm、木島さんは180cmを越えるので完全に隠れるには至っていませんが。
「待ちなさいこの人外外道の無節操な犬畜生!」
あら、この声は早島さんです。…ええと、嫌な予感しかしません。
「うちの部の部員に手を出そうとするなんてどんな了見よ!」
教室に姿を現した早島さんは確かに怒髪天を衝く勢いで怒り狂っています。
「何がどうしてこうなったんですか一体?」
「昨日俺が自由恋愛をしようとした件について話になったら怒り狂われて追い回されているんだ! 早島さんに勝てるのは姫だけだ!」
何ですか、その大貧民でジョーカーに勝てるのはスペードの3だけみたいな扱いは。
「私も早島さんにはかないませんよ…一体どうされたのです、早島さん。朝からそんなに激高されて。」
「どうもこうもないわ! さっさとその駄犬を引き渡しなさい! 私が直々に引導を渡してやるから!」
「…一体何を言ったんです、木島さん。早島さんが毒舌を忘れるくらい怒り狂うなんて信じられませんよ。」
なんだか私の早島さん評もだいぶひどいことになっているような気が致しますが、そこは気にしないでおきましょう。
「俺は何も悪い事は言っていない! ただ俺の好みのかわいい子がいたから早速声を掛けに行っただけだと説明しただけだ!」
で、それが早島さんの逆鱗に触れたという訳ですね。
「そのあと女なら誰でも良いと言ったでしょうが! この女の敵が!」
「ちゃんとその前に『俺を受け入れてくれる』って条件を付けただろ⁉」
言った言わないの争いは不毛ですよ、お二人とも…。
「そんな条件は聞いてないわよ! いずれにしろ調理部員に手を出そうとした時点で万死に値するわ!」
「早島さん、その理屈だと調理部女子は男子からの告白を受けられないことになってしまいますよ。さすがに行きすぎではありませんか?」
なんかずれている気がしながら私はそうなだめてみます。
「揚げ足を取らないでくれる⁉」
私も怒られてしまいました。ええと、まあその、済みません。
「とにかく一発引っ叩かせなさい! 今回に限ってそれで許してやるから!」
「嫌なこった、早島さんの一発なんて他の女子の百発分くらいになるに決まってるだろう⁉」
どんな評価ですか、早島さんは武術の達人か何かなのですか。そんなお話は聞いた事はありませんが。あっ、でも荷物の入った重そうな鞄を手に提げていらっしゃいますね。これはもしかして手の平でも拳でもなく凶器で行く気かもしれません。
「早島さん、とにかく落ち着いてください。ほら、クラスの皆さんも見ていらっしゃいますから。」
「公開処刑という事でちょうど良いでしょう⁉」
そっちに行きますか⁉ 昨日闇でやると言っていた件はどうなったのでしょうか。
「姫ちゃん、こんな奴庇う事ないわよ。」
「ええ、一発食らわせてやるくらいでちょうど良いよ。」
クラスメイトの女子達が私に寄ってきてそう言ってくれました…ええと、そうですか。
「俺もそう思うな、木島が男子のスタンダードだと思われたら困る。」
「行動には責任が伴うべきだろうから仕方ないだろう、姫。」
男子の皆さんもそういう扱いのようです。なんだかもう木島さん、クラスの恥みたいな扱いにされているのですけれど。
「姫は避けなさいよ! 天罰覿面っ!」
私が避ける前提で鞄を振りかぶる早島さんです。私そんなに素早く動けませんよ⁉
「危ないぞ姫、ぼんやりしているな!」
直前で私は誰かに思いっきり引っ張られて元居た空間から移動させられました。その空間を鞄が飛んでいき…。
…見事に木島さんの横っ面に入りました。ああ…見ているだけで痛そうです。
「危なかったな姫、怪我は無いか?」
誰かと思ったら工藤さんでした。
「ええ、私は大丈夫です、でも木島さんが…。」
「こいつは自分の行動に責任を取らされただけだから仕方がない。」
工藤さんも容赦がないです。
「姫に怪我が無くて良かったよ。早島さんも危ない事をするなあ。」
毛野さんも見ていらしたご様子です。私の心配はしてくれますが、木島さんの心配はしないところも一緒のご様子…。
「無事で何よりだ、姫。工藤君のファインプレーだな。」
いつから見ていらしたのですか、柿沼さん。
「とにかく保健室に連れて行きましょう。工藤さん、毛野さん、柿沼さん、手伝ってください。」
三人はやれやれという感じで、渋々と手を貸してくれました。
木島さんは保健室行きになり、2時間目が終わった休み時間に氷のうを顔に当てながら教室に戻ってきました。打撲という事だったそうです。
木島さん、これで少しは行動を改めてくれると良いのですけれど…。
なんだか物騒なお話をしている早島さんと宇野さんです。
木島さんはだいぶ手ひどく振られた挙句、裏で大変な言われようです。
さすがに姫は可哀想だと評していますが…。
クラスでも木島さんの評価は非常に悪い様子です。
※セアカゴケグモ
ヒメグモ科に分類される有毒の小型のクモの一種です。和名は、「背中の赤いゴケグモ」の意味です。
本来日本国内には生息していなかったのですが、1995年に大阪府で発見されて以降、その他いくつかの地域でも見つかった外来種です。
※ピレスロイド系殺虫剤
ピレスロイドは除虫菊に含まれる有効成分の総称です。
現在では化学合成されたものが広く殺虫剤として使用されています。
昆虫類、両生類、爬虫類に有効な神経毒です。
※半殺し
ほとんど死ぬくらいの状態になるほど痛めつけることです。
また、ぼた餅の餅を作るのに、炊いた飯の飯粒が半分くらい残る程度に潰すことです。
※全殺し
ご飯やもち米などを形が残らないまで潰す事を指します。
※タンゴギ
朝鮮半島に伝統として残る犬食文化の中で、北朝鮮で犬肉を指して「タンゴギ」と呼びます。
ちなみに韓国では「ケゴギ」と呼ぶそうで、南北で違いがあります。
※大貧民
「大富豪」と呼ばれる方が一般的でしょうか。トランプゲームの一種です。
ローカルルールの一つに、最強カードのジョーカーに最弱カードの3のうちスペードのものだけが勝てるというものがあって、姫の発言はそれを踏まえたものになっています。