表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/262

第124話 ~古川卯月さん~

第124話 ~古川卯月さん~


 八月も中旬になりまして、宿題も片付いてふう、やれやれと一息ついています私です。結構忘れていることがありましたから、少し手の空いたうちに復習もしておきませんとね。準備は早い方が良いのです。

『こんばんは、姫ちゃん。今大丈夫かな?』

 そう思って机に向かっていましたら、古川ふるかわさんからチャットですよ。ちょうど一息入れたかったところですし、早速お返事しましょう。

『こんばんは、古川さん。はい、大丈夫ですよ。どうされました?』

 そうお返事を返す私です。こうして連絡をくれることは珍しい事ではなくって、結構ちょこちょことお話をする機会は多いのです。しばらく近況報告などなど。とは申しましても、私の方は夏休みで家にいる時間の方が長いですから、あんまり変化はありませんけれどもね。

『そっか、もう夏休みの宿題終わったんだ。早いね。』

『去年はちょっと危ないところでしたから、今年はがんばりました。私は調理部で比較的時間もありますからね。』

 などとお話を。でもまあ、運動部で毎日練習の古川さんに比べれば時間があるのは間違いないのです。

『あのね、姫ちゃんに聞いてほしいお話があるの。近々、時間の取れる日はないかな?』

 お話、ですか? 何でしょうね。私はいつでも大丈夫ですが…。

『いつでも大丈夫ですよ、明後日でしたら私も部の活動で学校に参りますけれど…。』

 そう送る私です。そろそろ文化祭前の練習が入ってくる時期ですね。

『それじゃその日、調理部の活動が終わった後にお願いしても良いかな。』

『はい、大丈夫ですよ。午後3時くらいには終わりますから。』

 まあ、終わった後もみんなでお茶をしながら5時くらいまでおしゃべりしているのですけれどもね、大体。

『うん、ありがとう。とりあえず姫ちゃんの机に行くね。』

『はい、解りました。よろしくお願いしますね』

『ううん、こちらこそ。いつもありがとうね。』

 そんなところで、やりとりは終わったのでした。お話、ですか。何でしょうね。


 気になりながらも、何となく他人に言えない気がして誰にも話さないでいる私です。どうも内密の相談、という感じがしますものね…。わざわざ私にお話という事は…うーん、やっぱり性別違和関係の何かでしょうか。でも、それならなおの事、簡単に他人にお話する事はできませんよね。古川さんが良いと言う時まで伏せておく必要があるでしょう。その可能性も考えると、おいそれとお話したいというお話が来たこと自体を話題にできないのです。


 調理部の活動日になりまして。

「何難しい顔しながら飯食ってんだ?」

 朝ご飯の席上で、兄様からそう聞かれてしまいました。

「え? そんなに変な顔していましたか?」

「うん。何か悩み事? 絢姉あやねえが食事中に上の空なんて珍しい。」

 あらら、美琴みことさんにも言われてしまいましたよ。うーん、でもこれは本当の事は言えませんよね。話題を別の悩み事にすり替えましょう。

「実は先週の活動日の時に、部の仲間から『少しは自分で作った殻を破って外に出てこい』と言われてしまいまして。確かにちょっと内に籠り過ぎなのかなと思っていたのですよ。」

 そちらも言われて悩んでいたのは本当ですから、良いでしょう。

「あー、まあそいつはあるわなぁ。絢子あやこは八方美人で誰にでも良い顔をするけど、本心を隠しちまうようなとこがあるからな。最近少しは直ってきたかと思ってるんだが。」

 そう兄様からも言われてしまいました。うーん、やっぱりそうですか…。

「それはあるよね、それも本気でそうしたいっていうより、嫌われたり傷つけられたりするのが怖くてそうしているような感じがあるかも。ちょっとネガティブなんだよね。」

 美琴さんが中学二年生らしからぬ観察眼を…もともと大人びた妹ですが…。

「絢子、お前が事情持ちなのはお前のせいじゃないんだぞ。大変な事情を抱えてるってのは確かだけど、それで卑屈になって周囲に媚びへつらう必要なんかないはずだ。だからどうした、自分は自分だって言えるくらいの強さを持てよ。」

「そうじゃないなら何でも柳に風と受け流すとかね。どっちかじゃないと絢姉、いつかどこかで折れて治らなくなるよ?」

 うう、兄様も美琴さんも正論をずばりと…。

「…どちらが向いているのでしょうね、私は。」

 ちょっと自分では判断がつかないのです。

「言っといてなんだけど、柳に風は絢姉のタイプじゃないと思う。」

「んだな、別に人当りをきつくする必要は全く無ぇけど、心の内に芯を持つのは必要じゃねえかな。じゃないとお前、そのうち心を壊すぞ?」

 ううん、中学校時代に心因性の自律神経失調をきたした身としては何の反論もできませんね、それは。

「…どうしたら良いのでしょうね?」

 皆目見当がつかないのです。私、そこまで考えた事はありませんでしたから。

「ま、まずは素の自分を受け入れる事だよな。あとは心を弱くするな。ネガティブに考えすぎるな。何か目標を定めたり、必要以上に人の目を気にしないってのもあるかな。」

 そう兄様。意外に具体的な事が出て参りましたよ?

「うん、絢姉の場合は人の目を気にしすぎるのが染み付いていると思う。行動基準が自分じゃなくて他人になってるでしょ。別に『人に喜んでもらいたい』っていうのは良いと思うんだけど、喜んでもらいたい理由が『嫌われたくないから』じゃ寂しいよ。せめて『自分と仲良くしてほしいから』くらいにできたら良いんじゃないのかな。」

 …美琴さんもまたずいぶん…。私よりも精神的には大人なのかもしれませんね。

「…難しいですね。でも少しずつ、変えていけたらと思います。」

 お二人のおっしゃることはもっともなのです…。そうですよね、怖がってばかりの人生ではいけませんよね…。

「絢子は絢子だ、誰が何と言おうと。いちいち周りの言う事に流されるな。お前はお前で在れば良いんだ。」

 そうお父様。そう、ですね。

「でも高校に入ってから、少しは良くなったかしらね。中学校時代は何でも一人で抱え込んでただ耐えるだけで、助けを求める事さえしなかったんだから。」

 頬に手を当てながらのお母様です。そういえばそうですね、中学校の頃は周囲にいじめられても、自発的に助けてくれる方もいましたけれど、そうでもなければ甘受するばかりでろくな抵抗さえしなかった私ですから。

「変われているとしたら、友人たちのお陰ですね。」

 そう微笑む私です。皆様のお顔が浮かびますよ。

「ん、背中押してくれる連中もいるんだ。何とでもなるさ、お前まだ若いんだからな。」

 そう兄様は笑ってくださったのでした。


 さて学校に着きまして、調理室へ。…と思いましたら、廊下に見慣れた人影が…。

「あら姫、ちょうど良かった。粘着テープを持っていないかしら?」

「おはようございます菜々子(ななこ)さん、今朝は沙樹子さきこさん何を言ったのですか、一体?」

 質問に質問で返す私です。

「とりあえず妄言しか吐かないから封印しておこうというだけよ。しゃべるとろくなことにならないから、もう黙らせておきましょう、この口は。」

「むんぐむぐむぐんぐ!」

 菜々子さんに口を押えられながら、沙樹子さんが何か抗議をしていますよ…。ええと、たぶん『そんなことないわよ!』でしょうかね、これは。ちなみに沙樹子さんは壁に頭を押し付けられる格好になっていますので、菜々子さんの手から逃れられないでいるみたいです。

「…何してるんですか、先輩方?」

 あら、赤井あかいさん。

「あら、光莉ひかりちゃん。ええ、ちょっと妄言しか吐かないこの口をどうにかしてくれようと思って。もちろん沙樹子を思っての事よ?」

 多分本気でそう思っていらっしゃるでしょう菜々子さんですから困るのです。まあでも、これ以上残念な事を言い続けるくらいなら、黙って微笑んでいた方が良いと思いますけれどもね、私も…。

「またやってるんですか、今度は何したんですか沙樹子先輩はー。毎回菜々子先輩に手を焼かせて…。」

 …もう沙樹子さんが何かしでかした前提なんですね、中野なかのさん…。来て早々ひどい断定ですよ。

「…廊下で何やってるのよ。最近の調理部は賑やかだねってよく言われると思ったらこういう事だったんだね…。」

 あら、小早川こばやかわ部長…。

「ああ部長、これはお見苦しいところを。この馬鹿娘の口を封じないと安心して夜も眠れませんので。」

「そうだねえ、せめて話す量を80%削減してくれると私も助かるかな…。」

 菜々子さんの言葉に小早川部長がそのように…ええと、やっぱり部長も困っていたのですね。当たり前ですけれど。毎回のようにお玉が飛んでいますものね…。それにしても削減目標80%とはかなり厳しいですよ。せめて、の基準がそれですか…。

「ぷはっ。ああ苦しかった…。」

「く、この馬鹿娘、馬鹿だけあって力だけはあるのだから…!」

 あ、菜々子さんが力負けしました…。沙樹子さん、それ以上何も言っては駄目ですよ。

「私はただ今日も痛いわよ菜々子!」

「もういい加減にしろと言っているのよ!」

 セリフを全部言わせる気もなくすねを蹴飛ばした菜々子さんでした。

「あ、もう察した。もうほっといて行きましょうね、みんな。」

「はーい。」

 結局部長、もう諦めて私達だけ置いて先に行ってしまいましたよ…。あーあもう、沙樹子さんもいつになったら頭が冷えるのでしょうね。


 活動前からそんな騒ぎがありましたが、今日は紅茶のいれ方の総点検なのです。夏休み最後の活動日ですからね。

「さて、もうみんな紅茶のいれ方は大丈夫だよね?」

 小早川部長が改めて確認しています。一年生のみんなもだいぶ練習を積みましたから、手順は大丈夫でしょう。

「もう覚えてはいると思うけど、確認したいことがあれば申し出なさい。文化祭に向けた最終確認になるから。」

 そう吉川きっかわ副部長が補足されます。そうですよね、もうそんな時期です…。

「文化祭では何の紅茶を出すんですか~?」

 高城たかぎさんから良い質問が。紅茶によって微妙な調整が必要ですからね、良い着眼点だと思いますよ。

「フレーバーは出さない予定。例年通りならダージリンとアッサムとディンブラの三種類を出す予定でいるかな。今年も変更はしない予定だけれど。」

「あ、じゃあ普段使っている紅茶と一緒なんですね。良かった。」

 小早川部長からの返答に、ちょっと安心した様子の高城さんです。

「あとは何かあるかな?」

 皆様を見回される小早川部長。特に後は質問は出てきません。

「それじゃあね、今日は文化祭用の小さなポットを使って練習します。いつもはやらないけど、今日ばっかりは品評会するからね。気を悪くしないでね。文化祭の喫茶に誰を出すか検討しないといけないから。」

 そうおっしゃる小早川部長のお顔には、ちょっと申し訳なさそうな表情が浮かんでいました。普段は『楽しく活動できるのが一番』とおっしゃって、順位付けするような事はされませんものね…。当然調理も上手な人もまだ上達していない人もいるのが現実ですけれども、分け隔てなくみんな平等に担当するようにされてきた小早川部長としては、文化祭のためとはいえ上下を付けるのが嫌なのでしょうね。


 という訳で、私も練習です…。判定役は三年生の先輩方全員。ちなみに三年生の先輩方の間での順位付けは『もうとっくに済んでいる』のだそうです。

「うーん、いつまで経っても紅茶が美味しくなってくれないよっ。」

 有紀ゆきさんがそうこぼしていますよ。まあ、そう簡単ではないですものねえ…。

「じっくりじっくり、可愛いあの娘への愛情を育むように…。」

 …もちろん沙樹子さんです。えっと、井上さんへの愛情は育まなくて良いのですか?

「…何かが足りないのよね。手順に抜かりはないはずなのだけれど…。」

 こちらは菜々子さんです。なぜか菜々子さんの紅茶はいつもそう評されるのですよね。

「うん、少しは良い紅茶になったかしらぁ。ハーブとはまた違うから難しいのよねぇ。」

 そう波奈さん。波奈さんはハーブティーもいれますものね。


 …という訳で、品評会になったのです。

「えっと、喫茶に必要な人員は各学年二人だけだから、一番と二番だけ言うよ。二年生は一番目が姫ちゃん、二番目が彦崎ひこざきさん。一年生は一番目が小鶴こづるさん、二番目が中野さん。よってこの4人と、三年生は私と志乃しのちゃんが喫茶に入ります。残りのメンバーはトレーにクッキーを載せて移動販売に出てもらうよ、待っているだけじゃ売り上げは上がらないからね。」

 そう小早川部長から発表がありました。まあ、普段何となく飲み比べをしていて感じていた通りでしたでしょうか。私は昨年から『学年の中では一番上手』と評されていましたし、一年生組の中では小鶴さんの紅茶が美味しいのは間違いないですし、中野さんがそれに次ぐのは確かでしょう。一年生組に関しては私の見立て通りというところです。

「喫茶に選ばれた人は一層磨きをかけるように努力を怠らないでね。他の人も腐ることなく腕を磨いてちょうだいね、少なくともみんな入部当初よりはずっと上達しているんだからね。」

 そう小早川部長から改めてお話がありました。そうですよね、最初に入れた紅茶は私もひどいものでしたから…。当時に比べれば上達していると思います、私も皆さんも。


 後は文化祭の概要のお話がありました。昨年と大きな変更点は、文化祭前日までにクッキーを全部焼き上げてしまうために、前々日午後を公認欠席として部活動を行う、というところ。その分文化祭当日に余力を残せるようにしたい、ということでした。昨年は二日目にお休み返上で動きづめになりましたから、その教訓という事らしいです。反面、移動販売を行う時間数自体は伸びていますから、延べ人員投入量では大差がないはずだ、というお話でした。

「あとは休み明けにクッキーの作り方を練習ね。午後は喫茶に入る人に接客応対の練習をしてもらうからね。では一旦休憩しましょう。」

 そう小早川部長が締めくくられて、午前の活動は終わったのでした。


 また皆さんとお昼ご飯を食べてきて、午後の活動になります。私は去年も接客応対をしていますから勝手が解っていますけれども、初めてになる波奈さん、小鶴さん、中野さんはちょっと苦労していますね。他の部員の皆様がお客様役になって、入店からシミュレーションしているのですが…やっぱり初めての方は、天野先輩や小早川部長の手本通りにすぐに動けるようにはなりません。

「うん、姫ちゃん去年より良くなってるね。やっぱり女子になれた分なのかな。」

 そう天野先輩に微笑んで頂けました。

「そうかもしれません、なんだか自然に笑えるようになってきましたから。」

 作った笑顔でも内心を誤魔化す仮面でもない、自然な笑顔を出せるようになってきたと思います、最近は。良い変化ですよね、きっと。

「良い事だね。可愛い後輩が明るく過ごしてくれるのは嬉しいよ。」

「ありがとうございます、天野先輩。」

 笑顔を見せてくださった天野先輩に、私は笑顔を返したのでした。


 午後三時頃、私はこの後所用がありますので、という事で先に部を抜けます。姫ちゃんは接客応対問題ないから良いよとあっさり抜けさせてもらえましたが…何かちょっと申し訳が無いですね。でも先に約束をしてしまいましたものね。

「あ、姫ちゃん。」

「ごめんなさい古川さん、お待たせしてしまって。」

 教室に着きましたら、古川さんがもう来ていました。

「ううん、さっき来たところだから大丈夫。ちょっと離れた教室に行こうか。」

「ええ、そうしましょうか。」

 やはり他の人には聞かれたくはない事のようですね…。同じ階の空き教室に移って、そっと扉を閉めます。夏休みの今の時間、わざわざ誰も来ないと思うのですけれどもね。ひとまず窓際の席に腰かける私達です。

「今日はわざわざごめんね、文化祭の準備、大変じゃない?」

「去年でだいぶ鍛えられましたから。今年はおさらいくらいで済みましたよ。」

 古川さんに聞かれて、そうちょっと冗談めかして答える私です。

「そうなんだ。去年は忙しかったの?」

「ええ、二日間ともずっと喫茶に出ずっぱりでしたよ。楽しかったですけれどね。」

 そう笑う私です。実感としても楽しい記憶として残っていますからね。

「文化祭は文化部にとっては真剣勝負なんだね…。」

「そうですね、特にうちの部は後期の活動費稼ぎもしないといけませんから。部費頼りだけでは活動が成り立ちませんからね。」

 この程度の内実は明かしても良いでしょう、どちらにしろちょっと様子を見れば解る程度の事ですし、調理部がお花見で必死に稼いでいるのはもう知れ渡っていますし。

「それでね、お話なんだけれど…。ううん、どうお話したら良いのかな…。」

「ゆっくりで良いですよ、時間はありますから。」

 そう微笑む私です。下校時間まではまだまだ時間がありますからね。大丈夫です。

「ありがとう。えっとね…。」

 ちょっと口篭もる古川さん。言葉を探している、という感じですね。

「…私ね、中学校の頃からかな…。自分を女だと思えなくなってきたの。」

 あ、やはりそのお話でしたか…。言葉の続きを待ちましょう。

「でもね、男だと思った事もない。どういう事なんだろうって思って。」

 あ…ええと、するとFtMさんではないのですね…。

「でも、性同一性障害って、普通なら身体とは反対の性別を志向する筈でしょう? 調べてみても、その辺りの事がよく解らなくって。…姫ちゃんなら、答えとは言わないまでも、何かヒントになるような事、知っているかなって…。」

 そう言葉を切る古川さん。…ああ、昨年少々詳しくお話があったと思うのですが。

「古川さんは、Xジェンダーのお話は聞いていませんでしたか?」

「えっ?」

 あら、初めて聞くみたいですね? 去年のロングホームルームでお話があったはず、と聞きましたら…。

「あ、そうなんだ…。私ね、季節外れのインフルエンザで入学式から少しの間、お休みしていたから…。」

 あ…もしかしてクラスで孤立気味なのもそれで…? 入学直後の大切な時期にいられなかったのでは、あとから友達を作るのも大変ですよね…。そして今年のロングホームルームではとりあえず該当する生徒がいなくなったからという事で、お話から省かれていましたものね。知らなくても仕方ないですよね。

「えっとですね…。」

 男女のいずれか一方に限定しない性別の立場を取る人で、Xジェンダーには男女二元論におさまらない性自認が含まれていて、中性や、両性、無性、性別の枠組みから脱するというあり方、女性か男性か定まりきらない揺動型など、一口に言っても色々とあることをゆっくりと説明してゆきます。

「…そっか、そうなんだ…。私だけじゃないんだね…。」

 少し安心したような表情を見せてくれた古川さん。何か糸口になると良いのですが…。

「…その場合って、どうしたらいいのかな? 診断とか、治療とかって、どういう風になるんだろう?」

 …うーん、それは…私にも解らないですね…。

「…ごめんなさい、私もそこはMtFの知識しか持ち合わせていなくって…。詳しい事ははっきりとは解らないです…。」

 そこまでお力になれれば良かったのですが…。ううん、難しいものですね…。調べてみてもガイドラインの診断基準には(2)性別違和の実態を明らかにする、の項に、①自らの性別に対する不快感・嫌悪感、②反対の性別に対する強く持続的な同一感、③反対の性役割を求める、とあるだけで、どこにもXジェンダーに触れているところはありません。

「…ううん、ちょっと今この場ですぐに手掛かりになる事は見つからないかもしれません…。」

「そっか、やっぱり姫ちゃんでも難しいんだね…。」

 少々残念そうな古川さん。先輩方に助けを求めれば、あるいは…?

「…古川さんはこの事、まだ周りには伏せておきたいのですよね?」

 そうでなければ、わざわざ私のところに来て半年近く時間をかけて交流を深めてからお話をする、という方法は取らないでしょう。私がお話をしても大丈夫な人なのかどうか、慎重に見定めていたのでしょうから。あ、でもそれが不快だという気持ちはありません。そのくらい慎重になって当然な事なのです、これは。

「うん、そうだね…。親にも話せてないし…。」

 そもそも正体の解らないものを、お話しようにもできないですよね…。となりますと、私が間接的に先輩方からお話をうかがって、それを古川さんにお伝えするしかなさそうです。

「多少ですけれど、心当たりがありますから、聞いてみます。直接古川さんの事には触れないように。それで少しでもお役に立てるお話を持ってこられれば良いのですが…。」

 確か、はるか先輩の同級生にMtXの先輩がいらっしゃったはずです。遥先輩とならお話もできますから、仲介して頂くことは可能でしょう。

「ありがとう、ごめんね、こんな頼みごとをしてしまって。」

 目線を落とす古川さん。私はいいえ、と首を振り、

「仲間同士は、助け合うものでしょう?」

 そう微笑んだのでした。


 その後も、色々私自身の少し深いお話などを古川さんとはしたのでした。思えば今までごく日常の事ですとか、ありふれた話題ばかり話してきましたから、深いお話をした事は無かったのですよね。興味深い、という様子で古川さんは私のお話を聞いてくれましたし、質問もたくさんしてくれました。

 私も、少しは人のお役に立てるでしょうか…。


なんだか真面目な話をしている小山家です。

でも実際、やや姫の人格には歪みがあるのです。

取り除かないと後で支障が出る可能性があるのは事実です。


調理部では文化祭に向けた準備が始まりました。忙しくなってきますね。

姫は今年も喫茶担当になりました。今年は休憩も取れる予定ですが…どうなりますやら。


そして古川さん、ようやく本当の事を話してくれました。

それでもたぶん、こういう事柄を話すのに要した時間としては短い方でしょう。

相手が当事者だという好事情があっても、最初のカミングアウトにはとても勇気がいるものですから。

慎重に姫の人柄に触れてこの人なら話せると思えて、ようやく話せたのだと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] せめて『自分と仲良くしてほしいから』くらいにできたら良いんじゃないのかな。」> 次は『自分がやってて幸せなのでおすそ分け』かな。 自分はこれで他人の目を気にしなくできました。
[良い点] 古川 さんはなにかあるとは思いましたがそうでしたか! 難しいですね。私は Xジェンダーについてあまり理解出来てなかったのでちょっと調べました。自身がXジェンダーと理解している人と理解出来て…
[一言]  姫の性格は、自己肯定のなさからきているから、主体性を持てというのは難しいかもしれませんね。  自分から誰かを求めるようになると、強くなるのでしょうが。  新たなハーレム要員も加わって、間口…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ